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私の従僕   作者: トール
 第一章 従僕と学園へ行く
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従僕13



 代わりとな? いいよ。


「嫌よ」


「そんな?! お嬢様!」


 そんな?! お嬢様!


 立ち上がるままにお嬢様に詰め寄ろうとしたアレンの肩を両手で押さえる。落ち着け。首が飛ぶぞ。


 俺とお前と両方のな!


 勘弁願いたい。


 変わった奴だと思っていたが、平穏な奴隷の暮らしを捨ててくそ餓鬼の世話を望むなんて。ちょっと変なんてもんじゃない。変態だったんだな。


 しかし提案は魅力的なものだ。実は今の暮らしにちょっとめげていたのだ。勘気に触れない程度に失礼な真似をして、もしかしたら再び奴隷に落ちれるんじゃないかなぁ、とか考えてたりしたのだ。変顔然り。


 大体、元奴隷に近衛とか無理なんじゃないかと憂鬱になっていたところ。近衛ってあれでしょ。凄い腕の立つ騎士の方が、その命に換えて主を守るという、あの。


 バカなんじゃないかと。


 貴族様の考えはよくわからないものがある。お嬢様の考えは頭おかしいとこがある。最強かよ。


 生まれてこのかた狩りすらした事がない、公爵邸の敷地から出た事すらない奴隷に、そんな役割が務まるとは思えない。そんなんでどうやってお嬢様を悪漢から守れるというのか。


「お嬢……くっ、離せ!」


 ジタバタと暴れるアレンを肩を押さえたまま地面に縫い止める。


 不安だ。王都にはタタルクみたいな実力者ばかりというじゃないか。しかもお嬢様が通う学校は才能のある人しかいないらしい。つまり才能のある方すら襲ってしまえるような輩もいるということ。そんな中でお嬢様を守るとか、どう考えても無理だ。不安しかない。


「はなっ、があああああっ」


 メキメキと鈍い音と共に地面が陥没しアレンが沈んでいく。


 そこへいくとアレンは冒険者として優秀だったらしい。奴隷としては問題があるが、そこは適性というやつだろう。俺も平民として問題があるし。仕事していないとなんか胸がドキドキするんだ。これが恋だろうか。機会があればサドメに聞きたい。


 王都で冒険者をやっていてかなりの腕前だったとアレン本人も言っていた。それなら俺より近衛として役に立つんじゃないだろうか。非力で体力もない奴だが、剣を持たせたら違うと言うし。タタルクも武器のあるとなし、扱いの如何で戦力は大きく変わるってよく話してたしな。奴隷頭が捕ってきた獲物を俺が解体している時に、ティムやジョシュアもよく弓があればって教えてくれながら言っていた。


「がっ――……」


 となるとお嬢様にどうにかアレンをアピールできないだろうか。せめて話だけでも聞いてほしい。


 お嬢様の気を引けそうな言い回しが大事だ。


「お嬢様、こいつ、使えるかもしれません」


「…………もう使い物にならないように見えるわ」


 あれ?


 いつの間にか背後に庇っていた筈のお嬢様は、隣でしゃがみこんで頬杖をつきつつアレンを見つめていた。


 暴れている人間に近づくなんて何を考えているのか。最近のお嬢様のアグレッシブさに脱帽だ。貴族様の子女というのは貞淑であると習った。つまりこれが淑女というやつで間違いないだろうか。いや違う。お嬢様、枝でつつくのはお止めください。


 せっかくお嬢様がアレンを気にしだしているというのに、当の本人は気付かぬ内に泡を吹いて倒れてしまっている。疲れてたんだろう。体力ないからな、アレンは。


「おい! まだ運び終わらねえのか!」


 アレンの鼻に枝を突き刺そうとしている悪魔を止めれない無力な自分というものを噛み締めていると、飼い葉の山の向こうから怒声が響き渡った。


 奴隷頭だ。


 珍しいな。奴隷頭の怒声なんて聞くのは久しぶりだ。滅多にイライラしたりしないのに。やっぱり怒らせているのはアレンだろうか。あの飼い葉どうしよう。


 ヤバいな。いつのも癖でアレンを気絶させてしまったのは失敗だった。本当にどうしよう。


 怒り顔の奴隷頭がこちらを見つけ近寄ってくる。しかしその表情は近づく程に変化していった。


 お嬢様がいるせいか、ある程度の距離をおいて跪く奴隷頭。その視線は泡を吹くアレンへと向けられている。


「これは…………どういう?」


 問い掛けてくる声は疑問に満ちていた。


「従僕が、ジークがやったのよ。乱暴よね?」


 鼻の穴に刺さった枝の事を訊いてるんですよ、きっと。


 奴隷頭に視線を振られ、困ってしまう。ついやってしまったんだ。後悔している。


 胸に手を当てて頭を下げる。


「お嬢様の近くで暴れ出したので、致し方なく」


「そうだったの?」


「勿論でございます」


 考え事してて、ついうっかり。


「ほんと従僕は心配性ね」


 あんたの従僕ですから。そうなります。


 にっこりと笑い合う主従に奴隷頭はどうしたものかと首を捻る。


 これが奴隷なら叱り飛ばして仕事を押し付けて終わりである。しかしアレンをノしたのが屋敷内で働く平民の俺で、近くにはその主までいるとなったら黙認のようなもの。これに文句など付けられないのが奴隷である。ほんとにごめんなさい。


「しょーがないわね。しもべの不始末は主の不始末って言うものね。あれを運べばいいのね?」


 奴隷頭の困惑にお嬢様が動く。その指が差す先は雪崩を打った飼い葉の山だ。アレンの起こした一連の流れはお嬢様もその目にしていたので、奴隷頭がなんのためにここへやってきたかも理解しているのだろう。


 まさかお嬢様がそんな事を言い出すなんて。得意気に立つ様は幼少の頃とお変わりないのだが、中身は成長しているのですね。


「じゃあジーク、運んでちょうだい」


「畏まりました」


 良かった。いつもなら、ちょっと頭がアレなお嬢様が絶望感を漂わせる言葉を口にする展開なのに、理性的というか奴隷を慮った事を口にするなんて。


 明日は雨かな。


 テキパキと台車に飼い葉を山と積み、ついでにアレンも乗せて行こうと思い至ったのでボコっと掴み出して台車の所へ戻ると、先程まで俺の作業を見ていたお嬢様が、奴隷頭を踏み台に飼い葉の山の上に登ろうとしていた。


 ……わーお。


「お嬢様、そこは人が乗るような場所ではございません」


「よし、ゴー」


 ゴーじゃないんだよゴーじゃ。


 ハーピーと煙は高い所がお好きというが、貴き方もそうなんだろうか。


 どうしたものかと奴隷頭を見れば、あからさまに視線を逸らされた。俺は関係ないぞと言わんばかり。あんた、踏み台になってたじゃないか。共犯だぞ。


「いい景色だわ、いい気持ち。従僕、早く動かしてちょうだい。従僕? じゅーぼくー」


 おら、呼んでんぞアレン。起きろ。


 致し方なく、アレンを奴隷頭に預け、台車の底を支え、持ち上げる。まさか押していける筈もない。前後ならともかく、左右の動きに対応できないのでこうするより他にない。


「あはぁ! すごいすごい! じゃあ前ね! 走って!」


「畏まりました」


 まあ大した重さじゃないし、ちょっと前が見えないだけだから大丈夫か。


 奴隷頭とアレンを置いて厩舎の方へ駆け出す。飛んだり跳ねたりする度に歓声が上がる。なるべく衝撃は吸収するようにしているが、そんな事は関係ないとばかりにハシャがれている。体を自ら揺するのはお止めください。頼むよ。


 走ったおかげで厩舎には直ぐに着いた。


「…………止まったわよ? 従僕?」


「お嬢様、厩舎に着きましてございます」


「もう? 残念ね」


 本当に残念そうに呟いて、立ち上がると勢いをつけて飛び降りるお嬢様。


 マジかよこの人。


 なんの合図もなかったが、お嬢様の脇に手を入れ衝撃を殺して受け止めた。飛び降りた方向も俺の方ではなかったので、表情に出てはいないが、内心はドキドキしていた。


 それは厩舎で掃除をしていた連中も同じらしく、お嬢様を目にしているというのに、跪く事なく表情を驚愕に歪ませて固まってしまっている。大丈夫。俺も同じ気持ちだ。


「…………馬がいないわ。馬の家よね、ここ?」


「厩舎です、お嬢様」


「それよ」


 厩舎の掃除をしているのは六人。奴隷頭とアレンを入れると八人になるな。なんか随分増えてるんだが……割り振りは大丈夫なんだろうか。


 馬がいないのは放牧に出しているんだろう。それにしても遅い時間だ。午前に何かあったのだろうか。


「んー……、馬が見たいわ。従、ジーク、案内して」


「畏まりました」


 このままここにいては鞭打ちの犠牲者が増える事になりそうなので、馬を見たいというなら応じましょう。というかお嬢様、午後からの習い事が嫌なのですね。


 珍しく奴隷の仕事をやってやれなどと言うから、中身が成長したなんて勘違いをしてしまった。元から中に身なんてないのだ。


「こちらになります」


 放牧地は柵で囲ってある。その中で馬は思い思いに過ごしている。


 別に見ていて楽しいものではない。お嬢様も習い事がこのまま潰れてしまうようにと時間を潰しているだけであって、馬そのものに興味はないに違いない。


 さあ見ましたね? 帰りましょうか?


 そう言えたらどれだけ楽か。


 柵越しに馬を見ていたお嬢様は、何を思ったのか柵をくぐり抜けた。そして、そろりそろりと馬の後ろから近付いていく。ハハハ、冗談かな? 慌てて俺も柵をくぐる。


 案の定というかなんというか、お嬢様の接近に気付いた馬が後ろ脚を蹴りあげる。


 すかさず間に入って馬蹴りを受け止めた。渇いた炸裂音が空気を震わせる。


 心臓がバクバクと音を立てている。


「うわ、なんか怒ってるわね」


 なるほどね。この人を外に出したくなくなる訳だ。人身御供として差し出されるのにも納得がいくというもの。その手はなんでしょうお嬢様? まるで驚かそうとしているか、突き出そうとしているかにしか見えませんが?


 十分驚きました。もう止めて。


「お嬢様、馬というのは臆病な生き物でして、後ろから近付く者を蹴りつける習性がございます」


「……そうなの?」


 そうです。


「なので、あまり近付くのは危険かと……」


「う~ん、残念ね。できれば乗ってみたかったんだけど」


 驚いて逃げていく馬を目で追い掛けながら呟くお嬢様。もしかしなくとも、先程の飼い葉の山に乗ったので何かに乗って遊ぶという事に味をしめたのでは……。


「私も乗馬をしたことがございませんので、なんとも……。騎乗できる方の指導の元に練習するしかないかと」


 この上、馬に乗りたいとか勘弁してください。予防線を張る事が大事だ。馬もお嬢様も俺の価値より遥かに高いのだから。


「……れんしゅー」


 そうです。練習です。この従僕ではお役に立てません。いやー残念だなー。


 ボーっと走り回る馬を見ていたお嬢様がクルリとこちらに向き直る。


 いい笑顔だ。


 嫌な予感だ。


「そうね! ()に乗る練習をしないといけないわね!」


「そうでございますとも。()! に乗る練習が必要でございますとも」


 馬だよ、馬ね。馬。


 なんで従僕めにジリジリと近付いてくるんですか?


 この日頂いた鞭は乗馬用と珍しいものだった。いつもの物より体に優しく、心に響くものだった。



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[良い点] 心に響くって本来はそういう意味じゃねーよなあ、 でもわかるぞじゅーぼくーーーーー!!!
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