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私の従僕   作者: トール
 第一章 従僕と学園へ行く
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アレン4



 被害は剣だけでなく、持っていた金品を全てやられていた。


 それから数日のことはあまり覚えていない。


 衛兵に届けたが、借金の期日までに犯人が捕まることもなく、必死に訴えたが武器屋の主人は聞こうともしなかった。パーティーメンバーに金の無心をした気もするが、ここでこうして奴隷に落ちているということは、断られたのだろう。


 どいつもこいつもクソばかりだ。


 強盗という明確な悪が行われたというのに、被害にあった俺を奴隷に落とすだと? 信じられない国だ。俺は英雄になる男だぞ? どうかしているとしか思えない。


 イカれた国、愚かな民、価値のない世界。


 最後に会った時の武器屋の主人のにやけ面が脳裏にチラつく。


 奴隷として俺を売った方が、借金を返されるより儲けが大きいからだろう、あの面が。くそっ!


 握りしめた拳を床に叩きつける。


「おい、暴れんじゃねーよ。ここでてめーを叩きのめすのは簡単だが、傷モノを届けるわけにもいかねーんだ。もうすぐ着く、大人しくしとけ」


 御者台から顔を出した男が低い声で凄む。


 直ぐに買い手がついた俺は、檻に入れられ物のように運ばれているところだ。なんの因果か、捨てた故郷を領地に持つ公爵家だとか。


 くっ、強盗に会いさえしなければ。そもそもなんで俺なんだ? あれだけ人のいる王都で、なんで俺だけ強盗被害なんかに……!


 …………違う。本当はわかっている。俺はハメられたのだ。


 裏で依頼したのは武器屋の店主辺りか。大方、俺の実力を見誤って奴隷に落とすつもりが、このままじゃ借金を返されかねないとでも考えんだろう。ギルドで俺の活躍を聞いたか? 狙っていた新人が予想以上の力量の持ち主で焦ったに違いない。きっとああして奴隷を得ている奴隷商人でもあるんだ。きっとそうだ。でなければ借金の申し込みに奴隷契約を組み込んだ契約紙なんて用意してるか? ありえない!


「くそ……くそ、くそっ! ありえない! ありえないだろ?!」


 なんで俺が奴隷なんだ!


「うるせーっつってんだろ! 寝かされてーのかボケがあ!」


 結局、檻に入った人間を攻撃するという低俗な男に連れられて、俺は奴隷になるしかなかった。


 それからの一年強は苦難の連続だった。


 奴隷の生活というのは想像よりずっと酷かった。


 酷使され続ける体に無理な注文、食事は質素な物が日に二回という生き残らせるつもりがないかのような貧相さ。これを十年、二十年と続けなければ解放される事はないという。遠回しな死刑じゃないか! やってられない!


 しかも受ける罰は、限界まで体力を振り絞った奴隷を奈落へ突き落とすほどに酷いものだ。鞭打ちというのは知識として知っていたが、こんな異様な鞭で打たれては生き残れまい。打つ側として初めて受け取った時は、流石の俺でも顔を青くした。これが貴族なのかと認識を改めたものだ。


 実際に何度か受けたが、一度打たれるだけで意識が飛ぶ代物だった。仕事終わりに受けるというのも極悪だ。耐える力が残されていないのだから。


 俺が受ける理由は、主にケンカなんかだ。仕事は倒れるまでやっている。それで受けたことはない。ケンカも、絶対に相手が悪いというのに俺も受けさせられるという理不尽な物だ。ここに秩序なんかない。


 ほぼ毎日のように鞭を受ける奴隷もいるが、これは恐らく出来レースというやつだろう。叩かれても平気な奴のようで、見届けに立つ奴隷の纏め役も特に気にしていない。噂に聞く特殊な技能(スキル)か、もしかしたら魔術を使っているのかもしれない。罰を受けたという事実が必要なようだ。


 それにしても毎日とはどういうことなのか。よっぽど仕事のできない奴らしい。一回に受ける回数も異常に多い。普通の奴隷なら三日も続けば死に至りそうだ。


 俺と同じ歳ぐらいに見える奴隷だ。名は知らない。特定の仕事を持たないらしく、便利屋や坊主と呼ばれている。仕事ぶりはあまり見たことがない。こっちも倒れるまで働くか、ケンカして気を失うかで日々を過ごしているからだ。ただ大瓶を運んでいるのを見たことあるぐらいか……そこそこ力はあるらしい。


 奴隷にも区分がある。女奴隷と男奴隷の仕事は別で、主に男奴隷の仕事は力を使い、女奴隷の仕事は器用さを求められる。


 そして戦闘奴隷と呼ばれる奴隷は危険な仕事を担当している。ここに俺も入っている。主な仕事は荷馬車の運搬時の護衛、魔物の間引きなんかだ。あって月に一度ぐらいの頻度の仕事だからか、暇な日……というかほぼ毎日キツい力仕事を割り振られている。あの纏め役の横暴だろう。俺の主人になっている公爵にいつか注進しようと思っているが、中々会う機会がない。


 そうこうしている内に一年近くが経ち、年明けに解放された奴隷を歯噛みしながら見送った。


 年寄りや女の奴隷だ。


 何故あんな役立たずどもが解放されて、俺が奴隷のままなんだ! 俺はあいつらの十倍は働いている! 俺の方が役に立っていた筈だ!


 涙ながらに別れを交わす奴隷達の神経がわからない。悔しくないのか? 空しくないのか? 苛立ちが募りケンカをすることが増えた。


 その日も馬小屋の掃除をしていた。寝藁ごとボロを台車に積んで、厩舎を空にしてから綺麗にするという仕事だった。


 仕掛けてきたのはジョシュアという本当に狩人だったのかも怪しい奴だ。こいつは人の事を小馬鹿にするくせに、自分では何もできないという最低のクズだ。こいつとはよくケンカになる。


 寝藁の重みにフラついただけだ。それだけでバカにしたように鼻で笑われたのだ。


 いつの間にか気絶していたが、ジョシュアにやられた記憶はない。あいつも顔を腫らして転がっているのを見つけたので、恐らくあいつを倒した後に体力が無くなり気絶したんだろう。


 この日は鞭打ち役に呼ばれる事もなかったので、泥のように眠った。ジョシュアが抵抗したせいか俺の顔も少し痛かった。


 そして、次の日。俺はショックを受けていた。


「……バカな。公爵家令嬢の…………近衛だと?」


 朝の内に纏め役が告げた内容は、集まった奴隷を例外なく動揺させた。


 祝福したり寂しげだったりと、起きたばかりだというのに騒ぎ出す奴隷の輪に加わらず俺は呆然としていた。


 奴隷から解放されて平民位になっただけならともかく、公爵家の一人娘の近衛を務めるという。


 あのよく鞭打ちを喰らう、あいつが。


 そんなバカな話はない。


 貴族の近衛というのは、騎士になった者が目指す花形だ。しかも次期当主の近衛となれば、いずれは騎士団を預かる可能性が高い。叙爵もありうる。というか、それが普通だ。本来なら騎士爵を持っている者がなる。


 バカな、バカな。あいつが、騎士団長? あいつが、貴族? あいつが、あいつが、あんな奴が?


 ありえない。


 確かに鞭を耐えうる何らかの手段は持っていたとしても、あいつの実力は俺より遥かに劣る。…………劣るんだ! ここに俺がいるのに、何故あいつが近衛なんだ!


 苛立ちのままに与えられた仕事中、またジョシュアとケンカになった。今度はしっかり殴り勝った。仕事が終わっていないのとケンカしたのとで鞭を三回打たれたが、耐えた。ジョシュアは途中で気絶していた。


 見ろ! 俺だって耐えれる!


 その日は背中が痛くて眠れなかった。にも拘わらず次の日の仕事は昨日やってなかった分も足されるという厳しいものだった。この纏め役の横暴さは目に余る。あいつの近衛就任といい、ここの公爵は人を観る目がない。


 ようやく俺の実力を理解したのか、ジョシュアが絡んでくることはなくなったが、仕事の多さに目の回る日々を送ることになった。追加の奴隷が入ってくるという話をしていたが、どうでもいいことだ。


 俺はこの状況から抜け出したいのだ。


 元々不当な借金に罠にハメられて落ちた奴隷位だ。俺にありえない仕事だ。仕事が楽になるならないではなく、本来ここにいるべきではないんだ!


 飼い葉で重くなった台車を押しながら、この状況を打破する計画を考えていた。


 もしかして俺も令嬢の目に止まれば、近衛になれるんじゃないだろうか。


 あの横暴な纏め役がしっかり報告しているなら、俺だって鞭に耐えれる程に頑丈だと分かる筈だ。いや、素の頑丈さや能力の高さなら圧倒的に俺の方が高い。俺の実力を知ればその令嬢だってきっと俺を選ぶに違いあるまい。


 しかしあの纏め役がまともな報告をしているだろうか? いやダメだ。どこか俺に厳しくあたるあのクズが、そんな俺の有利になるような事はしないだろう。


 くっそ! チャンスが、俺の事を知って貰えるチャンスがあれば!


 フラつく体を叱咤しながら台車を押していると、公爵邸の前門の近くで金髪の少女がこちらを見つめていることに気が付いた。


 美しい少女だ。


 丁寧に巻かれた縦ロールを左右から垂らし光を吸い込み弾くような金の髪に、離れているのに強烈に印象づける青い瞳。レースをふんだんにあしらったドレスは少し汚れているが、教会に飾られている天使のような顔と周りの空気すら彩る存在感は目を惹き付けてやまない。


 精霊か女神か天使か。とても人とは思えない幼さを抜けつつある美貌だった。


 思わず見惚れた。


 エルフの美貌も十分美しいものだったが、これはそれを上回る。


 そのせいで気付くのが遅れたが、少女の陰にもう一人。


 …………あれは、………………あいつ、か?


 いつも見ていた薄汚れた装いとは違い、簡素ながらも小綺麗な服装のあいつが、そこにいた。


 格好よりも、その顔に驚く。


 美形と呼んでも差し支えないほどに整っている。いつも泥だらけだった黒い顔はどうしたのか。一瞬別人かとも思ったが、この屋敷で黒髪黒瞳の奴を他に見たことがない。片方ならともかく両方とも黒はそれだけ珍しい。


 まず間違いないだろう。


 向こうが帰る気配を出したところで我に返った。驚いている場合ではない。これはチャンスだ。


 俺は台車を放り捨てて駆け出した。



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