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私の従僕   作者: トール
 第一章 従僕と学園へ行く
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従僕12



 良かった朝だ。朝が来るって素晴らしいな。


 俺が抜けるので、追加の奴隷を少なくとも三十人は入れて欲しいとの奴隷頭の要望を、旦那様は疑いつつも受け入れていた。


 奴隷頭は上手くやったものだ。人数はかなり大袈裟に見積もったものだと思われる。


 サドメやジュレールも、交渉事では基本的に無理な数字から入った方が希望の数字に落としやすいと言ってたもんな。


 大体、二十七人分と言ってもジュレールやミドのように老齢に差し掛かった奴隷を数に加えられても、全然あてにはならないだろう。そんなことを言ったらタタルクだって同じことができるんじゃないだろうか。


 きっと今いる戦闘奴隷が思いのほか頼りなかったから新しいのを入れたいのだろう。ヨクシャは大分マシだけど、タタルク程じゃないというのがやはり。


 どっかの鉱山で掘り出した鉱石が詰まった木箱を一人で運べないもんなぁ。それも一つずつ運ぼうとするし。アレンなんかキレて箱を蹴り出す。勘弁してほしい。


「今日だよな。奴隷頭が運べって言ってた石柱……」


 どうするんだろうか。ジョシュアとペレとテナーで運べるか? あいつらあんまり力がないんだよなあ。やっぱり冒険者とは違うな。じゃあアレンとヨクシャも入れて…………うわー、ケンカになるとこしか想像できない。


 俺がこんな心配をするのも、奴隷の仕事を外されたからだ。


 今日から平民とのこと。


 解放されたい奴隷が泣いて喜ぶ平民になった。


 ……筈なのに、なんでこんなに不安なんだろうか。


 朝日が昇る前に目を開けたのは習慣だ。しかしお屋敷の中は静まりかえっている。辛うじて厨房の方で物音がするのは、朝食の食材の搬入だろう。俺も受け渡しをしたことがあるし。


 与えられた新しい部屋は個室。


 驚きだ。


 個室というのは、奴隷頭や戦闘奴隷なんかの特別な奴隷にしか宛がわれていなかったので、俺には縁がないものだと思っていた。机と寝藁じゃないベッドがついている。平民って凄い。


 しかし目が覚めて仕事がないというのは違和感も凄い。寝ぼけている奴隷を叩き起こしたり運んだりしなくていいんだろうか? 平民や貴族様にそんなことは必要ないんだろうか? ないわ。


 まんじりとしながらベッドから身を起こした状態で三時間は過ぎた頃。


「……じゅぼく…………じゅーぼくー!」


 お嬢様に呼ばれる。


 呼ばれたら顔を出すのが、今のところ俺の新しい仕事だとか。お嬢様は絶対。お嬢様の指令が最優先と胸に刻めと言われている。マジかよ平民。奴隷が恋しい。


 しかし行かないと鞭だろう。行っても鞭かもしれないが。


 考えうる限りの最高速度で部屋を抜け出し、廊下を走り、お嬢様の部屋に入り、寝室へ。途中でお付きのメイドの控え部屋の扉が開こうとノブが回されているのが見えたが、多分呼ばれてるのは俺だろう。


 ソッと扉を閉めて、お嬢様が三度目の叫びを上げる前に俺の部屋よりデカいベッドの脇に跪いて応える。


「はいお嬢様」


「……! きた! うわー、ほんとにいる! うふふふふふ」


 まだ目をショボショボさせながらも、嬉しさに破顔するお嬢様。体を上下に揺すって興奮している。


 お召し物は、布地の向こうが透けて見えそうな淡い水色のネグリジェ姿だ。


 あれ、これマズくない?


 浮かび上がる汗を後押しするように、コンコンとノックの音が響く。びくっときた。そういえばノックを忘れていた。


 恐らくメイドだろう。


「なーに、ベレッタ?」


 これに応えるお嬢様。


「お嬢様、お呼びになられましたでしょうか?」


 扉の向こうから聞こえる声は女性。やはりメイドか。


「ベレッタは呼んでないわ」


「…………わたくし、()?」


 あ、首が飛ぶ流れだ。やらかした。これだから慣れない仕事って嫌なんだ。


「……もしや新しく入った側仕えをお呼びでしょうか? あの者に与えた部屋は離れております。御用ならわたくしめがお聞きしますので、あのような奴隷を自室へ招かれないよう……」


「ベレッタ」


「はいお嬢様」


「従僕は平民よ。もう奴隷じゃないわ。それに側仕えじゃなくて近衛よ? 間違えないで。あと、用事なんかないわ。ただ呼んだだけよ」


 このお嬢様はマジお嬢様だな。


「……お嬢様がお声を上げているのに近寄ってくる気配も見せない者に、近衛の資格があるとは思えません……今からでも遅くありません。選び直すべきなのでは?」


「へーきよ。だってもういるもの」


「……………………は?」


 マジお嬢様だな。















 新しい仕事は多岐に渡った。


 お嬢様の髪結いに食事の時の給仕や椅子を引く等の従者の作法。連れ立って歩く時の立ち位置から主人を不快にさせない立ち振舞いまで。


 覚える事は多い。


 というかお嬢様が覚えさせようとしてくる。


 着替えさせるという仕事は全力で撤回して貰った。お嬢様の専用メイドだというベレッタさんと声を大にして説得した結果だ。


 俺は男の(しもべ)なのだから女主人の肌を見るのはダメだろうという意識だったのだが、ベレッタさんは奴隷や平民に肌を見せるなど言語道断だと思っていたようで、微妙に説得の内容は違っていた。


 まあ結果良しだったので良し。


 ……しかし、ベレッタさんは間違いなく俺の事が嫌いだろうな。


 ブルネットの髪を結い上げた青い瞳のメイドで、お嬢様のお迎えに来たことは一度としてない。どうも貴族様なのか奴隷と接触するのも嫌そうなので、その辺りに原因があるのだろう。同じ歳より少し若く見えるので、お嬢様よりは少し上ぐらいだろうか。背もお嬢様より頭一つ分ほど大きい。


 まあ、心良く思っていないのはベレッタさんだけではなさそうなのだが。


 会う従者会う従者、強く睨まれるか、まるで居ない者として扱われるかのどちらかなので、歓迎はされてないだろう。


 唯一嬉しそうなのは、


「ねえ従僕。なにか楽しいお話をしてくれない?」


 我が主人ぐらいなもので。


 お嬢様は奴隷の自由時間ぐらいの時間にお屋敷を抜け出して庭の隅へと走る。今や抜け出すのに力を貸す立場となってしまった。もしかして俺は奴隷より立場の下な平民なんじゃないだろうか?


 別にここに来なくとも話す事はできるのだが、お嬢様は抜け出す事を主張された。


 なら断ることは許されない。


 今日もお嬢様ご所望の物語を語った。


「ついに泥棒はやりました。多大な労力と金銭を使い、とうとう道化から箱を手にいれたのです。泥棒が箱を開きます。箱の中身は、空っぽでした」


「あはははははははははははは!」


 お嬢様、指を差すのはお止めください。あと、箱を手にしたのは泥棒であって俺じゃないので。


「くっ、ふふ…………ダメ! あははははははは! そんなに変な顔しないでははははははは!」


 その時々の泥棒の心情を表しているだけです。吟遊詩人だった奴隷から習いました。顔芸です。


 お腹を押さえてゴロゴロと転げ回るお嬢様。お召し物は当然ながら汚れる。罰は従僕が受けるんですね。わかります。


 ここ最近毎日そうだからな。奴隷であった時と違い、服の解れ(ほつれ)や髪の乱れなんかも罰の対象となっている。平民ってなんだっけ?


 しばらくの間、動きを止めていたお嬢様がゆっくりと深呼吸を繰り返し息を整えてから顔を上げる。


 くらえ。従僕の献身(ひごろのうらみ)


「大丈夫ですか、お嬢様?」


「ふは! やめっははははははは! あはははははははは! やめ、やめなさははははは!」


 とっておきの顔芸だというのにお気に召さなかったようだ。貴族様は難しい。


「もうしちゃダメよ。あの顔は禁止。わかった?」


「畏まりました」


 お屋敷に戻る帰り道でこんこんと説教を頂いた。指揮棒のように手頃な枝を振るう様は、どこか機嫌良さげだ。笑わせて欲しいというから笑わせたのに怒られるというのだから全く。


 刈り込んだ芝を縦断してお屋敷へ戻る。その途中で、なんとなく奴隷小屋の方に視線がいったのは今までの習慣だろう。お嬢様の説教ループに飽きたわけじゃなく。


 台車に山のように積まれた飼い葉を、誰かが押している。少しフラついているが大丈夫だろうか?


「なーに、どうしたの?」


 心配が顔に出ていたのか、興味を引かれたお嬢様が俺の見つめる先を確認しようと体を前に出して、その視線を台車へと向ける。


「なんでもありません」


 流石に手伝ったらマズいだろう。仕事にも領分というものがある。奴隷だったらまだしも、平民になってしまった。今の仕事はお嬢様の近衛だというし。


 お嬢様と離れて奴隷の仕事をする訳にもいかない。


 お嬢様を促して帰ろうとした矢先、台車を押していた人物がこちらに気付いた。


 アレンだ。


 ここにお嬢様がいなければ手を上げて声を掛けるところだが、主人のいる前なのでまさか挨拶など出来よう筈もない。すまんが無視だ。


 しかしアレンは俺に気付くと同時に、押していた台車を放り出してこちらに駆け出してきた。ケンカっ早い奴だと思っていたが、まさか無視しただけで怒るなんて…………いや怒る奴だな。


 流石にお嬢様の前に出て対応だ。真っ直ぐ俺目掛けて駆け寄ってきていたので、そのままじゃ俺の前に立っていたお嬢様にぶつかる。まさか貴族様にケンカを売るほどバカじゃないとは思うが……。というか進行方向に貴族様が居ても関係なしか。


 どうしよう。気絶させて転がそうか。


 しかし雪崩を打った飼い葉の山がここにきて気になる。誰が代わりに運ぶのだろうか。この後のこいつの仕事の残りをやる奴っていたかな? 俺以外でアレンと仲のいい奴。


 考えている間に、距離を詰めたアレンが身を投げ出すように地面に頭をつける。倒される前に倒れたな。斬新なサボり方だ…………。


「お嬢様! お願いです! 俺を雇ってください! そいつより俺の方が強い! そいつの代わりに俺を近衛に! きっとお役に立ちます! だからどうか! お嬢様!」


 俺の後ろに立つお嬢様をどうにか視界に捉えようとしながら、アレンは必死に、そう声を上げた。



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