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ドラゴンキラーと呼ばれた女/プルムの恋と大冒険  作者: 守 秀斗
第十四章 うら若きはまだまだこれからよ二十九歳幸せになる乙女/あたしは結婚するぞ編
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第七十九話:イガグリ坊主(王様)の首を絞める

2020/11/01 誤字訂正

 深夜。

 私が、ベッドで寝ていると、誰かが扉の外に立った。

 何だか不気味な雰囲気がする。

 勝手に扉が開いた。


 ダークスーツの男が立っていた。

「お前はナイアルラトホテプ!」

「何だ、やっと俺の名前を覚えたのか、プルム・ピコロッティよ」

「あんた、確か、十万年後に戻って来るって叫んでたじゃないの」 

「十万年後も一年後も、俺様にとっては似たようなもんさ」

「何の用!」

「お前を殺しに来たに決まってんだろ」とナイアルラトホテプは体を変化させ、手が鉤爪状態、頭から体が縦に半分に割れる。

 事務次官用の宿舎の高い天井まで巨大化するナイアルラトホテプ。

 襲いかかって来る。

 絶体絶命!



 そこで、目が覚めた。

 こんな夢をよく見る。

 忘れっぽい私だが、さすがに、あの恐ろしく醜い姿は、トラウマになっている。

 と言って、天然女神にしゃべるわけにはいかないな。

 こんな怖い話をしたら、クラウディアさんがショック死してしまう。


 最近、眠れない。

 不眠症だ。


 耳が痛い。

 フランコ長官は亡くなったので、もう怒鳴る人はいないのだけど。


 目も痛いし、頭痛がする。

 首も痛いし、肩も背中も痛い。

 お腹の調子も悪いし、息が突然詰まったりする。

 たまに眩暈もするし、突然、不安になったりする。

 やる気も出ない。


 散々、ドラゴンキラーと呼ばれて、こき使われた結果、体がおかしくなったのか。

 それとも、これがうつ病というやつなのか。

 


 賄賂事件を解決したバルドが表彰されることになった。

「あーキミ、キミ、今回の働き、褒めてつかわす」

「ありがたきお言葉、光栄の至りでございます」とバルドがお礼を言っている。

「あーそれから、キミ、今日から警備長ね、ヨロシクー!」


 警備長って、大隊長の上か。

 バルド出世したなあ。


 ところで、何で私も呼ばれるのかと不思議に思っていたら、イガグリ坊主(王様)に

「あーそれから、キミ、キミ、賄賂貰ったんでクビね、ヨロシクー!」と言われた。

 なんだと!

 ふざけんな! 散々こき使ったあげくクビかよ、このイガグリ坊主!

 それに、私は賄賂なんて受け取ってないぞ!


 あれ、今、イガグリ坊主がニカーと笑ったんだけど、歯が全部ピカピカだ。

 忘れっぽい私でも、クーデターを鎮圧した時の表彰式で、双眼鏡で見たあの顔は忘れないぞ。

 前歯二本欠けてたし、他の歯もガタガタだった。

 歯の色も汚かった。

 今はピカピカ、こいつクトルフだわ。

 ラスボスだ!


「このクトルフめ、覚悟しろ!」と私はイガグリ坊主(王様)に飛びかかる。

「ヒエー! 助けてー!」と逃げる王様。

 口から入れ歯が飛び出し、イガグリ坊主はフガフガ言ってる。


 やばい! 入れ歯かよ!

 いいや、もう!

「だいたい、クーデターが起きたり、情報省の役人が殺人に関わったり、やたら汚職とか蔓延するのはあんたに人望がないからよ。『働いたら負け』ってなによ!」と自分のことを棚に上げて、イガグリ坊主の首を絞める。

 王様の護衛兵に取り押さえられた。

  


 気がつくと、事務次官用の宿舎の床で寝ていた。

 王様に襲いかかったんだから、普通は死刑ね。

 だけど、皇太子妃様、ご懐妊ということで恩赦になった。

 他にも、クラウディアさんとサビーナちゃんの必死のとりなしで、なんとか死刑は逃れた。

 ありがとうございます。

 

 どうやら、新官房長官が慣れてないので間違った書類を渡してしまった。

 王国安全企画室と情報省安全調査室を間違えたようだ。

 あのイガグリ坊主(王様)も、何も考えないで、それを読んだ。

 もうボケ老人ね。

 まあ、いきなり襲いかかった私も悪いけど。


 死刑は逃れたが、クビは決定。

 ナイアルラトホテプとの戦いがトラウマになって寝不足で、ボーッとしてましたって言い訳は全然通用せず。

 懲戒免職。

 退職金も無し。

 無職になった。


 やけ酒ついでに賭博場。

 持ってるお金、全部つぎ込んでパーにした。

 用心棒と久々の大喧嘩。

 賭博場から、叩きだされて終わり。

 無一文になった。

 



 さて、昼頃起きた。

 シャワーを浴びる。

 さっぱりした。

 全身鏡で自分の裸をあらためて見る。

 昔とほとんど変わってない。


 変わってないって、まさか、お前はクトルフかって? フフフ、そうよ。

 よく分かったわね。

 実は私はクトルフ。

「あたし」から「私」になった時点でクトルフに変身したのだ。


 私は呪文を唱える。

「クトルフ、クトルフ、リワオー! グスウモー! ウトガリー! アテー! レクデンー! ヨデマゴイー! サヲツー! セウョシイー! ナラダクナー! ンコー! ラナー! ルイガー! トヒタイデー! ンヨシモー!」


 疲れた。

 ふう、子供っぽいことはやめるか。

 いつまで経っても、子供っぽい。

 外見も中身も。

 独身だからかなあ。

 アデリーナさんもサビーナちゃんもミーナさんもすっかり大人。

 子供がいるからかな。


 だいたい、クトルフが顔のシミを気にしたり、依存症患者の集会に出るわけないぞ。

 私がクトルフだったら、お話が根底から覆るじゃない。

 そういうオチのホラー小説を読んだことはあるけどね。


 やれやれ、来年は三十路だ。

 うら若くもない三十歳の崖の下に落っこちた乙女になる。

 もう、どうでもいいや。

 とにかく、私以外、私の裸なんて誰も見ないしー!


 私は仕事一筋に生きることに決めたんよ。

 仕事ってなんだって? シーフよ! 泥棒よ! 本業再開よ! 

 最初の仕事は、こうなったらイガグリ坊主(王様)が大切にしているとか言う王宮の宝物を全部盗んでやる。

 実は王宮内部の図面をすでに取り寄せてある。

 全て調べ上げてあるからね。

 あのイガグリ坊主(王様)に目に物を見せてやる!

 

 もう、「私」はやめて「あたし」に戻るぞ。

 さて、パジャマに着替える。

 昨日の酒が残っている。

 口の中が気持ち悪い。

 歯磨きをする。

 ありゃ、アホ毛がまた立ってる。

 どうでもいいや。


 あたしは寝るぞ!

 泥棒でも仕事しろよって? いいんだよ! とりあえず、二度寝よ、二度寝。

 働いたら負けはやめたんだろって? 今日できる事は明日も出来るんよ。

 追い出される時は、この部屋で大暴れしてねばってやる。

 と考えていたら、ノックの音がした。

 ちぇ、もう来たか!


「開いてるよ~」

 扉が開くと、あら、バルドだ。

 なんだか、私服だけどパリッとした恰好。


「あ、ごめん」とパジャマ姿のあたしを見て、バルドはいったん開けた扉を閉めようとする。

「いいよ、入って」

 花束、ああ送別って意味ね。

 引導を渡しに来たのか。

 知り合いのバルドなら、あたしが暴れないとの配慮ですか。


 ん、バルド、なんだか、緊張しているぞ。

 トイレにでも行きたいのか?


 突然、バルドが言った。

「プルム、ずっと前から好きだった。結婚してくれないか」


 えー! マジ! マジ! ホントー! ふざけてるんじゃないの? いや、バルドの顔が大真面目。えー! どーすんの! どーすんの! どうすればいいの。バルドってあたしにとって、空気みたいな存在だったけど。いや、リーダーがイケメン過ぎて、気がつかなかったけど、バルドもそこそこいい男じゃん。あたしと背が違いすぎるけど、それはまあ大丈夫ね。年齢はあたしより一歳上。全然問題無し。バルドの趣味は確か、ジグゾーパズルと貯金。地味だなあ。


 ん、何故か鼻くそをほじくってるブサイクな男の顔が浮かんできた。

 今は亡きチェーザレだ。

 急に思い出したぞ。

 チェーザレの言葉だ。

『高望みすんなってことだよ。人生、妥協することも大切だぞ』


 そうよね。

 人生、妥協が大切! 妥協、妥協と。


 あれ、けど、バルドって、大企業の社長の息子で、確か遺産貰ったって言ってたな。大金持ちじゃん。貯金が趣味だし、仕事も警備長になって出世頭。妥協どころか、玉の輿だぞ! けど、心配だ。スラム街出身の孤児、懲戒免職くらって無職、無一文のあたしなんて大丈夫かね。バルドの親に猛反対されそうだ。いや、ここで既成事実をつくってしまえばいいのよ。まあ好きでも嫌いでも無いしね。けど、気は合うし。仲良しだし。よーし、もう、こいつでいいや! よっしゃあ! 結婚だあ! 結婚だあ! 三食昼寝付きだあ!


 以上、あたしはすばやく頭の中で、一秒で計算した。



 ちょっと待ったー! え? おい、こら! ふざけんな! お前の恋愛至上主義はどうしたんだって? 

 愛がない人生なんて生まれてきた意味ない。

 愛こそ、この世の至上の宝。

 愛のない男女関係なんて信じられない、とか偉そうに言ってだろって?

 純愛! 純愛! 相思相愛! とかやたらわめいていただろって?


 何だよ、大金持だー! ってはしゃぎやがって! 

 愛は金で買えない! とかも言ってただろって?

 好きでも嫌いでも無しってどういうことだって?

 こいつでいいやって何だよって?

 純愛原理主義者じゃなかったのかよって?



 お前は、この期に及んで、お話を根底から覆すつもりかよって言いたいのでございますか?



 そうね、十代の頃は恋愛至上主義のあたし、純愛にあこがれていたあたし。

「愛があれば何もいらない」とか言ってた十六歳の乙女だったあたし。

 だけど、今は二十九歳の乙女なんだな。

 もうあたしは大人なんよ。


 これでいいんよ!



 さて、男性から告白されたのなんて初めてなんで、どう対応すればいいのかわからない。

 女性からはあったけどね。

 どう返事しようか? と考えていると、

「プルム!」とバルドにいきなり抱きつかれた。

「ちょ、ちょっと、待って、あっ……」

 ああ、もういいや、好きにして。

 あたしとバルドはベッドに倒れこむ。

 その時、あたしは思った。

 歯磨きしといて良かったと。

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