第七十五話:オガスト・ダレスを退治
あたしは、オガスト・ダレスに呼びかける。
「おい、オガスト! この場所に出口はないぞ。人間に戻って、降伏しろ」
しかし、オガストは、
「グルルル!」と不気味なうなり声をあげるだけ。
もう、人間の言葉が理解出来ないのだろうか。
それにしても、てっきり、一番下の階でラスボスらしく待ち構えていると予想していたんだけど、もう現れたか。
あれ、オガストの背後に、黒い本が立っている。
ネクロノミカンじゃん。
あの本をうまく閉じればいい。
そうすれば、オガスト・ダレスは普通の人間に戻る。
そこで、逮捕だ。
事件解決と。
しかし、自動小銃だと本を壊してしまう。
よし、あたしの百発百中のナイフ投げの出番だな。
「みんな、オガストの背後、あの黒い本は撃つな!」と命令したら、ロベルトが前に突出、
「オガスト・ダレス覚悟しろ! ヒャッハー!」と撃ちまくる。
オガスト・ダレスにも銃弾が当たったが、体にめり込むだけだ。
おまけに、ロベルトがメチャクチャに撃ったおかげで、後ろのネクロノミカンが粉々に吹っ飛んだ。
「やい! 何してんの、チャラ男! 本がバラバラになって、閉じられなくなったじゃねーかよ!」
「え! やばいんすか」
全く、相変わらず現場を混乱させやがって、このチャラ男は。
不気味な蛸人間に変身したオガスト・ダレスが、いくつもある蛸のような足を振り回す。
何人かの隊員が吹っ飛ばされた。
皆で自動小銃で撃ちまくるが、どうも効いてないみたい。
「一旦、退却!」とあたしが命令して、回廊から全員逃げて、扉を閉める。
「プルム隊長、撤退すか。つまらんっすねえ」
「ふざけんな、チャラ男! お前が本をぶっ壊したのがいけないんだろ、オガスト・ダレスは人間に戻れなくなったじゃないか」
「あ、そうなんすか」といつものようにヘラヘラしているチャラ男ことロベルト。
ったく。
どうしよう。
ただ、さっきのオガスト・ダレスは、動きがおかしかった。
ただ、蛸のような足を振り回すだけ。
追ってくるわけでもなかった。
顔の表情も狂った感じ。
もう完全に頭がおかしくなっているのだろうか。
あと、一番下の地下四階に居ると思ったら、地下三階でオガストを発見した。
何故だろう。
そういや、蛸って、海水でないと生きられないってことを、ルチオ教授が言ってたなあ。
今日は、大雨だから、地下四階は川の水が流れ込んで、入れなかったのかもしれん。
「クレメンテさん、排水口って閉じられますか」
「図面を見ると可能ですね」
よし、こうなったら水攻めだ。
今日は大雨だし、都合がいい。
一旦、バルドのとこに行って、提案した。
「排水口を閉じれば、雨水でいっぱいなり、オガスト・ダレスを退治できると思います。少しこのまま様子を見ましょう」
あたしとしては、生かして逮捕したかったんだが、もう、これは仕方が無い。
小一時間経った後、扉を開けて、中を見た。
水が満杯になっている。
排水口を開けて、水を流してみた。
その後、入ってみると、蛸人間のままのオガスト・ダレスが死んでいた。
ちとかわいそうだけど、しょうがない。
やれやれ。
一階に戻ると、クラウディアさんが久々に、負傷者を神聖魔法で治療している。
お、クラウディアさんの眉毛が消えかけている。
指摘しないでおくか。
まあ、とりあえず、オガスト・ダレス事件は終了。
「よくやった、さすがはドラゴンキラーだな」とフランコのおっさんに褒められる。
はい、はい、ありがとさん。
そう言えば、ドラゴンペンダントはどうなったんだろう。
クラウディアさんに、こっそりと聞いたら、ドラゴンペンダントが見つからないようだ。
どこにいったんだろう。
排水口から流れちゃったのかな。
それにしても、ああ、朝っぱらから疲れたよと、安全企画室に出勤すると、
「フランコ長官がお呼びです」とサビーナちゃんに言われた。
なんだ、また無理難題を押し付ける気かとビクビクしながら、官房室に行く。
パオロさんが居ない。
「パオロは、今日、病院に行ってるので、お休みです」と言われて、別の秘書さんに案内され、官房長官室に通される。
フランコのおっさんにソファに座るよう言われた。
「刑務所に問い合わせたら、オガスト・ダレスは完全に発狂してしまい、意志の疎通も出来ない状態だったようだ。喋ることも出来ずに、医療刑務所に収監されていたが、普段は大人しかったので油断してしまったらしい」
「どんな方法を使って逃げだしたんですか」
「それが、全く分からないようだ。いきなり消えるように、刑務所から脱走したそうだな」
オガスト・ダレスが喋ることも出来なくなったとすると、呪文も唱えることができなかったはずだ。
どうやって、蛸人間に変身したんだろう。
「お前はドラゴンペンダントの存在を知っているんだろう。この存在を知っているのは、情報省の幹部クラス、クラウディア参事官以外は私とお前とアイーダ様だけだった」
「ドラゴンペンダントが盗まれたとなると大変ですね、あれはドラゴンを操れるから」
「実は、盗まれたのはニセモノなんだよ」
「えっ、そうなんですか。それはよかった。けど、本物はどこなんですか」
「ニエンテ村のシアエガ湖付近だ。正確な場所は教えられない。情報省にも伝えていない」
「あの村は廃村になったんではないですか」
「だから好都合なんだよ」
「アイーダ様はなんとか、ドラゴンペンダントの魔力を消そうとしたのだが、不可能だったんだ。そこで、レッドドラゴン事件があったシアエガの塔に何か関係があるんじゃないかと調査に行ったらしい。そこで、アイーダ様は地下室を発見したんだ。地下室と言っても非常に小さい。地下金庫と言ったほうがいいくらいだ。その場所に置くと、ドラゴンペンダントが作動しない。アイーダ様が亡くなった以上、場所を知っているのは私だけだ」
そう言えば、思い出した。
出勤途中に、ダークスーツの男を見たなあ。
あいつが盗んだんじゃないか。
まあ、ニセモノだからいいのかね。
あたしが釈然としないと思っている件について言おうと思ったが、やめた。
今日は疲れた。
また、無理難題を押し付けられるかもしれない。
人使いの荒いおっさんだからな、フランコ長官は。
今日出来ることは明日も出来ると。
翌日は休日。
寮で昼寝する。
あれ、もうお前は恋愛に興味はなくなったのかって? いや、そうじゃないんだけど。
情報省のクレメンテさんはどうなんだって? うーん、イケメンでかっこよかった。
しかし、ときめかない。
もうイケメンでも、男性にときめかなくなってしまったのかしら。
やばいぞ、あたし。
あたしは恋愛に興味を失ってしまったのか。
このまま、おばさんになってしまうのか。
あたしがおばさんになっても、誰も相手にしてくれん。
それとも、すでにお婆さんなのか。
やれやれ。
いや、待てよ。
リーダーにはドキドキしたぞ。
久々に一緒に行動したので、胸がときめいた。
あたしは、まだ枯れてないぞ!
それに、クレメンテさん、どっかで見たんだよなあ。
どこだっけ?
ちょっと、賭博場で考えるか。
賭博場に行くと、用心棒とトラブルになって、大声をあげている男性がいた。
何だか情けないですな。
しょうがない人がいるなあとよく見たら、情報省のクレメンテさんじゃん。
どっかで見た覚えがあるなあと思ってたんだけど、以前、賭博場で見たのか。
イケメンでカッコよくても、ギャンブル依存症じゃあなあ。
って、ギャンブル依存症ってあたしのことじゃん!
あたしも周りから見たら、あーゆー感じなのかなあ。
そんな女を好きになってくれる男性なんていないぞ。
やばいよ。
よし、このギャンブル依存症を治すぞ!
さて、ある日、ミーナさんから、報告があった。
「あの、実は妊娠しまして」
「あ、そうなんだ。おめでとうございます」
まあ、リーダーと結婚して、もう二年近くか。
別に不思議ではないな。
嫉妬も感じない。
あたしも大人になったのか。
なんて、考えていたら、サビーナちゃんからも、
「あの、実は私も妊娠しまして」
「へ? そうなんだ。おめでとうございます」
サビーナちゃん、二人目か。
これも、別に不思議ではないが。
しかし、いまだに乙女のあたしは、まったくみんなに置いて行かれるようで、暗くなった。
あれ、そうすると二人同時に産休か。
後任どうしよう。
次回から「第十三章 うら若きではないよなあ人生に疲れた二十八歳孤独な乙女/クトルフ最終決戦編」に続きます。




