第六十八話:ドラゴンキラーの肩書を返上したいので、クラウディアさんに相談する
あたしの名前はプルム・ピコロッティ。
ナロード王国安全企画室長(課長級)だ。
何だよ、課長級って?
うら若きは心しだいの二十五歳の乙女だよ。
文句あるか!
ひらきなおったのかって? そうだよ! なんか悪い?
とは言うものの、人生疲れてきたなあ。
ディーノ少尉が死んだのはショックだった。
葬儀にも出席した。
悲しい。
軍隊式で銃砲を撃つ。
二階級特進で大尉だそうだ。
けど、死んじゃってはどうにもならない。
あたしは憂鬱になった。
正直、もうこの、「ドラゴンキラー」と言う肩書を返上したい。
どこに行っても、ドラゴンキラーと呼ばれる。
こんなもんがあるから、フランコのおっさんに無理難題言われるようになるんだ。
あたしもいつ殉職するかわからん。
二階級特進するかどうか知らんけど。
そういうわけで、情報省のクラウディアさんのところへ相談に行くことにした。
もともと、あたしがシアエガ湖でドラゴンを倒したということになってしまったのは、クラウディアさんの依頼だったんだからね。
情報省参事官室に行く。
相変わらず、いい香り、そして眩い光が扉の隙間からもれている。
扉をノックすると、クラウディアさんの美しい声で、「どうぞ」と聞こえてきた。
「失礼します」と中に入ると、ウワ! 何だか、ますます書類がグシャグシャになって、天井近くまで大量に積んであるぞ。
こんなんで、仕事、大丈夫なんだろうか。
「あら、プルムさん」とクラウディアさんはいつものように、にこやかな顔でこちらへ近づいてくる。
今日のファッションは、白いワンピース。花柄あり。ノースリーブでラウンドネック。
ちょっとお嬢様っぽいね。
犬はどこだ、犬は。
おっとショートブーツの側面にドーベルマンのシールが貼ってあった。
しかし、この人、いつまで経っても若いなあ。
むしろ若返っている。
何歳かしらんけど。
「クラウディア様、あのー、ご相談があるのですが」
「はい、何でしょうか」
依然としてニコニコしながら、あたしをソファに案内してくれるクラウディアさん。
「えーと、私がドラゴンキラーなんて者じゃないというか、えーと、その、ドラゴンを剣で倒したとか撃退したとかじゃなくて、単純にシアエガ湖の塔の上に貼ってあったドラゴンペンダントをはずしただけの、ただの女って事を知っている人は誰なんですか」とあたしが聞くと、
「はい! はい! 私、知ってます!」と小学生のように右手を挙げて、満面の笑顔で嬉しそうなクラウディアさん。
天然女神は変わらんな。
あんたが知ってるってことは、こっちは重々承知してるっちゅーの。
少し間をおいて、
「えーと、クラウディア様以外ではどなたでしょうか」
「私だけですね」
「は? クラウディア様だけって? 確かあの時、上からの命令云々とか言ってませんでしたっけ」
「情報大臣からのご命令ですね」
「その情報大臣は、今、どうされてるんですか」
「レッドドラゴン事件の翌年、残念ながら病気でお亡くなりになりました」
「今の大臣は知らないんですか」
「知らないみたいですね。だいぶ前に、警備隊にドラゴンを倒した凄い女性が居るんだってと聞かれた事がありますから」
「えー! じゃあ、王様もフランコ官房長官も知らないんですか」
「ご存知ではないようですね」とさらにニコニコ顔のクラウディアさん。
おいおい、じゃあ、真実を知っているのは、あたしとクラウディアさんだけかよ。
他の人たちは、みんな、あたしがドラゴンを倒したと本当に信じているのか。
そりゃ無理難題押し付けられるのも無理ないぞ。
「あのー、ドラゴン秘儀団も壊滅して、約三年経った事だし、この際、情報公開したらどうですか」
「え、なんでそうお思いになられたんですか」
「もう、ドラゴンキラーとか呼ばれたくないんですよ。ドラゴンペンダントをはずした女ならいいですけどね。ドラゴンキラーの真実を公開してくれませんか」
「そうするとまずい事になると思いますけど」
「なにがまずいんですか?」
「あの、経歴詐称ってことになりますよ」
「この際いいですよ、経歴詐称で非難されても、クビになっても」と投げやりに答える。
あたしはもう疲れたんよ。
「そうされると、今までの給料の半額は返納になると思いますよ」
「えー、どうしてですか!」と仰天するあたし。
「ドラゴンを倒したことで人事査定されて、今まで、それに基づいて給料が出ていると思います。多分、遡って返納になるかと」
おいおい、ギャンブル依存症で貯金なんて全然貯まってないよ。
返納なんて出来るわけないじゃん。
あたしが憮然としていると、
「あのー、もしかして、プルムさん、お怒りでしょうか」と追い詰められたリスのようにおどおどするクラウディアさん。
「アハハ、大丈夫ですよ」と笑う。
クラウディアさん気が弱いからな。
あまり責める気にはならない。
美しいので無理矢理許す。
ますます憂鬱になって、職場へ戻ることにした。
何か、あたしのこの異常な出世や無理難題を押し付けられる理由もわかってきたな。
ドラゴンを倒したと思われているんだから。
やれやれ。
やれやれと思いながら、王宮前の大通りを歩いていると、途中で自転車の前輪を上げて、後輪だけで走らせてるアホな奴がいた。
よく見ると、チャラ男ことロベルトだ。
相変わらずいい加減な奴だ。
あたしでさえ、最近はわりと真面目なのに。
自転車を止めて、あたしに話しかけるチャラ男。
「ウィーッス! プルム大隊長殿、お元気っすか!」
「もう大隊長じゃないよ。なに公用の自転車で遊んでんの」
「いや、遊んでんじゃなくて、巡回中に自転車の性能を確かめてるんっす」
噓つけ、遊んでたんだろと思ったが、どうでもいいや。
チャラ男はいつまで経ってもチャラ男。
「そういや、アギーレ小隊長の噂知ってますか」
「え、何も知らないよ」
リーダーに何かあったのか?
「アデリーナさんと別居したみたいっすよ」
「え、ホント! 何で?」びっくりするあたし。
「よく分からないけど、性格の不一致ってやつですかねえ。それとも、やっぱり吊り橋効果だったんですかねえ」
吊り橋効果って何だっけ。
ああ、勘違いするやつか。
「離婚したってわけ?」
「うーん、そこまではよく知らないっす」
「何で、あんた知ってんの」
「警備隊の中で噂になってますから」
ううむ、あたしの職場は警備隊庁舎と離れてるから、噂とか届かないんよ。
寮でも浮いてるし。
いつまで居座っているんだって悪口言われている。
大隊長時代のいい加減さも手伝って、ハブられとるんよ。
悲しいなあ。
それはともかく!
これはチャンスじゃん。
リターンマッチだ!
リーダーに再チャレンジよ!
おっと、ダメダメ。
人の不幸は楽しんではいかん。
だいたい、リーダーも結婚やら女はこりごりと考えているかもしれん。
最近、元気が無かったのはそういうことだったのか。
「離婚したのか知らんすけど、子供の親権争いで裁判沙汰になるっていう噂もあるっす。どこまで本当かわからんすけど」
うーん、全然知らなかった。
とにかく、今回は慎重に行こう。
「ところで、あんたはうまくやってんの? ジェラルドさんとは」
「オイラんとこは全然大丈夫っす。毎日、愛し合ってますよ」
ううむ、正直、想像すると気持ち悪い。
いや、差別はよくないですよね。
とりあえず情報収集だ。
「ねえ、ロベルト、自転車の後ろに乗せてよ」
「今、巡回中っすよ。あと、二人乗りは規則違反すよ」
「いいんだよ、乗せろ、チャラ男!」と無理矢理後ろに乗る。
「もう、しょうがない人っすねえ」とチャラ男が呆れている。
全て自分に都合よく捻じ曲げるやっぱりいい加減なあたし。
ロベルトに連れてもらって、警備隊の庁舎に行く。
窓の外から見ると、確かにリーダーが座っていない。
しかし、人がだいぶ替わっているなあ。
親しい人がほとんど居ないぞ。
それに、大隊長時代のいい加減な仕事ぶりで、あたしの評判は最悪。
中に入りづらい。
あ、ミーナさんがいる。
シーフ技で、そーっと、部屋に入って、スッとミーナさんが座っている椅子の横に移動して、両膝ついてこっそりと声をかける。
「ミーナさん」
いきなり横にあたしが現れて、「キャ!」と小さく驚くミーナさん。
「ご無沙汰です。プルムです。覚えていますか」と小声で言うと、
「もちろん、覚えていますよ」とおしとやかに笑うミーナさん。
相変わらず、大人しそうな感じの良い人だ。
「リーダー、じゃなくて、アギーレ小隊長って今日は休みなの」
「それが、休職しているんです」
「へ? どっか体が悪いの」
「いや、それが、言っていいのかどうか。けど、プルムさんならいいですよね。課長様ですから」
そういや、あたしは課長級だったな。
なんだかよくわからんけど。
「どうも、心の病みたいなんです」
「え、そうなんだ」
「実はバルド大隊長と一緒にアギーレ小隊長のご自宅に行ったことがあるんです。けど、玄関の扉越しでしか話ができず、家に入れてくれなかったんです」
「アデリーナさんは?」
「お子さんを連れて別居しちゃったみたいです」
うーむ、チャラ男情報は合ってたんだな。
バルドにも聞いてみようかな。
大隊長室へ行く。
「バルド大隊長殿、お久しぶりです」と顔を覗かせると、
「あ、プルム。ついに仕事が嫌になって辞めたの」
仕事なんて、いつでも嫌ですよー!
「辞めてないって。ところで、リーダーってどうなってんの?」
「個人情報だから教えられない」
「えー! 教えてよー! 昔の仲間でしょ」
「しょうがないなあ。うつ病で半年休職」
「うつ病ってどんな感じなの」
「俺もわからんよ」
うーん、どうしよう。
いっそ、いきなりリーダーのご自宅に乱入して、告白しようかな。
いや、そんなことしたら嫌われるか。
さりげなくお見舞いするかなあ。
けど、足の骨を折ったとかなら、即行で突撃するんだけどなあ。
しかし、心の病となると、デリケートな問題ではあるよなあ。
「それにしても、リーダー、半年も給料無しで、生活とか大丈夫なのかなあ」とあたしが心配していると、
「給料出るよ。本俸の八割だけど」
「えー! 半年も休んでるのに給料出んの!」
知らなかった。
「そうだよ、休職中は一年間は出るんだ。おっと、通勤手当は出ないよ」
徒歩通勤だから、通勤手当なんて最初から無いのは当たり前じゃ。
「そうなんだ。とりあえず一年は経済的には、やっていけるんだ」
「いや、二年目からは、給料は出ないけど、疾病手当というのが本俸の六割くらい出るよ」
なにー、それも知らんかった。
じゃあ、二年さぼっても大丈夫やんけ。
クソー、あたしも平隊員の時、休職しまくればよかった。
後悔先立たず。
「三年目はどうなんの?」
「給与も手当も無し。けど、席はあるよ。三年過ぎたら解雇。しかし退職金は出るよ」
「なんだか恵まれてるなあ」
「けど、中には、その三年の間はほとんど休んで、ちょっと出勤しては、また休む奴がいるんだよ。一種のさぼりだね」
「そんな奴、クビにしちゃえばいいじゃない」とさぼり魔のあたしが偉そうにする。
「それが、難しいんだよ。それに、本当に病気だったら、かわいそうじゃないか」
まあ、そうだけど。
うーむ、泥棒なんて、休んでも誰も給与も手当もくれないぞ、当たり前だけど。
「知らなかった。ああ、あたしも休職しようかな」
「だめだよ、ずる休みしちゃ。プルムは元気でしょ」
まあ、確かに元気だけどさ。
けど、恋の病には散々罹ったうえに、こじらせまくってるぞ。
やれやれ。
それに、今の部署、あたしとサビーナちゃんしかいないから休めないよなあ。
安全企画室に戻って、リーダーの家にお見舞いにいくかどうか悩んでいると、なんとなく恥ずかしそうにサビーナちゃんが近づいてきた。
「あのー、実は赤ちゃんができまして」
「え、ほんと、おめでとう」
そうなのか。
サビーナちゃんが妊娠か。
まあ、不思議でも全然ないが、あたしだけ人生のいろんな転機から取り残されていくような気がする。
暗くなる。
あたしは課長になっても、いまだに乙女。
やれやれ。
みんなにどんどん老いて枯れるようになってしまった。
おっと、「置いてかれる」か。
「老いて枯れる」なんて、嫌な字に変換しちゃった。
「年休を全部使って、その後に産休、育児休業です」
「えーと、約一年と半年間も休めるの。けど、アデリーナさんはそんなに休まなかったぞ」
「選べるんですよ」
「へ~」
「けど、育休の間、給与は出ないんですよ。つらいですよ~」
「あ、そうなんだ」
けど、つらいですよ~とか言ってるけど、あんたんとこ、名家のアロジェント家、超大金持ちじゃんと言いたくなったが、黙っておく。
「育児も大変なんですよ~」
何言っとんじゃ、あんたのとこ、お手伝いさんとか山のように大勢いるじゃんと思ったが、やはり黙っとく。
「それにしても、休職は八割給与が出て、育休は出ないのか。よくわからんなあ」
「そうですよね。あ、けど給与は出ないけど育児休業手当が出るんです」
「何じゃ、もう、わけわからん」
ところで、あの初めて会ったときの、か細い手足で胸はぺったんこの可憐な十四歳の美少女サビーナちゃんはどこにいったの。
いまや、二十三歳、胸がはちきれんばかりにでかいし、尻もでかい。
艶っぽい。
女って変われば変わるもんねえ。
って、あたしも女じゃない。
なんで全然変わらないの! 世の中、不公平だ!
ああ、あたしには休職も産休も育休も一生関係ないのだろうか。
「それにしても、プルムさん相変わらずスリムでいいですねー」と無邪気な顔で笑うサビーナちゃん。
「アハハ、そう」
このオンナー! はっきり言えよ、幼児体型って。
チキショー!
ああ、けど、可愛いから許すよ、サビーナちゃん。
そんなあたしの気持ちに全然気づかないサビーナちゃん。
また、ダリオさんのことをペラペラと喋りまくる。
やれやれ。
それはともかく、サビーナちゃんがいなくなったら、またあたし一人じゃん。
あのイガグリ坊主(王様)のお気に入りのサビーナちゃんが居なくなったら、またトイレの隣の小汚い小部屋に叩きこまれそうだ。
勤務時間が終わった後、人事部に後任をくれと言っておいた。
それにしても、リーダーのことはどうしよう。
やはり、少し元気になってからだよね。
ちょっと間をおくかなあ。
休日にリーダーの家に行ってみた。
確かこのアパートの二階だったなあ。
一度だけ行ったことがある。
アデリーナさんの懐妊祝いだったかな。
ベランダ側から見ると、カーテンが閉まったまま。
リーダーとアデリーナさんとは何があったんだろう。
あんなに仲良さそうだったのに。
玄関のドアの手前まで行く。
うーん。
悩んだ末、引き返してしまった。
昔の仲間で大隊長のバルドでさえ、門前払いだったんだもんなあ。
家に入れてくれなかったら、あたしの方がショックで病気になってしまいそうだ。
それに、あたしの恋愛活動全然うまくいってないから、少し、臆病になっている。
以前に訪問したときは、窓からリーダーのご自宅の居間の窓からスポルガ川が見えたなあ。
なかなか良い景色だったことを覚えている。
七年前だっけ。
スポルガ川に散歩がてらに行って見る。
この首都に来た時はもっときれいだったのに、何となく汚れてきた。
悪臭がするぞ。
あたしは鬱々として寮に帰った。




