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ドラゴンキラーと呼ばれた女/プルムの恋と大冒険  作者: 守 秀斗
第九章 うら若きはもう無理の二十四歳呆然とする乙女/クトルフ教団編
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第六十七話:集団自殺

 午前二時。

 ディーノ少尉と軍曹、ダニエレ伍長、ルカ一等兵の四人が、シム・ジョーンズ逮捕に向けて出発。

 あたしは落ち着かない。

 なんだか、ドキドキしてきた。

 ディーノ少尉は大丈夫だろうか。


 何だよ、また惚れちゃったのかよ。イケメンばっか追いかけて、結局、いつも置いてけぼりくらっているくせにって? ウルセーヨ、作戦がうまくいくかどうか心配してんの! と言いつつ、ちょっと乙女心がヒートアップしてきたのも事実だな。


 マルコ二等兵が起きてきた。

 ちょっと喉が渇いたと、水筒で水を飲んでいる。


「ディーノ少尉たちは出発しましたか」

「はい、出発しました。ところで、マルコさん、眩暈のほうはいかがですか」

「ええ、もう大丈夫です」


 それにしても、シム・ジョーンズの考えがよくわからないな。

 ちょっと、マルコ二等兵の意見を聞いてみるか。


「ウーゴ少尉が脱走したのに、シム・ジョーンズは、全然、気にしなかったですね。何か変と思いませんでしたか」

「もう、生贄の人数が揃っているんじゃないんですかね」

 生贄か。

 確か、ディーノ少尉は百六十人と言ってたな。

 なぜ百六十人か知らんけど。


「マルコさんはシム・ジョーンズが信者を生贄にするって本当だと思いますか」

「本当だと思いますね」

「私は、クトルフを復活させるって聞いたんですが、そんなこと出来るんですかねえ」

「信者を生贄にして、アザトスを召喚するのが目的みたいですよ」


 アザトス。

 聞いたことあるなあ。

 思い出した。

 ルチオ教授が、オガスト・ダレスの邸宅で言っていた。

『太古の地球を支配していたが、現在は姿を隠している異世界の者たちを、旧支配者と呼ぶ神話じゃな。なかでも目が不自由で、馬鹿の王アザトスは、この宇宙の真の創造主と考えられているようじゃ』

 馬鹿の王アザトス。

 バカくらべなら負ける気がしないと、その時、思ったもんだ。

 ん?


「あれ、なんでアザトスのこと知ってるんですか?」とマルコ二等兵に聞こうとしたら、突然、首の後ろを殴られ、あたしは気絶した。




 気が付くと、集会場の前に横たわっていた。

 もう、陽が昇っている。

 朝だ。

 目の前には、信者たちがボーッと突っ立ってる。

 約百五十人の信者たち。

 全員、紙コップを手に持っている。


「起きたかね、偽ジャーナリスト女」とシム・ジョーンズが笑っている。

 ディーノ少尉たちも、縛られて座らされている。

「プルム顧問、面目ない」とディーノ少尉が悔しそうにしている。

 どうやらマルコ二等兵は、シム・ジョーンズの教団信者のようだ。

 その裏切りで、夜中に逮捕することは、筒抜け状態だったようで、シム・ジョーンズの自宅に潜入した途端、大勢の信者に捕まってしまったらしい。


「この裏切り者」とあたしがマルコ二等兵をののしるが、せせら笑うだけ。

「皆さん、シム・ジョーンズに騙されないで」と信者たちに叫ぶが、二等兵に殴られる。

「痛!」

 チキショー!

 こんな縛めはシーフ技であっさりと解けるのだが、マルコ二等兵が自動小銃を持って、あたしの頭を狙っているので無理だ。 

 

 シム・ジョーンズが、あたしに小声で囁く。

「お前はクトルフに詳しそうだから教えてやろう。お前たちを含めたこの百六十人を生贄にして、馬鹿の王アザトスを復活させ、私がこの世界を支配するのだ」

「そんなこと出来るわけない」

「出来る! まあ、お前はすぐに死ぬから、関係ないがな」

「誰からそんな事を聞いたの」

「ダークスーツの男だ」

 また、ダークスーツの男。

 これで、何度目だ。

 

 シム・ジョーンズがみかん箱の上に立って、演説を始めた。

「さあ、諸君、時は来た。皆で一斉に異世界に行こう。異世界に行けば、チートでハーレムな生活が待っているぞ!」

 信者全員が持っている紙コップに水を入れて、少量の白い粉を混ぜている。


「その白い粉は魔法の薬だ。楽に異世界にいけるぞ、さあ、諸君、一気に飲むのだ、チートでハーレム!」

「チートでハーレム!」と一斉に唱える信者たち。 


 また、シム・ジョーンズがあたしに小声で言った。

「お前だけには教えてやろう、この白い粉は青酸カリだよ」

 ゲッ! 青酸カリ。

 某少年探偵小説にやたら出てくる毒薬じゃん。

 ひい、死にたくないよー!

 しかし、鼻をつままれ、無理矢理飲まされた。

 にがい。

 これは本当に終わりだ。

 ああ、死ぬのか。

 何度も言ったかもしれんが、まだ乙女だぞ。

 乙女のまま青酸カリで殺される。

 なんて悲惨な人生だ。

 皆さんさようなら……。


 

 あれ?

 って、べつに死なないぞ。

 不味いけど、苦しくはない。

 他の信者の皆さんも、にがい、不味いとは言っているが、大丈夫そうだ。

 シム・ジョーンズたちがうろたえている。

 

 その隙に、シーフ技でいましめを解く。

 マルコ二等兵に、袖に隠してあったナイフを投げる。

 腕に刺さって、自動小銃を落とした。


 拾って、

「もう観念なさい」と銃を突きつける。

 逃げようとするシム・ジョーンズに股間蹴り。

 悶絶したおっさんを逮捕。


 ディーノ少尉たちの縛めも解いてやる。

「プルム顧問、すごいですね。さすがはドラゴンキラーですね」とディーノ少尉に褒められる。

「アハハ、大したことないですよ」と謙遜するあたし。

 ドラゴンキラーって言われるのは嫌なんですけどね。


 あれ、信者たちが騒ぎ始めた。

「どうなってんだよ、異世界はどこだ」

「ハーレムはどこだよ」

「ふざけんな! 騙しやがったな」

「金返せ!」

「こいつは詐欺師だ」


 信者が集まってきて、袋叩きにされるシム・ジョーンズ。

 ボディーガードからも叩かれている。

 あたしは自動小銃を空に向かって威嚇射撃する。

 信者たちはようやく落ち着いた。

 やれやれ。

 信者たちを助けるつもりで来たのに、シム・ジョーンズを助けることになってしまった。



 なぜ青酸カリを飲んでも、誰も死なずにすんだのか。

 シム・ジョーンズは青酸カリを二十年前にメッキ工場から盗んだのだが、その後、封もせずにテキトーに保管していたので、すっかり無毒化していたようだ。

 アホな奴でよかった。


 ヘタしたら教団との銃撃戦とか、信者の集団自殺とか、壮絶な展開を予想していたんだけど。

 今回はつらい任務かと思ったら、大したことなかったなあ。

 誰も死ななかったし。

 

 とりあえず、シム・ジョーンズと裏切者のマルコ二等兵だけ、船のキャビンに押し込んで、先に護送することにした。

 あたしとディーノ少尉が見張り、軍曹が船を操縦する。

 

 残りの信者はすっかりしらけて、大人しくしているので、監視はダニエレ伍長たち二人だけで充分だろう。

 コポラ村に戻ったら、すぐに船を何隻か送ってやるつもりだ。


 村に向かう途中、甲板に出て、あらためてきれいな景色だなあと思っていると、ディーノ少尉が近づいてきて、

「プルムさん。戻ったら、一緒に二人で飯でも食べに行かないか」と誘われた。

 あれ、いつのまにか「さん」付け。

 そして、「二人で」って、もしかして、これデートの誘いかしら。

 ちょっと、いい雰囲気。

 それとも単に腹が減ってるんか。

 ドキドキするあたし。


 返事をしようとしたら、

「おーい、気持ち悪い、船に酔った。吐きそうだ。外の空気が吸いたい」と船体のキャビンに押し込んだシム・ジョーンズが騒いでいる。

 ったく、いいところだったのに。

 邪魔すんなよ、シム・ジョーンズ!


「しょうがねえなあ、歳出化経費で買った船を汚されるのも嫌だし」とディーノ少尉がシム・ジョーンズを船尾の甲板に出してやる。

 あたしと二人で見張ることにした。


 シム・ジョーンズはゲーゲー川に吐いている。

 汚いなあ。

 しょうがないから背中をさすってやる。

 ちょっと、落ち着いたのか、

「口が気持ち悪い。水くれないか」と本人が言った。


 やれやれと、あたしがキャビンから水筒を持ってきてやろうと、前方へふり返ると、川岸に誰か立っている。

 あれ、あの顔は、目が覚めて教団から逃げ出したウーゴ・ルッソ少尉だ。

 自動小銃をこっちに向けた。

「伏せて!」とあたしは叫ぶ。


「おい、シム・ジョーンズ! 騙しやがって、この詐欺師野郎! 死ね!」と叫びながらウーゴ少尉が自動小銃を撃ちまくる。

 軍曹が、あわてて機関銃で応戦した。

 ウーゴ少尉が倒れる。


「ひえー! 助けて!」とシム・ジョーンズが悲鳴をあげている。

「大丈夫!」と駆け寄るが、ケガはないようだ。

 やれやれ。


 あれ、ディーノ少尉が動かない。

「ディーノ少尉!」

 全く答えが無い。


 シム・ジョーンズをかばって、ディーノ少尉は死んでいた。

 なんで、ろくでなしのシム・ジョーンズが無事で、ディーノ少尉が死んじゃうだよ。

 呆然とするあたし。

次回から「第十章 うら若きは心しだいの二十五歳リータンマッチする乙女/スポルガ川の汚染対策編」に続きます。

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