第六十七話:集団自殺
午前二時。
ディーノ少尉と軍曹、ダニエレ伍長、ルカ一等兵の四人が、シム・ジョーンズ逮捕に向けて出発。
あたしは落ち着かない。
なんだか、ドキドキしてきた。
ディーノ少尉は大丈夫だろうか。
何だよ、また惚れちゃったのかよ。イケメンばっか追いかけて、結局、いつも置いてけぼりくらっているくせにって? ウルセーヨ、作戦がうまくいくかどうか心配してんの! と言いつつ、ちょっと乙女心がヒートアップしてきたのも事実だな。
マルコ二等兵が起きてきた。
ちょっと喉が渇いたと、水筒で水を飲んでいる。
「ディーノ少尉たちは出発しましたか」
「はい、出発しました。ところで、マルコさん、眩暈のほうはいかがですか」
「ええ、もう大丈夫です」
それにしても、シム・ジョーンズの考えがよくわからないな。
ちょっと、マルコ二等兵の意見を聞いてみるか。
「ウーゴ少尉が脱走したのに、シム・ジョーンズは、全然、気にしなかったですね。何か変と思いませんでしたか」
「もう、生贄の人数が揃っているんじゃないんですかね」
生贄か。
確か、ディーノ少尉は百六十人と言ってたな。
なぜ百六十人か知らんけど。
「マルコさんはシム・ジョーンズが信者を生贄にするって本当だと思いますか」
「本当だと思いますね」
「私は、クトルフを復活させるって聞いたんですが、そんなこと出来るんですかねえ」
「信者を生贄にして、アザトスを召喚するのが目的みたいですよ」
アザトス。
聞いたことあるなあ。
思い出した。
ルチオ教授が、オガスト・ダレスの邸宅で言っていた。
『太古の地球を支配していたが、現在は姿を隠している異世界の者たちを、旧支配者と呼ぶ神話じゃな。なかでも目が不自由で、馬鹿の王アザトスは、この宇宙の真の創造主と考えられているようじゃ』
馬鹿の王アザトス。
バカくらべなら負ける気がしないと、その時、思ったもんだ。
ん?
「あれ、なんでアザトスのこと知ってるんですか?」とマルコ二等兵に聞こうとしたら、突然、首の後ろを殴られ、あたしは気絶した。
気が付くと、集会場の前に横たわっていた。
もう、陽が昇っている。
朝だ。
目の前には、信者たちがボーッと突っ立ってる。
約百五十人の信者たち。
全員、紙コップを手に持っている。
「起きたかね、偽ジャーナリスト女」とシム・ジョーンズが笑っている。
ディーノ少尉たちも、縛られて座らされている。
「プルム顧問、面目ない」とディーノ少尉が悔しそうにしている。
どうやらマルコ二等兵は、シム・ジョーンズの教団信者のようだ。
その裏切りで、夜中に逮捕することは、筒抜け状態だったようで、シム・ジョーンズの自宅に潜入した途端、大勢の信者に捕まってしまったらしい。
「この裏切り者」とあたしがマルコ二等兵をののしるが、せせら笑うだけ。
「皆さん、シム・ジョーンズに騙されないで」と信者たちに叫ぶが、二等兵に殴られる。
「痛!」
チキショー!
こんな縛めはシーフ技であっさりと解けるのだが、マルコ二等兵が自動小銃を持って、あたしの頭を狙っているので無理だ。
シム・ジョーンズが、あたしに小声で囁く。
「お前はクトルフに詳しそうだから教えてやろう。お前たちを含めたこの百六十人を生贄にして、馬鹿の王アザトスを復活させ、私がこの世界を支配するのだ」
「そんなこと出来るわけない」
「出来る! まあ、お前はすぐに死ぬから、関係ないがな」
「誰からそんな事を聞いたの」
「ダークスーツの男だ」
また、ダークスーツの男。
これで、何度目だ。
シム・ジョーンズがみかん箱の上に立って、演説を始めた。
「さあ、諸君、時は来た。皆で一斉に異世界に行こう。異世界に行けば、チートでハーレムな生活が待っているぞ!」
信者全員が持っている紙コップに水を入れて、少量の白い粉を混ぜている。
「その白い粉は魔法の薬だ。楽に異世界にいけるぞ、さあ、諸君、一気に飲むのだ、チートでハーレム!」
「チートでハーレム!」と一斉に唱える信者たち。
また、シム・ジョーンズがあたしに小声で言った。
「お前だけには教えてやろう、この白い粉は青酸カリだよ」
ゲッ! 青酸カリ。
某少年探偵小説にやたら出てくる毒薬じゃん。
ひい、死にたくないよー!
しかし、鼻をつままれ、無理矢理飲まされた。
にがい。
これは本当に終わりだ。
ああ、死ぬのか。
何度も言ったかもしれんが、まだ乙女だぞ。
乙女のまま青酸カリで殺される。
なんて悲惨な人生だ。
皆さんさようなら……。
あれ?
って、べつに死なないぞ。
不味いけど、苦しくはない。
他の信者の皆さんも、にがい、不味いとは言っているが、大丈夫そうだ。
シム・ジョーンズたちがうろたえている。
その隙に、シーフ技でいましめを解く。
マルコ二等兵に、袖に隠してあったナイフを投げる。
腕に刺さって、自動小銃を落とした。
拾って、
「もう観念なさい」と銃を突きつける。
逃げようとするシム・ジョーンズに股間蹴り。
悶絶したおっさんを逮捕。
ディーノ少尉たちの縛めも解いてやる。
「プルム顧問、すごいですね。さすがはドラゴンキラーですね」とディーノ少尉に褒められる。
「アハハ、大したことないですよ」と謙遜するあたし。
ドラゴンキラーって言われるのは嫌なんですけどね。
あれ、信者たちが騒ぎ始めた。
「どうなってんだよ、異世界はどこだ」
「ハーレムはどこだよ」
「ふざけんな! 騙しやがったな」
「金返せ!」
「こいつは詐欺師だ」
信者が集まってきて、袋叩きにされるシム・ジョーンズ。
ボディーガードからも叩かれている。
あたしは自動小銃を空に向かって威嚇射撃する。
信者たちはようやく落ち着いた。
やれやれ。
信者たちを助けるつもりで来たのに、シム・ジョーンズを助けることになってしまった。
なぜ青酸カリを飲んでも、誰も死なずにすんだのか。
シム・ジョーンズは青酸カリを二十年前にメッキ工場から盗んだのだが、その後、封もせずにテキトーに保管していたので、すっかり無毒化していたようだ。
アホな奴でよかった。
ヘタしたら教団との銃撃戦とか、信者の集団自殺とか、壮絶な展開を予想していたんだけど。
今回はつらい任務かと思ったら、大したことなかったなあ。
誰も死ななかったし。
とりあえず、シム・ジョーンズと裏切者のマルコ二等兵だけ、船のキャビンに押し込んで、先に護送することにした。
あたしとディーノ少尉が見張り、軍曹が船を操縦する。
残りの信者はすっかりしらけて、大人しくしているので、監視はダニエレ伍長たち二人だけで充分だろう。
コポラ村に戻ったら、すぐに船を何隻か送ってやるつもりだ。
村に向かう途中、甲板に出て、あらためてきれいな景色だなあと思っていると、ディーノ少尉が近づいてきて、
「プルムさん。戻ったら、一緒に二人で飯でも食べに行かないか」と誘われた。
あれ、いつのまにか「さん」付け。
そして、「二人で」って、もしかして、これデートの誘いかしら。
ちょっと、いい雰囲気。
それとも単に腹が減ってるんか。
ドキドキするあたし。
返事をしようとしたら、
「おーい、気持ち悪い、船に酔った。吐きそうだ。外の空気が吸いたい」と船体のキャビンに押し込んだシム・ジョーンズが騒いでいる。
ったく、いいところだったのに。
邪魔すんなよ、シム・ジョーンズ!
「しょうがねえなあ、歳出化経費で買った船を汚されるのも嫌だし」とディーノ少尉がシム・ジョーンズを船尾の甲板に出してやる。
あたしと二人で見張ることにした。
シム・ジョーンズはゲーゲー川に吐いている。
汚いなあ。
しょうがないから背中をさすってやる。
ちょっと、落ち着いたのか、
「口が気持ち悪い。水くれないか」と本人が言った。
やれやれと、あたしがキャビンから水筒を持ってきてやろうと、前方へふり返ると、川岸に誰か立っている。
あれ、あの顔は、目が覚めて教団から逃げ出したウーゴ・ルッソ少尉だ。
自動小銃をこっちに向けた。
「伏せて!」とあたしは叫ぶ。
「おい、シム・ジョーンズ! 騙しやがって、この詐欺師野郎! 死ね!」と叫びながらウーゴ少尉が自動小銃を撃ちまくる。
軍曹が、あわてて機関銃で応戦した。
ウーゴ少尉が倒れる。
「ひえー! 助けて!」とシム・ジョーンズが悲鳴をあげている。
「大丈夫!」と駆け寄るが、ケガはないようだ。
やれやれ。
あれ、ディーノ少尉が動かない。
「ディーノ少尉!」
全く答えが無い。
シム・ジョーンズをかばって、ディーノ少尉は死んでいた。
なんで、ろくでなしのシム・ジョーンズが無事で、ディーノ少尉が死んじゃうだよ。
呆然とするあたし。
次回から「第十章 うら若きは心しだいの二十五歳リータンマッチする乙女/スポルガ川の汚染対策編」に続きます。




