第六十一話:初デート
ドラゴンも退治されて、その件についてもフランコのおっさんがカクヨーム王国に連絡したらしく、国境も平和になりました。
しかし、退屈。
このど田舎は賭博場も無い。
仕方が無く、単なる視察やら見回りのルーチンワーク。
こうやって年を取っていくのか。
もう、首都メスト市に帰りたいので、フランコのおっさんに連絡しても、忙しいから、とりあえず念のためそこにいろって。
どうも、例の皇太子殿下とカクヨーム王国の女性との結婚話の調整で忙しいらしい。
ただ、時間が過ぎていく。
え? 恋愛はどうしたって? う~ん、最近、疲れてんのよ。
眠い。
眠いなあと、うつらうつらしていたら、ランベルト副隊長があたしの執務室に入って来た。
「プルム隊長、明日は休日ですよね」
「えーと、そうですね」
「明日、二人で湖に行きませんか」
「はあ、視察ですか」
「近くに素敵なお茶屋さんがあるんですよ」
「ああ、そうですか。わかりました」
「では、失礼します」
「はい、お疲れ様です」
あたしも宿舎に帰る。
さっきの会話を冷静に考える。
えーと。
「休日に」
「二人で」
「湖の近くの」
「素敵なお茶屋さんに」
「行く」
こ、これ、デートの誘いじゃない!
ヤッター! 神はあたしを見捨ててなかったわ。
初デート! 初デート!
純然たる本当のデート!
マジにデート!
二十二歳にして初デート!
舞い上がるあたし。
乙女心がヒートアップ!
部屋を飛び跳ね、ベッドヘタイブ!
ベッドの上をゴロゴロ転がる。
ベッドから落っこちて、部屋の隅まで転げていく。
何、着ていこう?
お化粧はどうしよう。
ちょっと、化粧してみた。
ピエロになった。
だめだ、こりゃ。
一旦、顔を洗ったら、すっぴんのほうがいいじゃない。
悩んだすえ、ナチュラル・メイク。
普段すっぴんだから、それでいいや。
くそー、もっと化粧の練習しとけばよかった。
その代わり、かわいいスカートを履こう。
って、急に派遣されたから、そんなもん持ってこなかったぞー!
仕方が無い。
一番マシな、上は白いシャツ、下は水色パンツ姿にした。
うむ、一応、清潔感はあるな。
かわいいポシェットを持って行く。
翌日。
待ち合わせ場所の近くの大きな木に上って、双眼鏡で監視するあたし。
五時間前に来た。
昨日は緊張で眠れんかった。
もしかしたら、ふざけていたのか、だましていたのか、からかっていたのか、はたまたドラゴン秘儀団の残党がまだ残っていて復讐に来たのか。
あ、ランベルトさんが来た。
ホントに来た!
約束の時間の五分前。
現実よ!
五分ほど待つ。
よし、突撃だ!
ちょっと小走り。
まるで今着たように、さりげなく近づく。
ランベルトさんがあたしに気付く。
「ごめんなさい、待った?」
「いいえ、ちょうど今来たところですよ」と微笑むランベルトさん。
くう~、この会話、このシチュエーション、何度夢見てきたことか。
三千回は妄想してたぞ。
ガッツポーズをしたくなるが、我慢する。
湖でボートに乗る。
夢にまで見たこのシチュエーション。
周りは、きれいな湖の風景。
ボートだ! ボートだ!
イケメンと二人っきりでボートだ!
本当に夢じゃないのか。
ランベルトさんがお勧めの、湖近くの素敵なお茶屋さんに入る。
うっ、しまった。!
待ち合わせ場所に五時間前に来たので、トイレに行きたくなった。
う~ん、我慢できない。
けど、恥ずかしい。
言いだせん。
ああ、けど我慢出来ない。
漏らすよりはましだ。
トイレ以外で、もっといい単語があったはずだ。
頭が悪くて、緊張しているあたしは度忘れ。
便所だっけ。
違う。
化粧直しかな。
けど、ほぼすっぴんだもんなあ。
そうだ、お手洗いだ。
「ごめんなさい、ちょっとお手洗いに行ってきます」と言って席を立つ。
今のセリフ、自然よね!
トイレで用を足す。
ああ、すっきりした。
鏡を見ると、ゲッ! またアホ毛が立っている。
クソー! いつの間に。
トイレでアホ毛を直していると、なんだか店で騒ぎが起きている。
「なんなのよ、あのちんちくりんの女は」
ちんちくりん?
もしかして、あたしのことか。
何のこっちゃ。
トイレから出ると、ランベルトさんと女が言い争いをしている。
「あのー、どちらさまですか」とあたしが聞くと、
「ランベルトの妻だけど」
へ?
結婚してたの、ランベルトさん。
じゃあ、浮気じゃないの。
あたしがびっくりしていると、もう一人の女が、またランベルトに近づいて来た。
「あんた、独身じゃなかったの」ってランベルトさんに怒っている。
きょどっているランベルトさん。
憮然とするあたし。
「私は、降りますので」と言って、怒って、さっさと帰る。
残りで言い争いをしているけど、もう知らん。
せっかくの初デートが悲惨な思い出になってしまった。
三股かけられた。
いやなん股かわからない。
イケメンだから仕方がないのかね、まあ、女として見てくれてありがとう。
じゃねーよ!
その後、ランベルト副隊長とは事務的な関係になった。
今回はあたしが振ったってことになるんかな?
どうでもいいけど。
どっちにしろ、恋愛不成立。
恋愛活動連敗記録を更新してしまった。
人生ちとつらくなってきた。
え? もうあきらめろって? うるさい!
クソー! 純愛よ、純愛!
純愛、純愛、純愛、純愛、純愛!
とにかく純愛を貫き通すの!
とは言うものの……。
突然、鼻くそ男の顔が浮かんでくる。
チェーザレだ。
『妙にこだわると処女をこじらせて、ずっとそのまんまだぞ』
ウルセー! と叫びたくなったが、最近、弱気なあたし。
イケメンばっか追い回しているからそうなるんだって?
外見だけじゃないぞって?
だいたい、自分の顔覚えているのかって?
うるさいぞー!
とにかく、イケメンは心もイケメンじゃないと。
え? そんなイケメンはいないって?
女の方から近寄ってくるって?
だいたい、お前もイケメンに近寄っているじゃないかって?
仕方がないぞって?
うーん、そうなのかなあ……。
いや、リーダー。
リーダーは誠実な人よ。
やはりリーダーこそ、あたしの理想よ!
純愛原理主義者とか言って、リーダーに懸想しながら他のイケメンを漁るとは、どこが純愛なんだって? うぬぬ、そうかもしれん。
だいたい、リーダーはアデリーナと結婚してんじゃんって? そうだよなあ。
ううむ。
なんだか暗くなるあたし。
これから、あたしの恋愛活動どうすればいいんじゃ!
ある日、王国官房室から電報が届いた。
『ナロード王国王宮警備隊長(併任)に任命する。至急戻られよ』
また異動か。
まあ、ここは飽きた。
もう清々したわ。
賭博場も無いし。
あれ、王宮警備隊なんてあったっけ?
あと、また併任かよ。
次回から「第八章 うら若きは苦しい二十三歳混乱する乙女/皇太子御夫妻結婚パレード編」に続きます。




