第五十七話:ダリオさんの結婚式
ラドゥーロ市の警備隊にマリーオ・バーバを引き渡した。
そこから、電話でフランコ長官に連絡。
ゾンビの死体は軍隊が処理するそうだ。
ダリオさんは大学に帰るそうだが、その前になにか用があるみたいで、あたしは念のため連絡先を教えて別れた。
あたしは墓屋さんに行った。
今、あたしはラドゥーロ市の東地区の一番安い宿屋に泊まっている。
共同トイレに共同風呂。
明日には、首都メスト市に帰る予定だ。
机に座って漫然としている。
財布は空っぽだ。
この前のギャンブル大勝利の大金は全て、チェーザレ、アベーレ、ベニートのお墓代で消えた。
チェーザレは許してくれるかなあ。
ん? ダリオさんとはどうなったのって? うーん。
ダリオさん、名家の息子、医者で教授。
あたしとは全然釣り合いが取れん。
抱きしめてくれたじゃないかって? 女が泣いてれば、それくらいするんじゃないの、優しい男性なら。
ずいぶんしらけてるなって? そうなんよ。
また、鼻くそをほじくっている男の顔が空中に浮かんだ。
チェーザレだ。
チェーザレの言葉を思い出す。
『高望みすんなってことだよ、人生、妥協することも大切だぞ』
そうなんよ。
すっかり気弱になってるあたし。
ダリオさんは素敵な男性だけどさ。
けど、これは吊り橋効果、と自分を無理矢理納得させる。
ん? 吊り橋効果って何だって? 勘違いすること。詳しくは自分で検索して調べて。
まあ、今回はあきらめよう。
え? お前らしくないって? うーん、十六歳の頃なら突撃してたかもしれない。
だけど、もう二十一歳なんよ。
もう大人なんよ。
成人なんよ。
万引きして捕まったら、新聞に写真と名前が載っちゃうんよ。
あたしと全然釣り合わないんよ。
高望みどころか、エベレストかK2並みよ。
もう、あたしも大人になってもうた。
え? 全然変わってない、子供っぽい? ふざけんな! と言いたいが、確かに成長しとらん。
まあ、とにかく可能性ゼロよ。
今回はパス。
チェーザレたちの件で落ち込んでもいるんよ。
謝ろうとしてた人を撃った。
幼馴染の三人を撃っちゃったんだから。
たとえ死体でも。
今、元気がないんよ。
これでいいんよ……。
ノックの音がした。
「開いてます……」と力なく答える。
扉が開くと、
「失礼します」と何とダリオさんが入って来た。
おまけに、花束を持っている。
あたしはびっくりして立ち上がる。
「プルムさん」
「は、はい」
えー、まさかの大逆転か!
「すいません、突然」
「な、なんでしょうか」
「これをあの方に渡してほしいのですが。あと、この手紙も」
「は? どなたですか?」
「以前、あなたと一緒にいた方です」
あたしはサビーナちゃんに、その手紙と花束を持って行ってやったよ。
花束はしおれないようにしてしっかりと。
手紙も花束も捨てればって? そんなことしませんよ。そんな意地悪な女じゃない。
シーフ技使って、手紙の中身を読んだだろって? 読まないよ。
そんで、今度はサビーナちゃんに頼まれたんよ。
ダリオさんに返事を渡して下さいって。
おまけになんか贈り物を付けて。
え? 郵送でいいじゃんって? サビーナちゃんがもし、誤配とか、途中で無くなったりとか、中身読まれたら嫌だって言うんよ。
だから、直接、ミスカトニク市立大学まで持って行って、ダリオさんに渡したんよ。
ダリオさんは大喜び。
あたしは伝書バトか。
え? 贈り物の中身? シラネーヨ!
手作りのチョコか、手作りのケーキか、それとも手作りの漬物かな。
興味ねーよ。
そんで、今日はダリオさんがサビーナちゃんの家に初訪問。
なんで知ってんだって? サビーナちゃんが教えてくれたんよ。
あの人いろいろと相談してくるのよ。
仕事中だろうが、昼休みだろうが、ダリオさんのことやたら聞いてくんのよ。
ちゃんときっちり正確に答えたわよ。
名家出身。
大金持ちの息子だって。
それに次男坊。
医者だって。
博士号持ってる学者だって。
遠くから見ても近くから見てもイケメンだよって。
真面目だよって。
誠実だよって。
優しいよって。
けど、決断力もあるし、勇気もあるよって。
ああ、それから、裁縫も得意だよって。
は? 金目当て? 知らんよ、サビーナちゃんに聞いてよ。
最近、やたらそわそわしてるけどね、彼女。
まあ貧乏よりは金持ちのほうがいいんじゃないの。
邪魔すりゃいいのにって?
は? サビーナちゃんは親友なのよ! かわいい妹分なのよ!
サビーナちゃんの家の近くの教会の天辺にある鐘の下、双眼鏡で見張るあたし。
覗きとは悪趣味だって? 違うわい! サビーナちゃんが心配なのよ。
ダリオさんが実は連続殺人鬼かもしれない。
その時は助けにいかないと。
あたしの百発百中のナイフ投げの技を見せてやる。
え? そんなわけないって? そうよ、そんなことあるわけないわよー!
じゃあ、なんで見てんのかって? もしかしたら、今日、ケンカして別れるかもしれない。
そしたらあたしにもチャンスがあるじゃん。
全く無いって? うるさい!
空しくないかって? うるさい!
おっと、ダリオさんが来た。
あら、サビーナちゃんが路上で出迎えてる。
いきなり抱き合う二人。
ギューっと抱きしめ合っている。
おい、ダリオ! 乗合自動車からサビーナちゃんを双眼鏡で見ただけじゃん。
はっきり言って、遠かったぞ。
一目惚れとはよく言うし、あたしも散々やったけどさ。
双眼鏡で見た相手に一目惚れって聞いたことないんだけど。
今、流行ってんの?
サビーナちゃんもダリオさんをかなり遠くから見ただけじゃないか。
見えたのは、豆粒くらいの大きさだろ。
はっきり言って、顔見るのは今日が初めてじゃん。
ダリオさんとあたしとは、丸一日、一緒にいてゾンビと戦ったっていうのに。
いつまで抱き合ってんの!
他の通行人の邪魔だろうが!
あ、やっと離れた。
で、サビーナちゃんがダリオの腕を引っ張って、自分の家に連れて行く。
かわいい顔して積極的ね。
「お茶でもどうぞ」って感じかな。
そして、紅茶とか飲みながらおしゃべりして、お互い心の中をさぐりあって、帰り際に次のデートの約束か。
次回は公園とか美術館って感じかな。
と予想してたら、家に中に入るなり、居間でブチューと熱烈キス。
おい、いきなりかよ!
え? そーゆもんなの?
けど、サビーナちゃん、彼氏いたこともないし、男性と手もつないだことないとか言ってたんだけど。
いつまでキスしてんだっていう濃厚キス。
いざとなったら、女ってこーゆーもんなの? そうなの?
あたしも女だけどさ。
おい、そこの二人、さっさと紅茶飲めよ!
やっと、離れた。
そんで、またサビーナちゃんがダリオさんの腕を引っ張って、隣の部屋へ。
隣の部屋は確か寝室じゃん。
おいおい、サビーナ! 積極的すぎるぞ!
これがフツーなの?
人それぞれって? そうなのかよ。
初めて出会って十分くらいしか経ってないぞ。
おいおい、いーのかよ。
え? 出会い系ってそんなもんだよって? いや、これは出会い系じゃないでしょ!
で、サビーナちゃんが寝室の窓のカーテンを閉めた。
おいおいおい。
そして、明かりが消えた。
夕焼けの中、教会の鐘の下で脱力するあたし。
いったい、あたしはこんなとこで、何をしているんだろう。
二歳年下のサビーナちゃんに追い越されてしまった。
あたしはまだキスすらしたことないのに。
昔、警備隊員の頃、寮の同じ部屋でお互いベッドにダイブ遊びをしていたサビーナちゃん。
あの頃は、あたしが十七歳でサビーナちゃんは十五歳。
懐かしい。
サビーナちゃんは、今、ダリオさんの胸にダイブしたのね。
あたしは正真正銘、ベッドにしかダイブした事ないぞ!
クソー!
夕焼けを見ながら黄昏るあたし。
ダリオさんはサビーナちゃんの家にお泊りね。
カラスが二羽飛んでいくのをぼんやりと見る。
あのカラスもカップルかしら。
楽しそうね。
カラスですら。
「ウギャ!」
顔面にカラスの糞をかけられた。
おまけに教会の鐘が鳴った。
うるさい、鼓膜が破れるかと思った。
糞だり鳴ったり、じゃなくて、踏んだり蹴ったり。
もう、だめだあ。
ダリオさんとサビーナちゃんの結婚式に招待されました。
超豪華!
アロジェント家の別荘で挙式。
庭に噴水とかあるぞ。
お手伝いさんがズラーリ。
精一杯のオシャレをしてアホ毛をおさえて、出席です。
サビーナちゃんのウェディングドレス姿。
普段のポニーテルじゃなくて、髪の毛をおろして優雅に編んでいる。
きれいだなあ。
え? お前も髪の毛を伸ばしたらって
ロングヘアは似合わないんだよな。
え? 何やっても同じ? ウルセー!
ダリオさんに紹介される。
「私とサビーナを結びつけた恋のキューピッド、プルムさんです」
「えー、本日はお日柄も良く……」とテキトーに挨拶。
別にあたしが結びつけたわけじゃないじゃん。
あんたらが勝手に結びついて、からみあっただけじゃん。
あたしは伝書バトみたいな事しかしてないぞ。
サビーナちゃんが近づいてくる。
「プルムさんにむけて、花束を投げますね」とサビーナちゃんに小声で言われた。
え、何のこと? ああ、ブーケトスか。
「そんな、別に気にしなくていいよ、アハハ」
最近空しいんだなあ。
豪華な結婚式。
まさに玉の輿。
あたしは、指をくわえて見てるだけ。
ボケーっとしてたら、品の良さそうな小柄な中年女性が話しかけてきた。
「プルム様でしょうか。サビーナの母でございます」
「あ、サビーナさんのお母様ですか。あの、失礼ですが、お体の調子はいかがですか」
「はい、おかげさまで体調は回復いたしました。それより、お仕事でサビーナはご迷惑をかけていませんでしょうか」
「ああ、いやあ、そんな事全然ありませんよ。サビーナさんにはこちらもご面倒をかけていますので、アハハ」
ダリオさん取られちゃったけどさ。
「いえいえ、いつかプルム様には、お礼を言おうと思っていたんです。サビーナのことをいつも可愛がっていただいて、本当にありがとうございます。おまけに、こんな素敵な方を紹介していただいて」とサビーナちゃんのお母様は涙を浮かべている。
まあ、嬉しいんでしょうけどね。
けど、紹介なんかしてねーちゅーの。
お礼なら双眼鏡に言ってよ。
ダリオさんとサビーナちゃんの方を見てたんだけど、
げっ! カラスが飛んでるぞ。
また糞をかけんのか! とカラスに警戒してたら、
「ウギャ!」
花束が顔面にあたって、あたしは噴水の池に倒れて、全身びしょ濡れ。
隣に立っていたバルドにひき上げられる。
せっかくのおしゃれも台無し。
「プルムさん、ごめんなさい」とサビーナちゃんが近寄ってきて謝られる。
「いや、よそ見してたあたしが悪いのよ。これが水も滴るいい女よ」
みんなが笑う。
あたしも顔で笑って、心で泣いた。
次回から「第七章 うら若きはちとつらい二十二歳憮然とする乙女/国境警備隊編」に続きます。




