第五十六話:マリーオ・バーバと対決
「プルムさん、起きて下さい」とダリオさんに揺り起こされた。
ふう、ぐっすりと眠ってしまったようだ。
ダリオさんのマッサージのおかげかな。
「これをどうぞ」と渡されたのが、きれいに縫われたズボン。
あたしより全然うまいね。
ズボンを履いて、懐中時計を見ると、午前十一時。
ダリオさんに缶詰を出されて、朝食兼昼食。
「とりあえず、この場所から離れましょう」
「はい」
部屋に割れた鏡があって、ちょっと見たら、ありゃ、例のアホ毛が立っていた。
けど、今はアホ毛にかまっているヒマは無い。
「どちらへ行くつもりですか」
「高い建物へ行って、屋上から双眼鏡で見渡してみるのはどうでしょうか」
「ああ、それはいい考えですね」
今日は快晴だ。
これがデートならどんなによかったことか。
実際は、地上に転がっている死体をよけて、小さい路地から大通りに戻る。
ひとブロック先に四階建ての立派な建物があった。
その建物の前に大きい広場がある。
とりあえず、そっちへ向かっていると、
「おい、ダリオ」と男の大声が聞こえてきた。
「その声はマリーオさんですか」とダリオさんが答える。
見回してみるが、声が建物に反響しているのか、どこから呼びかけているのかよくわからない。
「お前に会うとは思わなかったな。てっきり、あの目立ちたがり屋のルチオのクソじじいが来ると思ってたんだがな。まあ、そこのアホ毛女と一緒にゾンビに喰い殺されればいいさ」
「もう、こんなことはやめて、当局に自首してください」
「ふざけるな! お前が大学本部に通報したからクビになったんだぞ」
「私は通報なんてしてません。あなたのことが心配でルチオ教授には相談しましたが」
「あのろくでなしのルチオは、お前が俺のことを危険人物だからクビにしろと進言してきたと大学本部から聞いたんだけどな。で、余った研究費は自分にくれとさ」
もしかして研究費が欲しいから、このマリーオって人をクビに追い込んだのか。
ルチオ教授、ちょっとひどくないか。
「あなたのためを思って相談したんです。それに、自分から辞めたんじゃないですか」
「教授会に呼び出されて、つるし上げになって仕方なく辞めたんだ。クビと大して変わらんよ。だいたい、なんで俺より十五歳年下のお前がさっさと、講師、准教授、教授に、とんとん拍子に出世して、俺が四十過ぎても助教のままだったんだよ」
うーん、こりゃ、嫉妬も絡んでいるね。
どうやら、犯人のマリーオは年下のダリオさんに先を越されたんで、焦って研究成果を出そうとして、逆にゾンビにはまってしまったみたいだなあ。
しかし、昼間ならゾンビも居ないので、場所さえ分かれば、フランコのおっさんが言っていたように簡単に捕まえられるとあたしは思っていたんだけど。
嫌な匂いがしてきた。
奇声とうめき声が聞こえてくる。
真っ昼間にゾンビが現れた。
前後にそれぞれ、八人、計十六人いる。
また、挟み撃ちだ。
あたしはびっくりして、ダリオさんに聞く。
「ダリオさん、なんで、こんな真っ昼間にゾンビが現れるんですか」
「いや、私にもわかりません。ゾンビは夜にしか現れないはずなんですが」
ダリオさんも焦っている。
「ダリオ、お前の研究もいい加減だったてことだな」とマリーオの笑い声が聞こえてきた。
すぐ近くに隠れてはいるんだろうけど、どこにいるか分からない。
「とにかく応戦しましょう」とあたしは、高い建物へ逃げるため、その方面から来るゾンビをライフルで撃つ。
ダリオさんは逆から来るゾンビと応戦している。
あたしは、五人撃ち倒した。
残りは三人。
あれ、その三人なんだけど、見覚えがあるぞ。
先頭のゾンビより、やや後ろにいる二人。
まさか、あれはアベーレにベニート!
じゃあ、前にいるゾンビは、もうガリガリに痩せて、骸骨同然だけど、チェーザレじゃないか!
着ている服、死んだときと同じだ。
黒い背広でノーネクタイのゾンビ。
どうしよう。
そんな、撃てないよ。
あたしは、ライフルの引き金を引こうとしたが、指先が振るえて力が入らない。
「どうしたんですか、プルムさん!」
ダリオさんがチェーザレたちにライフルを向けるが弾が出ない。
弾切れのようだ。
もう目の前にいる、チェーザレたちのゾンビが襲いかかってきた。
ごめん、チェーザレ、アベーレ、ベニート。
あたしは三人の額を次々と撃ち抜く。
チェーザレたちは路上に倒れた。
幼馴染の頭を撃ってしまった。
ショックで呆然と突っ立っているあたしの手をダリオさんが引っ張って、そのまま、四階建ての建物に逃れた。
最上階まで上る。
人気のない部屋に入って、隠れることにした。
よく、ホラー小説でゾンビになった友人を撃つ場面があるけど、のほほんと読んでいた。
まさか、自分がそんな事をするはめになるとは。
実際はえらいショックだ。
苦悩するあたし。
「なんで撃たないんですか、もう少しでやられるところでしたよ」
ダリオさんがちょっと怒っている。
「ごめんなさい。さっき撃った三人は、私の知り合いだったんです……」
「え、そうだったんですか」
「特に一人は、ちょっと行き違いがあって、最後に会った時、ひどいことを言ってしまったんです。いつか謝ろうと思ってた人なんです」
謝るどころか、頭を撃ってしまった……。
涙がポロポロとあふれてきた。
泣くあたしを優しく抱きしめてくれるダリオさん。
乙女心がヒートアップ!
しない。
ただ、悲しいだけ。
少し経って、
「落ち着きましたか」とダリオさんが優しく気遣ってくれる。
「はい、申し訳ありませんでした。取りみだしてしまって」
あたしは、少し冷静さを取り戻した。
マリーオがゾンビのすぐ近くにいることは、はっきりした。
あたしのことを「アホ毛女」と呼んだ。
アホ毛なんて近くにいなければ見えない。
それにしても、死体を操るとは許せん。
「私たちがこの建物にいるのはわかっているのに、襲ってきませんね」
「さっきも人数が少なかった。もしかしたら、昼間で操れるゾンビの人数は少ないかもしれません」
確か、八人ずつ、十六人で挟み撃ちにしてきた。
しかし、弾は後、二発しかない。
「一旦、撤退しましょうか」とダリオさんに相談したが、
「いえ、私が囮になります。そこの広場の中央に私が立てば、ゾンビたちは襲って来るでしょうが、かなり広いので、ゾンビを操るために、マリーオは必ず姿を現すと思います。プルムさんは探して撃ってください」
なんと、勇敢な人だなあ。
「大丈夫ですか」
「マリーオは私を憎んでいるようです。しかし、私にも責任があります。ルチオ教授に相談したのが間違いだったのかもしれません。本当は、彼に自首してもらいたいんですが」
なんか、責任感もあって、誠実な人だ。
ルチオ教授や、その弟子だったカルロさんに聞かせてやりたいな。
まあ、あたしもいい加減女だけど。
ルチオ教授と言えば、あたしは思いだした。
確か、オガスト・ダレスの狼男事件の時は、本を閉じれば、人間に戻ったなあ。
ゾンビも、本を閉じれば死体に戻るんじゃないか。
「マリーオ本人よりも、ゾンビを操っているのに使用している本を撃てばいいんじゃないですか」
「それはまかせます。プルムさんを信じます」
よし、イケメンに信じますと言われたら、もう張り切るしかないぞ!
建物の前に出て、大きい広場の中央にダリオさんが立つ。
「マリーオさん、話し合いましょう」
あたしは、二階まで降りて、窓からこっそりと双眼鏡でマリーオを探す。
「何を話すって言うんだよ!」とマリーオが怒鳴っている。
その声の方へ目を向けるが見当たらない。
「自首していただければ、ルチオ教授のいい加減さを証言して、裁判をあなたの有利な方へ持って行くようします」
「今さら、そんなことしたってしょうがないだろ、そういや、さっきのアホ毛女はどこに行った」
「彼女はもう逃げました」
「そうか、じゃあゾンビに喰われて死んじまえ、ダリオ!」
奇声と唸り声が聞こえてきた。
また、ゾンビが現れた。
ノロノロと歩きながらダリオさんを取り囲むように、ゆっくりと近づいていく。
しかし、マリーオが見当たらない。
あたしは、焦って、そこら中、双眼鏡で探すがいない。
まずいぞ。
いったん、双眼鏡じゃなくて、自分の目で見る。
あたしは気づいた。
ゾンビたちは十七人いる。
さっきは十六人だった。
マリーオは、あのゾンビ集団の中に紛れ込んでいるんじゃないだろうか。
再び、双眼鏡でゾンビたちを見る。
ダリオさんにゾンビが襲いかかろうとした瞬間、双眼鏡であたしは見つけた。
他のゾンビたちと違い、本を持っているのがいる。
ゾンビが本を持つわけない。
そいつが持っている本を狙って、撃った。
命中!
本が地上に落ちて閉じると、ゾンビたちは一気に倒れて、死人に戻った。
慌てて本を拾おうとするマリーオの足を撃つ。
倒れて、足をおさえているマリーオをダリオさんが捕まえた。
あたしは急いで一階に下りて、ダリオさんのもとへ走った。
「ダリオさん、大丈夫ですか」
「ええ、寸でのところでしたね」とちょっとダリオさんが笑った。
手錠かけると、マリーオはあきらめたのか、すっかり大人しくしている。
本を拾ってみると、表紙に金の五芒星が描いてあった。
「これはネクロノミカンなの」
「ああ、そうだ」
マリーオが言うには、普通サイズの本だけど、ネクロノミカン簡易版でゾンビ限定版だそうだ。
それを使って、昼間でもゾンビを操られるようになった。
但し、昼間は十六人が限界だそうだ。
そう言えば、オガスト・ダレスの狼男も十六匹だったな。
偶然なのだろうか?
このネクロノミカンはダークスーツの男に貰ったそうだ。
あれ、オガスト・ダレスもダークスーツの男に貰ったとかいってたなあ。
何か、怪しいぞ。
誰かが裏で操っているんじゃないか。
しかし、目的が分からない。




