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ドラゴンキラーと呼ばれた女/プルムの恋と大冒険  作者: 守 秀斗
第五章 うら若き二十歳の勝負どころの乙女/アトノベル騎士団の呪い編
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第四十九話:カルロさんのボクシング試合を警護をする

 さて、もう魂の抜け殻状態のあたし。

 仕事もテキトー。

 ソファで寝る毎日。


 ある日のこと。

 あたしがいつものようにソファでだらんと寝ていると、ウサギのような足音が聞こえてくる。

 これは、サビーナちゃんだな。

 サビーナちゃんなら寝ていても怒らないだろう。


「失礼します」とサビーナちゃんが入ってきた。

「ウィーッス、サビーナちゃん、元気」

「プルム大隊長殿、また、居眠りさんですか。しょうがないですね」と大隊長の机に書類を置いている。


「お疲れさーん」とあたしが声をかけると、

「あのー、プルム大隊長殿、ちょっといいですか」

「プルムでいいよ。で、なに、なんか面白い事件でもあったの? ドラゴンが首都に侵入してきたとか」と寝そべりながら聞くいい加減なあたし。


「えーと、言いにくいんですけど」

「ん、深刻な話?」とあたしはソファに座り直して、サビーナちゃんを向いのソファに座らせる。


「そのー、実は他の隊員がプルムさんの陰口をたたいているんです」

「さぼってばかりで、どうしようもない、最悪の大隊長って感じかな」

「はあ、そうですけど……」

「アハハ、どうでもいいや。事実だから、へへ~ん」

 完全に投げやりなあたし。


「あのー、それはまずいんじゃないでしょうか。大隊の士気にも関わると思うんです。そのー、失礼ですが、もっとしっかりしないといけないと思います!」と珍しく声を張り上げるサビーナちゃん。

 サビーナちゃんに怒られてもうた。

 けど、やる気が出ないんよ。

 フランチェスコさんのことをサビーナちゃんに話す。


「そんなことがあったんですか」

「そうなんよ、結局、あたしより神様を取ったってことじゃん」

「それは仕方が無いっていうか……」

「それとも、やっぱり、あたしが勘違していただけなのか。フランチェスコさんは心の中で、この勘違い女、うぜー、あっち行けとか思っていたんじゃない。ああ、もう、あたしは一生一人なのか」と嘆くあたし。


「そんなことありませんよ。プルムさん、まだ二十歳じゃないですか。これから、もっと素敵な男性との出会いとかありますよ」

「そうならいいけどさ」

「だいたい好きな男性に抱きしめられただけでも、うらやましいですよ」

「え、そうなの」

「私は男性と手もつないだことないですよ」

 マジ? 本当かなあ。


「前にも聞いたけど、サビーナちゃん、彼氏いないの」

「いませんよ」

 信じられんなあ。

 こんなにかわいいのに。

 ウソじゃないの。


「あたしに気を使わなくてもいいんだけど」

「本当ですって。とにかく、まだまだ人生これからですよ。だいたい、プルムさん、すっごくかわいいじゃないですか」

 は? やっぱり、この娘、目が悪いんじゃないのか。


 さて、そんな事をサビーナちゃんと喋っていたら、聞き覚えがある、体がデカそうなのにフットワークの軽い男性の足音が聞こえてきたぞ。

 ノックの音がした。

「開いてますよ~」とあたしが声をかけると、扉が開いて、日焼けした背の高い男性が入ってきた。


 おお、例のルチオ教授の研究室の学生さんで、卒業後はプロボクサーになったカルロさんではないか。

 顔面のバツ印のキズはそのまんまだな。


「ご無沙汰しております。この前は妹のアナスタシアがお世話になりました」

 舞台劇『ドラゴンキラー』でのストーカー事件のことか。

「いや、たいしたことありませんよ」

 まあ、犯人と一緒に、北地区の自警団員や警備隊員に袋叩きにされたけどさ。


「で、今日は何用ですか?」

「実は相談したい事があるんです」


「あの、私は席を外しましょうか」とサビーナちゃんが気を利かせると、

「いや、いいですよ、アハハ」と相変わらず、気さくな感じのカルロさん。

 まあ、実はかなりいい加減でひどい人でもあるんだけどな。


「今、プロボクサーをやっているんです」

「それはルチオ教授から、去年聞きました」

「あ、そうだったんですか。実は三か月前に、市民会館でおこなった試合は僕が挑戦者だったんですが、試合前にヤクザからわざと負けろって脅されたんです」

「あら、それはひどいですね」

「結局、自警団がそのヤクザの連中を捕まえてくれたんですが。どうも、賭けの対象にしていたらしいんです。あれ、そう言えば、確か、その市民会館って東地区にあったんですけど、報告来てませんでしたか」

 やばい、報告書とか書類なんて全然見てないや。


「はい、報告はきておりました。私も報告書は見ました」とサビーナちゃんが慌ててフォローしてくれる。

「アハハ、そうですね。大変でしたね。ちょっと事件が多すぎて、失念しておりました。申し訳ありません」と笑って誤魔化すあたし。

 サビーナちゃん、ちょっと憮然とした表情。

 このままだと、サビーナちゃんからも陰口をたたかれそうだ。

 やれやれ。


「結局、試合は僕が勝ったんですけどね。それで、今度、リターンマッチを行うことになったんですが、そしたら脅迫状がきたんです」

 カルロさんが、ポケットから紙を取り出して、机に広げると、


『もうボクサーやめろ。でないと、次の試合中に殺してやる』と書いてある。


「これは、前回の試合で逮捕されたヤクザ組織の関係者が復讐をしようとしているんですかね」

「その可能性もあると思うんですけど……」となぜか、はっきりしない態度のカルロさん。


「他に思い当たるふしがあるんですか?」

「実は僕、なぜか嫌われているんですよねえ、試合ではいつも観客からヤジが飛ぶんですよ」

「え、なぜですか」

 悪役レスラーならぬ、悪役ボクサーか。

 そんなのいるんかいな。


「なぜか自分でもわからないですけどね。強すぎるんですかねえ。とにかく、僕としては、ボクシングは八百長とか一切無く、『正々堂々』と試合をやりたいんです。この脅迫状も怖いというよりは、妨害されたくないんですよ。試合は一対一。誰にも邪魔はされくないんです」


『正々堂々』か。

 思い出したぞ。

 この人、二年前、吸血鬼のケンカ番長ことヴラディスラウス・ドラクリヤ四世とのボクシング試合で、いきなり会場の明かりを消して、ケンカ番長を十人くらいで、タコ殴りにしたことがあったな。

 全然、『正々堂々』じゃないじゃん。

 どこが一対一じゃ。

 相手が吸血鬼とは言え、ひどいんじゃねとあらためて思ったりする。

 本人はすっかり忘れているようだけど。

 もしかして、それで嫌われてるんじゃないの。


「と言うわけで、出来れば警備をお願いしたくて、参ったわけです」

「試合会場はどこですか」

「メスト市遊園地の大ホールです」


 メスト市遊園地……。

 思い出してしまった。

 フランチェスコさんとデートに行ったなあ。

 あたしにとって、輝かしい初デート。

 今や、懐かしくも美しく、そして悲しい思い出だ。

 まだ、半年くらいしか経ってないけど。


 は? あれはデートじゃなくて、フランチェスコがお前と極秘の話をしたいから誘っただけだろって? いいの! あたしにとってはデートになってんの!


 さて、それはともかく、遊園地は東地区にあるから、あたしらの担当だな。

 カルロさんとも、それなりに縁があったし、これは久々に働くかな。


「わかりました。自警団長と連絡を取って、当日は警備隊と自警団員で合同警備します」

「ありがとうございます」とカルロさんにがっちり握手された。

 相変わらず、手がでかいね。


 さて、東地区自警団長のフェデリコ・デシーカさんに連絡する。

「東地区警備隊大隊長のプルムですが」

「大隊長殿、ご無沙汰ですな。なにか事件でも」

 カルロさんのボクシング試合の警備について話すと、

「ああ、あのカルロってボクサーですか」と何だか機嫌が悪そうな感じのフェデリコさん。


「あれ、どうかしたんですか」

「あんまり警備する気にならないですね」

「ええ、どうしてですか?」


 どうやら、前回脅迫したヤクザを逮捕したお礼にと、カルロさんから招待されて試合を見に行ったら、相手選手に肘で顔面打ったり、頭突きしたりと反則やりたい放題だったらしい。さりげなくレフリーも殴ったりしてたようだ。

 おまけに、普通反則とかしたら、少しはすまない顔したり、または無表情だったりするもんだけど、カルロさん、「アハハ」って笑いっぱなしだったらしい。

 何とも不愉快な試合だったようだ。

 カルロさんらしいな。


「まあ、一応、脅迫状も来たので、是非ご協力願いたいのですが」

「実際は、毎日のように来てるみたいですがね」

「ええ、本当ですか」

 何だよ、そのうちの一枚を持ってきたのかよ。

 どうやら、毎回反則してたら、すっかり評判悪くなってしまったようだな、カルロさん。

 いい加減な人だなあ。


 試合やる度にアンチが増えて、試合妨害までする人まで出てきたらしい。

 自業自得だと思うけど。

 試合が出来ないとファイトマネーが出ないから依頼してきたようだな。

 しかし、引き受けちゃったからなあ。

「仕方無いですね」とフェデリコさんは渋々といった感じで了承してくれた。


 前日に遊園地に行って、ホールを確認することにした。

 自警団からはフェデリコさん、うちの大隊からはあたしとリーダー。

 遊園地に行くと、観覧車が見える。

 懐かしいなあ。

 って、何度も言うけど、半年くらいしか経ってないけど。

 フランチェスコさんみたいな人は、もう、あたしの前には現れないんじゃないかなあ。

 悲しい。


 おっと、いかん。

 仕事しないと。

 ホールを確認する。

 収容人数は五千人。一階席が三千人。二階席が二千人。

 でも、チケットは四分の一くらいしか売れてないようだ。

 千人くらいか。

 ボクシングに人気がないのか、それともカルロさんが不人気なのか、それはわからん。

 入り口に試合のポスターが貼ってあったんだけど、カルロさんの顔だけイタズラ書きされとる。

 本当に嫌われているようだ。


 しかし、客が少ない方が警備はしやすいね。

 千人程度しか客が来ないんなら、入り口は一箇所のみで十分だろう。

 警備隊からは、二分隊くらいだせば十分じゃね。十二人。

 つーわけで、人選はリーダーの小隊におまかせ。

 自警団からは、約十人。

 この遊園地関係者の警備員が十人。

 計三十人くらいで充分でしょう。

 

 例によって、やる気の無いあたし。

 まあ、当日はあたしも行くけど。

 

 で、試合当日。

 あたしはガラガラの二階席に座って観戦。

 全体を把握するという理由をつけたが、本当は仕事したくないだけ。

 いい加減ですな。

 

 さて、試合の方だが、まず前回のチャンピオンだった挑戦者が入場。

 こっちは、普通の反応だったんだけど。

 次にカルロさんが入場してきたら、観客から大ブーイング。

 紙コップやらポップコーンのカップやらゴミやら靴やらなんやらがカルロさんに向かって、沢山投げつけられている。

 中にはリングに上ろうとする客までいる。

  

 こりゃ、本当に憎まれてるね。

 けど、本人はヘラヘラと笑って、手を振っている。

 大丈夫かいな。

 妹さんは大人気なのに。

 まあ、あんまり緊張感が無いな。

 あの脅迫状も単なる嫌がらせじゃね。


 おっと、リングの周りに屈強な連中が二十人くらい立ち上がったぞ。

 ナロード王国ボクシング協会のユニフォームを着ている。

 リングに近づこうとする客を排除しているじゃん。

 この人たちの事は聞いてなかったぞ。

 何だよ、あたしらの警備なんて必要なかったんじゃないの。


 さて、大ブーイングやらゴミが舞うやら客が暴れるやらで、なかなか試合が始まらない。

 リングの上もゴミだらけ。

 警備隊や自警団員が客を静めようとするが、なかなかおさまらない。

 けど、カルロさんは嬉しそうに、リング上で飛び跳ねたり、シャドーボクシングしたり、逆に暴言を吐いて、客を挑発している。

 呆れるあたし。

 まさしく、悪役レスラーならぬ悪役ボクサー。

 けど、悪役レスラーって実際は真面目な人が多いけど、カルロさんは、マジにいい加減だからなあ。

 試合開始予定を三十分過ぎても始まらん。

 けど、客は暴れているわりには、カルロさんに危害を加えようとはしないな。

 まあ、相手はボクサーだもんな。


 いつまで経っても始まらん。

 眠くなってきた。

 二階席はガラガラだから横になって眠りたいけど、隣に名無しの分隊長が居るので、我慢する。


 さて、ようやく暴れていた観客もどうにかおさまって、両選手にらみ合い。

 ゴングが鳴った。

 途端に場内の電気が消える。

 やばい!

 あの脅迫状はマジだったのか。


「はやく電気を点けて!」

 名無しの分隊長に指示して、電気の復旧を急がせる。

 自分は一階に走って降りる。


 電気が復旧して、場内が明るくなった。

 リング上では、カルロさんがタコ殴りにされている。

 あれ、殴っているのはボクシング協会の人たちじゃん。

 つーか、レフリーまでカルロさんを蹴ってるぞ。

 どうなってんの?


 警備隊と自警団が取り押さえようとするが、今度は観客たちもリングに上がってきて、メチャクチャ。

 会場は暴動状態。

 もうみんなで殴り合いしている。


 どうやら、今まで反則ばっかりやってたんで、相手選手の友達がボクシング協会のふりして、紛れ込んで、カルロさんを袋叩きにしてしまったらしい。

 電気を消したのは、カルロさんのケンカ番長との闘いをヒントにしたそうだ。

 自業自得と言うしかないかもしれん。

 カルロさんは大ケガして入院。

 他にも負傷者続出。


 後で警備総監に大目玉を食らってしまった。

 やれやれ。

 

 カルロさんにお見舞いついでに謝罪しに行く。

 警備に失敗したのは事実だからなあ。

  

 カルロさんが入院しているラブクラフト病院へ行くと、廊下でアナスタシアさんに会った。

「あら、プルムさん」

「申し訳ありません。カルロさんの警備に失敗して」

「いえ、全然気にする必要は無いですよ。謝る必要はないです、兄にはいい薬ですよ」と笑っている。

 妹からも嫌われているのかね。


 ベッドで、包帯まみれで寝ているカルロさん。

「お兄さん、プルムさんですよ」とアナスタシアさんが声をかけると、目覚めた。

「あ、プルムさん、この度はお疲れ様でした」

「あの、ちゃんと警護できなくて申し訳ありません」

「いや、気にしなくていいですよ、アハハ」

 また、アハハって笑っている。


「ケガの具合はどうなんですか」

「背骨を折られました」

「え、それは大変じゃないですか」

「もうボクシングは無理かもしれません」

「そうですか……」

 うーん、さすがに、もっと真面目に仕事すればよかったかなとあたしが後悔していると、

「けど、もし車椅子生活になってもかまいませんよ。ボクシングにも飽きたし。何だか最近車椅子ラグビーってのが流行っていて、車椅子を相手にぶつけたりなかなか迫力あるんです。そっちに転向して、暴れてやりますよ、アハハ!」と相変わらず、明るいカルロさん。

 えらいポジティブシンキングな人やね。

 見習いたい。

 けど、この人、車椅子スポーツでも反則しまくりしそうな感じがするので、怖いっす。

 そこは見習うつもりはないぞ。

 

 さて、ある日、職場へ行くと、机の上に封筒が置いてあった。

 開けてみると、辞令だ。

 例のクラウディアさんが言っていた、情報省の楽な部署への異動か。

 けど、本当に楽なのかなあ。


 ちなみに、あたしの後任の大隊長は、なぜかバルドが昇進。

 まだ若いのに。

 年齢はあたしより一つ上。

 いいのかね。

 まあ、あたしにも務められたからいいか。

 って、お前はさぼってばかりだろって? すんまへん。

次回から「第六章 うら若きなのか二十一歳苦悩する乙女/ゾンビ退治編」に続きます。

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