第四十三話:大隊長になった
あたしの名前はプルム・ピコロッティ。
ナロード王国首都警備隊大隊長だ。
仕事的には、まだ二十歳。
経験無さすぎ。
今までの警備隊業務も、半分は昼寝してたようなもんだしね。
恋愛的には、もう二十歳。
こっちも経験無さすぎ。
キスどころか、デートもしたこと無し!
好きな男性といまだに手をつないだことも無いぞ!
何なんだよ、この人生は!
早朝に、吸血鬼事件で亡くなったセルジョ元小隊長のお墓参りに行く。
警備隊本部から少し離れた場所に、殉職者の慰霊碑があるのだが、隣に墓地がある。
セルジョ小隊長は独身で身寄りがいなかったので、この墓地に葬られた。
享年四十五歳。
放っておくと雑草やら埃なので汚れてしまうので、たまに掃除をしている。
しかし、あたしがこのまま独身で死んだら、ここに葬られるんだろうけど、誰かお墓参りしてくれるのだろうか。
そもそも、さぼり魔なんで、クビになって野垂れ死にかもしれん。
行旅死亡人で官報に載るかもしれないな。
そして、無縁墓行き。
え、暗いなあって? うーん、実は暗いんよ、あたしは。
だからもてないのだろうか?
そう言えば思い出した。
チェーザレのお墓参りに行かなくては。
もう少し経ったら、ちょっと休みを取って故郷に帰るかな。
そう言えば、最近、空が曇っていることが多い。
工場からでる排煙が原因らしい。
その後、警備隊庁舎に出勤。
ちなみに、今は早朝の清掃はやっていない。
部下からやめて下さいと言われてしまった。
大隊長らしくないそうだ。
清掃のおばさんからも、私の仕事を奪うなと怒られてもうた。
いい加減なあたしには珍しく習慣化して、毎週やっていたんだけどなあ。
ところで、なんで、あたしが大隊長になるんだろうか。
さっぱり理由がわからない。
大隊長なんで、ますますいろいろ会議とかいっぱいあって、うざいし面倒だ。
警備総監のとこで、あたしが代表の東大隊、それから西大隊、南大隊、北大隊それぞれの大隊長が集まるんだけど、他はみんな五十代。
明らかに、あたしを嫌っているぞ。
「ところで、この件について、かの有名なドラゴンキラーことプルム大隊長はどう思いますか」なんて難しい内容の質問されて、オタオタするあたしをからかって、笑ってやがる。
チキショー!
あたしは居たたまれん。
大隊長なんて、あたしに務まるのか心配。
不安だ。
誰か助けてくれ!
と言うわけで、人事部にお願いして、あたしと仲良しのリーダーとバルドを小隊長に昇進させる。
副大隊長みたいなもんね。
え? 情実人事? なにそれ。
えこひいき? 世の中そんなもんじゃないの。
アデリーナさんも小隊長にしようとしたら、なんと、試験を受けなおして財務省に異動。
異例人事だそうだ。
そういや、ご自宅に難しそうな本がいろいろと置いてあったな。
頭がいいんだなあ。
それとも、あたしのようないい加減な人間が、分隊長になったり、小隊長になったり、挙句の果てに大隊長になるこの警備隊に嫌気がさしたのだろうか。
別にあたしは出世なんかしたくなかったぞ。
ギャンブル出来る程度に給料もらえればえーんよ。
サビーナちゃんはまた尻ごみ。
しょうがないから、チャラ男ことロベルトを、そこそこ活躍したから分隊長にしてやった。
ありがたく思え、チャラ男。
分隊長になったら少しは真面目になるだろうと自分の事は棚に上げて思ったりする。
一応、サビーナちゃんをお目付け役として、ロベルトの分隊に配属する。
ミーナさんもロベルトの分隊。
ところで、お前のお目付け役は? うーん、あたし自身ということになる。
自分でも心配だ。
赤ひげのおっさんが残していった人事査定を見る。
あたしの評価を見て、思わず笑った。
全てにおいて最低ランク。
「この隊員は今すぐ、分限免職にしたほうがいいと思われます」とあたしについて、人事部に報告してる。
分限免職とは何ぞや。
わからん。
まあ、要するにクビにしろってことだろうな。
しかし、今や、あたしがこの作業をしなきゃいかんのか。
面倒だ。
サイコロ振って、適当に評価点を書き込むつもり。
もちろん、悪い評価なんてつけないぞ。
あたしに比べれば、みんな最高評価でしょ。
ロベルト以外は。
ある日の事。
あたしは大隊長室の来客用の三人掛けソファで、うつぶせで寝ている。
部下の小隊長が部屋に入ってきた。
「大隊長殿、まことにすみませんが、決裁書類がたまっているのですが……」と部下の小隊長に声をかけられる。
「ごめんなさい。けど、ドラゴンと格闘した時の古傷が痛くて……」
おもわず敬礼する小隊長。
そうだ、この方はかの有名なドラゴンキラーなんだ、という顔で去っていった。
ドラゴンキラーの肩書も、たまには役に立つ。
それにしても、やはり大隊長の役はあたしには荷が重すぎる。
赤ひげのおっさんことアレサンドロ元大隊長に補佐してもらおうと、再雇用または非常勤職員で働いてくれないかとお願いしたら、本人に居酒屋を開店するので忙しいから無理! と断られちゃった。
貫禄が全く無いあたし。
警備総監の前で各大隊が整列したことがある。
あたしの大隊だけ、だらだらとした動き。
あとで総監から文句を言われた。
やれやれ。
部下からは全く信頼されてない。
そもそも、自分自身を信頼していないんだから。
今や、ドラゴンキラーの肩書で持ってるようなもん。
さっきの小隊長さんの名前は、えーと、なんだっけ。
あたしは頭が悪い。
顔は、即行で覚えたんだけど。
顔は忘れないが、名前が出てこない。
もう呆けたのか。
さて、さきほどの名無しの小隊長に言い訳した古傷の件だけどさ。
もちろん古傷なんて痛まないけどね。
だいたい、ドラゴンと格闘なんてして無いしー!
わたしが痛いのは、心の傷よ!
告白して、完全に振られたのは初めてだ。
しかも、惚れた相手を男に取られるなんて。
え? ジェラルドを左遷しちゃえって? そんな酷い事はしないぞ。優秀な人だし。
例の正常化バイアスも消費期限切れ。
いまや失恋のショックが、ボディブローのように効いてくる。
会議だとあたしが上席に座るんだけど、失恋した相手が二人いる。
リーダーとジェラルドさん。
おまけに、ジェラルドさんをカラスのように卑怯な手でかっさらった、チャラ男ことロベルトも分隊長なんで出席してる。
え? ロベルトは何も悪い事してないだろ、卑怯な手でかっさらってないだろ、お前が勘違いしただけだろって? うるさい! そう思い込むようにしてんの! 純愛原理主義者のあたしにとって、チャラ男主義者に負けたなんて、プライドが許せん。
そもそも、ロベルトはチャラ男じゃないだろ、チャラ男のふりをしていただけだろって? いいの! あたしがチャラ男と認定したからチャラ男なの!
じゃあ、なんで分隊長に昇進させるんだって? 後先の事は考えないんよ、あたしは。
会議中に、ロベルトが、例の椅子の後ろ脚だけで体をゆらゆらさせながら、なぜかニヤニヤしながらあたしを見ているんよ。
このチャラ男は、ジェラルドさんとベッドの中であたしをバカにしてるんじゃないかと邪推する。ゲイに振られたアホ女って。
情けないあたし。
チャラ男ことロベルトが、あたしに対して舐めきった態度を取るのはそのためじゃないの。
え? ニヤニヤしてるのは、生まれつきそういう顔じゃないかって?
舐めた態度は、採用されてからずっとだろって?
そうかもしれん。
しかし、事実よりもあたしがどう思うかの方が重要なの!
「ああ、痛いんよ、つらいんよ」と目をつぶってソファで横になりながら、思わずあたしはつぶやいた。
ん、なんかいい香りがしてきたぞ。
あれ、薄目を開けると扉の隙間から眩い光が差してくる。
綺麗な足音が聞こえてきた。
扉が開いて、部屋の中に美しすぎる美人クレリックで情報省参事官で天然姫のクラウディアさんが入られてきた。
「プルムさん、まだ傷が痛むんですか」と美しい声で話かけられた。
今日のファッションは、黒いジャケットに白いブラウス、黒の膝丈タイトスカート、黒いハイヒール。
今日は犬柄は無しか。
仕事の出来る女秘書って感じ。
実際はともかく。
あたしは、びっくりして起き上がった。
「クラウディア様、どうしてここにおられるんですか」
「魔法監査にきました」
魔法監査とは押収物や落とし物に、危険な魔法の道具がないか調べることのようだ。
そんなもんがあるとは知らなかった。
書類の中身なんて、全然見てないからなあ。
毎年行ってるらしい。
小隊長が毎年、持ち回りで立ち会うらしいが、今回の担当はバルドのようだ。
それにしても、クラウディアさん、何を着ても似合うとは羨ましい。
惚れ惚れするほど綺麗だなあ。
ずっと見ていたい。
え? お前、やっぱりレズだろって? 違うと言ってるでしょ! 美しいものは美しいの。美しいものしか見たくないわ。
じゃあ、お前は鏡を見れないのかって? 殺されたいのか、コノヤロー!
「どうかされました、プルムさん」
「あ、いや、こっちの話で」と思わず、三人掛けソファの上で正座するあたし。
「ところで、どのようなご用向きでしょうか、クラウディア様」
「あのー、プルムさん、申し訳ありませんが、押収物倉庫の金庫の鍵を開けてくれませんでしょうか」
ん、押収物倉庫の金庫? あ、そうか、大隊長しか持ってないんだっけ。
去年、第一小隊の隊員が、押収物金庫のお金をちょろまかしたからなあ。
机から出して、クラウディアさんに渡す。
「あれ、大隊長しか開けてはいけないんじゃないでしょうか」
「いいですよ、クラウディア様なら信用できるし」
「ありがとうございます。あと、廊下で小隊長さんに会ったんですが、プルムさんが痛がってるとおっしゃられていたのですが、大丈夫でしょうか?」と心配そうな顔をされるクラウディアさん。
ったく、名無しの小隊長の奴、チクるなよ。
「えーと、傷はとっくの昔に治ってますよ、クラウディア様」
「けど、今しがた痛いとかおっしゃっていましたよね」
「いやあ、そのー、吸血鬼とかと戦った時の恐怖感が残っていて、それが痛みを感じさせるんじゃないですかねえ、トラウマですね、アハハ」とテキトーに答える。
「トラウマですか。うーん、そういうことは考えなかったですわ。傷を治すだけじゃなく、精神面もケアする必要があるんですね。そうだ、プルムさん、ヨガをやってみませんか」
「へ? ヨガってなんですか?」
「一種の体操みたいなものですが、心が落ち着きますよ。多少はトラウマにも効果があると思います」
ふーん、そんなもんがあるのか。
「美容にも効果があるそうですよ」
美容かあ。
けど、あたしの場合、元がこれじゃあなあ。
クラウディアさんなんか、逆に全く必要なさそうだけど。
完璧美人。
眉毛は除く。
「あ、もう、監査の時間ですわ。とにかく、トラウマについては、わたしも勉強してそういう心の痛みを治す魔法を開発してみます。では、失礼いたします」そう言って、クラウディアさんは去っていった。
お、ハイヒールの裏に犬柄のマークを発見。
クラウディアさん、えらいなあ、勉強家で。
魔法の開発とかもやっているのか。
あたしは勉強なんてする気もせん。
仕事もしたくない。
面倒だ。
失恋の影響もあるけど。
またソファに横になる。
やる気無し。
ん、気がつくと、またいい香りがする。
目をつぶっているのにやけに明るいぞ。
何だろうと目を開けると、どアップでクラウディアさんの顔が。
「うわ!」目の前に超絶完璧美人の顔があってびっくりする。
気の弱い男性なら心臓麻痺起こすんじゃないか。
ソファの隅に逃げると、クラウディアさん、ズズーと顔を近づけてくる。
「な、なんでしょうか、クラウディア様」ビビるあたし。
「プルムさん、本当におつらいんですか」と小声でクラウディアさんが聞いてきた。
「そ、そうですね」
「もっと楽な所に異動するのはどうでしょうか」
「え、出来ればそうしていただければ」
「情報部に来ませんか」
「はい?」
「情報部安全調査室って部署は、比較的楽ですよ」
「はあ」
「私、王様に頼んでみますわ」
どうやら、仕事の内容は事件が終わった後の調査。
もう事件は終わってるから、気楽なんだそうだ。
いろんなところに行けるので、旅行気分で仕事が出来る。
「ぜひ、お願いします」と頼んじゃった。
けど不安になる。
悪い予感がするぞ。
天然姫のやることだからなあ。
もしかしたら、猛烈に忙しい部署に異動になるかもしれん。
過労死寸前になるとか。
まあ、ここよりいいか。
仕事に忙殺されて、失恋の事とかも忘れるかも。
さて、書類はたまる一方。
だいたい、前々から書類仕事とかは嫌なんよ。
ええい、面倒だ。
小隊長時代は中身は見ずに、決裁欄にサインするだけだったけど。
しかし、今やサインするのも面倒だ!
と言うわけで、必殺技! インク入りサインハンコ!
あたしのサインをかたどったハンコだ。
特注品でインクが中に入っていて、素早く何度も押せる。
バンバン押して、一丁上がり!
後は、椅子に座って百エン硬貨を指ではじいて、空中に上げては落ちてきたところをキャッチ。
しばし遊ぶ。
遊んでいると、サビーナちゃんが、興奮してウサギが飛び跳ねるように大隊長室に入ってきた。
ピョンピョン飛び跳ねながらあたしに話しかける。
「大変ですよ、プルムさん!」
「なに、何か事件発生?」
「違います。オリヴィア様が挨拶周りでこちらに来るって連絡があったんですよ」
「オリヴィア様って、誰?」
「新しい近衛連隊長ですよ、オリヴィア・デ・ロレンツィ様です」
去年のクーデター騒ぎで近衛連隊長が更迭されて、席は空白だったけど、新任の人が着任したのか。
「オリヴィアという名前からすると女性なの」
「そうなんです。凄い美人でカッコいい人なんですよ!」
「女性で近衛連隊長ってすごいね」
「そうなんですよ。歴代連隊長では、初めてのことみたいです。けど、プルムさんも警備隊大隊長じゃないですか」
言われてみればそうか。
けど、何でさぼり魔のあたしが大隊長になったのか、どう考えても不自然なんだけど。
ふーん、まあ、どうでもええわ。
オリヴィア近衛連隊長さんも軍人なのに、わざわざ警備隊にご挨拶に来るとはご苦労様なこって。
しかし、大隊長室でふんぞり返っているのもよくないね。
一応、玄関で待ってるかとあたしは部屋を出た。
ご本人が来ると大歓声がわく。
馬に乗って、やって来た。
お連れの人と十人くらい。
みんな、窓から見物しているぞ。
ありゃ、ホントに人気があるんのね。
本人が馬から降りて、玄関前の階段を登って来る。
ほえ~確かに凄い美人だ。
クラウディアさんほどではないけど。
美人というより、きりりとしてかっこいい感じ。
立ち振る舞いが素敵だ。
近衛連隊の華麗な制服が似合っている。
背が高い。
スーパーモデルみたい。
大隊長室に招き入れる。
「かの有名なドラゴンキラー殿にお会いできて光栄です」と言われた。
ちょっと、まごつくあたし。
ドラゴンキラーに「殿」を付けて呼ばれたのは初めてだぞ。
「お噂はかねがねお伺いしております」と答える。
噂ってサビーナちゃん情報しかないけどね。
テキトーに会話した後、新聞社に記念写真を撮られた。
その後、警備隊本部の広報室からも写真を撮られる。こっちのカメラは古いタイプなのか、十秒くらいかかる。
お帰りの際に、また大歓声。
ご本人がなぜか振り向く。
また大歓声。
えらい人気やね。
なぜか振り向いて、あたしの方を見ている。
何だろう。
顔に何か付いてたのか。
気になって、大隊長室に戻って隅にある鏡を見る。
うひゃ、またアホ毛が立っていた。
これか。
全く、このアホ毛どうにかならんか。
アホ毛を直していると、二階の部屋で魔法監査とやらをやっていたクラウディアさんがドタバタ入ってきた。
後からいい香りと眩しさがついて来る。
「何事ですか、クラウディア様」
「大変ですよ、プルムさん! アトノベル騎士団の古文書らしきものが見つかったんです」
「何ですか、アトノベル騎士団って」
「王国から独立していた騎士集団で、豊富な資産を持っていて、ナロード王家への経済援助も行ってたんですよ。けど、勢力が強くなりすぎたので、当時の教皇が騎士団員たちを悪魔信仰などの罪状で、全員火あぶりにしちゃったんです」
「ひえー、全員火あぶり。怖い。いつごろの話ですか」
「千年前ですね」
なんだ、大昔の話ではないか。
かわいそうではあるけれど。
「それだけじゃないんです。その後、教皇庁や王室の方々がどんどん亡くなっていったんです。城には幽霊がでたり。呪いじゃないかって、当時は大騒ぎになったんです」
ほえー、呪いっすか。
「今回見つかった古書は、暗号で書かれた文書で専門家じゃないとわからないんです。それに、その騎士団関係の本を持っているだけで呪われるという噂もあるんです」
こわー、我がナロード王国の国教であるナロード教が他の宗教にもわりと寛容なのは、この事件が原因なのかもしれないなあ。
「なんで、そんな恐ろしい本が、警備隊庁舎の金庫にあったんでしょう」
「去年、バルドさんが発見したそうですよ」
あれ、そう言えば、そんな事があったような。
思い出したぞ。
去年、押収物倉庫の金庫に入ってた金を盗んだ隊員が自殺した事件があったけど、盗まれたお金がどこかにないかと、バルドが適当に探していたら、ゴミ箱で偶然見つけて拾ってきたとか言ってた、あの汚い本か。
「それに、実はアトノベル騎士団がまだ活動しているって噂もあるんです」
おいおい、千年経っても、残党が復讐に来るってか?
「とにかく、教皇庁に連絡しないといけませんので、とりあえず、文書の保管はおまかせします」とクラウディアさんは、金庫の鍵をあたしに返して、あたふたと部屋から出て行った。
こらこら、そんな怖い文書をあたしらに押し付けたのか。
アトノベル騎士団の残党とやらが襲撃しに来たらどうすんじゃ。
やれやれ。
それにしても、どんな本だったっけ。
ちょっと見に行くか。
二階の押収物倉庫に行く。
バルドがボーっと立っていた。
部屋の机の上に汚い本が置いてある。
「これが例のアトノベル騎士団とやらの古文書?」
「去年、プルムにも見せたじゃん。ゴミ箱に捨ててあったんだけど、なんだか重要っぽいんで持ってきちゃったって」
「そのまま捨てちゃえばいいのに。面倒だなあ」
とは言え、呪いとは気味が悪い。
バルドはあんまり気にしてないけど。
あたしはビビっている。
この本、触りたくないぞ。
バルドは本を無造作に掴んで、金庫にバサッと入れる。
本がバラバラになって、ページが飛び出してしまった。
「ちょっと、バルド、もう少し丁重に扱いなさいよ」
呪われたら、どうすんじゃ。
「いや、もうすでにバラバラ寸前だったからいいんじゃないの」と言いながら、バルドは適当に本のページをまとめて、金庫の棚に置く。
大雑把だなあ。
「金庫の鍵は大隊長のプルムが管理しているだよね」
「うん、去年、お金が紛失して以来そうなったんよ」
あたしは、一応、慎重に鍵をかける。
呪われたくないからね。
寮に帰ったら、部屋の前に塩でも撒いておくかな。
大隊長室に戻る。
あたしの机の引き出しはスカスカ。
赤ひげのおっさん作成マニュアルは本棚に置いてある。
それ以外、ほとんどの書類は捨てた。
断捨離よ、断捨離。
え? 断捨離とは個人的な物を捨てるのが普通じゃないかって? シラネーヨ!
もう書類とか見るのも面倒だ。
さっきの鍵は、引き出しに放り込んで、さっさと定時に帰る。
寮の部屋の前で塩を撒いてたら、寮母のジュスタおばさんに「廊下を汚すな!」と怒られちゃった。
翌日、大隊長室で、ただ、漫然と座る。
昨日、決裁書類はスカッと回しちゃったし。
ヒマだ。
新聞でも読むか。
新聞に、昨日訪問された、オリヴィア近衛連隊長の就任の記事がある。
写真はオリヴィアさん中心。
あたしは端っこに幽霊のように映っている。
心霊写真かよ。
背の高さが違い過ぎるんで、あたしはほとんど頭だけ。
まあ、美人さんに焦点を合わせるのは仕方が無いのかね。
あたしも、すぐにイケメンに目が行ってしまうし。
こりゃ、自然の摂理か。
やれやれ。
あと、警備隊広報誌にも同様の記事があった。
こっちはまだましで、あたしも上半身は写っている。
しかし、なんだかあたしの頭の上にモヤーっとした影が。
エクトプラズムかよ。
どうやら写真を撮っている十秒間に、アホ毛が立ち上がったようだ。
情けない。
やれやれ。
やれやれと思いながら、さて、トイレにでも行くかなと廊下に出ると、広報誌のあたしの写真が載っている紙面をチャラ男ことロベルトが廊下に何枚もベタベタと貼ってやがる。
また、あたしに嫌がらせかよ。
「やい、ロベルト! 何してんの!」
「いやあ、せっかくプルム大隊長殿が載ってるんで、記念にいっぱい本部から広報誌を貰ってきたんですよ。大隊長殿が喜ぶと思って廊下全体に貼ろうかと思って」
「ふざけんな、チャラ男、全部剥がせ!」
「ひえー、そんな怒らなくてもいいじゃないすか、せっかくいっぱい貰ってきたのに」とぶつぶついいながら剥がしている。
こいつの行動はマジなのか、冗談なのかわからない。
部屋に戻ると、クラウディアさんから連絡が来た。
明日、教皇庁から、例の古書を検査するために担当者が来るらしい。
フランチェスコ・ベルモンドさんという古書の専門家だそう。
早朝から来るそうだ。
お爺さんかな。
さて、定時になったら、すぐ帰るあたし。
しかし、寮に帰っても一人部屋で横になっているだけ。
寮の一人部屋って寂しいなあ。
サビーナちゃんとの二人部屋で生活していた頃が懐かしい。
ちょっとギャンブルに行くか。
私服に着替えて行く。
ん? 背後から視線を感じる。
サっと振り向く。
誰もいない。
確かに視線を感じたぞ。
チェーザレはもうこの世にいないよなあ。
まさか、チェーザレの幽霊?
それとも、アトノベル騎士団の呪いか?
あたしに憑りついたのか?
ちょっとビクつく怖がりなあたし。
さて、今日もギャンブルで、また大敗した。
しかし、賭博場の用心棒とは喧嘩にならない。
もう大人なんよ。
二十歳だしね。
大隊長だしね。
恋人いないけどね。
ギャンブルで負けたうさばらしに、飲み屋をはしご。
もう、おっさんだな。
二十歳の女子で乙女だけど、おっさん。
寮に帰って、ふて寝した。




