第三十三話:狼男退治
ひえ、もう来たのか!
すっかり怯えるあたし。
警備隊庁舎に残っているのは、あたしの分隊の六人とジェラルド小隊長、あとはルチオ教授、カルロさん、アナスタシアさんの計十名しかいない。
みんなも一階に降りてきた。
電話で応援を呼ぼうとしたが繋がらん。
「電話線を切られたんじゃねーすか」とロベルトがヘラヘラしている。
ヘラヘラすんなよ、チャラ男!
狙われてんのは、あたしだぞ!
「教授、今日は新月だから狼男は出ないんですよね」とあたしが焦っているのに、
「そうじゃなあ」と言いながら、例によってのんびりと葉巻を吸ってる教授。
正面玄関近くから外を見る。
しかし、メガホンを持ってるオガストの後ろに大勢の人影が、十五人くらいいるぞ。
よく見ると皆、顔面に毛が生えていて、顔が犬みたいに変形している。
狼男じゃん。
建物から逃げようかと思ったけど、捕まって八つ裂きにされたくない。
怯えるあたし。
「どうなってんですか、狼男じゃないですか!」とあたしが怖くて震えていると、
「ふーむ、これは興味深い現象じゃのう、面白い」
爺さん、あたしの命がかかっているのに、面白がってる。
もう、頼りにならん!
「ジェラルド小隊長、どうすればいいんですか」と涙目で相談する。
「この建物は窓がいっぱいあるから、どこから狼男が入り込んでくるか分からないし、一つの部屋に立てこもると逃げられなくなる可能性もありますね。全ての部屋の入口の鉄扉を閉めて、廊下で応戦しましょう。正面玄関と裏口だけを守ればいいし」
「そ、そうしましょう」と焦りながらもみんなに手伝ってもらって、会議室のでかいテーブルをいくつか正面玄関と裏口に置いてバリケードを作った。
正面玄関には、あたしとロベルト、サビーナちゃん、カルロさん。
ジェラルド小隊長は連絡役。
残りは裏口を守る。
「五分経った! こっちから行くぞ!」とオガストが怒鳴ってる。
狼男が大勢、正門玄関前の階段を上ってきた。
一応、狼だからもっと敏捷に動いて、突撃してくるかと思ったんだけど、意外にも狼男たちはダラダラしながらゆっくりと階段を上ってくる。
何だかやる気無さそう。
ルチオ教授が正面玄関でウロウロしている。
「ルチオ教授、危ないですよ。上の階に避難してください」とあたしが言うと、
「いやあ、研究の参考になるからここにいるよ」と葉巻の煙をくゆらせている教授。
ルチオ教授、研究熱心だけど、危ないっちゅーの。
「あの、危険ですからなるべく端っこに居て下さい」と爺さんに言ってる間に、ロベルトが興奮して「ヒャッハー!」と叫んで、バリケードを乗り越えてライフルを撃ちまくる。
ある意味、狼男より危ない奴だな。
銀の弾丸が当たって、何人かの狼男は倒れた。
しかし、すぐに立ち上がる。
狼男の体にめり込んでいた銃弾がポロポロと落ちた。
狼男たちは全然元気だ。
「やばいっす!」と慌ててバリケードまで逃げ戻るロベルト。
「銀の弾丸、狼男に効かないっすよ!」とロベルトが教授に向かって叫ぶ。
「うーん、おかしいなあ」とのんびりと答える爺さん。
のんびりすんな!
あれ、この銃弾、よく見ると表面の銀が剥げてる。
「カルロさん、この銃弾、ホントに銀製なんですか」
「大学から研究費削減されちゃって、しょうがないから普通の銃弾に銀メッキするしかなかったんですよ。まいったなあ」ときまりの悪い顔するカルロさん。
「おい、カルロ! 銀メッキの銃弾じゃあ、ほんの少し傷つけるだけだぞ。致命傷を与えることは出来ない。お前は落第したいのか!」とルチオ教授が怒る。
「だいたい研究費を使って、教授が新品の蒸気自動車なんか購入するから金が無くなったんじゃないですか!」とカルロさんが言い返すと、
「お前も研究費を使って、コスプレとか言うわけのわからない事に変な服を買ってるじゃないか!」と怒鳴り返す教授。
もう、教授もカルロさんも、あたしを遥かに超えて、いい加減過ぎ!
「裏口の方は全く侵入してこないぞ」とジェラルド小隊長が報告にきた。
なぜか狼男たちは正面玄関からしか突入しようとしてこない。
「教授、どう思いますか」とあたしが聞くと、
「うむ、分かったぞ。あれは本物の狼男じゃないな、一般市民が狼男にされてるんじゃよ。オガストがネクロノミカンを使って、操っているんじゃないかな。それで、最初の命令だけで動いているんじゃろう。だから満月でもないのに狼男になっているんじゃ」とルチオ教授が解説してくれる。
え! 一般市民だと。
あれ、それじゃあ、殺したらまずくね。
お、ひらめいたぞ。
この銀メッキの銃弾は少ししか傷つけない。
この場合はそのほうがいい。
よし! 怖いけど外に出るぞ!
「みんな、撃つ場合は威嚇か、急所は外して撃って」と叫んで、あたしは廊下から小隊室へ入り、そっと窓から出る。
玄関から少し離れて、側面からニセ狼男たちの足首を狙って射撃する。
一人の狼男の足首に当てると、転んでうまく立ち上がれない。
これは、効果ありだぞ。
十六人いるニセ狼男たちの足首のアキレス腱を狙って、完璧に当てる。
我ながら、すごい。
狼男たちは全員転倒。
「すごーい、プルムさん」とサビーナちゃんがぴょんぴょん飛んで拍手している。
ぴょんぴょん飛んでる場合じゃないと思うけど。
狼男たちは全員転倒したが、それでも、正面玄関にのろのろと腕だけで、這って進んできた。
バリケードを越えようとするのは、ライフルの銃床でぶん殴って、後退させる。
みんなで狼男たちを銃床でぶん殴っているところを、葉巻を吸いながらのん気に見物しているルチオ教授に、あたしは声をかけた。
「ニセの狼男たちを普通の人間に戻すにはどうするんですか」
「ネクロノミカンを閉じれば戻るじゃろ。さっきの鍵を使えばよい」
「それだけでいいんですか」
「多分な。まあ、わしの勘じゃ」
爺さんの勘で行動せなあかんのか。
けど、案ずるより生むが易しよ!
「よくも狼男たちにひどい目をあわせたな。今度は私自ら行くぞ!」とオガストが階段の下でメガホンで怒鳴っている。
オガスト・ダレスが路上にネクロノミカンを置いて、また何やらわけのわからない呪文を唱える。
「クトルフ、クトルフ、イサダクテー、シンマガデンー、ナトウロシー、ネスデイナー、クロシモオガー、リートスー、チイマイー!」
本人が狼男になった。
顔が犬のように変形し、毛むくじゃらになり、体が二倍に膨れ上がる。
バリケードに突進してくる。
だが、あたしが外にいることに気づいていないようだ。
そっと、オガストに気づかれずに階段の下まで降りる。
狼男オガストがバリケードの机を持ち上げて、振り回して、ロベルトを吹っ飛ばした。
「ヒエー!」とロベルトが壁に叩きつけられる。
「プルム・ピコロッティは何処だ! 鍵を返せ!」とオガストが喚いている。
その隙にあたしは、階段の下に置いてあるネクロノミカンに、例のヤカンの蓋みたいな鍵を表紙に当てる。
するとあっさりと本が閉まった。
するすると普通のおっさんに戻るオガスト。
「くそ、本を閉めやがったな」と慌てて逃げ出した。
あたしは、階段の下で待ちかまえる。
「オガスト、覚悟!」と叫んで、セルジョ小隊長の仇だとあたしはパワー全開でオガストの股間を蹴り上げる。
オガストは悲鳴も上げる間もなく、気絶。
手錠をかけて逮捕してやった。
他の狼男たちも人間に戻った。
みんな、足首をおさえて痛い痛いと叫んでる。
ごめんなさい。
ちょっと、ネクロノミカンの鍵の仕組みを見る。
泥棒なんで興味があるんよ。
本のカバーに付いていた鍵だけど、ダイヤル式かと思っていた円周上のくぼみは、ヤカンの蓋の端に付いている出っ張りを突き立てるだけだった。
単純な鍵だ。
一度、ヤカンの蓋を表紙の円周上のくぼみに被せると本が開いて、背表紙が後ろに下りて支えになり、表と裏の表紙も使って本を立てることができる。
まるで、本が自ら立ち上がったように見せるためかな。
それで、もう一度被せると、元に戻って本が閉じる。
大したからくりではないな。
ルチオ教授が葉巻を吸いながら、階段をゆっくりと降りてくる。
「お疲れさん。大活躍でしたな、プルム隊長」
「はあ、ご協力ありがとうございました」
まあ、ルチオ爺さんは、多少役に立ったんで、クラウディアさんを騙した事は黙っておいてやるか。
「うっ!」と突然よろめいて、階段に手をつくルチオ爺さん。
「だ、大丈夫ですか、教授」と慌てるあたし。
「いや、腰が痛くてな」
「教授、ゴルフのやり過ぎですよ」と近づいてきたカルロさんが言った。
「研究費で高級ゴルフクラブの会員権やらゴルフ用品を買ってますもんね」と嫌味を言うカルロさんに、
「お前もボクシングのグローブとか買ってるだろ!」と怒る教授。
吸血鬼との戦いで腰を痛めたんじゃないのかよ。
今回も本当の狼男だったらどーすんじゃ。
泥棒でさぼり魔のあたしに言われたくないかもしれんけど、この人たち、マジ、税金ドロボーじゃん。
そりゃ、研究費減らされるのも当然だよ!
さて、一応、事件は解決。
壁に叩きつけられたロベルトは、たいしたケガはしてなかった。
他の人たちも無事。
まあ、狼男に変身させられた市民は、当分の間、松葉杖状態だけど、許してよん。
オガスト・ダレスは刑務所行き。
ネクロノミカンは危険なので、鍵と一緒に魔法高等官アイーダ様のとこで厳重に保管することになった。
ちなみに、オガストはネクロノミカンは親の形見だとか言ってたけど、それはウソ。
何だかダークスーツを着た男から貰ったそうだ。
誰だろうね?
ダークスーツ着てる人なんていくらでもいるからね。
どうでもいいか。
さて、ある日、
「プルムさん、大隊長殿がお呼びですよ」とサビーナちゃんから言われた。
ひえ! 赤ひげのおっさんに呼びつけられた。
けど、もう怒ってないよね。
「失礼します」
大隊長室に入ると、紙飛行機が空中を舞っている。
スイーと飛んで回って、あたしの足元に落ちた。
「以上だ!」と赤ひげのおっさんはそれだけ言って、またまた、あたしに野良猫を追い払うような仕草をする。
やな奴だな、赤ひげ!
ふざけやがってと思いながら、紙飛行機を拾って部屋を出る。
それを広げると辞令があった。
『小隊長に昇進させる』
えっ、小隊長?
何ですと?
次回から「第四章 うら若き十九歳の困惑する乙女/クーデター発生編」に続きます。




