第二十六話:吸血鬼ハンター
あれ、何かいい香りがするぞ。
何だか眩い光が。
お、目を開けたら超絶美人の綺麗な女神様がいた。
あたしは死んだのか。
これが、今流行の異世界転移、または異世界転生なのだろうか。
そんな風にあたしがぼんやりと考えていたら、よく見ると美しすぎる美人クレリックで情報省参事官のちょっと天然入っているクラウディアさんが、目の前にいらっしゃった。
あたしを神聖魔法で治癒して下さっている。
相変わらず、すっぴん顔で、しかもお美しい。
どうやら、ここは情報省の会議室の控室らしい。
「プルムさん、気分の方はどうですか」とまるで女神のように美しく微笑みつつ、優しく問いかけてくれるクラウディアさん。
「はい、おかげさまで、何とか大丈夫のようです……」とあたしは言った。
「治癒しましたが、しばらく念のためここで横になっていて下さい」と微笑むクラウディアさん。
何度見ても、お美しい。
今日のクラウディアさん、黒いジャケットに白いシャツで下は黒いパンツ。渋いけど、かっこいいファッション。ん、頭には黒いヘアバンドつけてるけど、犬柄模様。本当に犬好きなんだな。
「はい、ありがとうございます。クラウディア様」
「私は極秘の会議がありますので、終わったら、またこちらへプルムさんの様子を見に来ますね」とクラウディアさんは分厚い扉の会議室へと入っていった。
控室の長椅子に、あたしは静かに横になっている。
バルドが情報省に担ぎ込んでくれたらしいけど、何やら極秘の会議があるというので、先に帰されたようだ。
やれやれ、わけのわからない吸血鬼のおっさんに、いきなり勝負をかけられて、ひどい目にあってしまった。
全く、これもドラゴンキラーの肩書のせいだ。
もう返上したい。
あの吸血鬼は何て名前だっけ。
名乗ってたけど。
何だっけ? ナントカカントカ四世?
難しすぎておぼえてない。
うーん、思い出せん。
もう、名前は吸血鬼界のケンカ番長でいいや。
今度会ったら、ニンニクを百個ほど投げつけてやるぞ。
ニンニク復讐作戦だ。
覚えてろよ、ケンカ番長!
と下らない事をあたしが考えていると、隣の会議室で、なにやら怪しげな会議がはじまる雰囲気がする。
「今日の議題は、首都に侵入したと思われる吸血鬼の件です」とクラウディアさんが喋っているのが聞こえてきた。
何だかタイムリーな話題じゃん。
吸血鬼って、ケンカ番長のことか?
けど、何で聞こえるんだ?
扉は閉まっているのに。
極秘会議じゃないのかね。
お、長椅子の横に暖房の配管がある。
ここから、音声が伝わって聞こえてくるのか。
情報省も意外といい加減ですな。
「現在のところ、東地区第二十五区域に二名被害者が出ております」
第二十五区域って、あたしらの分隊担当じゃん。
面倒くさいなあ。
ケンカ番長の奴、暴れるなら別の区域でやってくれないかな。
「この一週間で被害者は、二名です。女子学生、十八歳。パン屋のおかみさん、五十五歳。二人とも、首筋に傷跡、全身から血を抜かれるという変死体で発見されております」
二人殺されたのか、かわいそう。
ん? けど、何か変だぞ。
女子学生はともかく、パン屋のおかみさん? ケンカ番長は処女限定じゃなかったっけ?
それに、もう人間の血はいらないとか言ってたなあ。
あと、うちの分隊にそんな被害報告は来てないぞ。
「我々が追跡中の吸血鬼ヴラディスラウス・ドラクリヤ四世に間違いありませんな」と年配風の男性のしゃがれた声が聞こえる。
そうそう、ヴラディスラウス・ドラクリヤ四世だ。
ケンカ番長は確かそう名乗ってた。
って、難しい名前だなあ。
ああ、もう忘れそう。
「首都メスト市にヴラディスラウスが侵入したことは間違いありません」と今度は若い男性の声が聞こえる。
「吸血鬼は太陽の光に弱いのではないのですか? 被害者は二名とも日中に襲われたようなんですが」とクラウディアさんが質問している。
「一般的にはそうですが、ヴラディスラウス・ドラクリヤ四世は、太陽光には耐性がついているんですよ」とまたしゃがれ声の男性が喋っている。
どうも、この二人の男性とクラウディアさんの計三名で話し合っているようだ。
ふーん、太陽の下でも活動できる吸血鬼か。
あんまりロマンチックじゃないな。
吸血鬼と言えば、スマートなタキシード姿で、真夜中に美女の寝室に現れるイメージだったんだけど。最後は、昼間に棺桶で眠っている間に心臓に杭を打たれるか、陽の光を浴びて灰になって、退治されて終了。
それと比べると、ケンカ番長はプロレスラーみたいなごっつい身体をしていたな。
ロマンチックとは程遠い。
けど、ケンカ番長の仕業とは思えないなあ。
あたしはケンカ番長が言っていた事を思い出そうとする。
あれ、ついさっきの事が思い出せん。
あたしはやはり頭が悪い。
うーん、うーん、やっと思い出した。
確か、「私は諸国を漫遊し、強い奴を叩きのめすのが趣味だ」とかアホな事をケンカ番長は言ってたぞ。
「叩きのめす」と言ってたけど「殺す」とは言ってなかった。
あたしも、結局、とどめは刺されなかったなあ。
だいたい、パン屋のおかみさんを叩きのめして何が楽しいんだ。
それともパン屋のおかみさん、若い頃はチャイナドレスやハイレグレオタード姿でストリートファイティングをやっていて、ケンカ番長をボコボコにした過去があるのか。
それで、復讐されたとか。
そんなわけないか。
うーん、何か変だぞ。
え? じゃあ、お前も会議に入って意見を言えばいいって? あのねー、「あの吸血鬼は処女限定です。私は処女ですが、妊娠した友人の服を着ていたので、吸血鬼が勘違いして助かりました」なんて言えるかー!
別に恥ずかしい事じゃないだろって? 恥ずかしくないけど、恥ずかしいんよ!
お前の年齢ぐらいなら大丈夫じゃないかって、誰も笑わないよって? ううむ。とにかく、プライベートな事は言いたくないんよ。秘密、秘密。個人情報保護法を厳守すんの!
「市民がパニック状態になるとまずいので、吸血鬼の件は極秘捜査ということにさせていただきます」とクラウディアさんが言うと、
「我々に任せてください。すぐに退治します」と年配の男性の声。
大した自信だなあ。
あの吸血鬼のケンカ番長は相当手強いぞ。
会議が終わって、クラウディアさんが出てきた。
「プルムさん、具合はどうですか」
「はい、良くなりました。ありがとうございます、クラウディア様」と言いながら、あたしは長椅子から立ち上がった。
「なぜ、路上に倒れていたんですか」とクラウディアさんに聞かれたが、ケンカ番長の事を話したら、あたしが乙女とばれてしまう。
「えー、通り魔にやられました」といい加減な事を言ってその場をしのぐ。
実際、通り魔みたいなもんじゃん、あの吸血鬼。
「あら、それは大変。警備隊に知らせないと」
「私は警備隊員ですから自分で出来ます」
とりあえず、ケンカ番長に吹っ飛ばされた件は内緒にしておこうっと。
「じゃあ、大丈夫ですね。ところでプルムさん、今日は可愛らしい恰好をしていますね。スカート姿、とても良く似合ってますわ」とニコニコ顔のクラウディアさん。
「アハハ、そう言われると、とっても嬉しいです」
リップサービスありがとうございまーす。
続いて、白髪頭の険しい顔した老人が葉巻を片手に会議室から出てきた。
その後ろから、黒い外套をきた人物が二名。
長身の人と普通よりやや背が高い人。
なんだかいかにも吸血鬼ハンターって雰囲気がする。
あれ、クラウディアさん入れて、全部で四人いるじゃん。
てっきり三人で会議をやってるのかと思ってたんだけど、もう一人いたのか。
全く気配がしなかった。
警備隊でのほほんとしていたら、あたしのシーフの勘も鈍ってしまったのか。
「プルムさんにも、ご紹介しておきますわ。いずれ、連絡がいくと思いますので。この方が、ルチオ・アタラチ教授です」
「この女性は、今回の件と何の関係があるんですかね」としゃがれた声で気難しそうな爺さんが言った。
「プルムさんは、第二十五区域担当の警備隊分隊長なんです」とクラウディアさんが紹介してくれると、
「こんな子供みたいな人が隊長なのかね」と爺さんが葉巻を吸いながら、胡散臭げにあたしを見る。
失礼な爺さんだなとあたしは思った。
事実だけど。
「プルムさんは、かの有名なドラゴンキラーなんですよ」
クラウディアさん、その紹介の仕方やめてよー! あたしがドラゴンキラーなんてもんじゃないの知ってるでしょうが。
「え、そうなんですか。かの有名なドラゴンキラーに会えるとは光栄だなあ。握手してくれませんか」と声をかけてきたのは、背の高い方の外套をきた男性。
光栄と思われるのは恥ずかしいんですけど。
随分、背の高い人だなあ。
日焼けして、体格がいい。
あご髭を生やしている。
顔面に斜め状の大きな傷跡が額の端から鼻の上あたりを通って、反対側の頬辺りまである。
かわいそう。
そのため、ちょっと怖い顔だけど、性格は気さくな感じがする。
「アハハ、まあそうですが」とあたしはテキトーに誤魔化す。
「ドラゴンを倒した方がいるなんて、心強いですね、教授」と背の高い人が爺さんに言うと、
「ふん、我々だけで、十分だ」と何だか機嫌の悪い爺さん。
まあ、確かにあたしは全然役に立たないと思うけど。
「僕は、カルロ・アダーニと申します」と背の高い人が握手を求めてきた。手もでかい。
握手してると、
「そして、こちらが弟のアナスタシオです」とカルロさんに紹介された人物が、ちょっと外套の頭巾を持ち上げて、黙礼した。
ウォ! すごいイケメンだ。
アナスタシオさん、色白の美男子。
やばい! そわそわするあたし。
兄弟でも全然似てないな。
どうせなら、アナスタシオさんとも握手したいなあ。
また、それかよ。心も美しい人を求めてるとか言ってたけど、結局、外見で判断してんのか、お前はって? うるさいわい! だって、事実イケメンなんだからしょうがないじゃない。事実は事実!
アナスタシオさん、会議中に全く喋らなかったので、居るのが分からなかった。
何だかミステリアスで素敵。
寡黙な感じも素敵。
乙女心がヒートアップ!
イケメンだから素敵なんだろって? もう、うるさいなあ。素敵だから素敵なの!
ああ、三人の方々は部屋から出て行っちゃった。
アナスタシオさんと喋れなかったじゃない!
「クラウディア様!」とクラウディアさんに声をかける。
「あの方々はどういう人たちなんですか」
「ミスカトニク市立大学の教授と学生さんですわ」とニコニコしながらお答えになるクラウディアさん。
「何のために来られたんですか」
「吸血鬼退治のためです。ルチオ・アタラチ教授は高名な吸血鬼ハンターなんですよ。他の二人はお弟子さんですね」
あれ、吸血鬼については極秘事項じゃないのか、クラウディアさん。
「えーと、極秘会議じゃなかったんじゃないのでしょうか」とわざとらしく聞いてみる。
「あ、そうでしたわ。どうしましょう」と両手を頬にあててオロオロするクラウディアさん。
またオロオロしている。
大丈夫ですか、この人は?
「あのー、紹介していただいたってことは、もしかして、私の担当区域に関係することでしょうか」
「そうです、そうです。プルムさんなら、事前に知っていてもいいですよね。ああ、良かった」とクラウディアさんがホッとしている。
情報省員としては脇が甘すぎるぞ。
「あと、クラウディア様、私をドラゴンキラーって紹介するのはやめてくださいよー、私がドラゴンを倒したわけじゃないって知ってるじゃないですか」
「あ、そうでしたね。何だかいつの間にか、プルムさんがドラゴンを倒したと思い込むようになっておりました。申し訳ありません」と深々と頭を下げるクラウディアさん。
おいおい、しょうがない人だなあ。
天然系というより、もう天然お嬢様と呼ぶことにした。
または、オロオロお嬢様。
情報省を出て寮に帰ると、玄関で黒い恰好している寮母のジュスタおばさんと出会った。
喪服姿だ。
「なにかご不幸でもあったんですか」
「パン屋『ブルット』のおかみさんが心臓麻痺で急死しちゃって、葬式に行ってきた帰りだよ。この前まで元気だったのに」
ジュスタおばさんと、吸血鬼の被害者であるパン屋のおかみさんは知り合いだったらしい。
病気で死んだことにされたら、うちの分隊に報告が来ないのも当然だな。
自警団あたりが情報省と組んでうまく処理したんだろう。
自分の部屋に戻り、ベッドヘタイブ!
妄想デート。
相手はアナスタシオさん。
ううむ、うまくいかない。
全然喋ってないから、どんな人か分からん。
妄想デートはキモイからやめろって? じゃあ、般若心経でも唱えろって言うんかい!
うまくいかないうちに、妄想デートでアナスタシオさんに振られる。
ショックで寝た。




