第二十五話:吸血鬼ヴラディスラウス・ドラクリヤ四世
怒髪天を衝いたまま、アホ毛もそのままに、スカート姿でドスドスと街を歩く。
ん? 背後から視線を感じる。
また、あのセクハラバカ三人組か。
しつこいぞ。
サっと振り向く。
誰もいない。
あれ、シーフ時代の勘は鈍ってないつもりだけど。
まさか、借金取り?
そんな、まだ来ないよね。
ビビってるあたし。
あー、それにしても、イライラする。
お、賭博場がある。
ダメダメ、あたしはもう警備隊の分隊長なんだから。
いや、今日は非番だからいいか。
ダメダメ、非番こそ、こんなとこ入ってはいかん。
いや、警備隊員だからこそ、こういう場所を視察しなきゃ。
ダメダメ、そんなの屁理屈だ。
ダメダメと言いながら、
「少しくらい、いいか」と体が賭博場に吸い込まれた。
……。
賭博場から放り出される。
「イカサマだあ!」とわめくあたし。
また賭博場でトラブルを起こしてしまった。
裏口から叩き出され、路地裏で用心棒に胸倉を捕まれて、賭博場の壁に押し付けられる。
息が苦しい!
怖いよー!
「お前、殺されたいのか」と用心棒に脅される。
「あ、いや、すみません、申し訳ありません。はい、土下座してお詫びいたしますのでお許し願います」
ビビるあたし。
ひたすら平身低頭。
そこにフロックコート姿の大男が現れた。
腕が太く、胸が分厚い。
筋肉隆々って感じで、何だか迫力があるぞ。
「か弱いご婦人に、何をしているんだね」と大男が用心棒に声をかけた。
「うるせーぞ、何だお前は」と用心棒は大男の方を振り返る。
しかし、大男が人睨みすると、その迫力にビビッて用心棒はあたしを路地に放り投げて、店の中にさっさと逃げて行った。
「痛!」お尻を打ったじゃないの。
お尻を擦っていると、大男があたしの手を取って起こしてくれる。
「助けてくれて、ありがとうございました」とあたしは大男にお礼を言った。
すると、
「ひとつ頼み事があるのだが」と大男が言う。
「は? 何用でございますでしょうか?」
「私と勝負しろ」
「勝負? ポーカーかブラックジャックですか? それとも将棋?」
「私は諸国を漫遊し、強い奴を叩きのめすのが趣味だ」
「はあ」
「私は吸血鬼ヴラディスラウス・ドラクリヤ四世だ」
へ? いきなり何言ってんの、このおっさん。
今、真っ昼間だぞ。
吸血鬼が出現するのは夜だろ。
大男が歯をむき出すと、犬歯がすげー尖っている。
おいおい、まさか本物の吸血鬼かよ。
「素性を隠しても私には通用しないぞ。貴様は、かの有名なドラゴンキラーだろう。さあ、勝負だ。私を楽しませてくれたまえ」と大げさに両腕を広げながら、あたしに挑みかかろうとする吸血鬼。
さっき、背後から視線を感じたのはこいつか?
それにしても、諸国を喧嘩しながら渡り歩くって、お前は吸血鬼界のケンカ番長か!
「いくぞ、ドラゴンキラー!」
「ちょ、ちょっと待って!」
ドラゴンなんて倒してないよと説明しようとオタオタしていると、吸血鬼が柔道技かプロレス技か知らんけど、あたしをわけのわからない技で投げ飛ばす。
「ウギャ!」
あたしは賭博場の壁に叩きつけられた。
そのまま地面に崩れ落ちる。
吸血鬼のおっさんは、
「フン、大口をたたくわりには大したことないな、ドラゴンキラー」とか言いながら近づいて来た。
か弱いご婦人にいきなり何すんだよ、おっさん!
だいたい大口なんかたたいてねーよ!
「私はもう人間の血は必要としていないのだが、貴様は特別だ。さて、ドラゴンキラーの血をいただくとするか」
へ? 血を吸われんの?
干からびて死ぬの? それとも吸血鬼になるの?
どっちもヤダー!
けど、体が痺れてほとんど動かない。
何とか両手の人差し指を交差させて、十字の形を作る。
「何をしてるんだね」と吸血鬼のおっさんがニヤニヤしながら聞いてくる。
「じゅ、十字架……」もう声もほとんど出せない。
すると、吸血鬼のおっさんはあっさりと片手であたしの両手首を掴んで、空中に持ち上げる。
「たとえ本物の十字架でも、私には全く効果は無いぞ」と怖い顔を近づけてきて、吸血鬼のおっさんが言った。
ひえー、ルールは守ってよ。
吸血鬼は十字架苦手じゃないのか?
吸血鬼があたしの首筋に歯を近づける。
絶体絶命!
怖いよー!
助けてー!
すると、突然、吸血鬼はあたしの手を放した。
ドスンと落ちる。
痛! またお尻を地面にぶつけて、あたしは地面にうずくまる。
何なんだよ、いったい。
ああ、体が痺れて全く動けない。
こんな薄汚い賭博場の路地裏で、あたしは死ぬのか。
恋人も出来ぬまま。
一回くらいデートしたかったぞ。
好きな男性と手をつないだことさえない
なんて悲惨な人生なんだ。
そう、あたしが嘆いていると、
「貴様は臭い、汚い」と捨て台詞を吐いて、吸血鬼のおっさんは背中を向けて立ち去ろうとする。
クサイ? キタナイ?
臭い!!! 汚い!!!
「何だと、コノヤロー! ふざけんな! 待ちやがれ、おっさん!」あたしは激怒して立ち上がった。
「ほほう、今の攻撃ですぐに立ち上がったのは貴様が初めてだ。少しは私を楽しませてくれそうだな、ドラゴンキラー」
「うら若き十八歳の乙女に向かって、臭い、汚いとは何言うか!」
あたしは袖に隠していたナイフをかまえる。
「私はグルメなんでな、処女の血しか受けつけん」
へ? いや~あたし奥手で、あの~その~まだなんですけど。
しかし、いまどき処女限定とは古い考えの持ち主のようでございますねえ。
あ、そうか、分かったぞ。
今着てるこの服、めでたくご懐妊のアデリーナさんのもの。
この吸血鬼のおっさん勘違いしてるな。
そういうことか。
ならば、
「うっ、やられた」とあたしはわざとらしく地面に倒れて、死んだふり。
「フン、つまらん。退屈しのぎにもならんな」
何処ぞへと去っていく吸血鬼のおっさん。
もう大丈夫かな。
しばらくして、立ち上がろうとして、
「あ、ダメだ~」本当に体が動かん。
何とか路地裏から這いつくばって、歩道まで行こうとするが、寸前で力尽きる。
地面にへばってるまま時間が過ぎていく。
このままだと、マジ死んじゃうよ~。
「うーん、だれか助けて~」弱々しい声を出して助けを求める。
すると、
「プルム、大丈夫か」と男が近寄ってきた。
「あ、バルド」何でここにいるの。
まあいいや、とにかく助けて~。
お姫様だっこで運んでもらう。
ああ、これがバルドじゃなくてリーダーだったらなあと思いながら、あたしは気絶した。




