第二十三話:分隊長になった
あたしの名前はプルム・ピコロッティ。
ナロード王国首都警備隊分隊長だ。
あたしが分隊長に昇進することに、セルジョ小隊長が猛反対したらしい。
まあ、あたしのいい加減な仕事ぶりをみれば当然ね。
結局、赤ひげ大隊長の「どうでもいい!」の一言で、決まっちゃったみたい。
セルジョ小隊長には、もっと強硬に反対してほしかった。
だって、あたしも反対だもん。
リーダーが分隊長なってほしかったなあ。
分隊長なんて面倒くさい。
給料もらえるなら、ずっと平隊員でいいぞ。
何で、分隊長に昇進になったのかって? 分からん。ドラゴン秘儀団員一名を逮捕するのに、役に立ったからかな。役に立ちたくはなかったけどね……。
分隊長になったから、拳銃を支給された。
けど邪魔だなあ、性能悪いんでしょ、これ。
フフン、あたしの百発百中のナイフ投げの方が、拳銃よりずっと役に立つぞ。
分隊長になったけど、あんまり気分は変わらないな。
同じメンバーで働いてるからかな。
新人一人が新規採用されたけど。
名前はロベルト。
十八歳。わりとイケメン。
けど、いつもヘラヘラ、ニヤニヤしている。
軽薄っぽい感じのチャラチャラしてるチャラ男なんで、あたしの恋愛対象外。
軽薄とはいっても、試験合格しているんだから、あたしよりは頭は良いんだろうな。
ただねえ、こいつが、やたらとサビーナちゃんにちょっかいをかけるんだな。
周りに誰がいようがいまいが関係なしに、つきまとう。
サビーナちゃんは適当にあしらっているけど。
しかし、油断していると、気が付けばサビーナちゃんが蟻地獄みたいに、チャラ男の魔の手に落ちているかもしれん。
監視しないと。
え? 人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られて死んじまえって? 随分、古い言葉を知ってるのね。
違うんよ! 違うんよ! サビーナちゃん一筋ならまだ許せる。
だけど、サビーナちゃんだけじゃなくて、他の女性隊員にもやたら声をかけまくってるんよ、このチャラ男は。自ら懇親会を主催して、別室の小隊どころか、別棟の大隊の女性隊員まで声をかけまくって、おまけに、本部事務棟の女性職員や清掃のおばさんにまで、誘いをかける始末。そんで、実際の懇親会は、男性は自分だけ。あとは全員女性。もう女だったら、誰でもいいって感じ。
ロベルト、お前はハーレムでも作るつもりか!
イケメン! イケメン! とすぐに騒いでばかりのお前と違って、顔で判断しないだけマシだって? 違うわい! あたしが求めてるイケメンとは外見だけではなく、心も美しい人なんよ。
あと、純愛ね、純愛! 相思相愛! 純愛原理主義者のあたしにとって、チャラ男系は天敵なんよ。穴が空いてれば、誰でもいいチャラ男と一緒にしないでよ! おっと、ダメダメ、下品な方向に行ってしまうとこだった。
とにかく、チャラ男の魔の手からサビーナちゃんを守らないと。
これは上司としての大事な職務、そして、友人としての大切な義務よ。
サビーナちゃんは、あたしのかわいい妹分だからね。
ところで、お前はロベルトから声をかけられたのかって? うぬぬ、かけられてないぞー! チキショー!
どうでもいいんよ、チャラ男なんて。
分隊長ともなると、隊長会議とやらに出なきゃいかん。
分隊長以上が集まって、週一回、一階の会議室でつまらん会議をやる。
これが眠い。
よく居眠りしてしまう。
おまけに、それ以外にも、やたら臨時会議とかやりたがるんだよな、赤ひげのおっさんは。
こっちも居眠りしてしまう。
上司のセルジョ小隊長に怒られ、毎度、反省文を書かされる。
それでも居眠りするあたし。
おかげで、セルジョ小隊長が、ますます厳しくなる始末。
反省文も同じ内容だとダメ。改行が多いとダメ。字を大きくするとダメ。
怒られるたびに、反省文の枚数を増やされる。
ついには、週一回、朝早く出勤して、警備隊の玄関の外の清掃を命ぜられてもうた。
つらいよう。
とは言うものの、セルジョ小隊長のことは嫌いではないんだな。
あたしがヒイコラ掃除してたら、自分も朝早く来て、手伝ってくれるんだもん。
自分で罰を命じておきながら、手伝ってくれるって相当いい人よね。
そう言えば、大隊長の赤ひげのおっさんだけど、会議中は寝てはいないけど、毎回、夢うつつって感じで目が死んでいる。仕事は真面目にやっているけど、実際のところ、魂の抜け殻状態。
人生終わったって感じ。
悲哀を感じます。
ライフル銃なるものが各分隊に支給された。
ボルトアクション方式という、銃の横に付いているハンドルを、手動で操作することで弾薬の装填、排出を行う。弾丸五発を弾倉に込めることが出来る。
運動場の隣の射撃場で訓練が行われた。
人の形をした的に向けて撃つ。
あたしは、百発百中。うーむ、頭は悪いが、こういうのは得意。珍しくセルジョ小隊長に褒められた。嬉しいな。
サビーナちゃん。元弓師のわりに、あまりうまくない。銃の反動がつらいのかな。
バルド。まあまあ。
アデリーナさんは参加しなかった。お腹の赤ちゃんに影響があったらまずいもんね。
ロベルト。ど真ん中だったり、思いっきり外したり。さすが、チャラ男。いい加減男。
リーダー。全部外してばっかり。性格が優しすぎるんよ。的でも人は撃てないんよ。
単に下手なだけじゃないかって? ううむ、そうかもしれん。
ふと、ライフル銃の銃床を見ると、ゴッジコーポレーション社製と彫ってある。
「あれ、もしかして、このライフル銃、バルドの親御さんとこの会社が作ってるの」とあたしが聞くと、
「ああ、そうだよ。褒められたもんじゃないけどね」と何だか機嫌の悪いバルド。
親との確執があるんか?
まあ、このライフル銃は、普段は使用しない。武器倉庫にしっかり管理。
普段、携帯するのはサーベルというのは変わっていない。
そういや、給料が二割減になった。
国の予算がキツキツらしい。
みんなショックを受けている。
生活費が足りないと、悲鳴を上げているぞ。
まあ、あたしは生活費より、ギャンブルに使える金が少なくなったのがショックだけどね。
警備隊だけでなく、各省庁や軍隊とかも同様みたい。
ある日の事。
今日はうちの分隊は非番。
リーダーの家に、みんなでご訪問することになった。
アデリーナさんがめでたく妊娠して、安定期にはいったんで、懐妊祝いをサビーナちゃんと買いに行く。
今は、サビーナちゃんとは一緒の部屋に住んでない。
あたしは隊長用の一人部屋に住んでいる。
サビーナちゃんは、寮を出て借家住まいだ。
ちと寂しい。
寂しいので、夜寝るときはイケメンとの妄想デート。
相手は誰だって? 架空の男性よ。小説とか漫画の主人公とかね。
空しくないかって? 悪かったわね! そう、空しいわい!
お花、その他にプレゼントとして、いろいろ迷った末、マタニティウェアを買った。もう、マタニティウェアは持ってると思うけど。
まあ、予備として使ってもらえばよい。
それにしても、あたしもこういう服なんぞを着る日が来るのであろうか?
うーん、分からん!
一応、そこそこのおしゃれをしていく。
首回りにちょっとかわいい刺繍模様がある白いブラウスに、薄い水色のパンツ。
アホ毛も綺麗におさえる。
リーダーに未練がましいって? うるさい!
サビーナちゃんと一緒に歩いていると、今さら気が付いたのだが、彼女、背が高くなっている。
あたしとサビーナちゃん、目線の高さが同じだ。
それに、
「サビーナちゃん、手足ちょい太くなってない?」
「ヤダー! 太ってないですよー!」と口をふくらまして、怒るサビーナちゃん。
怒ってもかわいい。
「ごめん、ごめん」とあたしは謝る。
けど、サビーナちゃん、微妙に胸も大きくなってるような。
あたしは、全然変わっていない。
うーん、いや、あたしもまだまだこれからよ。
リーダー宅に到着。
すでに、バルドとロベルトも来ていた。
「リーダー、あらためて、おめでとうございます」とあたしがお祝いすると、
「リーダーはやめてくれよ、今はプルムがリーダーだろ」と笑いながら言われた。
そうだけど、リーダーって呼びたくなるんだなあ。
レッドドラゴン事件の頃を思い出す。
いまだに素敵。
おっと、ダメダメ。リーダーはアデリーナさんの旦那様。
「アデリーナさん、おめでとうございます」とお花とプレゼントを渡した。
「ありがとう」アデリーナさんも嬉しそう。
お二人は結婚して約一年か。いまだに仲が良さそうだ。羨ましい。
リーダーの借家の居間の窓からスポルカ川が見える。なかなか良い景色。
さて、アデリーナさんの体を気づかって、あんまり長居する予定ではなかったのだけど。
ロベルト! このチャラ男がー!
やたら、お二人のなれそめやらを聞くんだな、こいつが。
「ところで、お二人が初めて愛を確かめ合ったのはいつ、どこっすか?」とロベルト。
こらこら、失礼な奴だな。
お前は「新婚さんいらっしゃい!」の司会者かよ。
しかし、リーダーもアデリーナさんも嬉しそう。
「あれはニエンテ村の宿屋だったなあ、俺が背中を怪我して、たいした傷じゃなかったんだけど、アデリーナに手当してもらってたら、何か、その、何だな」
「いい雰囲気になったっすね」とロベルト。
みんなで笑う。
あたしも笑うが、心で泣く。
「そしたら、プルムが突然来たんで焦ったよ」
「わたしも恥ずかしくて」
言いながら見つめあう二人。
いまだに新婚気分かい。
心の中で、憮然とするあたし。
「吊り橋効果かと思ったりもしたけどね」とリーダー。
「その吊り橋効果とは何ですか?」とサビーナちゃん。
「吊り橋効果ってのは、吊り橋の上で一緒にいた男女が、恋愛関係になることさ。不安や恐怖を感じてドキドキするのを、恋愛でドキドキするのと勘違いしちゃうんだ。ドラゴンが暴れてるとき、岩に隠れて、アデリーナと一緒にいたからね」とリーダーが解説する。
なにー! そんな簡単な方法があったなんて知らなかった。イケメンをうまく騙して、一緒に吊り橋を渡れば、即、恋人じゃん。今度、やってみよっと。
「けど、長続きしないんすよねえ。結局、勘違いなんすから」とロベルトが言った。
何だ、勘違いかよ。
期待しちゃったじゃん。
やっぱり、恋愛に安易な手は使ってはいけないのかな。
「恋愛というのは脳の『思い込み』から起こるみたいっすよ。もしかしたら好きなのかと思ったときには、もう『恋愛感情』が生まれてるっす。けど、その中には、さっき言った吊り橋を一緒に渡った時のドキドキといった『勘違い』というのもまぎれているっす。脳が『勘違い』を『好きである』と勝手に思い込んで、『私は恋愛している』と思いこむっす」とベラベラ喋るロベルト。
なんと、チャラ男ことロベルト、けっこうインテリか。
「だから、もしかしたら、すぐに別れるかもと不安だったんだけど」とリーダーが笑って言った。
「いまだに仲がいいですね。羨ましいな」とサビーナちゃんが笑う。
「まだ、分からないわよ」とアデリーナさんも笑う。
また、みんなで笑う。
あたしの心は嫉妬の炎がうずまく。
「ウギャ!」と心の中で悲鳴をあげる。
あたしは居たたまれなくなった。
「そう言えば、プルム、あの時、何の用だったの」とリーダーに聞かれた。
「えーと、アハハ、忘れちゃった」と誤魔化す。
リーダーに告白するつもりだったんですよって、この場で言えるわけないぞー!
ああ、針のむしろよ。
早く時間よ、経ってくれ。
「で、新婚さんは玄関でキスしたりするっすけど、お二人は一緒に出勤しますが、やはり玄関でキスをするんすか?」とロベルトがはしゃいでいる。
チャラ男、いい加減にしろ!
しかし、みんなで、はやしたてて、リーダーとアデリーナさんが、あたしの目の前でキス。
おいおい、結婚式の二次会じゃあるまいし。
ああ、もう無理。
あたしは用があってと言い訳して、お暇することにした。
イライラして立ち上がったんで、テーブルの上のコーヒーカップがこぼれて、せっかくおしゃれしてきた服が汚れちゃった。
ますますイライラするあたし。
「プルム、洗濯しとくから、服を着替えて」とアデリーナさんに言われた。
「いや、いいですよ、別に」
「いや、とにかく着替えて」
アデリーナさんは、一度言い出すと聞かない人なんで、抵抗するのをあきらめた。
赤い花柄ワンピースのスカートをアデリーナさんに借りて、寝室で着替えさせてもらう。
着ている服を脱ぐと、タバコが一本落ちる。
この服に入ってたんだ。
やばかった。
アデリーナさん潔癖症だからな。タバコなんて嫌いだろう。
タバコを拾うと、目の前にダブルベッド。
このベッドで二人は……。
こら、想像すんな!
別のところに目を向けると、小さい本棚があって、「財務会計基礎論」「財務会計実務論」「国家予算の仕組みとは」とか、何だか難しそうな本が置いてある。
隠れて努力するアデリーナさん。会計の勉強してんだ。勉強家ですね。能ある鷹は爪を隠すですな。
あたしは昼寝のほうが好きだけど。
しかし、何で勉強してんだろう? 警備隊本部に異動の希望でも出しているのかなあ。
着替えて、みんなの前に姿を現すと、
「プルムさんのスカート姿、初めて見た、かわいい!」とサビーナちゃんが、ピョンピョン飛び跳ねながら、褒めてくれる。
他の人からも、かわいい、かわいいと言われる。
恥ずかしがるあたし。
リーダーの家から帰る途中、あたしは落ち込んでいる。
あーあ、結局、いまだにあたしはリーダーのことを好きなんじゃないか。
未練たっぷり。
いつ、このいやらしくも情けない嫉妬の炎は消えるのか。
ホントに、いーなあ、いーなあ、アデリーナ。
通りがかったお店屋さんのショーウィンドウのガラスで、自分の恰好を映して見る。
鈍くさい。
この服、スタイルの良いアデリーナさんじゃなきゃ似合わん。
体格も違うし、当たり前だ。
みんな「かわいい、かわいい」って言ってくれたけど、本当は今頃、あたしのこと笑っているんじゃないかな。
ああ、明るいふりして、実はこのネガティブ思考の自分の性格が嫌だ。
何かモヤモヤする。
ふと見ると、頭のアホ毛がまた立ち上がっている。
ガラスに映った頭のアホ毛を直す。
直らんぞ。
もっとイライラする。
久々にタバコでも吸うか。
タバコを出して、火を点けようとするが、マッチが無い。
あー、イライラするー!
すっかり機嫌が悪くなっていると、
「おい、ドラゴンキラー」と後ろから声をかけられた。




