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ドラゴンキラーと呼ばれた女/プルムの恋と大冒険  作者: 守 秀斗
第二章 うら若き十七歳の可憐な乙女/ドラゴン秘儀団残党編
19/83

第十七話:ネクロノミカン

 さぼったり、昼寝ばっかりしていたら、もう秋だ。


 巡回中、こじんまりとしたパン屋『ブルット』の前を通る。

 腹が減った。

 ここで買い食いでもしよっと。

 このパン屋さんの真向かいに、大邸宅がある。


 あれ、その大邸宅の壁が、半分くらい真っ黒に塗られていることに気がついた。

 今もペンキ屋が、二人で壁を黒く塗っている。


 パン屋のバイトのお姉さんに聞く。

「このお屋敷の壁、こんなに真っ黒だったっけ」

「最近、住んでいる人が代わったみたい。そしたら、急に壁を真っ黒に塗り始めたのよ」

 ふーん、いわゆるゴス趣味ってやつかな。まあ、別に法律違反じゃないから、どうでもいいけど。


 フィッシュバーガーを食べながら、黒い家を眺めていると玄関前に馬車が停車して、何やらデカい箱を家の中に入れている。

 引っ越し業者かな?

 小太りのおっさんが指示しているけど、このおっさんが家の主かね。

 まあ、どうでもいいや。

 パンを食い終わったので、また散歩、じゃなくて巡回を再開。

 

 巡回から戻ってきたら、珍しく、市民から直接盗難届があった。

 普通は、自警団から報告が来ることが多いんよ。

 自警団は大昔からあるから、よく現場を知っている。事後報告も多いし、自警団の中でうまく解決しちゃう場合もあるらしいんよ。

 住んでる場所はあたしらの分隊区域なんで、あたしが対応する。

 小太りのおっさんが窓口に立っていた。


「どうされましたか」とあたしが聞くと、

「本を盗まれました。本の題名はネクロノミカンです」

「え? 何ですって?」

「ネクロノミカンです」

 本の題名は『根暗な蜜柑』か。

 変わった題名ね、純文学かな。


「本の体裁はどのような状態ですか」

「大きい本で重いです、大人が抱えるぐらいの。全体的に黒いですが、表紙に金色で五芒星が大きく描かれています。一見すると箱みたいにも見えます」

 五芒星って、星の形をしたデザインだっけ。


「画集みたいなものですか」

「内容はちょっと……」

「はあ」

 何か怪しいぞ、このおっさん。


「あなたのお名前は」

「オガスト・ダレスと言います」

 あれ、このおっさん、さっきの黒い家の前で業者に指示していた人じゃないかな。


 親の形見で、貴重な本なので取り返したいとのこと。

 額に汗かいて、何だか焦っているぞ。


 デルフィーノさんに相談する。

「何だか、でっかい本を盗まれたようなんですけど」

「じゃあ、プルムさん、現場に行ってみよう。アギーレ君とバルド君も一緒に同行してくれないか」

「はい、分隊長殿」とリーダーとバルドが立ち上がる。

 やった! 両手に花、じゃなくて、両手にイケメン! プラス、フツメン。


 ふざけんな! 仕事しろって? すんまへん。


 オガストさんの自宅へ行く。例の壁を真っ黒に塗っている大邸宅だ。

 ペンキ業者が、まだ残りの部分の壁を真っ黒に塗っている。

 家の中に入ると、怪しげな本がどっさりある。

 オカルト趣味か。


「古代の神の研究家なんです」とオガストさん。

 本だらけ。

 と思ったら、でっかい水槽があって、クラゲが何匹か泳いでいる。クラゲを飼うのが趣味なのか、オガストさん。研究の合間に見て、疲れを癒しているのかな。

 おっと、隣の水槽には蛸がいる。蛸みて癒されるのかね。

 あ、電話機があるぞ。さすが金持ち。


「今日の午前中に絵画を三点、二階に搬入したんです。その間に、一階に置いてあった本が盗まれました」とオガストさんが証言する。

 みんなで一応、二階にも上がると、絵がいっぱい飾ってある。

 どれも、みなグロテスクな絵。

 何だか蛸みたいな、変な気持ち悪い生き物の絵ばっかり。

 蛸飼っているから、蛸好きなのか。

 まあ、別に法律違反じゃないけど、オガストさん趣味悪いなあとあたしは思った。


「絵を搬入する代わりに、本を盗んだんじゃないですか」とリーダー。

「いや、信用できる業者なんで、それはないかと思います」とオガストさん。

 その部屋は特に異常はないので、一階に戻り、本棚を見る。


 本棚の目の前に行くと、

「何か黒いペンキのような小さい汚れがあるぞ」とデルフィーノさんが床を指す。

 まさか、ペンキ屋が犯人?


 外に出て、ペンキ業者に声をかける。

「何の用だ」

 いかにも悪役って顔してるおっさんだ。


「住人のオガストさんが本を失くしたんですが、知りませんか」

 リーダー、そんな風に聞いても正直に答えるわけないぞ。


「お前が盗んだんだろ!」とリーダーの背中に隠れて、テキトーに言ってみるいい加減なあたし。

「死ね!」といきなり、男が襲いかかってきた。

 気の早い犯人やね。

 手にはちっこい果物ナイフ。


 もう一人が後ろから出てきて、でかい剣を持って、あたしに襲いかかってくる。

 すると、デルフィーノさんがさっと、あたしの前に出て、サーベルを矢継ぎ早に繰り出し、あっさりとサーベルで男の剣を叩き落とし、首筋にサーベルを突きつけた。


「死にたくなければ降伏しろ」

 デルフィーノさんかっこよく泥棒をつかまえる。

 デルフィーノ様、素敵! と叫びたくなった。


 おっと、安物果物ナイフを持った悪漢に対して、リーダー苦戦中。

 プルム、助太刀に参ります。

 さっと泥棒の背後に回り、股間を蹴り上げる。

 泥棒が股間を押さえて転げまわっているところを、手錠を掛けて逮捕。

 一丁、上がり。


 バルドはボーッとしてただけ。

「ちょっと、バルド、なにボーッとしてんの!」とさぼり魔のくせに、あたしは偉そうに文句を言う。

「ああ、ごめん。急にはじまったんで、正常化バイアスになった」

「なにその正常化なんたらって」

「正常化バイアスとは、予期しない事が起きた時、『ありえない』という先入観が働き、物事を正常だと認識しちゃうんだ」

 へー、さすが大卒のインテリ。

 けど、何か言い訳にしか聞こえないような。

 よく冒険者やってたなあ。


 家の周りを捜索すると、裏口の扉がちょっと分厚い。

 本が扉にくっ付けてあり、壁と同じように黒いペンキが塗られている。

 はがしてみると、この本、随分と重い。

 おまけに、本のカバーに鍵が付いていて、開けないようになっている。

 中を見れないじゃん。


 他にも変な細工があって、本の表紙に円形状に複数のくぼみがある。

 これはダイヤル式のような特殊な鍵かな。

 ずいぶん厳重ね。


 背表紙の題名も、外国の文字のような字で書いてあって読めない。

 何だか、怪しげな本ね。

 まあ、あたしのシーフ技を使えば簡単に開けられる。

 けど、やめておこうっと。


 シーフの勘よ。

 中身は十八禁のエロ本だと思う。

 どうりで焦ってるわけだ、オガスト・ダレスさん。


 泥棒二人組には手錠をかけて腰縄つけて、バルドが連れて行った。

 この本、重くて持てない。リーダーが手伝ってくれる。

 優しいなあ。ああけど、まだ重い。

 ほとんど歩けん。


「プルムさん、重そうだな。代わるよ」とデルフィーノさん。

「あ、けど分隊長殿に手間をかけさせるのは」とあたしが遠慮気味に言うと、

「いや、いいよ。代ろう」とデルフィーノさんが代わってくれる。

 紳士だなあ、デルフィーノさん。ますます好感度アップかける二乗。


 オガストさん宅の玄関へ持って行く。

「家の壁に置いてあるとは。ありがとうございました」

 オガストさん、一人で本を持ち上げ、よろよろと歩きながら本を持って行く。

 力持ちだな。

 ボディリフティングでもやってるのか。


 警備隊庁舎に戻って、ペンキ屋兼泥棒二人組に尋問したところ、一階に盗みに入ったところ、本に鍵が掛かっているので、貴重品だと思って盗んだらしい。

 あんまり重いので、とりあえず扉に立てかけて、ペンキを塗って隠したそうだ。


 大した事件じゃないな。泥棒は地下にある留置所に放り込む。

 後日、裁判所に護送して終わり。


 あたしが報告書を書くんだけど、あれ、本の題名何だっけ。

 正確な名前忘れた。

 うーん、うーん。

 そうそう、『根暗な蜜柑』だ。あれ、違ったっけ。

 いいや、どうせ、中身はエロ本だし。


 報告書を書いていると、デルフィーノさんに注意される。

「プルムさん。さっきの事件だけど、いきなり犯人扱いはやめたほうがいいよ」

「はい、申し訳ありません。今度からは気をつけます」


 けど、注意されても、嬉しいな! 嬉しいな!

 お前はアホだって? アホです。

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