第十六話:幼馴染のチェーザレたちと再会
「誰?」と振り返ると、
鼻くそをほじくりながら、ずんぐりとした男が立っている。
後ろにもデブとヤセが二人。
チェーザレとその子分のアベーレとベニートの三人組だ。
ヘラヘラと笑っている。
北部の地方都市ラドゥーロの西地区トランクイロ街、いわゆるスラム街出身。
幼馴染だけど、ろくでもない連中だ。
「何で、あんたらが首都にいるの」
「俺たちも一旗揚げに、この都に来たんだよ」とチェーザレが答える。
他の二人は黙ってヘラヘラしてるだけ。
何の旗揚げだと思っていると、
「新聞で見たぞ。お前、ドラゴンを倒したんだってな」
「そ、そうだけど」ちょっとあたしは動揺する。
「当然、ウソだろ」
「何で、何を根拠にウソって言うんよ?」
「お前がドラゴンを倒せるわけがない。詐欺だろ、それとも何か裏の事情があるんだろ」
チェーザレの奴、昔から顔も頭も悪いけど、勘はいいんだよな。
だけど、情報省のクラウディアさんと約束した以上、事実を言うわけにはいかない。
「うるさい! 本当よ!」
「何か機嫌が悪いな。誰かに振られたんか?」
大きなお世話だー! 腹立つー!
「うるさいって言ってんでしょ!」
「なに怒ってんだ? だいたい、泥棒が何で警備隊員になれんだよ。どうやってもぐり込んだ? 何か当局の弱みを握ったのか?」
「王様の命令なんだから仕方がないじゃない。あんたらも試験受けたら。頭が悪いから無理でしょうけど」
「頭が悪いのは自覚してるよ。それよりトランクイロ街を出る前に借金取りが来たぞ、お前を探しに」
「え、ほんと?」ビビるあたし。
「ドラゴン倒せる奴が、何で借金取りに追われるんだよ」
「うるさいわい! で、しゃべったの? あたしが首都に居ること」
「言わないよ。借金取りも自分たちが追っているのが、かの有名なドラゴンキラーとは気づいていなかったようだけどな」とチェーザレはほじくった鼻くそを指でピーンとはじく。
「汚ーい! 不潔!」昔からヒマさえあれば鼻くそほじくってばっかり。
この鼻くそ男!
「言わなかった俺に感謝しろよ」
「ふん、余計なお世話よ」強がるあたし。
「まあ、どんな手を使ったにしろ、俺たちのスラム街出身で公務員になったのはお前が初めてじゃないかな。それは褒めてやろう」
「偉そうに言うな!」
「ところで、警備隊とかは、街の裏情報とかも大切だろ」
「それがどうしたんよ」
「情報屋として使ってくれよ」
「お断り!」情報屋ってよく分からんが、ムカついているので冷たく断る。
「同郷だろ、冷てーな。見捨てんのかよ」
「自分で努力しなさいよ」と自分のことは棚にあげる。
「努力? お前が努力とかそういう言葉使うようになるとはな。随分心変わりしたもんだなあ」
「フン、乙女心は複雑で変わりやすいんよ」
「乙女? ああ、お前まだ処女か」
「しょ、しょ、処女じゃないよ」と動揺するあたし。
「はあ? 何で動揺してんだ?」
「ど、動揺なんかしてない!」とますます動揺するあたし。
「処女のなにが悪いんだ?」
「うるさい! 向こう行け!」と完全に動揺して、逆ギレするあたし。
「だから、なに怒ってんだよ?」
「あ、あんたらだって、まだなんでしょ」
「ここは首都。女遊びする場所はいくらでもあるよ。お前も遊んで来たらどうだ。あ、お前、女だったな」
ギャハハと笑うバカ三人組。
くそー、何とか逆襲したい。
「フン、そんなところへ行って、かわいそうな人たちね。恋人いないんでしょ!」
「じゃあ、お前いるのかよ」
「い、い、い、い、いるわよ」とさらにさらにさらにさらに動揺するあたし。
またギャハハと笑うバカ三人組。
「見栄を張るなよ、俺が最初の男になってやってもいいぜ」とチェーザレ。
「うるせー! あんたのような鼻くそ男なんか絶対嫌よ」
恋愛至上主義のあたし。
愛がない男女関係なんて信じられない。
愛こそ全て。
たとえ片思いでも。
いや、いつかあたしにも……。
「お前って、俺らと同じスラム街出身のくせに、昔から妙な考えを持ってたよな」とチェーザレがニヤニヤしながら言った。
「なに、妙な考えって」
「いつかあたしにも白馬に乗った王子様が迎えにやって来るわ~って妄想してただろ」
こいつ、ほんとに勘がいい。
「実際はそんなのお前のとこに来るわけねーぞ。いや、もしかしたら来るかもな、豚に乗って」
またまたギャハハと笑うバカ三人組。
「ふざけんな、この野郎! いい加減にしろ!」
「高望みすんなってことだよ。人生、妥協することも大切だぞ」
「あんたに妥協なんかしないよ!」
「見栄を張るなよ。しかし、ここぞという時は相手に正直に話したほうがいいぞ」
「何で、あんたに正直にならなきゃいかんのよ!」
「処女だと恋人ができたら、相手に病気だと思われるぞ」
「誰がそんなこと言ってんの」
「有名文化人だ」
「気持ち悪い最低文化人ね、頭腐ってんじゃないの」
あー、キモイ、キモイ。
「じゃあな、プルム首都警備隊員殿。自分の大事な所を警備してな!」
ギャハハと笑いながら去っていくバカ三人組。
なんちゅー下品な奴ら。
最低! 最悪!
ああ、だけど、あたしもあいつらと同じ環境で育ったんだよなあ。
リーダーはいいとこのお坊ちゃん。
アデリーナさんもいいとこのお嬢さん。
バルドは大企業の三男坊。
サビーナちゃんは貧乏で母子家庭だけど、お母さんに愛されてる。
あたしはスラム街の孤児。泥棒、万引き常習犯、ギャンブル依存症。
劣等感にさいなまれて、暗くなる。
ああ、スカッとしたいなあ。
お、賭博場がある。
ダメダメ、今、勤務中。
いや、勤務中だから、悪い奴がいないか見張らんと。
ダメダメ、耐えきれずに自分もギャンブルしちゃう。
いや、不正が無いか監視しないといけないと体が賭博場に吸い込まれた。
……。
賭博場から放り出される。
「イカサマだあ!」とわめくあたし。
「ふざけてんのか、お前」と賭博場の用心棒にどつかれ、脅される。
「あ、すみません。ふざけておりません。お許しください」
あたしがビビっていると、大柄な男ともう二人、おっさん三人組がやってきて仲裁に入ってくれた。
大柄な男は赤ひげのおっさんことアレサンドロ大隊長だ。
「この金で許してやってくれないか」と何枚かお札を差し出す。
用心棒は金を受け取ると、さっさと賭博場に戻っていった。
「助けてくれて、ありがとうございます」とあたしは赤ひげ大隊長にお礼を言う。
すると、赤ひげのおっさんは不機嫌そうな顔する。
「好きで助けたわけじゃないぞ。部下がトラブル起こすと、こっちが迷惑なんだよ。一応、大隊長だからな。責任問題になる」
赤ひげのおっさんの後ろにいた男に、
「ドラゴンキラーのくせに賭博場の用心棒には勝てないのかよ」と嫌味を言われた。
見覚えがあるぞ、この陰険な顔。レッドドラゴン事件のとき、赤ひげおっさんと一緒に逃げたセルジオ大佐だ。
「仕事さぼって、ギャンブルかよ、最低だな」ともう一人の痩せたおっさんにまた嫌味を言われた。このおっさんは、たしかブルーノ中佐だ。同じく逃げ出したんだっけ。
この人たちも軍隊クビになったのかな。三人とも酒臭い。やけ酒ですか。悲惨だなあ。
それにしても、敵前逃亡したあんたらに言われたくないぞと思ったが、仕事さぼっているのは事実でもある。
「大隊長殿は、なぜこの場所に来られたんですか?」
「今日は休みだよ。飲み屋をはしごしてたんだ。家に居てもつまんねーからな。じゃあな、さぼり魔」とアレサンドロ大隊長は吐き捨てるように言って、セルジオ、ブルーノの両おっさんと去っていく。
真っ昼間から飲み屋のはしごとは赤ひげのおっさん、荒んでるなあ。ちと、かわいそうな気もする。
巡回から戻ると、セルジョ小隊長の机に呼びつけられた。
「おい、プルム! お前、勤務中にギャンブルやってたそうだな」
ひえ、何で知ってるの? 赤ひげのおっさんがチクッたの?
「だ、誰がそんな事、言ってるんですか!」
「賭博場から直接、通報があったんだよ」
あの用心棒、金を貰ってながら通報とは。
許せん! あの賭博場には二度と行かん。
「警備隊員の恰好でギャンブルとは、お前はあまりにもいいかげんだ! 懲罰委員会にかけることにする」
「ひえ、そんな、お願いいたします。真面目に働きます。毎日、朝早く来て、皆さまの机を拭きますから。あと、廊下の掃除と窓ふきもします。職場の皆さま全員にお茶も入れますので、どうかお許しを」
「ダメだな。とりあえず、懲罰委員会にかけられたら、給与は半分に減俸だな」
そんな、半分に減らされたら、ギャンブル出来なくなっちゃう。
「お願いいたします。勘弁してください、小隊長殿! トイレ掃除でも耳の掃除でも足の指の掃除でも何でもしますから」マジに半泣き状態で必死なあたし。
「ダメ!」
「そんなあ!」
「まあまあ、そこを何とか許してやってくださいよ」とデルフィーノ分隊長さんが間に入って、かばってくれた。
「プルムさんも二度とやらないって言ってるし、そうだよね」
デルフィーノさん、優しい。マジ、惚れちゃいそう。
「ううむ、デルフィーノ君がそう言うなら」
お、さすがデルフィーノさん、小隊長にも信頼されてる。
デルフィーノさんのおかげで、何とか助かった。
小隊長が席を空ける隙に、
「デルフィーノ分隊長殿、先ほどはありがとうございました」と頭をさげる。
「全然気にする事ないよ」とニッコリ笑うデルフィーノさん。
やばい、まじ、やばい! 惚れちゃう。
乙女心がヒートアップ!
机に戻ると、居残っていたサビーナちゃんに、
「プルムさん、仕事中にギャンブルをやっていたんですか」と聞かれる。
やばい! サビーナちゃんに軽蔑されちゃう。
「誤解よ、監視に行ってただけ」とテキトーに誤魔化す。
ふう、今度からは私服に着替えて行こうっと。




