第十二話:ドラゴンキラー
と言うわけで湖の場面に戻って、レッドドラゴンを操ることができないことが解ったドラゴン秘儀団が魔法陣を壊す、とあたしは思ってたんで、ちょっと余裕で見ていた。
なかなか魔法陣が消えないなあ。
なにもたついてんの、ドラゴン秘儀団、さっさと魔法陣消せよ!
すると、レッドドラゴンが唸り声を上げた。
体が震えるほどの振動がおきる。
鼓膜が破れそう。
湖全体が大きく波打つ。
何が起きるの?
レッドドラゴンがバカでかい大きな口を開けた。
口の中が光りだしたぞ。
光の粒が集まっていく。
山の中腹にいるドラゴン秘儀団の魔法使いらしき人物があたふたしてるぞ。
「何だ、あの光は」と兵士たちが騒いでいる。
レッドドラゴンの巨大な口からぶっとい光線みたいなのが発射された。
湖の向こう岸、ドラゴン秘儀団がいる山に命中。
大音響がして、山ひとつ丸ごと吹っ飛んだ。
凄い地響き。活火山だったら、この辺り全滅だ。
やばいぞ、こんなドラゴンが大勢出現したら本当に世界が滅んじゃう。
湖の上を越えて、こっちまで、でっかい岩や木の瓦礫が飛んできた。
「危ない! みんな隠れろ!」リーダーが叫ぶ。
パーティみんなで、大岩の下の方に固まる。
凄い砂ぼこり。
周りがよく見えない。
気がつくと、岩やら瓦礫やら何やらいっぱい散らばってる。
「みんな大丈夫!」とあたしは叫んだ。
アデリーナさんをかばってリーダーが背中にケガしてる。
大変、リーダーが死んだら、あたしも死ぬ。
「大丈夫ですか! リーダー!」とあたしは声をかけた。
「ああ、大した傷じゃないよ」
ふう、良かった。
バルドも無事。
クラウディアさんも無事。美しい人が死んではだめよ。
え? お前は死んでいいって? うるさーい! あんたが死ね!
周りを見ると、裏切り部隊は飛んできた岩にやられて、全滅。大砲も破壊されてる。
あれ、サビーナちゃんがいない。
「サビーナちゃん!」とあたしが呼ぶと、
「……はい」と小さく声が聞こえてくる。
裏切り部隊員の死体の下からサビーナちゃんを引きずりだす。
「大丈夫?」
「はい、大丈夫です」サビーナちゃんも元気、良かった。
ありゃ、よく見ると、この死んでる裏切り部隊員、ロミオ少佐じゃん。
とっさに何も考えず、サビーナちゃんをかばったの? それとも、偶然サビーナちゃんの上に飛ばされたの? または、改心してサビーナちゃんを助けたの? もしくは、声援してくれたからファンサービスのつもりだったの? まさか、どうせ死ぬなら美少女と一緒に死にたいと思ったロリコンだったの?
とりあえず、裏切り者だからロミオ様はロリコンだった説に一票ね。
おっと、ドラゴン秘儀団は魔法陣を消すのに間に合ったのか?
湖の上を見る。
魔法陣消えてないじゃない!
今のレッドドラゴンの攻撃でドラゴン秘儀団は全滅しちゃったの?
誰が魔法陣のペンダントの場所知ってんの?
どうすんの?
「クラウディア様!」と声をかけると、
「す、すみません」とあたしに怯えるクラウディアさん。何で、謝るんじゃ。おまけにまだ泣いとる。パニック状態か? 首をすくめて小動物のように怯えている。情報省員の威厳はどこへやら、何だか可愛くなっちゃった。
情報省だから、お嬢様っぽいふりして、裏では黒いセクシーなボンデージファッションを着こんで、捕まえた奴を鞭でビシバシ拷問でもしてるかと思っていたら、クラウディアさん本当にお嬢様なのかな。自宅の寝室には大小様々な犬のヌイグルミが部屋にいっぱい置いてあって、眠るときにはバカでかい犬のヌイグルミを毎晩抱きながら寝てるんじゃないかな。
って、そんなこと考えている場合ではない。
へたれこんでるクラウディアさんを叱咤する。
「クラウディア様、何か魔法陣を壊す方法はないんですか、あの宿屋の主人から何か情報はなかったんですか」
「えーと、あの、その……湖の周りに設置したらしいんですけど、下っ端なんで場所は知らないそうです。申し訳ありません……」
「ペンダントはピカピカ光っている時は魔力を出しているんですよね。当然、今はピカピカ光ってるんですよね。どこにあるか分からないんですか」
「わたしの能力だとかなり近くまでいかないと分からないです……」
レッドドラゴンが大暴れしてるのに、湖の周りをのんびり歩いて探している時間なんて全然ない。
「クラウディア様! 魔法陣は同じ高さでペンダントを設置しないとできないんですよね!」
「は、はい、そうです」
よし、わかった。
「もう一匹出てくるぞ」と兵士が叫んだ。
魔法陣からもう一匹出てきそうな気配。こんなのがゾロゾロ出てきたら、本当に世界が滅びる。
いつものあたしなら逃げてる。いや、逃げたってどうせ世界が滅びるし、ベッドで昼寝でもしてた。
あたしは本当は気が弱い。
勇気もない。
けど、いま、あたしには愛する人がいる。
リーダーが死ぬなんていやよ。
あたしが一番大切にしていること。
それは愛よ。
愛こそ全て!
あたしに似合っても、似合わなくてもいい!
よし、行くぞー!
「おい、プルム、どこへ行くんだ」リーダーが声をかける。
「私に思い当たることがあるんです! 皆さんはここに居て下さい!」
湖に向かって全速力で走る。
さっき、湖畔で佇んでいた時、違和感を感じたこと。
今それに気づいた。
それが正しければ。
再び、レッドドラゴンが口から光線を放った。
遠くの山々がまた吹っ飛ぶ。
「ウギャ!」
爆風で吹っ飛ばされる。体が傷だらけ。
レッドドラゴンますますパワーアップしてる感じ。
どんどん、湖のうえ、空高く上昇している。
負けないよ!
愛する人のために命をかける。
こんな美しいことがある?
愛は勝つんだから!
頭を保護しながら湖畔にたどり着いた。
近くの木にスルスルッと登る。
昨日の朝、宿屋のカウンターで万引きした絵ハガキを取り出して見比べる。
絵には塔が十六塔しか描かれてない。
今は十七塔。
絵に描かれてないあの塔の天辺にペンダントがあるんじゃない?
ドラゴン秘儀団の連中は魔法陣を設置しようとして古代遺跡の塔を利用しようとしたと思う。
だけど、同じ高さの塔の上にペンダントを五個、うまく星の形に設置する必要があるんだけど、一本足りなかったんじゃないかな。それで、レプリカをひとつ建てたと思う。
頭の悪いあたしが考えた精一杯の推理。
多分当たってると思う。
だって、ドラゴン秘儀団バカだもん。
それにしても、写実的な絵ハガキで良かった。
抽象画だったら話にならん。
絵師さんありがとう。
さあ、突撃よ!
木の枝から飛び降りて、目標の塔に向かって走る。
レッドドラゴン何するものぞ!
あれがドラゴン秘儀団が建てた塔! あの塔の天辺にペンダントがあるんよ!
だけど、もしニエンテ村観光協会が、塔を増やせば観光客も増えると、安易な発想で勝手に塔を増やしていたらどうしよう。
もしも、ペンダントが全然別の場所だったら。
ええい、そん時は、レッドドラゴンを挑発して、特攻よ! 自爆よ!
「レッドドラゴンのアホ! 鶏のから揚げにしてやる!」と叫んで、あたしに光線を向けさせればいいんだ! 湖を攻撃させれば、周辺に設置したペンダントごと湖が吹っ飛んで、魔法陣は消えるでしょ! そしたらレッドドラゴンも元の世界に戻っていく。
愛する人のために自分を犠牲にするの。
こんな美しいことがある?
自己陶酔するあたし。
え? 湖を吹っ飛ばしたら、リーダーたちも巻き添えで死ぬって。
そりゃ、まずい。自爆は却下ね。
息切れしながら、問題の塔に着いた。
疲れたあ。
塔に抱きついて、少し休憩。
塔を見上げる。
ちょっと高いなあ。
登れなくはなさそうではあるけれど。
ひらめいた!
倒せばいいじゃん。
思いっきり塔を蹴とばす。
「痛!」足を抱えてぴょんぴょん飛び跳ねる。
何でこんな頑丈に作るんだよ、ドラゴン秘儀団! 発泡スチロールか段ボールで作れよ。
ええい、案ずるより生むが易しよ!
塔にへばりついて、天辺まで登ろうとするが、すべってなかなか登れない。
よいしょ、よいしょと、塔に抱きつきながら、何とか登る。
もうすぐ天辺だ。
と思ったら、ズルズルーと下まで落ちて、お尻を強打。
「痛!」もっとテキトーに作れよ、ドラゴン秘儀団!
今度はナイフを使って、塔の表面に引っ掛けながら、何とか塔を上る。
ヒイコラ言いながら天辺に到着。
疲れた。
おっ、天辺の中央にドラゴンペンダントがはめ込んであるではないか。
ピカピカ光ってる。
ヒャッホー! ヤッター! 頭は悪いが勘はいいあたし。褒めてくれ。
ナイフで外そうとすると、目の前にレッドドラゴンのバカでかい足の爪が。
「ひえ、こっち来んな!」思わず使わない剣で防ごうとするが、鞘から抜けない。
ちゃんと手入れしておけば良かった。
もう鞘ごと振り回して、もう一方の手にナイフを持ってペンダントを外そうとするがなかなか取れん。
もっと安い接着剤で設置しろ、ドラゴン秘儀団!
レッドドラゴンの爪から逃げながら、ナイフの刃がボロボロになるんじゃないかってぐらいガンガン叩く。
レッドドラゴンの爪が首をかすめる。
「ひゃ!」
もう思いっきりペンダントをぶっ叩く。
やっとペンダントがポロッと取れて、下に落っこちていった。
すると、回っていた魔法陣が動きを止めた。
五芒星の一角からぐにゃりと壊れていく。縁日の飴細工が溶けていくみたい。
レッドドラゴンがオタオタしている。
魔法陣は湖に沈むように消えていった。
それと同様に、レッドドラゴンが断末魔のような咆哮を上げて湖に落ちていった。
凄い水しびき。
滝のように降ってくる。
飛び出そうとしてきた他のレッドドラゴンも道連れに死亡! のように見えるけど、二匹とも元の世界に戻っただけね。
生き残った兵士が歓声を上げている。
まるであたしがレッドドラゴンを倒したみたい。
背中でこっそり鞘から錆びた剣を引きずり出し、塔の天辺に立って、かっこつけてポーズを取るあたし。
「プルム!」リーダーが呼んでる。嬉しいー! あたしを見てー!
「大丈夫ですよー!」
ご機嫌で剣を振り回していると、
「プルム! 後ろ! 後ろ!」とまたリーダーが叫んでる。
ん? 凄い鼻息が背後から吹いてきたぞ。
後ろを振り向く。
ひえ! いつのまにかドラゴンのでかい顔が目の前に。
すっかり忘れてた。普通のドラゴンさんたち。
魔法も解けて、人間に操られていたことが分かって、大激怒か。
しかも三匹。
怖いよー!
「普通のドラゴンの皆様、私は何も悪い事してないんです。悪いのはドラゴン秘儀団なんです。お詫びに、新品のデッキブラシでドラゴンの皆様の歯を一か月無料で掃除いたしますから、許してー! あ、それから皆様、凄いイケメンドラゴンですね、レッドドラゴンとは大違いですわ」と思わず塔の天辺で土下座しようとしたところ、
ドラゴンがあたしの頭の中に語りかけてくる。
人間の頭の中が読めるみたい。
「……うむ、どうやらお前のおかげで我々を操っていた魔法が解けたようだ。感謝するぞ」渋い声であたしに語りかける三匹の中のボスらしいドラゴンさん。
魔法が解けたのは、普通のドラゴンさん達を操っていたドラゴン秘儀団の連中が、召喚したレッドドラゴンに逆にやられちゃったため。
だから、別にあたしのおかげってわけじゃないんだけどな。
普通のドラゴン三匹は天高く飛んでいく。
ふう、助かったあ。
「いつかこの借りは返そう、プルムとやらよ」とボスドラゴンさんはあたしの頭に言い残して去っていった。
いえいえ、怖いから無理して返さなくていいですよ、ドラゴン様。
「ドラゴンが逃げていくぞ!」と兵士たちが叫んでいる。
いや、魔法が解けて、自分たちの巣に帰っていくだけと思うけど。
「プルムさーん! すごーい! ドラゴン撃退しちゃった!」とサビーナちゃんが騒いでる。
ん? ちょっとまずくないかい。
「ドラゴンキラー!」と一人の兵士が叫んだ。
みんな真似して、叫んでる。
何ですと?
変なあだ名をつけられちゃった。




