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早水家の日常  作者: 恋刀 皆
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第8話「Re:Re:」

 2016年四月十二日火曜日友引、菜楽荘正午ごろ。


 僕について、


 神代学園長のご訪問から一夜明けて、

僕に、顕著に覚えられる変化はない。


 記憶自体が入れ替わってしまっているのなら、

どの道僕には手の施しようがないし、

催眠とは、日々のごくありふれた場所に、いくらでも存在する。

これを不安に思う事は、未来が分からないから何もしない、

そう選択し続ける事とあまり変わらないだろう。


僕にとって不安なのは、むしろ昨日の一件を、きちんと把握している事だ……。


 家族が強姦されるかもしれない事、

戦争に巻き込まれるかもしれない事、あるいは――、

何の意味もなく虐殺され尽くすかもしれない事。


 その可能性を全て覚えている……。


 それを知りながら、愛するものをそこからすぐさま遠ざけない僕は、

果たして人間足りえると言えるのだろうか……?


 愛は許す事だと覚えている。

しかし――、


 倖子君を強姦する人間を許せるか……?

 コンやポップ、捧華が眼の前で殺されて、仕方ないで終わらせるつもりか……?


 そう考えると…………、無理だ。

その瞬間に立ち上がれなくなるか……、復讐心で生きるか、

いずれにしろ、空虚だ……、何もかもが空虚になるだろう……。


 第四の壁がなければ、僕には妻子など居ない、そう言えるが、

そう断じる事は、僕の創作活動の行き止まりだ。また生き甲斐を失い、

自暴自棄になる恐れが高い。


 捧華に選択を任せた事は、現時点では間違いないと覚えられるが、

万が一、森の内部で、例えば捧華の眼の前で僕が殺されたりした場合、

捧華を、結果的にでも幸せにできる可能性はあるのだろうか……?


 僕はいい。

僕が良ければ、僕が都合良く生み出した、

倖子君の面影も、僕の記憶とともに、いずれはあるべき場所へと還るだろう。

コンとポップは……、ふたりを心配するくらいなら、

僕は、僕自身をもっと省みた方が良い。

捧華だけに心配がある。


 ここは――……、試してみるか……、


「“第四の壁”――」


………………

…………

……


 2019年二月二十六日火曜日仏滅、菜楽荘午後二時ごろ。


「戻りましたー」


「おかえりなさいです。有難う御座居ます」


 僕の現在の生活には、ヘルパーさんが欠かせない。

人は、人と繋がっていなければ、どんどん社会性を失ってゆく事を、

僕は、よく身をもって知っているからだ。


 今日は、出だしからつまづいてしまっていた。

僕の現状は、社会福祉協議会の権利擁護というサービスを利用させていただき、

生活保護下にある僕の金銭や印鑑、通帳を管理していただいている。


 この判断は、僕にとって非常に有益なものであり、

保護費の無駄遣い、薬物依存からの回復等々に役立っている。


 しかし、今朝はご訪問して下さる権利擁護の訪問員様を、

寝過ごしてお待たせしてしまった。

昨日は昨日で、生活保護者に対するバッシングの情報に肩を落としていたので、

落ち度が重なり、精神的にまいってしまっていた。


 そんな中、本来なら、今日はヘルパーさんの移動支援を受けて、

はんこ屋さんに認印を、ご一緒に受け取りに行きたかったのだけれど、

ヘルパーさんである、「上野うえの うた」さんに、

認印の受け取りまでお任せてしまう事になってしまった……。


 上野さんはお仕事ですから選択の余地はありませんが、

僕は、上野さんにヘルプしていただいて、安心できるし、本当に助かっている。

女性看護師を「白衣の天使」と呼んだように、

上野さんと過ごしていただけるお時間は、僕にとって週一回のオアシスだ。


「体調がお悪いのなら、休んでいて下さいね」


 上野さんはそう仰って、台所にてシチューを作っていただく流れとなる。

とはいえ、僕も何かしらお手伝いくらいしないと申し訳なく、

シチューに入れるじゃがいもの皮をむき始めた。


「どうして体調を悪くされたんですか?」


 上野さんには必要な質問ですから、僕自身にさえ明確な理由は分からなくても、

答えざるをえません。

そこで、生活保護バッシングの情報をたくさん浴びた事により、

精神的に堪えてしまい、心身のバランスが崩れている事をお伝えする。


「早水さんはヘイトにやられたんですね」


「そうですね。立場が立場なので仕方ありませんが、まいってしまいました」


「どなたでも思わぬところからの心無い言葉はありますよ。

気にし過ぎないようにして下さい」


 そう……ですよね。仰る通りです。


「早水さんは、なぜヘイトをご覧になるんです?」


 これは、僕には難しい質問です。そうですね……。なんでなんでしょう……?


「ライン、と申しますか……。自分の立場を再確認する為に、ですね。

明確な線引きをできる事柄をわきまえておきたいのかもしれません」


「私達のお仕事も、色々言われますよ」


 それは、僕にも断片的に解りますが、言葉に詰まる……、


「…………、僕からしたら、上野さんのお仕事は必要です。

上野さん達がいらっしゃらなければ、僕の生活はとことん荒れて、

終いには、生活保護自体打ち切られてしまうでしょう。

いつも、有難う御座居ます」


「いーえー」


 どんな人間関係にも当てはまるのかもしれないが、

ヘルパーと利用者という関係もまた、紙一重の部分がある。

ただ、ヘルパー側はわきまえている部分が多いし、

利用者はその逆である場合が多いと感じる。

僕からしたら、ヘルパーさん、上野さんには、週一回、

僕のお家を見に来ていただけるだけでもかまわない。

それだけの事が、僕の生活にどれ程のメリハリを与えていただけるかしれない。


 上野さんとの距離感は、現時点では良好な気がしている。

僕が助けを必要としている側だという意識を保ち続けられれば。


 お仕事という関係性があれば、僕も女性と話していただける機会がある。

これは男性なら共有して覚えられるもの、かどうかは分からないけれど、

男性のヘルパーさんと男性の利用者さんでは生じ得る壁が、

女性のヘルパーさんだと、まるで取り除かれるのは不思議なものです。

これは、男性にとって母親が特別な存在である事と関連している気もする。


 僕には、人に恵まれた記憶がある。

それだけで、生まれて来て良かったと言えるだろう。

苦難にある時は、忘れてしまいがちだけれど、

僕の人生がいつ終わっても、有難う、そうお伝えして逝きたい。


 そうすると、上野さんのお手際はさすがで、

シチューもあとは火を止めて、ルーを入れるだけになっていた。


………………

…………

……


 上野さんがおかえりになった後、それはやって来た。


だ。君を待った。僕は待った。


「やぁ、僕に話したい事がある。僕にはそれが解るかい?」


「うん、解ってる」


「そうか、僕はどうしたら良い?」


「僕にも解らない。もう進むしかない事だけが解ってる」


「そうか……」


「人が死ぬせかいが現実か、人が死なないせかいが現実か、

選んだ結果がこれだよ」


「うん……、そうだね。そうなるよね」


「僕は神になりたかった訳じゃない。

倖子君が居て、僕らの子供たちが居て、そんな創作があれば良かった」


「僕は森の内部を、第四の壁で視えるかい?」


「無理だ。門番がどういうものかは理解したけれど……」


「そうか、二十三日に僕も倖子君と門番をしに行くよ」


「うん、解ってる」


「そうか、後手後手だな……」


「一応、ここは2019年だからね。だけど、僕にも何も解らない」


「僕は、幸せかい?」


「…………」


「おいおい、黙るのは勘弁してくれよ? こっちはまだ2016年なんだ」


「ん……、ぁ――……、嗚呼、いや、ちょうど昨日だった……。

倖子君が一日傍に感じられない日があってね。

それだけで、精神的にボロボロになってしまったんだ……」


「そうか……、そんな事があったのか……」


「僕もだけど、僕も倖子君をしっかりと大切にして欲しい。

倖子君の感じられないせかいは、どんなに恵まれてても辛い」


「声音からすると、だいぶまいっているみたいだね」


「僕が生きる気力のおおもとは、僕と倖子君を創作して、

コンとポップ、捧華が生まれてくれたからだ」


「僕らは2016年を境にして、二重生活を送る事にしたのは合意だろ?」


「解ってる。幸せに無頓着で、

不幸にばかり過敏になる身勝手さに昨日はつい嫌気がさしてしまっただけだよ」


「僕? いいかい? 倖子君……、ううん、フクさんはもう居ないんだよ。

僕を見てみろ? フクさんに傍に居てもらえる努力をし続けたかい?

それに万が一傍に居てくれたとしたって、僕はそれを一生感謝し続け、

フクさんに笑顔でい続けてもらえるように尽くせるかい?

一生を捧げるというのは生半可な覚悟じゃ無理だよ。

今の君の生活が、あらゆる事の現実なんだ。悪い意味じゃない、諦めろよ」


「…………、もう創作にしか、生き甲斐がないんだ」


「それで僕らを虐殺して、僕は何が楽しいんだ?」


「解らない……」


「そう、それが僕も解らないから、第四の壁で聞きに来たんだろ?」


「自分自身との会話なんて袋小路でしかないかもしれないが、

文字にしておく事には、何かしら意味があると思う。

また、話しに来てくれるかい?」


「お互い様だよ。少し楽になった」


「倖子君はどうするんだ?」


「今まで通りさ。僕には倖子君以上の存在はいないからね。

見方によれば、犯罪性すらおびかねない、ストーカーくずれの恋文を続ける」


「そうだね」


「僕が諦めたら、僕も諦める。

本当の意味で倖子君を失うって事は――」


「倖子君を忘れてしまう事、だろ」


「さすが僕。往生際が悪い」


「ははは……、解ってるよ。解ってる」


「また来るよ」


「嗚呼、お互い後悔のないようにできるといいね」


 そこで、僕は僕と別れ、分かれ、岐れた。

結論は出ないままだったけれど、気分転換くらいにはなった。


 それが――、僕に関しての事。


 そして、あそこは――、


 僕だけしかいない町。だけど――、








出会ったみんなに恵まれた、僕の生きる大切な町。



なにしてるんだって?

くわしくはわからないよ

けれどきみにあえてしあわせだ

歌 ASIAN KUNG-FU GENERATION 

作詞 後藤正文 作曲 後藤正文 山田貴洋

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