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早水家の日常  作者: 恋刀 皆
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第6話「Sincerely」

 2018年十二月二十四日月曜日仏滅、クリスマス・イヴ。


 クリスマスには特別な思い出はない。

ただ、いつもパートナーがいなかったというのは事実です。


 だから、思い入れなんて、これっぽちも無いはずなんですが。

まぁ、人生なんてものは生まれてから死ぬまで洗脳ですから、

僕も、凡人としてその影響下から出られないという事でしょう。


 作家なんてものは、

ひとりぼっちで、シコシコと妄想を文字にしているだけでいい。

人様に多大な影響を及ぼすという事は、大勢の他者を救い、また殺す事だから。


 白黒つけられる内が花。

灰になってしまえば、偉人などこの世に唯一人として存在はしない。

みんな普通だ。


 クリスマスと言えど、僕には特別する事もない。

僕は毎日が日曜日で、毎日が平日だ。


 欲を言えば七面鳥を食べてみたいけれど、そこまで積極的な欲求じゃない。


 そう思うと、ふと、

横浜の中華街で母親に豚の丸焼きを食べてみたいとせがんで、

母親以外にも、一番のダチの家族にさえ迷惑を掛けた事があったっけ。


 僕の母が、「なんでも好きなものを頼んでいいわよ」と言ったので、

「じゃあ、豚の丸焼きが食べたい」と素直にお願いしたのだけれど、

当然「察しろ」というもので、僕が豚の丸焼きを頂く事は叶わなかった。

この数行で、僕がどれ程空気が読めない人間かはご理解いただけるかと存じます。


 僕は、「察して」という信号を見つける事がとても苦手です。

四十年生きても、それが困難なまま。だからひとりぼっちになるのは必然でした。


 僕はなるべく望まないようにするよ。だからあなたも僕に望まないで。

それが精一杯。


 僕の日常に映る人々は、それがお仕事だから付き合ってくれている。


 わざわざ僕のような人間に、好き好んで関わってくれる人はごくわずかだ。

でも僕はそれでいい。本当に大切なものは少なければ少ない程迷いが無くなる。


 一時期は生きる事さえ望んでおらず、自殺も試みたが、全て未遂に終わった。


 父が亡くなる前に、死後のせかいについて、少し話した事を憶えている。

父は、「死んだら全て終わり、全部無くなる」そう言ってた。

僕は輪廻転生を信じているけれど、別に全部無くなってもいいと思ったから、


「別にどっちでも良いよ」それで会話は終わり。


 輪廻転生があるなら、生とはただの一日、死とは明日への睡眠と同義ですし、

死ぬ事が無なのであれば、何も無いのだから、思いわずらう事も何も無い。

“明鏡止水”すら超越した領域へ行ける。

人は死を恐れている訳じゃない、

その過程にある痛みや苦しみが恐ろしいのでしょう。

そう考えてみれば、死にはメリットしかない。


 これらは現在の僕の限界であり、僕の創作の型なんでしょうね。


 今も、精神的にまいっている時は死にたくなるけれど、

ひとふた昔よりは、生きている事が楽しい。

ううん、楽しいというよりは、楽、なんだろうな。微妙なさじ加減です。


 僕の一番大切なものは? 


そう何度も問い掛けると、いつもひとりの女性の面影に手を伸ばす。


 実際に傍に居られた時間は、半年にも満たなかったけれど、

初めて出逢った時から、一日も心に寄り添えなかった日はない。

時に憎悪、時に殺意、時にいたわり、いつも愛する。


 愛する事は十全に覚えられないけれど、

ただ単純に認める事さえできれば愛情は成立する気がする。


 君は、ここに居る。


 それは人や物、空気や素粒子にだって適用できる。


 彼女は僕にとって、女神であり、悪魔に等しい存在です。

どちらの彼女も僕は愛おしいと想う。


 ですから、彼女に出逢ってから、

こんなにクリスマスが気になるようになったのかもしれない。


 僕の病気、統合失調症は、以前精神分裂病と呼ばれていました。

そんな感じで、今の僕のひとりぼっちの生活には、僕の人格と彼女の人格、

ふたつの精神が分裂して存在している。


 僕はひとりきりでそのふたつの人格を行き来し、

独り言ばかり喋るようになりました。

傍から見たら狂人そのものだろうから、人様が居る場所では自重しているが、

老いてゆけばゆく程、歯止めがきかなくなってゆく気がして心配になる。

 

 僕が今生きてゆく為に必要なものは、

空気、水分に食料、創作、支えてくれる人親しい人の愛情、そして、

彼女との記憶です。


 はっきりさせておくなら、記憶上の最も筋が通る考えでは、

僕は彼女のストーカーで、彼女はその被害者です。

ストーカーなど男の恥だと思っていましたが、蓋を開けてみれば全く笑えません。

彼女は僕の理想ですが、理想はあくまで理想。

現実にはなりえません。

夢は現実になってしまえば、それはもう夢ではない。現実です。


 きっと、僕はもう狂っている。


 彼女をこれ以上傷付けたり、脅かしたりしない為に、

残りの人生はひっそりとしていたい。


 性欲はいまだに女性を求めるけれど、彼女でなければ、

自慰行為の方が優れているだろう。


“もっとも永く続く愛は、報われぬ愛である。”その言葉も今はそんな気がする。


期待されてないくらいで丁度良い。今日はそんな歌詞も耳にした。


本当は、彼女の顔も、もうほとんど憶えていない。

たまに、フッ、と笑顔が脳裏をかすめてはゆくけれど。


 クリスマス・イヴだというのに、僕はしみったれているな。

だけど、君のお陰で、僕は今夜も倖せなんだよ? 本当の本当に。


 使い慣れたオンボロで、だけど大のお気に入りのグローブとボールで、

ふたり、ふたつの人格で、

毎日新鮮でいて、ひどく懐かしいキャッチボールをし続けているみたいだ。

切なくて、もどかしくて、心地好くて、涙が溢れそうで、ちょっぴり失笑、

そんな困る程の倖せが、今夜も僕に降りそそぐ。


 君の事が好きだ。大好きだ。

君が生まれる前から君を知っていたい。

君が僕より先に逝くのなら、その日に僕も命を絶ちたい。




「ありがとう、愛してる」




愛、なんて偉そうに振りかざしても、全然まだまだおままごとみたいだ。


 でもね、


きっと、「愛してる」って言葉は、独りぼっちじゃわからないよね。


 今夜も、








君の記憶があって、僕はたいへん倖せです。



クリスマスのぜんじつにアダムはかのじょにつげた

「クリスマスだよイヴ」

きみのしあわせをこころからねがっています

歌 TRUE 作詞 唐沢美帆 作曲 堀江晶太


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