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早水家の日常  作者: 恋刀 皆
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第5話「ギブス」

 2016年四月十日日曜日赤口、ショッピングモール。


 嗚呼……、嫌だなぁ…………。


 今日は、次の木曜日にやって来る、

愛すべき魂の双子、コンちゃんとポップちゃんのお誕生日に向けて、

ショッピングモールへ倖子君とふたりきりでお買い物です。


 もちろん魂の双子たちへのお祝いができるのは嫌ではありません。

ひたすら、人が大勢居る場所に行く事。

倖子君のパートナーとして、

人々に僕がどう映っているのかを妄想してしまう事が不安でしょうがない……。


 捧華のベースを買った時は、倖子君も捧華の手前、僕を立ててくれてましたし、

僕も特別気を張っていましたから乗り越えられましたが、

モール内の人々と目が合う度、理由もなく自信を喪失してゆきますし、

男性共が倖子君に目を遣るだけで、その両目をくりぬいてやりたくなるくらい、

倖子君を見てほしくありません。


 そういう妄想が酷い時には決まって、眼球上転という症状が出てしまい、

ショッピングモール内は商業施設ではなく拷問施設へと変化致します。

これからまだまだお買い物が待っていると思うと、入り口の手前で躊躇する程。


 ですが、幸いメインのお買い物は決定しています。

ポップちゃんとコンちゃんですから、ポップコーンパーティーで!

倖子君にも納得してもらっているので、先ずは食品売り場で間違いありません。


 ただし、コンちゃんもポップちゃんも、僕達よりもずっと少食ですから、

種類や量の見極めが肝心です。

コンちゃんやポップちゃんの食事風景は、摂取というよりも吸収。

本来ふたりには、食事そのものが必要のないものなのです。

お供え物と呼んでも差し支えがないのかもしれません。

もちろん魂の双子に先に逝かれては困りますが、

コンちゃん曰く、僕が観測している間は大丈夫なのでしょう。


 倖子君と手をつないでモール内を堂々と巡りたいものですが、

僕のメンタルは脆弱です。


 せめて倖子君に気を遣わせない程度に、意志をしっかりと持ち、

倖子君のお荷物にならないように振る舞ってみせる事に集中致します。


 何が一番嫌かって、子供たちが主役のおめでたい日に向けてまで、

僕は僕のメンタルを整然とできずに、自分の悩みしか考えていないところ。

もっとまともな親になりたい……。

奮起しなきゃ! さて、


いざいざ!


………………

…………

……


「ふぅ……、やっと一息つけるわね」


 双子の為のお買い物は、二時間余りで終わりを告げ、

モール内のカフェで倖子君がそう漏らす。


彼女はコーヒー、僕はミルク。


「私の子供たちへのメインプレゼントはお手紙だし、

あのふたりは落ち着いてるから、おとなしいパーティーになりそうね。

面白みには欠けるかもしれないけど、色々考えるとベストには近付けたはずだわ」


 散々僕の抱える悩みを披露させていただきましたが、

倖子君も心に病がありますから、精神的な疲労の声音が届きます。

僕への言葉は、そのまま自分自身に言い聞かせているみたいです。


「はい、倖子君のお陰で、僕も木曜日が楽しみですよ。ありがとう」


「貴方の為になんて微塵も動いてないから!」


「そ……、そうですか、そうですね」


「あーぁ、心也君と居る時点で私の男運は全て尽き果てたのね……、」


 それから小一時間ばかりカフェで、

倖子君からの僕へのダメだしと愚痴が展開されました。


 ですが、僕は落ち込みもするけれど、倖子君の声音が心地よいのです。

「貴方なんかと一緒になるんじゃなかった」「貴方の全てが不快」

「まったく貴方ときたら……、」「私貴方と別れるし!」

「気が利かない使えない」「貴方の存在自体有り得ない」

およそ酷い声音が僕の身体を通り抜けていきますが、

彼女はそれでも、僕と一緒に居る事を選んでくれている訳ですから。

愚痴を言ってもらえる内が花でしょう。


 彼女の愚痴に聞き惚れていると、

モール内の様々な音が浄化されてゆく気さえ致します。


「で? これからどうする?」


 そして、幸せな時間は、

あっという間に過ぎ去り、また現実との闘争が始まります。


「そうですね。倖子君の服を見に行きたいかな? ダメ?」


「心也君にしては良いアイディアじゃん♪」


 彼女がほころんだので、

僕はショッピングモールに来て以来、最も幸せな気分になれましたとさ。


………………

…………

……


「やっぱり良い服はそれなりにしちゃうね♪」


 とは言え僕の懐に、

倖子君をさらに輝かせる服を贈れる余裕など何処にもありません。

ただ単に色々な服装を試着する倖子君の姿を拝見したかったに過ぎません。


 現在は帰路につく為、バス停でバスを待っています。

倖子君の声音は弾んでいる様に聴こえるので、嬉しいは嬉しいのですが、

同時に僕の甲斐性のなさに胸中は複雑です。


「どれが私に一番似合ってた?」


 うわ……、キラークエスチョンが来た。

僕は僕に課せられた任務の重さ故か、今日のお買い物の重さをも感じ、

お買い物袋を持ち直す。


 まぁでも“策士策に溺れる”よりは素直に答えたいです。


「倖子君が着る春物のワンピースはどれも眼福でしたよ」


「ふーん。そっか」


 あら……、つれない……。


「心也君は私に着てほしい服とかないの?」


 倖子君は小柄な女性ですし髪が短いですからね……。

着れる服の幅は少ない方でしょう。そうだなぁ……。


 お……!?


「まだ季節が早いですが、夏物のポロシャツが見てみたいですね」


「ポロシャツか……、どんな?」


「生地の色は緑で、襟や袖に白いラインがあるようなもの。

あ、眼鏡をかけても下さいね」


「心也君私に何を求めてるの? ボトムはどうなのよ?」


「贅沢を言わせてもらえればスカートですが、

倖子君らしさを追求するのであればズボンですね、あ、デニムはダメです」


「へー、じゃあ今度の私の誕生日プレゼントポロシャツにしてよ」


 むむ……、僕の理想に描いているポロシャツは一万円以上はするだろうな……。

今は四月、倖子君の誕生日は八月、

B型作業所で頑張って、これから無駄遣いしなければいけそうだな……。


「わかりました!」


「ふふっ♪ 楽しみにしてるよ?」


 倖子君のそんな笑顔見せてもらっちゃったら、やり遂げない訳にはゆきません。


「すっごく似合うと思うから、できたら写真の一枚でも欲しいところです」


 すると倖子君は案の定、


「だーめ! 心也君は最新の私だけを見てればいーの! バカッ!!」


 予定調和とはいえ、我が君のご機嫌をそこねてしまったようです。

僕らの会話は一端ここで終わる。


 僕だって、いつも、最新の君を愛していたいから。


 そして……、


 そう、何を隠そう早水家には、

カメラが何処にもなく、古い君が写っている真を見る事もありません。

昔は、君の写真を一枚だけでいいから、肌身離さず持っていたいと思っていた。

けれど、今はこれでいいと思える。身体は朽ちても、魂は不滅だろうから。

形にこだわり過ぎると本質を見失う恐れがある。

花は芽を出し、咲き誇り、枯れてゆくのです。

「絶対」なんて言葉を想うと、その言葉の誠実さと不誠実さに板挟みになる。


 倖子君は、僕の「絶対」だ。


 毎日君を信仰し続け、毎日君を裏切り続ける。


 今のところ、ふたつ確かな事は、

君と出逢ってから、一日も欠かさず君を想っている事。

それを欠く時が、現在の僕の死である事。


 少なくとも僕は、人間の中には無償の愛があるとは思っていません。

僕が倖子君に無償の愛を捧げられる事も、決してないだろう。

それは、どの様な行いにせよ、必ず自身にメリットがある事を、

個人こじんの本能が悟っている事を信じているから。


 だから僕は、無償の愛を信じない……、


 在ったとしても、それは空気みたいなものだろう。


 そう考える内、直ぐ手前の信号に、

帰路につく為のバスがやって来るのが見えました。








人間に無償の愛がもしも存在するのなら、ただ一心不乱に……、



あたえてあたえてあたえてあたえて

あたえてあたえてあたえまくる

そうギブス

歌・作詞・作曲 椎名林檎

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