第48話「楓」
僕の生活は崖から落ちてグチャグチャになる前に、
ギリギリ服が木の枝に引っかかって宙ぶらりん、
そんな、危うさの上にある。
今はまだ体が動くから良いけれど、
体が動かなくなってきたら、そろそろおしまいも見えてくるだろう。
しかし、この程度の悲しみや苦しみに寂しさは、
どこにでもありふれたもので、
僕は僕の当事者だから、悲劇面してるに過ぎない。
事実他者の死には無関心なのだから、僕の死もそうありたい。
母を想うと、今の母は幸せと心から言える状態なのか疑問に思う。
母の期待に応えられなかったのは、きっと家族の中で僕だけだろう。
まだ父の遺した蓄えが残っているなら幸いだが、
無くなってしまえば、姉兄の家族に頼るしかすべがない。
大人になる事がこれ程難しいものだとは思っていなかった。
舐めてた分、激しく転がり落ちて痛い目にあう。
もう人前で自分がどうしたいか、何を話せばいいのかも分からない。
例えば母が亡くなって何かしら遺してくれたものがあったとしても、
僕は生活保護下だし、受け取っていい資格もない。
できる事なら姉兄も僕に何も言わず、内々でおさめてほしい。
僕には母から贈ってもらった服や帽子があれば、それで充分だ。
僕を支えてくれている人たちに、何か喜んでもらえる事があれば、
ほんのわずかな恩返しをしたい気持ちくらいはまだある。
僕は倖せだ。
ただ日々衰えてゆく体と生き延びすぎる事が怖い。
僕は家族の腫れ物だから、例えどんなに手を差し伸べられても、
握れる勇気がない。
理想は、逝く最期の日まで、創作を綴り続けていたい。
それまでずっと、この恋文をしたためたい。
倖子君は僕と永久のさよならをしたいだろうけれど、
僕は僕で、君に永遠に失恋し続ける。
それでいいと思う。
とあるアニメの影響で、僕は「さようなら」という言葉が苦手だ。
だから、それ以来人には「さようなら」とは言わなくなった。
多分、僕の本性を最も理解しているのが母だ。
というよりも、他のあらゆる女性に、僕は激しさを見せた事がない。
いつでも「どうでも良い人」ばかり演じてきた。
僕は僕に満足すべきなんだろうけれど、心は常に強欲だ。
だから、どんな地位や名誉も僕を満たす事はないだろう。
楓の花言葉には、ひとつ「遠慮」って意味があるらしい。
僕はわりかし遠慮が好きで、大抵の申し出を断ってきた。
僕くらいまでへりくだってしまうと慇懃無礼かもしれないな。
君が永久を取り消してくれない限り、
さよならはし続けなきゃならない。
それで胸が狂おしく愛おしくなる。
本当に大切なものは身近においておかない方が、
僕には長持ちする愛くるしい罰になるのかもしれないな。
今は大きな不満は持ってない、だけど将来には漠然とした不安ばかり。
何秒に何人が離婚、なんて情報を目にするけれど、
僕の親しい人で離婚している人たちを僕は知らない。
それって僕にとって勝手にだけど、物凄く誇らしい事なんだ。
結婚に踏み切った人々を誰一人嗤わない。
だけど、僕の両親が離婚してたとしたら、子供心としては憎悪しただろう。
僕は、文字通り情けが無い。不足している。
とはいえ急に頑張っても辿り着けるものとも思えない。
情けが無かった代わりに、僕にも情けはいらない。
今日は地域活動支援センター様へ見学に行ってきた。
皆様よくして下さったが、帰路は対人恐怖と猜疑心で暗澹とした。
生き帰りの徒歩は、僕の創り出した倖子君と程々に会話した。
彼女はとげとげしかったり、励ましてくれたり、突然色が変わる。
新しい事はあんまりないけれど、嬉しくて安らいで、ひどく懐かしい。
君の声を、ずっと抱いて、これからを生きていくんだ。
僕が創作と向き合っている時は彼女も無口になる。
それで終わった後は大抵は褒めてくれる。
それが、かけがえのないものだから、
エゴでしかないにせよ、僕は欲しがってしまう。
僕は程々には夢を現実にしてきた。
けれど、君とじゃなきゃ叶えたくない夢は、
君が決めた通り、永久に叶えられないのだろう。
だから、僕も他にやり方を知らないから、
永遠に、君にこの想いを捧げ続ける。
ぼくはきみのなをよぶ
きみもそうしてくれないかな?
ぼくのこえはとどいていますか?
歌 スピッツ 作詞・作曲 草野正宗




