第26話「金木犀の夜」
今日は、今年になって初めて金木犀の香りを嗅いだ。
人類史上最強の台風が過ぎたばかりなので、
強めの風に紛れていたけれど、間違いの無い香りだった。
倖子君は大丈夫かな? なんて心配はしてみるけれど、
連絡のしようがないし、返事も返ってこない。無事だと良いけど……。
明日はヘルパーさんに付き添っていただき、
母に会いに行く。
なるべく一緒に居たいけれど間がもたないし、
10分くらい居るのが精々だろう。
今日はちょっと変則的な時間帯に、
ヘルパーの上野 唄さんに入っていただいた。
その上野さんも来週からは新しいヘルパーさんに変更になる。
世の中も僕の生活も変わってゆく。
僕は、「仕方が無い」と呟くしかない。
生きている間に、ひとつでも良いから確かなものを手に入れたい。
けれど、多分、何も持たず生まれて、何も持てずに死ぬんだ。
金木犀の香りのするような人になりたい。
秋は好きだ。近頃は季節の中で一番好きかもしれない。
倖子君はもう居ない。
19年間自分に言い聞かせてきた事だった。
それでも僕は完全には諦め切れていない。
そういうのを、きっと、本当のバカと言うのだろう。
ふと、倖子君が、「あなたは人間より人間らしいよ」、
そう言っていた事を思い出した。
言葉の真意は判らないが、
呆れてるような、バカにされてるような、
でも褒めてくれてるようでもあった言葉だ。
金木犀の香りは、秋の夜によく馴染み、僕を感傷的にさせる。
僕の人生で、倖子君以上の人間に、女性に出逢う事はもうない。
それはそうしないと僕が僕でいられなくなる事なのだから、
これもまた、仕方ない。
倖子君はまるで紅葉のような彩りで、鮮やかに僕の心に残り続ける。
どんな死に方でも構わないけれど、できれば倖子君を想って逝きたいな。
目下制作中の創作とゲーム、どちらもじょじょに進んでる。
でもゲームとは名ばかりの紙芝居ADVになりそうだ。
このゲームも相変わらず自己満足の自慰ゲームだ。
シナリオに納得できればそれでいい。
僕は散々団体競技をやって来たけれど、
僕の本質はいつも個人競技だった。スポーツでも、バンドでも。
孤独が辛い時もあるが、概ね僕にとっては孤独とは安らぎだ。
体が動かなくなってしまったら、そう言える余裕もないかもしれないが。
ゲーム制作は予定通りいけば、来年とあるフェスに出す。
上位にはとてもなれないが、
誰かたったひとりの琴線にでも震えたら良いな。
さぁ、明日は母に会う為の特別な一日だ。
ヘルパーさんにご負担をおかけしない為にも、もう寝よう。
台風が僕の心をかき乱すが、お薬をきちんと飲んで、
おやすみなさい
かぜにのってただようキンモクセイのかおり
だいすきなかおり
きみのそばにずっといられたらな
歌曲 きのこ帝国 歌詞・作曲 佐藤千亜妃




