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早水家の日常  作者: 恋刀 皆
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第2話「I was born to love you」

 2016年四月七日木曜日先負、夜。


 現在、倖子君はご立腹です。


 その原因は、もう学園に到着しているはずの捧華からの連絡がない為。

そして、


「捧華がこんなにルーズなのは貴方に似たのね、ああっ! 忌々しいっ!!」


 予想はしていましたが、原因は僕に飛び火しつつありました。

僕らはひとつのお布団の中でお互い裸になりながら身を寄せ合っていますが、

「仲良く」とは行きそうにもない流れです。どうしようか……。

僕の方は、捧華が生まれてくれてからは久々のふたりの夜に、

彼女の怒りのBGMが困ってもいて、心地よくもあります。


 倖子君に怒られるのも叱られるのも、僕には日常で、倖せな事なのです。


「倖子君の言う通りだけれど、捧華は生まれて間もないし、

環境が変わって、色々あるのかもしれませんよ?」


 火に油を注いでみる。


「これだから貴方はっ! もう貴方とは別れるし!!」


 そら来た。


「僕は嫌です。絶対に倖子君と別れたくありません」


 今一緒に居るのは僕なんだよ? 僕を見ておくれよ? この甘えん坊を。


「そ……、そう、私は別れたいけど貴方は別れたくない訳ね。

つまり、貴方は私と別れたくない様に努力する必要がある。それは解るわね?」


「はい」


「要するに貴方は私の言う事を何でも聞かなければいけない訳」


「解りました」


「じゃあひとつだけ、今すぐ死ね」


「それはできません」


「ああそう、心也君私に嘘吐く訳? 何でも言う事聞くって言ったじゃん」


「言う事は聞きましたが実行はしません」


「この嘘吐き!!」


 いつものやりとり、いつもの嘘、飽きそうで飽きない絶妙なバランス。

その言葉のぬくもりに少し悲しくて、たまらなく満たされる。

だから、この小さな淑女を狂おしく抱きしめる。


「いたたっ! 痛いよ心也君!? 

抱きしめたいならもっと優しくっていつも言ってるでしょ!?」


「うん、ごめんなさい……、でも無理」


 密着する肌と肌が融合して、君の全てを吸収し、

僕に君の全てを与えてはくれないか。

そんな気持ちで、僕は君をまるごとふさぎたくなる。


「僕は君を愛する為に生まれてきたよ」


「私、嘘吐きしん君の事なんて信じないし、大っ嫌いだし!」


「ゆっ君に愛してもらえないなら、いっそ憎悪も嫌悪も大歓迎さ」


「相変わらず、否、昔よりバカが悪化してるし、私に触るな!」


「この瞬間程、美しく生を祝福できる時間を、僕は知りません。

それに、朝と昼は倖子君のもの、夜は僕のものです」


 実際はその権力は曖昧なものだけれど、倖子君にはふたつ、僕にはひとつ。


「私はしん君嫌いだなー。永久に大っ嫌いだなー」


「僕はゆっ君がせかいで一番好きだよ。大好きだよ。愛しています」


「なら、その世迷言を独りでずっと言ってなよ」


「うん、ずっとね」


 すると、倖子君は身体に力を入れて、僕の腕の中から強引に背中を向けた。

それから、


「ま、わ……、私もそんなバカげた事を貴方が言ってる内は、

貴方がちょっとは心配だから、傍に居てやるよ」


 僕は、なんだろう……、微笑みたい様な、泣き出したい様な、

まるで初めての様で懐かしい、「時間」という概念そのものを見ている気がする。


 そうすると、穏やかに温かく、くっきりと何処かがさめて、

僕は僕の右手を、お布団の中にある彼女の右手を探し求めて、辿り着いた時、

その手と手を絡み合わせた。


 凛音様を裏切る事はできない。結界“久遠之焔”の合図です。

僕は今、一体どれ程の方々が、孤独と充足を感じ、

結界に及んでいるのか考えてみる。


倖子君は存在すらせず、僕を心地よく縛る。


「今日も良い結界ができそうですね?」


「私は貴方の事なんて知らない。何にも聞こえない」


 絡め合う手と手がどちらからともなく汗ばんでいる事に、

僕は若干官能を覚え、ふと、彼女と初めて手と手をつないだ夜を思い出した。


 あれは倖子君と深夜の神社の帰り道、

眼の悪い彼女が暗い階段を下りようとした時、

僕は彼女が足を踏み外さないか心配になり彼女に声を掛けた。


「大丈夫? 百円で俺の手を貸すよ」


 信じられないくらい頭の悪いガキが居た。

そこで彼女に、


「お金払うくらいならいいよ!」


 きっぱり断られてしまう。


それでも、かつての俺は彼女に追いすがり、


「危ないから!」


 そう言って無理やり彼女と手をつないだ。


だけどひとつ言い訳をさせてももらいたい。

深夜の神社の鳥居をくぐる行き道で、

君が他の男性と手をつないで歩いた事なんか話すもんだから、

僕は気が気じゃなくて、静かに深い嫉妬の炎が消せずにいたんだ。


 君の周りにはたくさんの人達が居た。

僕なんて見向きしてもらえないと、勝手に落ち込んでいたんだ。


「心也君? 何か心配事でもあるの?」


 ハッと気付くと、背中を向けたままの彼女から声が。

思いのほか僕は深く潜ってしまっていた様だ。


「ううん何でも。君と初めて手と手をつないだ夜を思い出してました」


「ああ、あれか、あの時はクソムカついたわ」


「すみません。僕がバカでした。ガキにも程がありました」


「よろしい、苦しゅうないぞ」


 あの頃の俺には想像さえできないだろう。

俺? 僕は16年後も、変わらず、いや! もっと確かに彼女を想ってるよ。

彼女に頭が上がらないしもべな生活が待っているけれど、

全然悪くない、彼女の統治するせかいは最高さ。


 倖子君の為に、本当に役立てられるなら、死の恐怖を克服し、

彼女に命を懸けられる。そうできる様になりたいんだ。


 例えどれ程の地位や名誉を得られたとしても、

倖子君の為なら、全てを殺して彼女のもとへと向かうだけ。


 借り物の言葉で悔しいけれど、

現時点で最も納得のゆく人生の解を、振り向かない背中に、

そっと、かつ、確かに声音と気をあてる。




「僕は君を愛する為に生まれてきました」




 そしたら彼女は、




「私、なーんにも聞こえない」




それが僕の、一日、一生、過去、未来、永久、永遠。








君が僕を殺したいなら、僕から君を取り除いて。



ほんとにごめんだけど

きみなしではいきるきしない

きみはぼくにおこったさいこうのできごとなんだ

Song Queen Lyrics/Music Freddie Mercury

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