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早水家の日常  作者: 恋刀 皆
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第15話「対象a」

 せかいはあらゆるもので表現する事が可能だ。

例えば「せかいは伝言ゲームである」なんかもそう。

僕個人は限りなく絶対的に人は相互不理解であると思っている。

けれど、それも僕のリアリティのある幻想かもしれない。


 世間ははっきりとした態度というものを望みがちな気がするけれど、

限定的絶対があったとしても、

どんな優れたものも「かもしれない」でしかない。

地球に優しく、なんて言いつつ、どんな活動視点に立とうが、

せかいが有限であるとするのなら、

地球はどんどん老いていき、死に向かっているに決まっているし、

せかいが無限であるとするのなら、どんな活動も自己満足でしかない。


 だから、人は利己的に生きても利他的に生きてもどちらでもいい。

どちらにも、それ相応の報いがあるだろう。


 お金というものが対象a足り得るかどうかは僕程度では判断つきかねるけれど、

現代ではお金が最も万人にとっての対象a足り得る気がする。

“色即是空、空即是色”というお言葉が僕は好きだし、

現時点で最も悟りの入り口になり得ると感じている。


 とは言え、自身の生命が危険にさらされれば、

僕には恐怖を克服して、他者へ自身の生命を差し出せるような人格は無い。


 ただ僕は数多の生命、数多の言葉によって、

自殺を止め、生きたいと思うからこそ、

今存在を問い続ける事ができているから、

訳が解らなくても、誰かたったひとりでも、

色を楽しむ事ができますようにと夢想している。


 誰も正しくないし、誰も間違ってはいないよ、と。


 人は悩むのが仕事だ。いつも答えを探している。

そうしていく内に、答えが無い、というのが答えだと通過してゆく。


 きっと……、僕の対象aは倖子君だ。

僕は倖子君を何も知らない空っぽなくせに、

ああでもないこうでもないと空虚な装飾を施す事に生き甲斐を見出し、

不様に縋って一日いちにちを生きた事にしようとしてる。


 対象aの代表には、ひとつ糞便が挙げられるが、

誰かと同じ時を過ごすという事は、糞便を愛する事と切り離せない。

まだ十年に足らない日、母の介護が必要になってきた。

頭では解っていたつもりでも、母の下のお世話が始まった時には、

息詰まるような、諦観に至るしかないような遣る瀬無さを覚えた。

その頃糞便の圧倒的な存在感に打ちのめされた。

人間にとって自然で当たり前の事なのに……。

僕は幻想を生きていたんだ。彼女などできるはずもない。

女性をひとりの人間として見ず、性の道具として消費してきた報いだ。

もちろん僕という糞便の醜さを一応自覚はしていたが。

一面を切り取れば、人間とは余すところ無く糞便である。

アダルトビデオも成人漫画も幻想だ。

今頃こんな事を語っている時点で僕の恋愛観は手遅れ。

僕の欲望は倖子君という対象aの周りをくるくるまわって自己完結している。


 もしかしたら、倖子君は、僕の移行対象でもあるのかもしれない。

手放す事で、僕はようやく大人になれるのかも。


 しかし、居る、という言葉が心にも適用できるなら、

僕の傍に一日も欠かす事なく倖子君は居てくれた。


 乳房、糞便、声、まなざし様々に、僕の倖子君は空っぽだ。

だけれど確かに僕を叱咤激励してくれている。そう感じる。

“百聞は一見に如かず”、言葉より、行動に意義がある。

自らを特別だなどと自惚れない事だ。

しかし、しばしば、それを是とするのは挫折した後であるだろう。


 僕はこの空っぽのせかいで文字を繰り、青い鳥に手紙を託す。

僕にはラカニアンを名乗れる程の知識は無いけれど、

僕はこの手紙が――……、








必ず宛先に届くと信じている。



あいしている

それはぼくがもっていないものを

そんざいしないひとにあたえることかもしれない

歌 anNina 作詞・作曲 interface bermei.inazawa

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