第1話「tune the rainbow」
2016年四月六日水曜日赤口、
僕、早水 心也と、妻、早水 倖子との間に生まれた、
早水家次女である早水 捧華は旅立ちました、
私立普通学園に。
「捧華、……行っちゃいましたね」
「心也君や私達で決めた事でしょ?」
そう……、そうだ、解っている。それでもやっぱり……、溢れる、
溢れてしまう……、涙が。
その刹那に、
「き~みが~流す涙~、拭う為~だ~け~に、オレはここにい~る~よ♪」
倖子君が僕の両方のほっぺたをつまんで、むにぃと横に引っ張った。
「い……、いはい……」
僕のほっぺたは、
満足に「痛い」とも言わせてもらえない程引き伸ばされてから、
解放された。
「ずいぶん久し振りですね。倖子君が「オレ」って言うのも」
そう、
僕と倖子君が出逢う前には、倖子君の一人称は「オレ」だったらしいです。
僕と出逢った時も、その話を聞いてから、
一度だけ倖子君が一人称を「オレ」にした事がある。
そう言えば、うちの母親もキレると一人称が「オレ」になってたっけ。
懐かしい……。
「私達は、それぞれの祈りの中で、いつも傍に居る、ずっと……。
そうでしょう?」
倖子君が何を伝えたいのか、
その声音と表情から理解できた気がしました。
ですから、僕は泣かなくてもすむ様になる。
「ありがとう、愛してる」
「私は愛してないけど」
「そうか……、それは悲しい……」
「ほら! バカな事言ってないで私達の日常に戻りましょ」
「はい、そうですね」
コンちゃんもポップちゃんも捧華も、それぞれの戦場がある。
僕達の日常は、そんな子供達が安らげる場所にしなくてはならない。
喜怒哀楽、裸のままでも受け入れてくれる場所、それが僕の想う家族です。
もしも僕が、そのままでは生きられない場所に生まれてしまったとしたら、
やはり僕は、命を懸けてさえ全部捨ててしまうと思います。
僕の代わりなんて腐る程居るけれど、
例えば人間が衣食住だけで満足できる生き物ならば、
狭い箱庭でも充足は得られるのですから。
だけど、現実はそうではない。誰もが欲しいものが多過ぎるんです。
哀しいかな……。
当たり前の事に、常に感謝して幸せでい続ける事は容易じゃない。
だから、倖子君を想うと、とても幸福で、とても大きな不安を抱える事になる。
それでも、倖子君が、僕にとって「永遠の人」である事は変わる気がしない。
彼女の言う通り、いつまでも途方に暮れている場合じゃない。
「よしっ!」
僕は、僕の戦場と向かい合う。
お家の玄関から廊下へ上がると、倖子君はすととと、
もう台所へ消えてゆこうとしている。
彼女は振り向かない。
その肩を見送るのに、どんなにか切なくなる。
どうか、
僕を置いてゆかないでおくれよ。
僕の全てを離さないでおくれよ。
僕の事を忘れないでいておくれよ。
いつも、そう祈りたくなる。
その間に、彼女の姿が見えなくなる…………、と?
ふいに台所につながるドアから、ひょいと倖子君が顔だけを出し、
悪戯にウィンクをした。
君には、到底……敵わない。
ウィンクひとつで、僕の全てを見透かし、支配される。
とんでもなく安らかな制圧だ。
今、ひとふた想う事、
僕は競う事が嫌いだ。勝つ為の努力なんて御免だし、いつも負けるから。
けれど、今のところひとつだけは競っていて、
とても倖せな勝負が存在しているよ。
それは、愛情と呼ばれるものを、競わせる事。
なぜなら、それが本当に愛情であるのなら、勝っても負けても、
僕は、嬉しさで一杯になれるから。
そんな時、ほんのつかの間、
僕らの間に、綺麗な虹の架け橋がつながる気がするんです。
かれはなみだをながしつづけるだけでした
ですがかのじょのかがやきで
あめがやみそらをみあげるとにじがかかっていました
歌 坂本真綾 作詞 岩里祐穂 作曲 管野よう子