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雪だるま

作者: ひな野

*prologue*


「みてみてー!ママ!ゆきだるまさんだよ!」

「あら、可愛いわね~。」


冬になるとキミはいつも僕を作ってくれる。

材料は簡単だ。ボタンと木の枝とにんじんと真っ白な雪と……あと、キミの愛情。

真っ白なふわふわな雪をコロコロと転がして、大きいのと小さいのを一つずつ作るんだ。

それで、大きいのを下に小さいのを上にして積み重ねれば僕の体が完成する。

あとは、キミのセンスでボタンを並べて口や目を作ったり、木の枝で手を作ったり、にんじんを顔の中央に刺して鼻を作ったりすれば……ほら、僕の完成だ。

顔の形が歪だったり、目や鼻の位置がおかしいとかあるかもしれないけれど、それもまたキミらしい。


「かわいくできたから、ずっといっしょにいたいな~。」


キミはそう言って、僕に笑いかけてくれるけど……。

キミのお母さんは少し悲しそうな顔をしてこう言うんだ。


「でも、雪だるまさんは冬限定なのよ。だから、ずっとはいられないの。」

「ゆきだるまさん、いられないの?」

「そうよ。」


お母さんの言葉を聞いて眉毛をへの字に曲げるキミ。

そんなに悲しそうな顔しないでよ。

僕はそうキミに伝えるけど、僕の声はキミには届かない。


だって僕は……ただの雪だるまだから。










一.


「よし、完成っと。」


何年目の冬だろうか?

小さかったキミは、いつの間にか立派な大人へと成長して……とても綺麗な女性になっていた。

雪だるまの僕を作るのも年を重ねるごとに上達していき、今じゃすごーく上手に作ってくれる。


「雪だるまさん。お久しぶりですね。」


にっこりと笑いかけてくれるキミに僕もつられて笑みをこぼす。

お久しぶり。お元気でしたか?

そうキミに問いかけるも、この表情も声も届きはしない。


「さてと、今日も一日頑張りますね。」


僕に小さく手を振ったキミは、寒そうに手に息を吹きかけながら家の中へと戻っていった。

そんなキミの姿を見送った後、ココロの奥でふぅとため息をつく。

キミがどんどん綺麗になっていって、そんなキミを見ていると何だかドキドキしてしまう。

毎年この冬が楽しみで、キミに会えることが楽しみで……。

この感情は、きっと世間一般で言う『恋』ってやつなんだと思うけど、雪だるまの僕が人間の女性に『恋』をするなど、変な話だなぁって自分でも思っちゃうや。

でも、もしもだけど……。

僕が一度でも人間になれたなら、キミと笑って話をしたり、キミに好きだって言ったりしたい。

雪だるまの僕には、そんな奇跡が起こることもないかもしれないけど、ちょっとくらい考えたりするのは許されるよね?
















二.


僕はいつも通り、冬の季節にキミの家の前に舞い降りてきた。

毎年、冬になると僕は加減をして雪を降らす。

本来なら天界の人がやる仕事らしいけど、僕は、雪だるまの妖精として任されたから。

手を抜かず、しっかりとこなす。

そういえば、普段ならしばらくするとキミが出てきて、僕を作ってくれるのだけれど……。

今年は少しだけ、違ったんだ。


「こんにちは。雪だるまの妖精さん。」


僕はそっと声のする方を向くと、そこには女性が立っていた。

何だか、寒そうな服装をしていて人間とは少し異なった人だと思った。

だって、僕の姿が見えているから。


『こんにちは。あの、あなたは?』

「私は、この世界の神です。」

『神様……?』

「ええ。そうです。私はいつも雪を降らせることを頑張るあなたの願い事を叶えに来たのです。」


正直、少し疑った。

急に現れた女性が神などと名乗り、その上願いを叶えに来たなんて……。

簡単には信じられないことだ。

だけど、もしも本当に願いを叶えてくれるのなら――。


『本当に叶えてくれるんですか?』

「ええ。絶対に叶えて差し上げましょう。」

『……それなら、僕を人間にしてくれませんか?』

「いいでしょう。ただし、約束が二つあります。それは決して自分の正体を明かしてはいけないという事と魔法を使ってはいけないという事です。あと、もしも人間になってから死に至るような事があれば、あなたは人間としても雪の妖精としても、この世界にいられなくなってしまいます。それをよく覚えておいて下さい。」


僕は、神様のいうことを聞いてコクンと頷いて見せる。

すると、たちまち僕の周りがキラキラと輝きだして、そして―――。


『あ、れ……?』


ゆっくりと瞼を開くと、いつもとは違う風景が目に映る。

目線が少し高くて、何より動くことと話すことが出来た。


『あの、神様。』


僕は後ろを振り返って神様に話しかけようとすると、そこにはもう神様の姿はなかった。


『……ありがとうございます。』


神様が元いた場所に向かってお礼をすると、僕はキミの家を見つめる。

これから人間という姿で時を過ごせる訳だけど……最初はどうするべきなんだろうか。

家のドアをノックして『こんにちは』なんて言ったら、びっくりするかもしれない。

悶々と考えながら立ち尽くしていると、キミの家のドアが開いた。


「あら……?」

『あっ……。』


思わず、驚きの声がもれる。

折角、キミに会えたもののこうして姿を互いに見えるようになると緊張してしまい、何を話したらいいのか分からなくなってしまう。

僕は、目線を自分の足元に落として黙り込んでいると、キミが僕の首元に何かをかけてくれる。


『えっ……これ。』

「あなた、寒そうだから。こんな寒い冬に薄着だと風邪、引いちゃいますよ?」

『あ、ありがとう。』


キミが僕の肩にかけてくれたのはよく見たら、キミが首に巻いていたマフラーだった。

消え入りそうな声でお礼を伝えると、キミは小さく笑ってこんなことを言う。


「うふふ。いいのよ。あ、ここでお話するのも何だし、うちによかったらいらっしゃらない?」

『い、いいんですか……?』

「ええ。温かいスープもあるのよ?だから、どうかしら?」

『あ、なら……お、お言葉に甘えて。』


「そんなに堅くならなくていいのよ?」なんてキミは言いながら僕の手をとって歩き出す。

キミの手に触れている間、僕の鼓動は仕切りなしに早鐘を打っていた。



『お、おじゃまします。』

「はい。どうぞ。」


キミの家の中に入るのは初めてだったから、すごく緊張してしまう。

だけど、それ以前にキミと会話が出来た事がとても嬉しかった。


「こんなものしかなくて、ごめんなさいね。」


申し訳なさそうな表情をして僕の目の前に置いてくれたのは、香辛料がほのかに鼻腔をくすぐる、とても美味しそうなスープだった。

僕は、『いただきます』と言ってお皿に入ったスープをスプーンですくうと、ふぅーっと息を吹きかけてから口の中に含む。


「どうかしら……?」

『……すごく、美味しい。こんな美味しいもの、食べたことない……。』

「あらあら、大袈裟よ。でも、ありがとう。嬉しいわ。」


大袈裟だってキミは言うけれど、僕は大袈裟に言ってる訳でも嘘で言っている訳でもない。

本当に美味しかったんだ。

香辛料の使い方とか、何よりキミの優しさが僕のココロを温かくしてくれて……。

僕は、それから無言でスープを飲んで、綺麗に飲み切った。


『ごちそうさまでした。美味しかったよ。』

「なら、よかったわ。……ところで、聞きそびれちゃったけどあなたの名前は?」

『僕?僕は、雪だr……えっと、ユキだよ。』

「ユキさん?何だか私と似てる名前ね。私は、ネーヴェ。この国では“雪”って意味なの。」


名前なんて聞かれると思わなくて、思わず本当のことを言いそうになってしまった。

咄嗟に浮かんだ名前を口に出したら、優し気な笑みを浮かべながら自分と似てるって言って名前を教えてくれるネーヴェ。


『ネーヴェ、か……。』

「結構この名前気に入ってるのよ。ネーヴェって。響きがいいって思わない?」

『うん。とってもキミにぴったりな名前だと思う。』


ネーヴェは、僕がそう言うと少し照れた表情で「ありがとう」と告げた。

それから、僕の飲み切ったスープのお皿をキッチンに置くとカチャカチャと洗い物をし始める。

僕は、洗い物をしている音を聞きながらもう一度部屋を見渡してみる。

すると、あることに気付く。


『ねぇ、この写真に写ってる男の人と女の子って?』

「あぁ。それはね、私の夫と娘よ。」

『え?ネーヴェって結婚してたの?』

「ええ。三年前にね。」


そう言って左手を見せてくれるネーヴェ。

その左手の薬指にはシルバーの綺麗な結婚指輪がはめられていた。


『そっか、結婚してたんだ……。』


僕は、小さく笑ってみるけど、胸の奥がズキズキと痛んだ。

でも、ネーヴェに悟られたくなくて、わざと笑顔を見せる。


『おめでとう。』


思ってもないような、そんな言葉。

だけど、自然と口が動いてしまった。


「ありがとう。」


そんな嬉しそうな顔しないで欲しい。

だって、僕の方がずっとずっとキミを見てきて、写真に写る男の人よりも好きって気持ちは大きいはずで……。

って、こんなこと思ったって無意味だね。

姿形は今人間でも、本当は雪だるまなんだから。

僕は、胸の痛みを抑えるように胸に手を当てると、笑顔でキミに伝える。


『絶対に幸せになってね。』

「今も幸せだけど、そうね。もっと幸せになるわ。」

『……それじゃあ、そろそろ僕、いくね。』


ガタッとイスを引いて立ち上がると玄関まで無言で歩いて行く。

僕は、早くこんな空間から逃げ出したかったんだ。

だって、胸がこんなにも苦しく悲しく、何とも言えない感情で渦巻いているのだから。

早く、早くここを出なくちゃ……。

僕は、ドアノブをひねろうと手を伸ばすと、勝手にドアノブが回った。


「ただいm……ってあれ?お客さん?」

『あっ……。』

「あ、おかえりなさい。アクアさん。」


ドアからひょっこりと顔を覗かせたのは、先程写真で見た男の人だった。

なんて、最悪なタイミングだろう。

僕は、奥歯を噛みしめると笑顔を作る。


『こんにちは。ネーヴェ、ありがとう。それじゃあね。』


これで、いいんだ。

そう思ってネーヴェに背を向けると、「待って」と声がかかる。


『何?』

「あなた、何処に住んでいるの?」

『え?』

「よく考えたらおかしいもの。こんな真冬に薄着で……しかも、私たちの家の前なんて辺りに何もないのに、どうしていたの?」

『えっと……。』


僕は返す言葉が見つからず、黙っていると隣で話を聞いていたネーヴェの夫が話しかけてきた。


「ごめん。あまり分かっていないところに口を出すのもあれなんだけど……キミ、住むところがないのか?」

『いや、その、別に。』

「ユキさん……?」


彼女の真剣な眼差しが僕のココロに突き刺さる。

僕は、深呼吸を一つすると決心して、二人に話を切り出した。

半分は嘘で出来たそんな話を。


『僕は、今までここの世界じゃないところで生活してた。けど、つい最近ここにくることになったんだ。』

「それってこの国に来るのは初めてって事なのか?」

『いや、初めてって訳じゃないんだけど……ちょっと複雑で。』


二人はうんうんと頷いて顔を見合わせると、何かを感じ取ったみたいに笑みをこぼした。

それから、僕を見て優しい声色で告げる。


「そうだったの……?それならしばらくは、うちで生活したらどうかしら?」

『え?』

「遠慮はしないでいいよ。うちは裕福とは程遠い家だけど、それでもいいならしばらくここで生活するといい。」

『でも、そんなこと……。』


優しい言葉をかけられて嬉しかったのは事実だけど……。

流石にそこまではお世話になれないと思った僕は断ろうとしたが、ネーヴェは痛いところをついてきた。


「じゃあ、何処で生活するの?今日は何処に泊まるかもう決まってるの?」

『そ、れは……。』


思わず言葉に詰まってしまい、何も言えなくなる。


「その様子だと決まっていないのでしょう?なら、つべこべ言わないで今日は私たちの言うことを聞いてください。」

『……わかった。ありがとう。』


少し強引だけど、僕はそんな彼女らに救われた。

それにしても、複雑な事情について詮索されなくて良かったと内心ホッと息をつくと同時に、彼女らの優しさが胸に染みる。

その日は軽く自己紹介を済ませて、早めに寝るようにと促され、僕は眠りについた。
















三.


「にーに!おはよー!」

『あのー……?』


僕は、朝目を覚ますと目の前に広がった光景はまだ幼い女の子の興味津々な顔だった。

目をぱちくりとさせて、僕は少女の顔をまじまじと見る。


「こら、ルーチェ。ユキさんが困ってます。」

「ごめんなしゃい。」

『え、ああ。いや、大丈夫。』


ネーヴェが来てくれたおかげで、落ち着いたように僕の横に座る。


「おはようございます。朝からお騒がせしてすみません。昨日は紹介できなかったのですがこの子が娘の……」

「あたし、るーちぇ!」


ルーチェちゃんはビシッと手を上に上げながら元気に挨拶をしてくれる。

すごく素直でいい子そうな子だ。


『はじめまして、ルーチェちゃん。僕は、ユキだよ。しばらくの間泊めていただくことになったんだ。』

「ゆき?ゆきにーに!」

「よかったわね。ルーチェ。にーにに、ご挨拶できて。」

「うん!」


ルーチェちゃんは満面の笑みを浮かべながら頷く。

僕はそんな二人の様子をみて微笑ましく思っていると、部屋のドアが開いて、アクアが姿を現した。

そういえば、ネーヴェの夫の名前はアクアというらしい。


「おはよう。ユキ。よく眠れたか?」

『お陰様で。』

「そりゃあ良かった。」

「ぱぱーおはよー!」

「おー、ルーチェ。おはよう!」


アクアは、ルーチェちゃんを抱き上げると高い高ーいと言って遊び始める。

ネーヴェは、そんな二人の姿を見て笑みを浮かべる。

この三人を見ていると、僕は少しだけ胸の奥が温かくなった。

今まで、家族というものに触れたことがなかった僕は、初めて家族というものの温かさを知れた気がする。

この自然と笑みをこぼせる空間こそが、家族ならではの空間なんだと僕は感じた。













四.


『アクアー。これ、ここに置いとくよ?』

「ああ!そこでいいぞー!」


僕はあの日、人間になってから丁度一ヵ月が経った。

ただ泊めてもらうのは何だか申し訳なく感じたから、僕は泊めてもらっている間アクアの仕事を手伝わせてもらう事にした。

車を走らせて約二十分ほどすると、アクアの働く場所につく。

僕はもうこれで働いてから三週間近くが経つが、いまだに作業は慣れない。


「ユキー。ちょっと木材持って来てくれないか?多分第二倉庫にあると思う。」

『あ、今行く!』


僕は、最初ネーヴェが結婚をしていることを知った時、ひどく落ち込んだし悲しい思いもした。

家に泊めてくれるって言った時だって、嬉しい反面すごく辛くも感じた。

だけど、今はそんな感情はどこかへいってしまい、その代りと言ったらなんだけど、今はこの家族に幸せになって欲しいってココロから思っている。

もしもだけど、その家族の中に僕もいられたらな……といつの間にかよく思うようになってしまった。

見知らぬ僕を助けてくれたネーヴェ、突然来たのにもかかわらず笑顔で迎えてくれたアクア、怖がりもせずに僕に接してくれるルーチェちゃん。

こんな家族は、この世の何処を探したっていないと思う。

それくらいに、この家族は素晴らしい家族なんだ。

僕が、保障する。


「今日は仕事を早く切り上げて家に戻るぞ。」

『え?何かあるの?』

「ああ。今日は、ルーチェの三歳の誕生日なんだ。」

『そうなんだ~。』

「だから、今日はケーキを買って帰るぞ!飛び切り美味しいやつをな!」


僕はアクアの嬉しそうな笑顔を見て、本当に家族が大切で、大好きなんだなぁって感じた。

だからこそ、僕は今人間になったからこそ、この家族を守っていきたいって思った。

それも、家を出ていくまでの間だけど……。

それまでは、この家族の笑顔を絶やしたくない。



「「ハッピーバースデートゥーユー♪ハッピーバースデートゥーユー♪」」

「るーちぇ、おめでとうなのー!」

『おめでとう。ルーチェちゃん。』

「ルーチェ。ほら、ろうそくふーってして。」

「ふーっ!」


バースデーソングを歌った後にルーチェちゃんはアクアに言われてケーキのろうそくの火を息で吹き消した。

ろうそくの火が消えれば、パチパチと拍手が起こる。

僕は、初めて誕生日パーティーというものをやったから何もかもが目新しく、キョロキョロとしているとそんな僕を見てネーヴェが声をかけてくる。


「ユキさんは初めてなんですか?誕生日パーティー。」

『うん。初めてだよ。誕生日パーティーって素晴らしいね。』

「ってことは、やったことがないんですか?」

『何て言うか、祝ってくれる人っていなかったから。』


僕はあははっと笑ってケーキに目を移す。

そう、僕には家族なんていなかったから。

生まれた時から一人きりで、一人ぼっちで……。


「ユキさん?」

『え?』

「どうしたんですか?何だか、悲しそうな顔してましたよ?」

『あ、いや……。』

「もしよかったら、話してくれませんか?」


心配してくれているらしいネーヴェの表情を見ると、僕は静かに言葉を紡いだ。


『大したことじゃないんだ。ただ……。』

「ただ?」

『ただ、家族っていいなぁって、そう思ったんだ。』

「ユキさんには、いないのですか?」


僕はネーヴェの問いに少しだけ迷って「うーん……」と唸り声を上げると、アクアが隣から口をはさんできた。


「ユキ、俺らと家族になればいい。」

『えっ……?』


アクアの言葉に驚いて、目を見開いてアクアを見ると、アクアは優しい笑顔でこう言う。


「今日はルーチェの誕生日でユキが来て丁度一ヵ月経つ。もう結構長い間一緒にこの家で生活したんだ。だから……いっそのこと、俺らと家族になっちゃえよ。」

「私も、いいと思うわ。ユキさんが来てからアクアも家に長くいられるようになったし、家族で過ごせる時間も増えた気がするの。ユキさんがいいなら、どうかしら?」

『でも……。』


僕は、不思議な気持ちになった。

だって、あの日ネーヴェと話してから今までで何でこの人たちは僕にこんなにも優しくしてくれるのだろうか?

普通なら、もう出ていってくれとかそんなこと言うはずなのに……。

僕はそれが不思議で仕方がなかった。


『あのさ、一つ聞いていい?』

「ああ。なんだ?」

『二人はどうして、他人の僕にこんなにも優しくしてくれるの?』

「うーん……そうね……。」


ネーヴェはアクアと顔を見合わせると、僕の目を見据えてこう言った。


「あなたと初めて出逢った時、あなたはとても悲しそうな目をしていたから、かしら?」

『……それだけ?』


ネーヴェは当たり前というようにコクリと頷く。


「ええ。悲しそうな目を見て、助けたいって思ったの。」

「そうだ。俺たちは、見ての通り裕福な家庭とは言えない。飯を食って生活していくだけでやっとというくらいだ。だけど、そんな俺たちに出来ることって限られてて、せめて少しでも悲しい思いをしている人の手助けになれればってそう思ってるんだ。」

「大したことはできないわ。ご馳走なんて作れたりしないし、決して良い環境でもないもの。でもね、それでも一緒にご飯を食べることはできる。部屋を貸してあげることだってできる。」

「それに、ユキはすごくいいやつだって俺たちはよくわかっている。仕事もしてくれるし、とにかく真面目だ。だから、ユキが俺たちの家族になるなんて反対する奴はいないよ。」


僕は、ネーヴェたちの話を聞いていると自然と涙が込み上げてきて、ぽたぽたとこぼれた涙がズボンを濡らしていく。

僕は知らなかった。人間はこんなにも温かいなんて。

家族がいない僕にとって、その言葉はとても嬉しい言葉だった。


『ありがとう。ネーヴェ、アクア。』

「どういたしまして。」

「改めてようこそ。俺たちのうちへ。」

『……ありがとう。』


僕は、この日ネーヴェたちと家族というものになれた。

嬉しくて、少しこそばゆいような、そんな感情が胸の中を支配する。

こんな人たちに出会えるなんて、僕は幸せ者だ。

神様に感謝しなくちゃいけないな。人間になれて良かったって思えるから。

それと、いつかこの家族に恩を返したいなって思った。



だけど、この時の僕はまだ知る由もなかった。

この後起きる悲劇について―――。












五.


ネーヴェたちと家族になってから数か月がたった頃。

僕は初めての季節を体験していた。

冬という季節は過ぎ去って、春という季節になり、世界が暖かくなった。


『僕、春って初めて体験したかも。』

「そうなの?」

『うん。』


僕は家の窓を開けて、朝の陽射しを浴びる。


「仕事行ってくるな。」

『え?待って、僕も支度して今行くから。』

「あれ?言ってなかったか?最近働き詰めだったから、今日はゆっくりしてろ?」

『そっか……わかった。頑張ってね。』


僕は、アクアを見送るとネーヴェに声を掛ける。

もしかしたら、何か手伝うことがあるかも……と思ったからだ。


『ネーヴェ、僕、今日休みみたいだから……。何か手伝う事ある?』

「え?折角のお休みなんだから部屋にでも行って、休んでいたらどうかしら?」

『わかった。』


僕は自分の部屋に戻るとベットに横たわった。

そして、そのまま朝の陽射しを浴びながら静かに瞼を閉じた。











六.


目を瞑っている時、ふと耳に声が響いた。

ネーヴェが「やめて」とひっきりなしに叫んでいる。

僕は、夢かと思って目を開けてみるけど、その声は一向に止まず……。

何かが変だと直感的に感じて、部屋を出るとリビングに向かう。

すると、ネーヴェの声は次第に大きくなってくる。


『ネーヴェ、何があったn……。』


僕は、リビングに行くと信じられない光景を目にした。

見知らぬ男が三人部屋にいて、一人がルーチェちゃんを抱き上げて、喉元に刃物をあてがっていて、もう一人がネーヴェに刃物を振りかざしている光景だった。

このままだと、ネーヴェが殺されてしまう……。

僕は、そう思うと自然と体が動いた。

刃物を振りかざす男に手のひらを向けて、神経を集中させる。

すると、そこから大量の雪が現れて、男へ降りかかる。


「お、お前っ……!!」

『ネーヴェに、僕の家族に何してるの?ルーチェちゃんを離して。』

「い、嫌だ!こいつを売れば金になるんだ!俺はだから―――。」

『離せって言ってるの、聞こえないの?』


僕は、ルーチェちゃんにはあてないように雪を男に降りかける。

ついでに、ドアの近くに立っていた男にも同じことをする。

三人を倒し終えると、一気にあたりは静まり返り……。


「ユキ……さん?」

『あ、びっくりさせてごめんね。けがはない?』

「私たちのことより……ユキさんが。」


僕は、ネーヴェに言われて自分の体を見ると、少しずつ体が透けていっている。

そっか、僕、神様との約束やぶっちゃったんだ。

人間としても雪だるまとしてももうこの家族に会えなくなるんだ。

悲しいけど……仕方ないね。


『ネーヴェ。僕さ、もうキミたちとはこれで最後みたいだ。』

「え?なんで……?!」


ネーヴェは泣きそうな顔をして僕を見る。

お願いだよ。そんな顔しないで。


『僕さ、本当は人間なんかじゃなかったんだ。神様にお願いして人間にしてもらってただけだった。でも、僕はキミの家族に会えてキミの家族になれて嬉しかったよ。本当にありがとう。』

「待って。どういうこと……?行かないで。」


最後に僕は精一杯の笑みを浮かべて言う。


『キミの事、好きになれてよかったよ。家族になれてよかったよ。ありがとう。いつまでも幸せにね。』


その言葉を最後に、僕は人間としても雪だるまの妖精としても、命を絶った。






















*epilogue*


また巡ってきた冬の季節。

窓を覗いてみると雪がもう積もっていた。

私は、マフラーを首に巻くと外に出ていつも通り雪だるまを作る。

でも、今年の冬からは少しだけ違うの。

いつも一人ぼっちだった雪だるまの横には、四つの雪だるまが仲良く並んでいる。


「ネーヴェ。」

「あ、アクアさん。」

「……この時期だったか。アイツと出会ったのは。」

「ええ。」

「あいつ、元気かな……?」


アクアさんは、私が家の外で雪だるまを作っていることに気付いたのか、厚手のコートを羽織って私の隣まで来ると、しんみりとそんな話をしてきた。


「もちろん、元気に決まってるわ。だって、もう一人じゃないんだもの。」

「……そうだな。」


私は、あの日ユキさんに助けられて、最後消えてしまった後に残ったボタンを見て、ユキさんはいつも私が作っていた雪だるまさんだったんだって気付いた。

ありがとうもろくに言えないまま、ユキさんは行ってしまったけど……。

ユキさんの姿が例え今はなくたって、ココロは繋がっているから。

不思議と寂しい感覚はない。


「……よし、できた。」


最後の仕上げにいつも目や口の代わりに使っているボタンを付けると、いつもの雪だるまさんが完成する。

出来上がった雪だるまさんは、いつになくとても嬉しそうな表情に見えた。

 











ねぇ、ネーヴェ、アクア、ルーチェちゃん。


僕は、キミたちと逢えて幸せだったよ。


僕はしっかり


キミたちの、笑顔を守れたかな?


いや……


ちゃんと、守れたよね。


きっと今も、笑ってるよね。




ねぇ、ユキさん。


私は、あなたに逢えて幸せでした。


私はあなたに


感謝をしてもしきれません。


私を、ルーチェを守ってくれてありがとう。


それから……


ユキさんの笑顔が


今でも、これからも大好きです。


 END

最後まで閲覧していただきまして、誠にありがとうございます。

この作品は、冬に纏わる話を書こうとしたところ、雪だるまが浮かんだためできた作品です。

ネーヴェとアクアの優しさ、温かさを知って、ユキの心情が変わっていく様子を感じ取って頂けたらなぁと思っています。

キャラクターひとりひとりのことを考えて書いた作品なので、少しでも多くの方にユキたちが愛される存在になってくれたら嬉しく思います。

拙い文章でしたが、最後までありがとうございました。

また、いつか執筆が進められましたら投稿させていただきたいので、その時はどうかよろしくお願い致します。


2017.10.30

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― 新着の感想 ―
[良い点] 雪だるまの人間のような心の機微が感動的でした。ネーヴェが結婚したと知ったところでは、悲しみながらも笑顔を見せています。うちで生活したらと歓迎してもらったところでは、嬉しいながらも断ろうとし…
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