言うべきか否か
ウィルと再会した週の紫竜の日―――
「アリシア、何か御用ですか?」
「え、ううん、何でもないわ」
今日だけで何度このやり取りを交わしたことだろう。馬車から降りた時、夕食の時、廊下ですれ違った時…。言った方が良いのか言わない方が良いのか、悩んでいる間にも視線は知らず知らずのうちにエルンストの方を向いていて、気づかれて聞かれるという事を繰り返している。隠し事が出来ないと自覚はあったものの、ここまでだと何だか自分がひどく馬鹿みたいに思える。
「何だアリシア、エルンストに愛の告白でもすんのか?」
「違う、絶対違う、断じて違う、死んでもそんなことはありえない」
見かねた師匠がとんでもないことを言ってきた。それを聞いたエルンストがわくわくした顔で私を見てきたが、私の言葉で打ちのめされてこの世の終わりの様な顔に変わった。
自分一人で解決したいのは山々なんだけど、思いつく方法が……ヴェイグに実験が行われている場所を訊いて大暴れ、しかない。そこまで行く方法、保護した被害者の扱い、裏で糸を引いているものが大物だった時の対処の仕方等……。後先考えずに行動して失敗し、私が魔王化したと言われてしまったら目も当てられない。
「リッカとコハクは知っているのか?」
「知っているけど絶対に話しませんよー」
「うむ、然り」
捜査の魔の手はリッカとコハクに及ぶが絶対に二人は裏切らないと信じている。師匠は顎に手をやり暫く考えると何かを思いついたようで、エルンストを今いる部屋に残して私とリッカとコハクを自室に招いた。
二人掛けソファの上に私に座るように促し、自分はベッドの上に座る。師匠はまず、リッカに話を切り出した
「リッカ、教えてくれたら今度知り合いがやっている酒場に連れて行ってやろうか?店員がイケメンばかりだから女の子に人気があるところなんだが……」
リッカは顔を上気させているが、自分の口を両手でふさいでいやいやと首を振っている。リッカにお酒なんてと思ったが、酔っぱらっていたのを思い出した。二人は絶対に裏切らないと信じている。
「コハクは……そうだな、アリシアに変な事されたくなければ教えろ」
「何よそれ。そんなのでコハクが話すはずが…」
私には訳が分からなかったがコハクには効果あったようで、自分の口を前足でふさいで目を泳がせている。ちなみにコハクは現在虎状態だ。獰猛な姿に可愛い仕草のギャップがすごい。二人は絶対に裏切らないと信じている。
「いいのか?アリシア。二人をこんなに困らせて、お前は悪い主だなあ」
「なっ」
師匠はにやにやといやらしい笑みを浮かべている。完全に悪役の顔だ。心理戦に負けるもんかと睨みつけると、師匠はふっと笑みを消し、私の隣に移動して心配するような顔で私の顔を覗き込んだ。
「エルンストに話しにくいなら、お父さんに話してみ?」
出た、久々に出たよ、お父さん。きっとこれも私を籠絡するための手段に違いない。手数の多さは場数の多さか。一体どれだけの女の人を口説いてきたんだろう。ってそういう話ではなくて……。
「ウィルに口止めされているの。だから話せない」
どうかこれで諦めて、と私も切り札を出した。師匠もウィルを恐れていたはずだ。むしろ話してしまったら私が怒られそうだ。
「エルンストの方ばかり見ていて俺の方は見なかったな。俺は眼中にない…か」
今日一日の行動を思い返してみると、確かにそうだった。どうして師匠に話そうと微塵も思わなかったんだろう。殺されかけたと言うよりはひどいいじめにあったようなものだ。だから師匠に心配かけたくなくて話す気にはなれなかった、と自分の中で答えを出した。
「チハルにアリシアを頼むと言われたのにな。頼りにならなくてごめんな」
そう言って師匠は寂しそうな微笑み、頭をぽんぽんと軽くたたく。言っても言わなくても心配をかけてしまっているかもしれない。むう、このままでは負けてしまう。おのれ、ばば様を持ち出すとは卑怯なり。黙り込んでいる私にため息をつき、師匠は立ち上がってコハクとリッカのもとへ行った。
「コハク、リッカ、アリシアが苦しんでいるのに何もできない俺をどうか許してくれ」
「ロベルトは悪くない」
「そーですよー師匠は悪くないですよー。それを言ったら私たちだってご主人様のお役に立てなくて困っているんですからー」
そう言うと三人でこちらをちらっと振り返った。もはや、二人は敵の手に堕ちたようなものだ。卑怯なり、卑怯なりー。
「うがーわーかーりーまーしーたーっ、話すわよ、全くもう。師匠の卑怯者!」
「王女がうがーとか言うな。一人で解決しようとしてもろくな事にはならねーぞ」
師匠は私の隣に座って聞く体制になった。私は危害を加えられたことが分からないようにゆっくり考えながら話し始める。リッカとコハクも傍に寄ってきた。
「この前話した上級生…魅了の魔眼を持っていた人が、遠足の時に一緒に誘拐された子のうちの一人だったの。あの後銀竜家の実験台にされて、その子は吸血鬼になって、もう一人はドラゴンの血を与えられて死んだって言っていたわ。誘拐は自分で計画して、逃げ出す最後のチャンスだったのにって」
「名前は?」
「ヴェイグって人」
名前を教えるくらいならされた事はばれないだろうと思い、素直に言った。師匠が私を見るので続けろと促しているのかと思い、どうして隠していたのかも白状する。
「ウィルにも話したの。家ごとの騒動になりかねないからエルンストには言うなって。でも何にもしないでいることは出来なくて、自分でも助けられないか考えたけど私何にも出来ないんだよね。それで…」
「エルンストに話そうかどうしようか迷っていたという事か……だとよ、エルンスト」
どうしてここに居ないエルンストに呼びかけたのか。不思議に思って聞こうとしたら後ろのクローゼットがぎぎぎと開いて、仁王様みたいなエルンストが出てきた。ああ、やっぱりめちゃくちゃ怒っているよ。
「他の部屋にいたはずなのにどうやって……私、気配も分からなかった」
「安心しろ、エルンストはいろいろ規格外だ。俺も時々わからないからな」
エルンストはメガネをくいっと上げるとレンズがキラーンと光った。怒りの感情を残したまま悪巧みの顔になる。
「でかしました。銀竜家に何かあるとは思いましたが確証が取れなかったのですよ。ドラゴンが犠牲になっている件なら何とか出来るでしょう。仕方ない、もし被験体も見つけてしまったらそちらも助けるとします」
「あの、でもエルンスト。家同士の争いにはしたくないから……」
「私が主導だとばれないようにすればいいのですよ。時間はかかりますがやり方はいくらでもあります。その子にもう一度接触はできますか?」
「上級生だから難しいけれど、やってみるよ。恨まれているから素直に応じてくれるかどうかわからないけれど」
捕らわれのドラゴンを思い浮かべる。自分の血で命が奪われていくのはきっと耐えられないだろう。エルンストがやる気だから、おそらくは私が何もしなくても解決するだろう。……私が何もしなくても。一人で背負うなと言うけれど、背負う荷物すらないと言うのに。だからせめてヴェイグとの接触と取り込みは頑張ろう。
「それともう一つ」
「何かしら」
「そのヴェイグってやつに何された?」
どこで気づかれた。まずい、師匠が獲物を狙うハンターの目になっている。先ほどよりも比べ物にならないくらいに私を追い詰める気満々だ。
「何って何?」
「お前、年上には名前に敬称を付けるだろう?なんでそのヴェイグには「さん」や「先輩」を付けない?」
「ウィルだってテッドだって年上だよ?エルンストにもつけていないし、リッカやコハクにだって……」
「ウィルとテッドは小さい頃からの付き合いだろ。エルンストは初っ端から変態だったからな。契約した相手に主が敬称を付けるのはおかしいだろ。さあ言え、何をされた?」
ソファーの背もたれに手をついて、まるで壁ドンをするように私の逃げ場をなくす。―――怖い。余裕がなくなったような師匠の顔は―――鹿を狩った時を思いださせる。とっくに乗り越えられていたかと思ったのに、時折こうやってトラウマが蛇のように鎌首をもたげる。
「そっちの方は自分で解決したいのだけど」
「諦めろ、簡単に言えないようなことなら禄でもないことに決まってる。エルンストも俺も見逃すわけがない」
こちらの方は自分で解決方法を探そうと思っていただけに、何もさせてもらえないことにいら立ちを覚えた。仕方なく池の前でのやり取りを師匠に話した。
「……ピアスを池に落としたから探してほしいって言われて、一緒に探していたら頭を水の中に押さえつけられたの」
「リッカとコハクは」
「結界張られて助けが来ないようにされてた」
リッカとコハクが呆然としている。主のピンチを知らされていなかったのだ、二人のこの反応も仕方がない。師匠は体制を変えず、問い詰める声がどんどん険しくなっていく。
「抵抗はしなかったのか。何のために武術を教えたと思ってる」
「全然怖くなかったからしなかった」
「じゃあなんで泣いているんだ」
「師匠が怖いからだよっ」
怯んだ師匠を押しのけて、コハクとリッカを連れて自分の部屋に戻った。大切にされているのは、分かっている。身に余るほどに実感できている。でも、全てを話して何一つ自分で解決できないのは……私、存在価値はあるのかな。




