復讐
図書館の前には小さな池があってその周りを様々な草木が取り囲んでいる。その様子は窓際の閲覧室からよく見えて読書に疲れるとその庭を眺めている自分がいた。森が恋しいのか、緑にはよく目が行く。
池のほとりに、女の…では無くて男の子が一人立って何かを探している。あれはたしか…食堂で婚約破棄をしてきた人たちの後ろにいた…
「ヴェイグ先輩?何を探しているのですか?」
「え、ああ、アリシアさん…?」
ここならば中からも見えるだろうと思ってリッカとコハクを図書館に置いて、私だけ外に出てきた。困っていそうな人を放っておけないのは村に居た時からの習性みたいなものだ。
「形見のピアスを池に落としてしまって探しているんです。大事な物なので諦めるわけにもいかなくて」
そう言って池のふちに手をついて探すので私もしゃがみこんで手伝う事にした。探しながら気になったことをいろいろ聞いてみる。
「そう言えばリッカが…えっと私に付いている妖精なんですけど食堂で会う前に一度お会いしたことがあると聞いたのですけれど、どうも思い出せなくて……」
「随分と優秀な妖精なのですね?事情があって髪や眼の色、顔立ちも少し変わってしまっているのですが」
否定しないという事は、本当にあったことがあるという事か……目線だけは池の中を探しながら、どこで会ったのか思い出そうとする。村に居た頃はそのくらいの齢の子はいなかった。リッカに会ってから村の外に出たのは一度だけ、最期の遠足の時だ。王都に来てから思い当たるような子はいない。遠足で誘拐された子のどちらか…大人しい方の子か。
「あ、あそこのあれ、そうかも」
「え?どこですか?」
目を凝らして水面に頭を近づけるといきなり頭を押さえつけられた。頭は水の中に沈み視界は池の中から泳いでいる魚をとらえている。水面の光の反射が、池の底の地面に映し出されていて、ヴェイグと私の影が落ちていた。自分の長い黒髪も水草のように揺れている。抵抗もせずにそのままじっとしていたら、押さえつけていた手は私の頭を掴んで持ち上げた。
「何で何も抵抗しないんだ!殺されかけているんだぞ!」
殺そうとした張本人が私を怒鳴っている。そう言っている間にも髪の毛から水がしたたり落ちて制服を濡らしてしまっていて不快に感じている。どうしてリッカとコハクは来ないんだろう。疑問に思い窓の方へ眼をやると先輩は鼻で笑った。
「助けなら来ないよ、結界を張ってあるからな」
「結構な魔術の使い手なんですね。どうして私にこんなことを?」
「復讐だよ」
そう言って再度水の中へ頭を押し付けた。私はまた暴れる事なく、今度は長い時間ぐっと堪えた。これくらいで私が死ねるなら世のドラゴンスレイヤーは溺死させる方法をとればいい。水の球を出すのは初期の魔法だ。死ぬことが怖くないと思いながら耐えるなんておかしいかな。これだけ息が続くならばきっと泳げると思う。今日の晩御飯何かな?いろいろなことを考えながら待っていると、また顔をあげられる。
「助けてあげたのに、なぜ」
「思い出したのか。あれは僕が計画したんだ。途中までうまくいっていたのにお前が台無しにした。あの子が助かる最後のチャンスだったんだ」
「どういうこと?」
与えられた屋敷の執事と共謀して誘拐を企て、二人で逃げるつもりだったらしい。ところが偶然にもついでに攫われた私が暴れ、助けに来たエルンストが二人を騎士警察に引き渡してしまったことで、計画は銀竜家当主の知ることとなる。
銀竜家はとても数が多い。魔力を必要とする仕事が多いため、魔力が豊富な子供を産むために平民からも相手を選んで婚姻を結んだり、後天的に魔力を上げるための施術を行ったりもする。魔力の少ない子供は銀竜家の落ちこぼれとされ、施術のための実験台にされる。ヴェイグは吸血鬼になる術を、あの子は……ドラゴンの血を……
「死んだ。お前のせいだ。あんな酷い死に方……」
回復に必要なのは一滴だけ、それ以上は意識を保ったままの肉の塊になるとエルンストが言っていた。ヴェイグの表情からしても、どんな悲惨な死に方だったのか想像することは難しくない。加えて、ドラゴンが犠牲になったことも即座に理解した。……エルンストに報告しなければ。
―――私のせいで。助けたなんて思い込んでいた私のせいで、いったいどれだけの者が犠牲になったのだろう。即座にに引き渡しをしないでおしゃべりをしていたら。お腹が空いたでしょうと言って一緒に食事をしていたら。エリーゼの時のように手紙のやり取りをしていたら。二人の事を気に懸けもせず、あの時は自分の事しか考えていなかった。殺されても仕方ない。
「食堂で試した魅了の魔眼は聞かず、溺死も難しい。人が死んだと聞かされても平然としている辺り、お前、本当はとっくに魔王になっているんじゃないのか?」
私の髪を掴み、自分の正面に顔が来るように持ち上げてそう言った。痛みを感じているのに苦痛に顔が歪むことはなく、悲しいと思っているのに涙が流れることは無い。確かに、魔王化は進んでいるのかもしれない。
ばば様が亡くなった時にはあんなに泣いていたのに、あれから泣いた記憶も怒った記憶もない。でもそれは感情が高ぶることの無いように制御できてるから良いことのはずなのに、頭のどこかでおかしいと思い始めている。
「ご、めんなさ、い」
ただ一言だけ謝るとヴェイグは掴んだ手を放した。私は地面に打ち付けた額に手を当てるが、血は出ていないようだ。
「言葉に反応する気配もないか。お前の魔王化を進めて被害を出させることは最大の復讐になると思ったんだが……」
その言葉を聞いた途端、殺されても仕方ないと思っていた私は考えを変える。抵抗してやる。私一人を殺すならまだしも、周りに犠牲が出るようなやり方を許せる訳が無い。
「私は魔王になんて絶対ならないわ」
立ち上がって睨みつける私を見て、ヴェイグはにやりと笑った。かと思うとふっと笑みを消し何もないところを見ている。
「これ以上は無理か……」
そう呟くと、呪文を唱えて私の髪と服を乾かした。直後、パリィンと音がして結界が破られる。その先にはリッカとコハクと……大剣を持ったウィルがいた。久々の、待ち望んでいた再会なのに駆け寄る気にはなれない。思わず顔を反らしてしまうと、珍しく怒りを露わにしたウィルが叫び、剣をヴェイグへと向ける。
「アリシアに何をした?」
「ごめんごめん。二人きりになりたかったんだ。助けてくれた時のお礼が言いたかったし、なかなか忘れられなかったからね」
ヴェイグがそういうとリッカがにやにやしていた。リッカ……こんな時にまで……。コハクは虎の姿で心配そうに私を見上げ、ウィルはヴェイグを睨みつけている。
「大丈夫、ウィルの大切な王女に手出しなんかしていないよ」
ヴェイグはへらへらと笑いながらウィルの肩をポンとたたき、その場を立ち去った。二人とも知り合いだったようだ。
思いもかけないところで人の恨みを買っていたことに私は恐怖を抱いた。




