十三歳
十三歳になった。
ばば様の命日だが平日なので週末に村へ行くことにした。この世界で誕生日そのものを祝う習慣が無く、日本からの転移者であるばば様がいなくなったこれからは、誕生日のケーキを食べることはもうないのだろう。転生前の記憶を分かち合う事が出来る人は、もういない。
学校生活はだいぶ落ち着いてきたと自分では思う。目立つようなこともしなくなったし授業も加減の仕方が分かってきた。
ウィルにはまだ会えていない。上級生の教室に突撃しようとしたら、「相手が困るからやめなさい」とエリーゼに諭された。リッカは密かに会いに行っているみたいだけれど、何も情報を教えてくれない。ウィルに口止めされているらしく、本当に忙しいことだけ教えてくれた。
夏休みにはエルンストの屋敷に戻ってすごす予定だ。夏祭りには師匠が連れ出してくれるそうだ、他にもエリーゼに金竜家所有の別荘へ行かないかと誘われている。
徐々に暑さは増していくが、寮の中はとても快適だ。空調などにも魔石が使われていて地球にいた時のような温暖化の心配はないみたい。赤竜家が掘り出した魔石を銀竜家が魔法を込める。勿論貴族が掘り出すわけでは無く取り仕切っているという意味だが、技術などの管理は各家が行っているらしい。
魔王化について考えてみる。エルンストも国の上層部も私をどのように扱うつもりなのか分からない。言われるがままに学んでいるがこのまま成長していって大丈夫なのかという不安が以前にも増して強くなっていく。コハクが加わっても何ら支障のない私の魔力はどれほど多いのか底が知れなくなってきた。リッカに数値で見てもらっても比較対象がいないのでわからない。個人情報だと言って他の人のステータスを教えてくれないのだ。リッカなりのこだわりらしいが変な所で律儀な妖精だ。
王都に来てから神殿の攻撃などが一切ないのは師匠やエルンストが何かしら対策をしているのだと思う。
二人とも私が聞き出しても簡単に教えてくれるような人ではないから、大人しく従っていようと思う。同時に私は何もしなくていいのだろうかと、後ろめたさも感じている。
王都に来てからもうすぐ三年が経とうとしている。前世と同じ思いを持っていることに最近気づいた。子供の頃は大人になったらもっと自由にいろいろなことが出来ると思っていたけれど、成長していくごとにいろいろな事で雁字搦めになっていく。そこに閉塞感を持ってしまうかどうかは本人次第だ。今の私は、友達や味方がたくさんいるけれど、心の奥深いところまでさらけ出せる人がいない。心配をかけてしまうから。
入学式の時に挨拶が出来てしまって怖かったとか、滅多にできないはずの精霊召喚が出来てしまって怖かったとか、本当は森へ帰りたいとか。魔王化を防ぐために押し殺した感情は齟齬を産んで多重人格のようになってしまうのではないか、とか。
最期のその時まで笑って生きようとする事の、なんと難しいことか。
「どうした?主、何か難しい事を考えているようだが」
「うん?うーん。人生について考えていた」
「何と……その齢で斯様なことを考えておられておるとは……」
寮のベッドの上で大の字になってぼうっと考えていた私が、コハクは心配になったらしい。猫の姿で顔を除きこんでいる。今ではほぼこの姿で生活しているので、虎ではなくていっそ猫ではいいのではないかと思う。
「そういえば、コハクを召喚して初めての週末にエルンストの屋敷に戻った時、どうして人型になったの?虎の姿が本来の姿でしょう?」
その時は師匠が迎えに来ず、エルンストが来て馬車に乗ったのだが屋敷について降りた時、コハクはなぜか人型になった。屋敷は広くて虎の姿でものびのびできるのにそうしなかった理由が知りたいと思う。気を遣わせていたならコハクに申し訳ない。
「あれは……その……ロベルトがいたからうっかり対抗心を燃やしてしまって」
ばば様を守っていたのも私を守っているのも自分だと言う自負があって、同じような立場にいた師匠にめらめらと敵愾心が湧いてしまったということかな。
「要するにやきもちって事かしら?」
「む……うむむ……認めたくはないのだが言葉にしてしまえばそういう事になる…やも知れぬ」
「これからずっとそばに居られるのはコハクの方だと思うわ。これからもよろしくね」
そう言って少し目が潤んでいるコハクのわきを持って持ち上げた。されるがままに手足をだるーんとしているコハク。やり取りを見ていたリッカが口を挟んできた。
「ご主人様は無自覚の人たらしなところがあるからー諦めた方が良いですよーたぶん今の『やきもち』も微妙に違う意味で言っているから気を付けた方が良いですよー」
「違う意味って?師匠と似た立場にいるから対抗心燃やしたのではないの?」
「違う…けど主はそれでいい。変に意識されて遠ざけられるのは嫌だ」
ふうんとよく分からないまま頷いてコハクを左右に揺らした。私は前世から続いている由緒正しきネコ派だ。テッドに犬耳が生えたらいいなと思ったことはあるけど、アレンさんが猫耳だったら少しやばかったかもしれない。
「コハクは可愛いなー食べちゃいたいくらいに可愛いなー」
そのまま鼻先に口づけをするとコハクはピッと固まった。しっぽまでぴんと立って膨らんでいる。
「うわー残酷ー」
「え、これって愛情表現じゃないの?ごめんコハク。もうしないから」
リッカに非難され、慌てて降ろすとコハクは部屋の隅の方へ逃げて行ってしまった。物陰からこちらの様子を窺っている。しっぽがはみ出てしまっているのが何とも言えない。
「ごめんなさい。許してコハク」
「主はもっと恥じらいを持つべきだ。我が人型だったら斯様なことはしないだろう?」
人型だった時…を想像して私は赤面した。ついでに今まで撫でていた行為も人型のコハクで……。想像をかき消すように私は空中で腕を振る。なんてことを言うんだ、コハクは。私の頭の中がピンク色になるところだった。
「そんなこと言ったら撫でることもできないよ。わかった、ごめんもう二度と触らない」
「そこまで言っていない……主、すまぬ、言いすぎた」
いつまでも意地を張ってそっぽ向いていたら、終いにはコハクがほとほとと涙を落とすので根負けして撫でて上げた。猫は……ずるい。




