授業―座学編
座る席が自由ならば後ろの席から埋まっていくのが世の常だ。この世界のこの学校も例外ではなく、少し遅れて教室に入った私たち三人組も前の方に座る羽目になった。下段の隅の方だと黒板が見辛いので真ん中に座る。
学生証を扉の隅にある魔石の付いた装置にかざして出欠席が登録される。……もはや日本の現代科学と何ら遜色の無いように思えるが未だに移動手段が馬車や飛空船しかないのは不思議で仕方がない。魔法陣での転移もあるにはあるらしいのだが銀竜家のみが扱える秘術とされている。
教室の後ろ側に生徒の出入りする扉が、階段状に座席があって前方の横の方に先生の出入りする扉がある。そこから入って教壇に立った地味な…少し神経質そうな感じの先生は生徒たちの顔を見回し、私の顔を見てぎょっとする。生徒数に比べて広い教室なので空席もあり、私たちは前から三段目に座っているのだが私たちの前には誰もいない。私、何か変だろうか?
「皆さん、初めまして。私の名前はルロイです。それでは授業を始めます」
声が震えている。自己紹介もそこそこに授業が始まった。そんなに若い先生にも見えないのだが緊張しているのだろうか。黒板に書く文字も震えていて読みづらく、時折移動する足元も何だかおぼつかない。表情は硬くて顔色が青白い。そのうち躓いて転んでしまったので、「大丈夫ですか」と声を掛け手助けするために立ち上がると、「ひいぃぃー」と悲鳴を上げて前方の出入り口から出て行ってしまった。先生の行動に教室中がざわめいている。
「私何にも悪いことしていないよね?」
エリーゼとコルネリアに聞くと二人も訳が分からないと言う顔で頷く。どうしようもなくてしずしずと座る。悲鳴をあげられたのに私が追いかけることもできない。先生は一向に戻る気配を見せずに授業は中断したまま、五分十分と時間だけが過ぎていく。
「魔王が何かしたんじゃないのか?」
そのうち、唐突に後ろの席から男子生徒の声が聞こえる。私とエリーゼ、コルネリアが一斉に振り向くとぴたりとざわつきが止まった。異様な反応。そうか、もしかして私は恐れられているのか。だったら先ほどの先生の行動も納得できる。私、ここにいない方が良いのかもしれない。そう思って腰を浮かせようとすると、コルネリアが先に立ち上がった。机の上に座っていたリッカもふわりと浮きあがる。
「今言ったの、誰?」
声に混じる明らかな怒りの感情。コルネリアはまだ短い付き合いだが、非常にさばさばした性格で笑っているイメージが強い。エリーゼによると代々騎士の家系だからか非常に正義感が強いそうだ。ただ、一度火が付くと周りを見ずに突っ走ってしまうタイプなのだとか。
「アリシアはまだ魔王になっていないよ。むしろ今の発言を気に病んでなったらどうすんの。責任とれるわけ?」
「コルネリア、私なら大丈夫だから」
自分が悪く言われることなら多少なりとも経験している。簡単に堕ちてしまう事の無いように感情のコントロールだって…お腹が空かない限りはできると思う。私にとって怖いのは周りを巻き込んでしまう事だ。
エリーゼもコルネリアに座るように促す。コルネリアの横で威嚇するように後ろを睨みつけているリッカにも落ち着くように諭した。
「孤立するなら私一人で十分よ。二人を巻き込むわけにはいかないわ」
大切な友達だから巻き込みたくない。私の言葉にコルネリアは席に付きリッカも机の上に降りたが、なぜかコルネリアとエリーゼの二人に怒られ始めた。ここが衆目の面前だという事でみっともなく怒鳴ることはしなかったが……。
「何それ、本気で言ってんの?」
「私も今のは腹が立ったわ。なに悲劇のヒロインぶっているのかしら。アリシアは私の横でにこにこしていればいいの」
コルネリアの怒った顔も怖いけれど、普段おっとりお嬢様系のエリーゼが怒った顔も怖い。ああ、でも怒っている内容が私のためを思ってくれている感じがして、ちょっぴり嬉しくなった。二人とも優しい。
考えていることが顔に出てしまっていたようで顔がにやけてしまったら、何笑ってるのとエリーゼに怒られてしまった。にこにこしていればいいと言っておきながらエリーゼさんはちょっぴり理不尽だと思います。
私たちがやりあっている間にもまた教室はざわついてくる。新入生だもの、どうすれば良いかなんてわからないのは当たり前だ。初日から自習になるのかと思っていたら、前方の扉が開いた。教室に入ってきたのは担任のヒルデガルド先生と先ほどとは別の座学の先生。
「ルロイ先生は急病のため、しばらくお休みになることになりました。ストレスからくる胃の病気だと思われます。王女と金竜家の長子が真正面にいたから緊張したそうよ。できればこれからも隅に座るようにして頂戴」
弱すぎないか、ルロイ先生。私たちは荷物を持ってそそくさと隅の方に移動した。そして、結局のところの原因は私だった。
「皆様、授業を中断させてしまって申し訳ございませんでした」
一応ぺこりと後ろに向かってお辞儀する。何かやらかしたわけでは無いけれど、念のために謝っていた方が波風は立たないと思う。
今度の先生は大丈夫かな。はしばみ色の髪のよく通る声の男の先生。名前はクレイグと言うそうだ。魔法の授業と掛け持ちになるが、この学年しか担当していないので平気らしい。ちらりとこちらを見てから授業が始まった。うう、何にもしていないのに問題児扱いされそうだな。出来るだけ目立たないようにしよう。 リッカが一人打ち震えている。私は普通だと思ったが、リッカの好みは幅広い。若く見えてそれなりだったらすべてイケメンに入るらしい。
いくつかの科目に分かれていてそのたびに先生が変わっていく。複数の科目を受け持つ先生もいる。教室は基本固定で時居り特別教室へ移動して調合や魔法などの実技を受けるらしい。私たちはどの科目でも隅の方へ座るようにした。周りもそれは受け入れてくれていて、席が確保しやすくなっている。
「ルロイ先生って人、もともと胃痛持ちだったみたいですねー。お蔭でクレイグ先生になったのですけれどもー」
リッカが休み時間におしゃべりを始める。面食いなリッカは、私よりも初代国王の方が気に入っていたんじゃないかと時々密かに思う。
「お詫びがしたいところなんだけど…やっぱり心労を増やしてしまう事になるのかしらね」
これには皆が頷いた。仕方がない。ヒルデガルド先生経由でお加減を聞くくらいにとどめておくか。授業内容には普通について行けている。定期テストなどがあるところまで日本の学校にそっくりだ。願わくばもう少し普通な学校生活を送りたかったのだけれど……ちなみに部活動などは一切ない。家業の手伝いや勉強をしたり、各種ギルドに登録できる年齢なので放課後の空いた時間を使って小遣い稼ぎをする生徒もいるらしい。委員会は高学年になってからだ。
週末にはエルンスト邸に顔を出すことになっている。エリーゼも自分の家に帰ることになっているようだ。コルネリアは自宅から通っている。
「放課後にクレープでも買い食いしたかったんだけどな。二人とも寮生活なら仕方ないか」
「週末なら家に帰った後に出かけることもできると思うわ」
エリーゼが提案するが、私は保護者の許可が出てからと言う返事にとどめておいた。中途半端な約束はしたくないし、二人を巻き込むのは嫌だ。
とはいえ、クレープは捨てがたい。何とか保護者二人が説得できますように。
ちなみに私は部活の後は家に直行タイプです。友達も同じタイプでしたので。




