入寮準備
寝具のセットに着替え類、制服、タオル類。掃除用具や筆記用具、教科書、授業で使う魔法具等々……。
「俺、何だかアリシアが嫁に行くみたいな気がしてきた」
「奇遇ですね、私もですよ」
「週末には出来るだけ帰ってくるし、一度には運びきれないから今日中にもまた戻ってくるのよ。馬鹿なこと言っていないで馬車に積むの手伝って頂戴」
二人は名残惜しそうに馬車を見送った。当たり前だが女子寮は男子禁制なので、荷物を運びこむためにマーサに手伝ってもらう。裏門から入って右側に女子寮、左側に男子寮。間には別の建物。全寮制ではなく希望者のみで大半は家が王都の外にある者だ。
入口を入ると部屋ごとの郵便受けと病院の窓口の様な受付があって、そこに住み込みの寮母さんがいる。
入寮の挨拶と手続きを済ませ鍵を受け取って自分の部屋へと向かった。
部屋の中には備え付けのベッドと机、クローゼット付きの箪笥。バス、トイレ付。五階建ての建物の五階角部屋。城の下の館に比べると天井が低いので眺めはほぼ同じかもしれない。ベランダも有り。地震や火事の時の避難経路を確認してしまう所が元日本人の性と言いますか…。偶然かどうかは知らないが、隣の部屋はエリーゼだった。先に来ていて、荷解きも既に終えたようだ。遊びついでに手伝いに来てくれた。
「エリーゼはどうして寮に入るのかしら?楽しいから私は嬉しいけれど」
「家の事情よ。私は商才が無いから肩身がとても狭いの。商才が有ったら婿を取って家を継ぐことになるのだけれどそれも出来ないし……」
「エリーゼ、目一杯、寮生活を楽しもうね」
エリーゼの手を取ってにこりと笑った。恥らいながら頷くエリーゼはとてもかわいい。
「リッカ、盗聴、盗撮、呪詛の類がないか調べてくれる?」
「了解でーす」
「すごいのね。リッカちゃん、後で私の部屋も見てもらえるかしら?」
リッカが私の顔を見上げたので、頷いておく。今まで守られているばかりだったけれど、ここでは私が守る方だ。エリーゼに何かあったら私は自分を許せないだろう。…今はリッカ任せだけれど。
「いいですよー」
ベッドの裏の変なお札。机の引き出しの裏側の魔法陣。明かりについていた使途不明の余分な魔石等々。まあ、出るわ出るわ。でも簡易的な物ばかりだ。壁に埋め込まれるようなものはなさそう。
「どうしよう、私がさわっても平気かな?」
「これとこれは大丈夫です。それは呪詛範囲がご主人様の指定になっているのでマーサさんなら触れます」
リッカが持てない大きめのものをマーサに取ってもらって、袋に入れる。思わずため息がこぼれる。
「前途多難ね。留守の間に物も盗まれそう。結界を張れるようなアイテムをエルンストに用意してもらおうかしら」
「事情は聴いていたけれどまさかここまでとはね。リッカちゃんは効果とかも分かるの?」
「えっと、あれは精神攻撃で、それが体力減退、盗聴、これが徐々に闇堕ち魔王化呪詛です」
私個人が恨まれているのでは無い…と思いたい。けれどもまあ、よくもこんなに持ち込めたものだ。セキュリティとかどうなっているんだろう?
「寮母さんに相談してもその寮母さんが敵だったら仕方ないし…一応聞いてみて反応を見るしかないわね」
「あの、犯人を捜すようにエルンスト様には相談なさらないのですか?」
マーサが言った。女子寮なのでエルンストは入ってこれない。自分で自分の身を守るしかない。
「手を煩わせたくないのもあるし、これくらい自分で対処できなくては、私自身成長できないと思うの。当分の間は様子見ね。あんまり酷いようだったら連絡するから大丈夫よ」
大げさに騒ぎたくもない。リッカにエリーゼの部屋を見てくるように頼み、私はマーサと一緒に荷解きを始めた。足りないものを確認しながら、今日は家に戻るつもりだったが……。
「エリーゼさんの部屋、ちょっとやばかったですー」
「どうしたの?」
エリーゼの顔が青ざめている。ちょっと涙ぐんでいる気もした。そんなにいろいろ付いていたのかと思ったらどうやらそうではなくて……
「憑いていたんですよーあれ多分以前の入居者が物凄い恨まれていたんですねー相当やばいですよー」
私が北の館に入っていた時に会ったゴーストさん達は年季が入っていたけれどどこか諦めの様なものもあったからそんなに害はなかった。ここのは、死んでいるのに大変生きが良くていらっしゃるらしい。
「ほとんど悪霊ですー。ゴーストなんて可愛げのあるものではありませんー」
「マーサ、今から寮母さんに掛け合って除霊できる人を部屋に入れてもいいか聞いてみるわ。ここで待っていて」
「確かにあの部屋に入っても皆体調を崩して出て行く人ばかりでしたが…そのような理由だったとは」
「ですからゴースト退治のできる人を今すぐ入れたいんですけれど…あ、先輩方で出来る方はどなたかいらっしゃいませんか?」
「生徒を危険に巻き込むわけにはいきません。男性が入ることも許しません」
理由を話して男性の入室許可を求めたが、けんもほろろな答え。エルンストの知り合いに女性で除霊できる人はいるだろうけれど、保護者ではなく宮廷魔術師として呼ぶとなってしまうとちょっと面倒になりそうだ。ふと見やると窓口の横の壁には寮母さんの名前と管理責任者の名前が書いてあった。
「ヒルデガルド……?ヒルデガルド先生ってここの管理責任者もやっておられるのですか?」
「ええ、そうですよ。あら噂をすれば後ろに」
「入寮準備の様子を見に来ましたけれど、何か問題でも?」
振り向くとキッと冷たい表情で睨まれた。負けないよっ。
「私の部屋にこれだけの呪術具が仕掛けられていました。それとこちらのエリーゼの部屋には悪霊が居座っているそうです。何とかしていただけますか?」
「これは……どのようにして発見したのですか?かなりレベルの高いもののように見受けられますが」
「はーい、私が見つけましたー」
リッカが名乗りを上げ、くるりと回ってぺこりとお辞儀をする。―――までは良かったのだが。
「先日はどうもご主人様がお世話になりましたー。今日は地面に這いつくばらないのですかー?」
「リッカっ!なんてことを!こちらがお願いする立場なのに」
ひいいっリッカが余分なことを言ったせいでヒルデガルド先生の表情が氷点下になっているよ。対するリッカは不敵な笑みを浮かべている。両者の間に火花が散った。
「躾がなってないですね。ペットの素行によって飼い主のレベルが知れると言うのもあながち間違ってもいないかもしれません」
「むっきーぃ、私だけならともかくご主人様まで貶すなんて許せませーん」
語尾が伸びているから本気で怒っているようではないけれど、話が進まないので私は最終兵器を投下した。
「リッカ、いい加減にしないとおやつ抜き」
「ヒルデガルド先生、ごめんなさーい」
「お願いできますか?先生」
「……その部屋に案内してください」
部屋には私も入った。深い緑色の布地に金糸の刺繍というパターンの布地が布団やクッションに使われていて、備え付けの家具は同じなのにとても品のいい部屋になっている。統一感の無い私の部屋とは大違いだ。
「金竜家のしきたりに乗っ取ると金ぴかになってしまうのです。金運を呼ぶらしいけれど私はとても耐えられなくて」
「品があって素晴らしいですね。ただしあれを除いて、ですが」
部屋の隅には黒い靄の様なものが浮いている。それだけならば目の錯覚かなと思ってしまうが、空を飛ぶ虫の大群のように渦巻いて形を変えていく。最初に部屋に入ったときは気付かず、リッカに指摘されて認識したそうだ。
「我が校の生徒に手出しはさせません。ヒルデガルドの名において光の星霊に命じる。かの闇を滅し清浄なる地を、ここへ」
床に六芒星の魔法陣が浮き上がって光が立ち上がった。おお、他人が使う魔法って何度見てもわくわくするね。自分が無詠唱だと普通に息をしている感じだから何の感慨も湧かないし、この世界はいろいろなタイプの魔法が見られるから面白い。
靄は一度収束するかのように見えたが、ぶわっとまた広がった。先生の額に汗が滲んでいる。
収縮しては広がる靄を見て、私はリッカに何かできることが無いか聞いた。
「魔力の枯渇が心配ですね。ヒルデガルド先生の背中に手を当てて魔力を流してください」
「私の魔力でも大丈夫?属性が……」
「大丈夫です。私が変換しますから」
ヒルデガルド先生がこちらを見ずに言った。迷ってる暇はなさそうだ。背中に手を当てて魔力を流し込むと、悪霊がバチンとはじけてあっけなく消し飛んだ。もしかして魔力が多すぎた?
「先生、大丈夫ですか?」
「部屋に影響が出ないように手加減しすぎたようです。あなたはとても恵まれているのですね」
話の脈絡が分からなかったので答えに詰まったが、確かに私は恵まれている。
「ええ、本当に。皆様にお返しがしたいのですがそれもなかなか出きなくて。だったら他の人を助けて行けば巡り巡ってその人に返っていくかもしれないと思いまして…」
「そうではなくて魔力の話なんですが」
……間違えた。きゃー。恥ずかしくてわたわたしていると、エリーゼとリッカと、……なんとヒルデガルド先生にまで笑われた。
「そのような考え方を持つならば私が見張らずとも堕ちることは無いと思いますけれど」
「いいえ、それでも私は無力なのです。来たるべき時に備えて頼みの綱を用意しておくことは決して無駄ではないと思っています。今回だって友達が困っているのに何もできませんでした」
「解決方法を全て自分が持つ必要はないですよ。困ったことが有ったらいつでも頼ってください」
呪詛アイテムは預かってもらう事にした。ダークエルフを目の敵にすることを除けば、とてもいい先生なのだと思う。残る道を選んでくれて本当に良かった。
その後、足りないものを取りにエルンストの家に戻ったが、エリーゼが今夜から寮生活を始めると言うので私も一緒に始めることにした。師匠とエルンストを屋敷の玄関ホールにぽつんと残して。
新生活スタートです。




