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私が魔王になる前に  作者: よしや
第二章
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寿命

「亡くなった直ぐ後だもの。どれを片付けるとか処分なんて考えられないよ。どうしよう」

「取り敢えず自分のもので王都に持っていきたいものだけ選んどけ。時々戻ってきて整理していくしかないだろう。遺言で家自体は俺の名義で残しておくことになったから何年経っても大丈夫だ。下で簡単に掃除だけしているから何かあったら呼んでくれ」

「わかった」


 遺言なんていつの間に交わされていたのだろう。後で聞いてみようっと。さてと…始めますか。

 ベッドの横に置いておいた写真立て。ばば様と飛空船に乗ってみたかったな。王都へ持って行こう。

 秘伝の料理や調合のレシピ本。もう教わることが出来ないんだなあ。これも持って行こう。

 王都に行く時に置いて行った服。大分小さくなってしまっている。確かばば様に選んでもらったんだった。

 一つ一つを手に取ると、ばば様との思い出がその都度よみがえる。いつのまにか手は止まり、また涙が頬を伝い落ちている。だめだ。悲しむのは王都に帰ってからゆっくりしよう。


「師匠、前に使っていた教科書を処分したいけれどどうすれば良い?」


 一階に降りていくと頭にバンダナを三角巾のように巻いて作業用のエプロンをし、はたきを持っている師匠。なんだかとっても家庭的。違和感なく似合っているのがまた、笑っていいのかどうなのか……。


「ひもでくくって下へ持ってきてくれ。お前がいない間に村のルールも変わったからな。後で持っていくからその辺に置いてくれ。」


 主夫だ。結婚していないのに主夫がいる。ごみの分別もばっちりだね。二階に戻って片づけを続けていると階下から掃除機の音が聞こえてきた。きっと拭き掃除までやるのだろう。


「いい旦那さんになれそうなのに、なんでお相手がいないんですかねー」


 とリッカが言う。確かに、長寿なんだから嫁の一人や二人いそうな気もするが、それを言うと絶対に余計なお世話だと怒られそうだ。


 簡単に物を選ぶとは言え時間がかかってしまった。辺りはすっかり真っ暗で今日中に王都に帰ることは出来ない。いつの間にか外に出ていた師匠が食事を持ってきてくれた。


「セイイチロウが死んだときと同じように肉や魚を一切使っていない料理だ。くりからのおかみさんが用意してくれたから明日ちゃんと礼を言っておけよ」

「そういえば、ばば様亡くなってから全然食べていなかったね。頂きます」

「……気付いてやれなくて済まなかった」


 悲しいからと食事がのどを通らなくなる……ことはなく。私は全て平らげた。こんなに悲しいのに、こんなに苦しいのにお腹は減る。生きろって自分の体に言われているみたいだ。


 今夜はこの家で寝ることにした。師匠は心配したが、外には守ってくれる虎もいる。定期的に布団も干してくれていたみたいで埃臭くない。ばば様のいなくなった家で、ばば様との思い出が詰まった家で、リッカと一緒に布団にくるまって思い切り泣いた。王都へ帰ったら何事もなくばば様のいない生活が始まり、時間が過ぎていくのだろう。だから、今日だけは……。


 ―――翌朝。


「あーあ。やっぱり泣いてたんじゃねーか。今日は王都に戻るぞ」


 そう言って、迎えに来た師匠が目の周りに治癒魔法を施す。朝ごはんは師匠の家で食べることになった。戸口で中に入るのが少しだけためらわれる、十二歳。ばば様、私もう少し危機感を持った方が良いのでしょうか。私の思案をよそにリッカは一人でとっとと中に入って行く。……悩むのが馬鹿らしくなったのでそれに続いた。


 村を出るときは、くりから亭のおかみさんが見送ってくれた。おかみさんにお礼を言うと「こんな事しかできなくてごめんね」と言われる。自分も友達を失くして悲しいだろうに、人へ気遣いが出来るのは尊敬に値する。私も見習おうと思いながら村を後にした。




 王都に戻ってきた夜中、泣いたりして疲れているのにふと目が覚めてしまった。ぐっすりと眠っているリッカを起こさないようにそーっと部屋を出ると、師匠の部屋の扉の隙間から明りが漏れて話し声が聞こえてくる。


「寿命が長いせいとは言え、何度経験しても慣れることが出来ないな。自分より見た目若かったやつがどんどん年をとって死んでいくのは」

「辛いんだったら深く関わらなければいいのに、君の性分なんだろうね」


 長い溜息と、グラスの中で氷のぶつかる音。お酒を飲んでいるみたいだ。考えてみたらばば様が亡くなってから師匠達が泣いているところを一度も見ていない。……お酒に逃げてしまっているのだろうか。しっかり泣いた方が良いのに。


「前の魔王だってそうだ。彼女に入れ込んで呪いに懸かるのを止められなくて、ほっとけばいいのに自分で討伐隊に志願して……」

「やめろ、老化の話だって言ってるだろうが」


 前の魔王が女の人だったなんて初めて聞いた。聞かない方が良い話だろうか。後ろに下がって部屋に戻ろうとすると少しだけ開いていた扉がきいーっと開いてしまった。


「アリシア、なんだ起こしちまったか?」


 見つかってしまった。私は意を決して部屋に入ると師匠とエルンストの間にぼすんと座った。二人掛けのソファは私が据わると少し窮屈だ。


「どうしたのですか。眠れないのですか」


 エルンストが聞いてきた。


「二人とも、ばば様が亡くなってから泣いてないでしょう?」

「そんなことは……」

「泣いてあげて。この世界には神様がいないからお経をあげることも祈りの言葉もないんだから。ちゃんとばば様の為に泣いてあげて。生きている人が死んだ人のためにできる唯一の事なんだから」


 私は立ち上がって二人に向き直り、二人が持っていたグラスをテーブルの上に置く。右手で師匠に、左手でエルンストにラリアットをして首を抱え込んだ。こういう行動が、リッカにあざといとか言われるのかな。でもばば様が亡くなったのに泣かない……泣けない人たちがいるのは嫌だ。


「人が死んだ時くらい泣かないのなら、他にいつ泣くのよ」


 エルンストの頭が少しだけ震え、嗚咽を必死で隠すように泣いているのを見て、少し意外に思った。ばば様との付き合いはそんなに長くない筈だ。今まで堪えていたのだろうか。……震えを肩口で感じているうちに私も涙が出てきた。師匠の方は私の腕を外してこちらに文句を言ってきた。


「かっこつけたくせに、お前が先に泣いてどうするんだ」

「だっでぇえるんずどがらもらいなぎじだんだよ」

「えるんすと?……うわ、何だお前」

「男二人で酒飲みながら湿っぽく泣くよりアリシアに抱きしめられながら泣く方が良いです」

「え、そういう理由?」


 涙が引っ込んだ。エルンストから離れようとしたらいつのまにかがっちりホールドされている。


「ほ、ほらほら師匠。師匠が泣かないと、私何だか自らエルンストの罠に引っかかったみたいで馬鹿みたいよ?」

「安心しろ、元から馬鹿だ。ちゃんと泣いてるから、……安心しろ」


 言葉の最後の方が少し震えている。大の男二人が私の小さな肩口で泣いている光景は、(はた)から見たらシュールかもしれない。中々引くに引けないでいると、本当にちゃんと泣いていた師匠が目を濡らした状態で、エルンストを私から引きはがして「もう寝ろ」と言って部屋の外へ追い出した。私はとぼとぼと自分の部屋に戻るしかなかった。

 自分が悲しくても他人を思いやれる行動って、なんだかとっても難しい。

一生懸命になればなるほど空回り。

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