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私が魔王になる前に  作者: よしや
第二章
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十二歳

 十二歳になった。

 ばば様の具合が悪いので一人でお菓子を作ってみる。食の細くなったばば様でも食べやすいようにプリンにした。エルンストや師匠たちにもホイップクリームやフルーツでデコレーションしたものを振る舞い、リッカも一緒にテーブルの上で器用にスプーンを使って食べている。我ながらうまく出来た。

 一口でもいいから食べてほしいと思って器によそったものをばば様に持って行った。いつものように椅子に座って眠っているばば様。何度か呼びかければ起きてくれるものなのに、今日は一向に返事が返ってこない。


「ばば様、ばば様、プリン一人で作ったのよ、一口でいいから食べてくれるかしら?」


 前に回り込んで話しかけてみるが、今朝まで聞こえていた呼吸の音が今は聞こえない。頬に手を当てるとひんやりと冷たく、手を握っても力なくすり抜けていった。

 思考が止まり、事態を飲み込むのに時間がかかってしまう。やがて、ゆっくりと師匠たちのいる部屋へ足を動かそうとするが、震えてうまく歩けず壁伝いに何とかたどり着いた。


「師匠、ばば様が」


 辛うじてかすれた声が出たものの、そこから先は自分で認めたくなかったのか言葉にならなかった。師匠とエルンストは私の表情で何があったのかを悟ったようで、慌ててばば様の部屋へ行く。屋敷の中が慌ただしくなった。医者を呼びに行く人、城へ報告しに行く人、弔いの仕方を話し合う人……。


 そこから先はあまり詳しくは覚えていない。どこで葬儀を行ったのか、誰が呼ばれたのか、どんな形だったのか全く記憶にない。エプロンを外したメイド服がそのまま喪服になった。こんな形で着ることになるなんて誰が予想しただろう。師匠たちは事前にばば様と話し合っていて、希望に沿う形で行われたらしい。

 化粧を施され、棺に寝かされたばば様に花を手向ける。「ばば様、育ててくれて有難う。お疲れ様」と、声を掛けた途端に涙が出てきた。


 ―――ばば様、亡くなったんだ。話しかけても、もう二度と、返事が返ってくることすら無いんだ。


 ばば様の姿を見る事すらこれで最後だと実感すると、棺にしがみ付いて離れたくなくなった。師匠に引っぺがされて、椅子に座らされる。

 ―――私の誕生日がそのままばば様の命日になってしまった。十二年間がまるで走馬灯のように(めぐ)る。最期を看取ることが出来なかったのがとても悲しい。同じ家に住んでいたのに、一人で逝かせてしまった。

 じじ様は迎えに来てくれただろうか。

 死の瞬間、どんな思いをしただろうか。

 考えれば考えるほど涙はとめどなく流れ、思考はぐるりと一周してまた元に戻ってきてしまう。

 じじ様と同じ方法で埋葬をしようと火葬にされた。骨壺を木の箱に入れて持たされ、馬車に乗せられ村に向かう。一足先に連絡が行っていたのだろう。村のみんなはすすり泣いてばば様を出迎えた。

 広場の石碑の台座部分が城からついてきた管理人とエルンストの立ち合いで開けられ、じじ様の骨壺の隣にばば様の骨壺が収められた。経や祈りの言葉を上げられることもなく、焼香もなく、ただただ死者を悼むだけの葬儀。

 石碑の前には沢山の献花が次々に置かれている。ばば様はお酒を飲まなかったからと、くりから亭のおかみさんによって透明な袋に入ったクッキーが供えられた。


「こんな形で帰ってくることになるなんてねぇ。もう一度おしゃべりしたかったんだけど……」


 ハンカチで目元を抑えるおかみさんを見て、一度は止まった涙がまた出てきてしまう。泣きすぎて干からびてしまったらどうしよう。ばば様、見ているかな。ばば様の死を悲しんでくれる人がこんなにいっぱいいるよ。


「毒でも盛られたんじゃないのか。魔王と予言された人間を育てたんだろう?ああ、自縄自縛っていうべきか」


 そう得意げに、声高らかに話した青年は村では見たことのない人だ。おそらくここ最近余所から入ってきた人なのだろう。

息が、できない。

 私が殺したわけじゃない。

 でも……私の人生に……運命に……巻き込んでしまったかもしれない。

 昏く淀んだ何かがぞわりと浮き出てくるようで、青年に向かう感情を慌てて振り払った。

 青年は村の人たちによって広場から引きずり出され、どこかに消えていった。

 

「アリシア、気にするなよ。何にも知らない奴が適当に言っただけだ」


 師匠が慰めてくれるが、立ち直れるかどうか……。ばば様が亡くなって沈んでいる心にさらに追い打ちを掛けられた気分だ。師匠は隣に立って私の頭に手を置きながら石碑の方を見て話し始めた。


「俺がエルンストの家に行ったときに話し込んでいただろう?あの時にもしもの時のことを言われたんだ。アリシアを育てられて幸せだった、自分が死んでもしっかり前を見て歩けと伝えてくれってな」


 ばば様は覚悟が出来ていたという事だ。抗う事の出来ない自然の摂理だ。私のなんとかできるかもしれないと言う覚悟とは違う、生きていたら避けることのできない事象。


「この世界に神はいなくても、死んだ人間はもしかしたらどこかで見ているかもしれないからな。恥ずかしくないように生きろよ」

「……うん、何とか頑張ってみるよ。有難う、師匠」


 今はまだ無理でも、前に向かって進めるように。


 村のみんなが立ち去った後、私は石碑に向かって手を合わせた。ばば様が日本でどの宗派だったか今となっては聞くこともできないけれど、きっと思いは届くはずだ。

 少し立ち止まってしまうかもしれないけど、私、ちゃんと前に進むから見ていてね、ばば様。

 しばらくして周りを見ると、リッカと師匠とエルンストが同じように手を合わせているので驚いた。


「え、手を合わせる風習はこの世界にもあるの?」

「いや、お前がしていたからそういうもんなのかな、と」

「同じく。チハルさんの元いた世界…ニホンでしたか…ではそうするものなのかと」

「私はご主人様のまねー」


 リッカの言いっぷりに思わず笑みがこぼれた。そういえば、一人じゃなかったなと気付く。これで前に進めなかったら贅沢すぎて(ばち)が当たってしまう。神様いないけれど。


「師匠、家に帰ってもいいよね。荷物取りに行きたいんだけど」

「ああ、俺も一緒に行こう。エルンストはどうする?」

「ロベルトの家で待ってます。アリシア、言葉遣い」


 言われて、口を押えた。いつの間にか元に戻ってしまっている。師匠はエルンストに鍵を渡した。人が増えて防犯の為に鍵を掛けるようになったらしい。


「今日は村に居た頃のアリシアでいいじゃねーか、なあ?」

「仕方ないですね、明日からはしっかり戻してくださいよ」



 広場から森の家へと続く道を進む。あれだけ通っていたこの道が、今はとても懐かしい。師匠とリッカと一緒に久々に帰ると、森の家の前で霧の虎が待っていた。


「千春は死んだのか?」


 話すことが出来るなんて聞いてなかったからびっくりした。低くていい声で滑らかに話す。ゴーストとは違った話し方だ。


「ああ、老衰だ。昨日、眠るように亡くなったよ」


 師匠が代わりに答えた。いつの間にか日付が変わっていたらしい。気が動転してそんなことも分からなかったみたいだ。

 虎は目蓋を閉じて項垂れている。まるで哀悼の意を示しているようで随分と人間じみているなと思った。


「契約終了だな。これからどうするか……」

「あれ?虎さん、じじ様じゃなかったの?」

「違う。北西にあった島国から渡ってきた時に誠一郎と契約を結んだ。修復と引き換えに自分が死んだ後、千春が死ぬまでこの辺りを守るようにと」

「死んだ後も契約続行ってできるのか?初耳だぞ」


 師匠が驚いている。通常、契約が結べる妖精や精霊の類は契約者が死んだ時点で御破算になるものが多い。たちの悪いものだと契約者が死んだ時点で守るように命じていたものを食い殺すなんて悲劇もあるそうだ。


「契約の形態がとれなくてもそんな不義理はしない。我を見くびるな」


 か、かっこいい……。契約を結んでいなくても恩返しをするなんてまるで昔話みたいだ。じじ様は魔術が使えなかったので結べなかったらしい。ばば様が大切にされていたのが本当によく分かる。


「そなたがここに住むのか?」

「そうしたいのは山々なんだけど……事情があってできないの」

「千春が大事に育てていたそなたを守りたい。その、迷惑でなければ契約できないだろうか?強いから我等必要ないかもしれぬが」


 ばば様が亡くなって前に進もうとは思うけれど、もしもこの虎と契約してしまったら、師匠が私を殺すことが難しくなるだろう。でもこれだけ義理堅いんだもの、出来れば希望をかなえてあげたいなぁ。

 虎は私を真っ直ぐ見つめている。夏だと言うのに彼の周りはひんやりと冷たい。


「少し、考える時間をもらってもいいかな?喪に服すっていうか……できれば一年くらい。ここが片付くまで荒らされないように守っていてほしいんだ。これは契約ではなくてお願いなんだけど」

「わかった。色よい返事を待っている」


 虎が見守る中、「ただいま」と言いながら誰もいない家の中に入った。


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