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私が魔王になる前に  作者: よしや
第二章
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王都観光

「今回の春の遠足は念願かなっての王都観光だ。良かったな、アリシア」

「遠足って遠出するものを言うのでしょう?」

「先生が一人に生徒が一人なんだからこれはもうデートですよー二人とも何言ってんですかー」


 リッカの言葉に長ーいため息が出た。一人で何だか盛り上がっているけれど、自分がいることは都合よく忘れているらしい。確かに今日は余所行き用の服を着ているが、二年前の遠足だってそうだった。

 今日は観光のため歩いて家を出る。来る時も、城やお茶会に行く時も馬車でしか出入りしたことが無い。馬車がよく通るため、貴族街の道は他の道よりも少しだけ広めにとられているそうだ。道を歩いて大通りへ出るだけで屋敷を二つほど通り越しただけなのに時間がかかった。一軒当たりがとても広い。

 王都の外側から東西南北の門まで続く街道が、そのまま大通りとなって中心部まで伸びている。中央部は小高い丘となっていて城がありその周辺に貴族街。エルンストの屋敷は城より南側にある。

 

「まずあそこに見えるのが、お前の家だ。とっても敷居の高い家」


 南側の大通りに立ち、城を指さして師匠が言った。敷居の高いって…例えだとは分かっているけれど日本家屋ではなくて洋風の城だからものすごく違和感があった。今日は良く晴れているので、白い壁と青い屋根のコントラストがとても美しく映える。

 大通りはきれいに整備されていて、ごみ一つ落ちていない。街頭には魔石が使われていて、光の魔法と滅多に使い手がいない筈の時間の魔法が込められている。定時に付いたり消えたりするそうだ。


「一年ちょっと前に一度帰りましたけど……北の館に閉じ込められました」

「お前、よく無事だったな。確かあそこは出るって知り合いが言っていたぞ」


 私、多分その知り合いと会いました。名前聞いてないので言えませんが。当たり前の事だがあれから兵士Aとは会っていない。元気かな。


「会いましたよ、幽霊さん。見てはいませんけれど。館を出る前に文字通りの『足止め』をされました」

「あー……。次、行くか」


 幽霊さん達、元気かな。……死んでいるけれど。段々自分の肝っ玉が据わっていく感じがするよ、これも師匠が傍にいるおかげだろうか。

 師匠は歩きながら、おおざっぱに王都の中を説明し始めた。


「城の北側にはできるだけ行くな。北側はレユール山脈から鉱石や資材が運び込まれるからな。工業が発展して職人が大勢いるが治安が少しばかり悪くて貧民街もある。出歩くなら南側だ。まあ一人で出歩かせはしないつもりだが、一応頭に入れておけ。」


 私は神妙な面持ちで頷いた。よく身分の高いものが貧民街に行って、悲惨な現状を目の当たりにして変えようとする話があるが、私の場合は憤ってそのまま魔王になる可能性が高い。そして救おうとしていた子供まで傷つけてしまう場面まで想像してしまう。想像力が豊かなのも考え物だ。頭を振って考えを打ち消した。


「東側は騎士や兵士の家が多い。王都まで帝国が攻めて来た時のためだ。西側は原種の森に続いているから、学問に関連した施設の類が多い。消去法で南は商家。お前が観光したいのは主にこっちだろう」

「質問です。神殿はどこにあるのですか?」

「北東だ。大通りには面していない。勉学と武術を騎士の家系が学び、貧民を救うにはうってつけの場所だろう?」


 だとしたらなおさら北側にはいかない方が良い。ちなみに高等学校及び研究所などは南西の方向にあるらしい。騎士や兵士の子供は寮に入らず、長い距離を歩いて通学し足腰を鍛えるそうだ。

 南側の大通り沿いを歩く。高級そうなデザインの服や靴がショーウィンドウに飾ってある。飽く迄見本で、オーダーメイドの服屋さん。馬車の蹄鉄が看板になっているお店もあった。こちらは馬車の受注や備品を扱うお店。


「へえー、いろいろなお店がありますねー。あ、ケーキ屋さん見つけましたー」


 リッカももの珍しそうにあたりを見て回っている。ケーキ屋さんと聞いて私もふらーっとお店に引き寄せられて行った。中には入らずにどんなケーキがあるのかガラス張りの店の外から見たが、どれも見覚えのあるものばかり。


「ばば様が作るケーキの見た目と全く同じですね。改良が全くされないと言うのはこのことですか……」

「ケーキなんてどこの店もみんな同じだろう?何かおかしいことがあるか?」


 師匠はおそらく転移者ではなくて子孫なんだろう。話が通じなく、リッカと顔を見合わせた。生き物はそれぞれに個性があるのに、作られたものはどうしてこう、統一されているのだろう。味まで同じだったらとても気持ち悪い。

 裏道へ入ると庶民のお店が多くなる。お肉屋さん、八百屋さん、チーズや乳製品を扱っているお店……。食料品の他にも、楽器屋、文具屋、画材屋等、学生が利用しそうなお店があった。


「そろそろ腹が減ったな。あの店でいいか」


 師匠が指差したのは、定食屋だった。遠足の時も思ったけれど師匠は庶民的な店が好きらしい。それも安くて旨くてボリュームありの体育会系の男の人が好きそうなお店。これにはリッカが文句をつけた。


「初めてのデートなんだからーもうちょっとおしゃれなレストランでしょー」

「いやデートではなくて遠足なんだけど……師匠、そこでいいですよ」

「アリシア、お前はいい女だなぁ。そのまま真っ直ぐに育て」

「何なんですか急に……」


 おそらくはいい女の前に金のかからないが付くのだろう。ここは知らないふりをしておくのが―――


「きゃーロベルトさんお久しぶりですー」

「最近お店に来てくれませんねーどうしたんですかぁ」

「あれーなんか女の子連れてるー。いつの間に趣味代わったんですかー?」


 ―――本当のいい女、と続けようとした考えは黄色い声によってかき消された。三人の、胸元が開いたり足を露出させた格好の明らかにお水系の女の人。ケモ耳たれ目の可愛い系、ツリ目の小悪魔系、大人なクールビューティ―系。師匠を囲み、取り残されたリッカと私を見下すような眼で見ている。三人は師匠をどこかへ連れて行こうとしていた。そういうお店にも行っていたのか、師匠。ダークエルフだものね。三百歳だものね。仕方ないよね。師匠の顔はここからだと見えない。

 ……お腹、すいた。

 師匠の背後から服をぐいっと引っ張って三人から引きはがす。


「行きましょう、ロベルト。せっかく私の為に作ってくれた時間を無駄にはしたくないわ。皆さま、御機嫌よう」


 笑顔でそのまま師匠を引きずりながら定食屋へと入って行く。後ろからブーイングが聞こえるが気にしない。お魚のフライ定食がおいしそうだ。ハンバーグ定食も捨てがたい。あ、から揚げ定食だ……。


「いつもは、お父さんお腹すいた、とかで撃退するのに今日はどうした?」

「あ……すっかり忘れてました、その設定。そっか、その方が余分な敵を作らずに済みますね。でも……」


私はから揚げにぶすりと箸を突き刺した。お行儀が悪いのは分かっている。師匠の言い分に少しばかり腹が立っただけだ。


「師匠が自分で何とかしてくださいよ。さらっと躱すなりしてくれないと、こっちがいろいろ危ないのですが」


 むしゃむしゃとから揚げを頬ばった。にんにくではなくて生姜を利かせているところがポイント高い。エルンストの屋敷で出される食事はおいしいけれど、貴族の食事だ。テーブルマナーの修行の場でもある。実はお洒落なお店よりこちらの方が私にとっては有り難かったりする。

 すまんと師匠は謝ったがそのままリッカとひそひそ話をしている。


「嫉妬か?」

「微妙なとこですねー」


 聞こえないふりをしてそのまま食事を続けた。お腹が空いていただけだと思う、多分。どう言い訳したところで捻じ曲げて捉えられるのだ。黙っているに限る。

 お腹がいっぱいになったところで観光の続きをした。初等学校、図書館、劇場や美術館などの文化施設も南側にあった。

 この辺りは裏に入っても日の光が入る明るい道になっている、比較的治安の良い場所だ。所々に空の木箱や樽、荷車などが置いてある。


「いたかっ?」

「だめだっ、こっちにはいない」


 数人の男たちが先ほどからあちこちを走り回っているのを見かける。誰かを探しているみたいだ。

 私たちは、果物を取り扱っている店先で、買ったばかりのジュースを飲んでいる。甘くて冷たくてさっぱりしていてとてもおいしい。


「何だか騒がしいね」

「あれは、王子付の騎士だな。王族専用の騎士はそれぞれの主の髪と瞳の色が入った鎧を着るんだ」


 確かに数人のうちの一人は光沢の無い金色の鎧に青い縁取りが入っている。実用的な軽いものだが、魔法で強化してあるのかな。黒髪で二十歳前後だろうか、結構若い。ちなみに近衛騎士は王専用の騎士を指すらしい。


「ああああアァァ、全くもうあのバカ王子!いったいどこへ行ったんだ!」


 王子って叫んでるよ、あの人。伏せなくていいのかしら。王子……私の弟か。長いこと走り回っているみたいだけれどよく体力持つなあ。…と思ったら壁に手をついて息を整えている。じーっと見ているこちらに気付いて、近づいてきた。


「すみません、金髪の少年を見ませんでしたか?その子と同じくらいの年頃の」

「私は見てませんがこの子なら……リッカ、わかるかしら?」

「えっとーお名前を教えていただけますかー?」


 考えてみたら、私、弟の名前も知らないよ。騎士は怪訝そうな顔をした。「この子は探索の魔法が得意なんです」というと、納得してくれた。


「いなくなったのはアレク殿下です」


 リッカは黙って店の横の袋小路に積み重ねられている木箱に向かい、そのうちの一つを指さした。果物が入っていたのだろうか。少しだけいい匂いがする。騎士が勢いよく蓋をとると中に男の子が隠れていた。まさか見つかるとは思わなかったようで、驚いた顔で固まっている。

 流石に抱き上げられる齢と体格ではないと思ったら騎士は軽々と担ぎ上げてしまった。こちらを向いて「ぎゃぁーはなせぇー」と喚く少年を地面に下ろし、両肩をがっちりつかんで逃げないようにして話しかけてきた。


「ご協力、有難うございました。アリシア殿下」


 騎士は私を知っていたようだ。笑顔が爽やかで印象的だ。何より私を忌避しないのが、少しだけうれしかった。城に居る者でも人によってその辺は違うらしい。嫌な顔をして弟を遠ざけるような人でなくて良かった。もしもそんな人だったら今後、弟がどのように育つか心配だもの。


「姉、上?」


 問題は、弟の方。どのように周囲から聞かされているのか、少しだけ、怖い。先手を打って挨拶をしてみる。頭は下げずにスカートを少しだけつまんで、片足を少しだけ後ろに下げた。


「初めまして、あなたの姉のアリシアです。会えて嬉しいわ。前に城に行ったときには弟がいることさえ教えてもらえなかったもの」

「あの時もこうやって逃げ出していたのです。ユリウス殿下と二人で」


 騎士の方が答えた。弟の方―――アレクは未だに私を見ている。もう一人はユリウスという名前なのか。アレクは活発なように見えたけれど、違ったかな?


「まあ、そうでしたの。私に会うのが嫌だったのかしら?」

「違うっ。自由に出歩ける姉上にはわからないだろ。朝から晩まで見張られてやりたいことなんて何にもできない。窮屈で退屈な城の生活なんて姉上にはわからないだろっ」

「自由に出歩けたことなんて一度も無いわよ。王都に帰ってきたのに一年もかかって今日やっと外を歩けたんだから。あなたこそ、いったい何がしたいの?両親のいる安全な場所を抜け出して、周りにこんなに迷惑をかけてまでやりたいことって何?」


 売り言葉に買い言葉。人生初の兄弟げんかをこんな往来でやってしまった。不幸自慢をしたいわけではないけれど、両親のもとで、安全な場所で育つことが出来る幸せを少しでもわかってほしかった。

 アレクは、言葉に詰まっている。もしかして抜け出すこと自体が目的になってしまっていたのだろうか。


「あなたに何かあったら、周りの人の首が飛ぶかもしれないって分かってる?分かってやっているんだったら、私なんかよりよっぽど『魔王』に向いているわね」


 自分で言っていて、かなりの嫌味だと思った。本当は仲良くしたかったのに、嫌われてしまうだろうか。アレクはまだ何かを考えている。言い過ぎたかもしれない。謝ろうと口を開いたら、アレクの方が先に話始めた。


「すまなかった。城に戻るぞ。姉上も、いずれ、また……」

「え、ええ、悪い予言の子があなたでなくて私で良かった。ユリウスによろしくね」


 いきなり非を認めて謝るアレクに少し驚いた。そのまま立ち去る二人を見送る。最初はやんちゃな所が昔のテッドみたいだと思ったけれど、素直に聞き入れるところもテッドそっくりだ。これで抜け出さなくなると良いけれど……。


「師匠、弟の名前がアレクとユリウスって知ったの、今日が初めてよ」

「今まで誰にも聞かなかったのか?……お前ちょっと抜けてるんじゃないのか」

「んーそうかも。そのうち、エルンストに聞いて城の重要な役職の人たちも覚えておいた方が良いかしらね」


ばば様には雑貨屋さんで青いガラスうさぎの置物を買った。


八十話です。今回は長めでした。

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