これからの予定
「世を儚んで命を絶つかと思ってのう」
おいおいと泣きながら、ばば様は延々と私を叱った。今までそんなこと一度も無かったからどうして良いかわからず、ただおろおろとしていたが。終わりそうもない説教に、私も泣きながらごめんなさいと謝った。
師匠はばば様を宥めている。ふと疑問がわいてきた。挨拶代わりに美しいって言っただけでは、口説いたことにならないよね。「孫娘」の件にしても別の理由……年下に先超されたとかでがっかりしてたのかもしれないし。誰にもそんなこと言うただの女たらしなのか、実はばば様が若い頃から一途に想っているのか。これは…要観察ですなと一人盛り上がっていると。
「おやおや泣いたカラスがもう笑ったか」
「にやにやしてどうした?頭大丈夫か?」
と言われた。え、顔に出てた?はずかしいっ。
「そういえばこれからどうするんだ?魔王にならずに結界の中で生活するにしてもだ、基礎的な勉強は必要だろ?」
「この辺に学校なんてあるんですか?他の子たちはどうしているんです?」
「テッドとウィルは俺が稽古と勉強を日替わりで教えている。午前中だけな。昼過ぎから家の用事を手伝っているらしい」
「どっちかっていうと午前と午後逆じゃ?」
農作業にしろお店なんかにしろ、普通は朝の方が忙しいと思うんだけど。
「午後の勉強はテッドが寝るからな」
なるほど。―――なりたいものが決まっているからって、勉強しなくていい理由にはならないものね。私の場合はなりたくないものだけど。
「どうしよう、ばば様?」
「ふむ、アリシアの勉強も見てくれると有り難いのう。午後の時間は……そろそろ調合の仕方も教えようかと思ってのう」
おおお、ついに手に職をつける時が。私が期待に胸を膨らませていると、ばば様は非常に現実的な質問をした。
「授業料はどうするんじゃ?」
「俺は別口の仕事で国から給料もらっているからな。教科書代だけでいいぞ。これから様子を見ながら注文するから、少し時間かかるけどな」
「ありがたいのう」
それから細かいことを詰めて話が落ちついたところで―――
「師匠、そういえばダークエルフに落ちた理由ってなんですか」
「唐突だなぁ、おい」
「だって、知っておかなきゃ魔王化対策できないですよ」
話してくれるって言ったじゃないですかと、むうっと膨れる私に、仕方ねぇなぁと苦笑した師匠。ふと笑みを止め難しい顔で話し始めた。
「前の魔王な、もともと知り合いだったんだ。モンスター退治をするときに何度か組んだことがあって。
魔王が死んで、何十年か経って、呪われた剣は意図的に持たされたと知った。……誰かに故意に魔王にさせられたんだ。知った後はやけになって、悪事に手を染めてこうなった。対策ってんなら、この村で平穏な暮らしをしている分には大丈夫だろう。村の外にはできるだけ出るな」
師匠の言う悪事がどこまでのものかは、とても聞けない。でも。
「悪事に手を染めて堕ちるってことは、善い行いをしていれば大丈夫ってことですね」
「そう簡単に行けばいいけどな」
ま、がんばれと言って師匠は私の頭をぽんぽんと叩く。
師匠にサヨナラをして、ばば様と一緒に帰った。善い行い。一日一善。人助け。やけにならない。魔王にならないために、小さなことから始めよう。
……魔王を封じ込めるアイテムとかあればいいのにな。
次の日―――
「おはようございます、師匠」
「おう、おはようアリシア……チハルは?」
道場の戸口に立って挨拶をすると、師匠はキョロキョロと外を覗いてばば様を探した。
「今日から独りで登校です」
師匠は明らかに落ち込んだ。一途な純情ボーイ、決定?
ふと気づくといつの間にか立ててるフラグ。