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私が魔王になる前に  作者: よしや
第二章
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春夏秋冬 十歳から十一歳

 春が来た。

 滞っていた勉強と魔法、マナーやダンス、いろいろなお稽古が始まる。魔法はエルンストが担当するが他の勉強に関しては別の先生が呼ばれた。この国では六歳から十二歳までの初等教育、十二歳から十八歳までの高等教育、それ以降は学びながら専門的な研究を行う研究所がある。貴族や裕福な商家では初等教育は家庭教師が行うのが普通らしい。エルンストの庇護下に私がいることはどこからか情報が洩れていて、教師を探しても引き受けてくれる人が中々見つからなかったそうだ。マナーやダンスなどの先生はテレーゼさんの伝手で探してもらった。

 エルンストを起こす仕事も再開した。マーサやセバスチャンにお願いしますと頭を下げられてしまったからだ。メイド服ももったいないのでその時だけ着るようにした。リッカの言葉が未だに引っかかっているが、気にしない事とする。

 エリーゼにお茶会に呼ばれたりもした。手入れされた庭を眺めながら楽しくおしゃべりする。お呼ばれするための服を作り、それを着ていく。エリーゼとお揃いにしたり、対になるようにしたり。村から持って来た動きやすい服よりもスカートの方が数が多くなった。

 テッドからも手紙が届いた。依然と遜色なく動けるようになって稽古も再開したそうだ。師匠と一対一なのでみっちりしごかれているらしい。


 夏が来た。

 十一歳になった。誕生日ケーキは、ばば様と一緒に焼いた。夏祭りに参加したかったが、エルンストが昼夜問わず仕事に駆り出されたので護衛がいなく、諦めた。たくさんのランタンに火が灯されたり、花火が上がったり。貴族街でも催し物が有ったりして、庭に出ると嬌声や音楽、熱気が伝わってきた。敷地内から独りで出ることが禁じられているのが少しだけ悲しかった。村に居た時の秋祭りを思い出す。

 テッドからの手紙には、少し気になることがかかれていた。けがをしても治りが速いそうだ。エルンストに聞いてみると「余程あなたの血との相性が良かったのですね、悪影響を及ぼすことの方が多いのですが」と言っていたのでその旨を返事に書いた。テッドの為になったのは良かったものの、取り返しのつかないことになっているのではと少し不安になる。


 秋が来た。

 村から収穫したリンゴが送られてきた。木箱に詰められるほど送られてきたのでそのまま食べるだけでなくアップルパイやジャムにしたりした。結界が無くなったことにより村の規模が少しずつ大きくなっているらしい。森を切り開くことは出来ないので、村ごと森の外へ引っ越したり、合併する話もあるそうだ。一度森の家に荷物を取りに行きたいな。

 秋祭りには外から旅芸人を呼び寄せたりして大盛況に終わったらしい。テッドは初めて見たようで大興奮している様子が手紙の文面からうかがえた。

 エリーゼとのお茶会でも秋の味覚を堪能する。木の実や果実、南瓜や芋などなじみのある食材やそうでない食材もこの季節に旬のものは多い。私が作ったお菓子を出したらエリーゼはものすごく驚いていた。料理は料理人がするものと思い込んでいたようで、自分で作るという発想が無かったようだ。「一緒に作る?」と聞くと遠慮された。仕事をとってしまっては悪いから、と。料理人や使用人に対する考えの違いを感じた。私のしているお手伝いも仕事を奪っていることになってしまうのだろう。


 冬が来た。

 雪の降った庭先でリッカと一緒に遊んだ。小さな雪だるまを作るも私の造形的な才能は皆無らしい。リッカに泣かれてしまった。エルンストはドラゴンを作った。芸術的で道行く人が庭を覗き込むほどだった。エルンストのくせに生意気だ。

 テッドとの手紙のやり取りは続いている。もうすぐテッドも初等教育を終える。テッドの家は田んぼや畑を持っているわけではないので、村を出て冒険者になる道を選んだようだ。手紙を送りにくくなるかもしれない、あちこちを旅することになるので返事はくれなくていいと書かれていた。ここまで筆まめなのは意外だった。反対にウィルからは全く音沙汰がない。学校はとても忙しいのだろうか。

 雪は降ったが花が降ってくることはなかった。テッドを思い出しながら空を見上げる。

 最近ばば様がうたた寝をすることが多くなった。背もたれ付の一人用ソファに座っていてもうつらうつらしている。寒さであちこち痛むらしい。ばば様に作り方を聞きながら温湿布を作って貼ってあげるようになった。


 王都に来てあっという間に一年が過ぎた。村に居た頃よりも毎日が忙しく、充実していることは確かだ。村とは少し違うが季節を感じられることもたくさんあった。エルンストの家は確かに居心地がよく、神殿の攻撃や魔王化に怯えることがなかった。きっと高等学校に入学するまではこのまま平穏な日々が続くのだろう。けれども―――何かを置いてきぼりにしているような気がして仕方がない。


 春先、私は熱を出した。どうやら気温の変化に体がついて行けなかったようだ。何年振りだろうか。熱に浮かされながら夢を見た。この時期だから桜のあの人の夢かと思ったら違った。師匠が氷枕の氷を入れ替えている夢だ。魔法で手ごろな大きさの氷を出しては袋に詰めている。夢の中まで面倒見のいい師匠に思わず笑ってしまった。枕を変えようとして私の目が開いていることに気付いた師匠は「何だ起こしちまったか、すまん」と謝った。

 久しぶりだね、師匠。夢でもあえてて嬉しいよ。熱のせいか、目の奥が熱く潤んでいて視界が少しぼやけている。一年もかけて直した言葉づかいが子供になっていて、自分でも少し驚いた。


「何だ、泣くほど嬉しいのか」


 からかうようににやけている師匠。この世界には電話の類がないから、声を聞いているだけでも懐かしい。村のみんなはどうしているかな?元気にやっているのかな?


「いろいろ状況が変わってきているが、皆相変わらず元気でやってるぞ」


 襲撃を一度は食い止めたが二度三度私のいないところで起こるかもしれないと思っていたから、それを聞いて安堵した。

 師匠が私の頭を持ち上げて枕を下に敷いた。ついでに額に手を当てて熱を見ている。少し、息苦しい。リッカはこの部屋にいないようだ。師匠が私を見ているので傍を離れているのだろう。

 テッドやウィルが離れていくのは仕方のないことだ。私は彼らの行く道を妨げるものになんかなりたくないから。でも師匠は……。これは、保護者に対する甘えだろうか。無条件で信じられるのは血が繋がっていたとしても難しいことだ。恋愛感情だったら心の奥底に仕舞い込んでそっとふたを閉じなければならない。魔王になるかもしれない。ならなかったとしても自分で相手を選べるような身分ではない。ああ、でも夢の中だから何を思っても言っても平気か。他に誰も聞いていないんだから、あざといとか言われないよね。

 師匠、夢の中でも会いに来てくれてありがとう。これが恋かどうかはまだわからないけれど師匠が大好きだよ。

 目を見開いた師匠は、少しだけ口をへの字に曲げる。肌の色が褐色なので赤いかどうかが分かりづらい。私がじーっと見ていると、誤魔化すように目を反らした。ため息をついて頭を軽くぽんぽんと叩く。ああ、久しぶりだなぁ。自分の顔がへにゃっと歪むのが分かる。


「もういい、寝ろ。ゆっくり休め」


 口を開いて話している感覚は無いのに、さすがは夢の中だ。思いはしっかり伝わったようで私は少し満足した。照れている師匠をもう少し見て居たかったが、押し寄せる睡魔に抗えず、私は目蓋を閉じる。少しだけ幸せな気分になって元気が出た。全部隠して、明日からまた頑張ろう。

アリシアの心の微妙な感じが出せているでしょうか。

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