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私が魔王になる前に  作者: よしや
第二章
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立場

「おはようございます、アリシア様」

「ごめんなさい、今日からお手伝いするつもりだったのに」

「いえ、朝食はここで取っていただいた方が助かりますので、召し上がってから服を着替えて、エルンスト様を起こしに行ってください。今日は城勤めの日ですから。起こす際は扉を開けたままにするように。それと、リッカさんを連れて行ってください」

「扉を開けたまま?」

「万が一にも貴女が襲われないようにするためです」


 ドラゴンですから、と付け足された。流石、分かっている。

 食事をとってメイド服に着替えエルンストの部屋に行く。ノックをしてから失礼しまーすと扉を開けると、中はドラゴンだらけだった。置物や巨大な絵、絨毯やタンスの彫刻まで。執務机の上には写真立てが一つ置いてあり、遠足の時に撮った写真が入っていた。ちょっとだけ顔が綻び元気が出る。さて、お仕事はじめますか。


「エルンスト、じゃなくてえっとご主人様、起きて下さい。今日はお仕事ですよ。リッカ、ご主人様っていうの恥ずかしくない?」

「私は平気ですけどー。エルンストって呼んだ方が良いと思いますよー付け上がりますからー」


 布団ごとゆさゆさと揺らしながら起こそうとするが中々起きない。師匠はどうやって起こしていたんだろう?村に居た時は授業に遅刻なんか……あった。一度だけ。あの時は確か……


「ああ、こんなところにヤツメフタクビドラゴンがっ」


 有りもしない珍種ドラゴンの名前をでっち上げて叫ぶと、案の定、エルンストはガバッと起き上がった。目があったのでにっこり笑って朝のご挨拶。


「おはようございます、エルンスト、こちらをどうぞ」


 傍に会ったメガネを渡すと、エルンストは素直に受け取って掛けた。起こしたのが私だと認識した途端に両手を伸ばして抱き着いて来ようとしたので、頭にチョップを食らわせる。ついでにリッカが顔面に体当たり。


「目が覚めた?覚めたよね?エルンスト?」

「はいもう大丈夫です。起きました。ごめんなさい…痛い…熱烈すぎる…これも愛?」

「よし!最初のお仕事終わり!リッカ、行くよ」

「はーい」


 頭を押さえて変なことを言っているエルンストを無視しリッカにマーサさんの居場所を聞いて、報告をしに厨房へ行った。途中でウィルとばば様にも会った。今日は元気そうだ。私の格好を見て「よう似合っておる」とほめてくれた。


「え?もう起きたんですか?うそっ」


 マーサさんと一緒に料理人やセバスチャンまでが驚いている。「毎日起こすのに大変な時間がかかるのに」と呆然とされた。エルンストが早く起きることによって、料理の温め直しや、その他諸々の仕事の手間まで省け、効率が格段に上がるらしい。


「アリシア様、毎朝主を起こしていただける仕事だけで本当に結構です。有難うございます」


 涙を流してまで喜ぶマーサ。大げさだなあ。こうして私はエルンストの目覚まし時計になった。え、お手伝いはこれだけ?


「今日は午後からアリシア様に来客のご予定がございますし、これからも授業や習い事がございますので」




応接間にマーサに連れられて入るとテレーゼさんと女の子が一人いた。セミロングのふわっとした金髪に、緑の瞳。少し大人びてはいるけれどにっこり笑顔は数年前とあまり変わらない。


「もしかして……エリーゼ?」

「ええ、手紙と同じようにアリシアって呼び捨てでよろしいかしら?」

「もちろんだよ。うわぁ、また会えてうれしい」


 飛空船に乗った時には顔を合わせただけでまともな会話さえしなかったのに、数年来の友達みたいに思えた。王都に来てから気を付けてはいるんだけど、ウィルやテッドと話すときの口調になってしまっている自分がいる。


「手紙のやり取りしていたから、何だか話すのが初めてと言う感じがしないわね」

「うん、不思議な感じがするよ……じゃなくて不思議な感じがするわ」


 言葉を言い直したら二人に笑われてしまった。笑い方まで上品で控えめでお嬢様だなあ。


「難しいの。エルンストやこの家の人たちには丁寧に話すことが出来るのに、ウィルやばば様やリッカ相手だと村に居た時の言葉になってしまって。何だか子供っぽいでしょう?気を抜いてしまうとつい……」

「それは、私も身内みたいに思ってくれていたという事でよろしいかしら?」


 エリーゼの言葉に私はこくんと頷いた。頬に片手を当てて「嬉しいわ」と呟くエリーゼ。密かにこんなふうに私もなろうと決意しているとリッカが髪をつんつんと引っ張った。


「あ、紹介するね、エリーゼ。この子はリッカと言って私が契約を結んでいる妖精だよ…ですわ…」

「初めまして、リッカと申します」


 リッカは空中で優雅にスカートをつまんでお辞儀をした。……リッカまで……様になってる……。


「かわいい!私、妖精は初めて見たわ。よろしくね」


 可愛いお嬢様と可愛い妖精が戯れている。キラキラした世界がここにあった。眩しすぎる。私には到底無理だ。

 セバスチャンに連れられたばば様と一緒に、マーサがお茶のセットをカートに乗せて部屋に入ってきた。


「初めまして、チハル様。アリシアの友達のエリーゼと申します」


 友達。ともだち。女の子の。うきょわー。内心小躍りしたいのを抑えている。エリーゼもそう思ってくれていることがとても嬉しい。


「これはご丁寧にどうも。ばば様と呼んでくださって構わんよ。アリシアから話は聞いていたが随分しっかりした御嬢さんじゃのう」


 うん、私もそう思う。所作や言葉遣いがお嬢様のもので、先ほどから何度も見習おうと決意しているけど…王女として会っているわけではないし……切り替えがうまく出来ないな。開き直るか。


「手紙に書いてあった師匠様とウィル様とテッド様は?」

「ウィルは今日は出かけていて、師匠とテッドは村に残っているよ。……村が襲撃されたってことは伝わっている?」


 エリーゼは首を振る。テレーゼさんはどこからか聞いているみたいだ。私の情報をどこまで漏らしていいのか分からないけれど、これからの付き合いになるなら知っておいてもらってほうが良いことを伝えた。


「では、これは一応内密って事で。襲撃された村に居続けることは出来ないってことで高等学校に入るまでここに住むことになったよ」


 王都の中でもエルンストの屋敷はかなり安全らしい。使用人たちから少しずつ話を聞いて分かったことだ。その使用人たちも、ある程度は戦える人達だとも聞いている。


「ここで暮らしていくという事はいずれエルンスト様に嫁ぐという事ですか?」

「え?ええええっ?そんなことないよ。ね、ばば様」

「うむ、世話になっているだけでそんな話は少しも聞いていない」

「養子縁組される可能性は……?」


ばば様と私、二人そろって首を振る。……あれ、これってこっちの内情探られてる?迂闊に答えてしまっていいのかな?派閥争いとかに片足突っ込んでるのかも。

 ためらいがちにテレーゼさんが口を開いた。


「陛下が下されたご決断なら、エルンスト様を中心とした王女の派閥が出来上がる可能性がありますけれど」

「会議で決まったことだって聞いたよ。ただの厄介払いだと思っていたのに…エルンストってそこまですごいんですか」

「力がありながら王族に公平に味方なさる方として、認識されています。貴女の後ろ盾となるなら今まで優位にあった双子の王位継承が揺らぐという事になりますね」


 エルンストに聞いてみることを告げ、その後もおしゃべりを続けてお茶会が終わった。エリーゼと私は学年が同じだ。おそらくは同時期に高等学校に入ることになるのだろう。一人でないのは心強い。

 夕食時、ばば様とウィルとエルンストと私、皆がそろってダイニングルームで食べる中。昼間エリーゼ達と話したことをエルンストに報告した。


「嫁になるのか、養子になるのか、派閥を作るのか、王位はどうするのかって聞かれたよ」

「嫁に来ますか?私なら神殿からも王位争いからも守って見せますよ」

「私の事をドラゴンとしてしか見ていないくせに……ていうかまだ十歳だよ。保護が名目ならウィルみたいに養子縁組でしょう?」

「ロベルトと一緒にしないでください」

「どういう意味?」

「アリシア、皆食べ終わってるよ。この話は食べてからにしたら」


 ウィルに言われて私の皿だけ残っている状態だと気づく。考え事をしながら食べていたら手が止まってしまっていた。魔王にならないと言う目的のために王都に来たのに、王位争いの火種になってしまったら意味が無い。村の生活の延長上にいる気分でいたが、王都も城の一部と考えた方が良いだろうか。


「入学すれば寮に入ることになります。それまでこの館を提供しているだけのつもりだったのに、そうは見ない人もいるって事ですよ。ただ、これは会議で決定したことなので上層部は納得ずみです。……あまり周囲の言動に振り回されないでください。どうか心穏やかに暮らしてほしい」

「ふむ、そなたがアリシアを利用しているってことは無いのじゃな」

「絶対にありえません。利用なんかしなくても自分の好き放題やってますから」


 食後のお茶を飲みながら、話をしている。ばば様は納得したみたいだ。エルンストを盗み見る。ウィルは、この館を明日出ると言っていた。エルンストを全面的に信用するかどうかは、出来れば明日の朝までに決めておきたい。

言葉遣いの切りかえって難しい。

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