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私が魔王になる前に  作者: よしや
第二章
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北の館

 兵士は呆然とするわけでもなく、焦って言い訳をするでもなく、頬をポリポリと掻いている。逆上されて刃物でも向けられるかと覚悟していたのに拍子抜けだ。


「頭いいですね、アリシア様。俺が十歳の時にはもっとおバカでしたよ」

「質問に答えて」

「神殿の手の者っていうか俺位の下っ端ならたぶんそこらにたくさんいます。神殿は武術を学べる場所でもありますから、兵役に就く前に軽く鍛錬する場所として通っている奴は少なくないですよ。アリシア様の師匠がロベルトさんだと知っていたのは本人から聞いたからです。俺以外は知らないでしょう」


 一人称が俺になっている。取り繕う気が無くなったという事か。学業や武術を教えるのは考えてみれば師匠だって村でやっていたことだ。王都の規模を考えれば比較にはならないかもしれないけれど。思想の刷り込みまで行われているとしたら……私の敵はどのくらいになるのだろうと、考えるだけでちょっと怖い。


「魔王を作り出そうとしている神殿に反意を抱いているものがいて、信用できる味方を少しずつ作っているとロベルトから聞いていますが……この者がそうだとは限りません。名前を教えて下さい。問い合わせてみますから」


 エルンストの問いに兵士は口をつぐんだ。頑なに名前を教えないのはなにか理由があるらしい。


「ロベルトさんみたいに強いわけじゃないんです。神殿の方にもばれない様にしたいんで名前はお教えできません。その上で貴女の味方になりたいんです。リタとか言う商人みたいに足を引っ張るようなことは出来るだけ避けたいんです。信用できないのはわかっていますが、せめてこうやって飯を運んでくるだけでも」

「ダメだ、名前を教えられないのは自分を守るためだろう?そんな覚悟もない奴をアリシアの傍に置くことは出来ない」


 敬語が抜けて底冷えのするような声でエルンストが言った。どうしてここまで私に近づこうとしているのか、少し、気味が悪い。兵士は怯むことなく叫んだ。


「神殿にどっぷりつかっているロベルトさんが良くてどうして俺がダメなんですか?」

「顔」


 リッカが即座に答えた。不細工と言うほどでもないが地味な顔立ちの彼はがっくりと膝をついて落ち込んだ。「顔か…」と呟いている。


「ちょっとリッカ、変なこと言わないでよ、信用できるかどうか私が顔で判断しているみたいじゃない」

「え、違うんですか?じゃあ俺も……」


 私は首を振った。


「そうじゃなくて、今日明日で今後どこに住むかが決まるのよ。エルンスト邸で暮らすようならあなたは必要ないわ……そういえば、エルンストはその会議とやらには出ないの?」


 エルンストは懐中時計を取り出して見ると、そろそろか…と呟いて仕舞った。


「では私はこれで……この者はどうしましょうか」

「多分、害意は無いと思うからそのままトレーを下げてもらってこの館の前を守ってもらおうかと」

「餌付けされたんですか?そんなにたやすく信用してどうするんです?」

「違う。今からシャワー浴びたいから誰か来ると困るのよ。部屋の前を守らせるほど信用はしてないから」


 そういう事ならと、エルンストは納得し兵士と一緒に出て行った。二人が館を出たのを上から見て、バスルームに向かう。朝から少し疲れた。同じ服を着るのも気持ち悪いし、早く帰りたい……と思ったが帰る先も考えてみればエルンスト邸だ。只で居候するのも後が怖いから家賃を払うなりした方が良いだろうか。

シャワーを浴びた後、リッカに相談してみた。


「リッカ、もしここで幽閉生活になるとしたら、かなり暇になるわねー。エルンスト邸だったら、村に居た時みたいにみんなのお手伝いしたり、金策考えたり忙しそうだけど」

「金策って何でですかー?」

「ただで居候させてもらうわけにもいかないでしょう?」

「王女なんだからいいと思いますけどー。むー、でも確かにアリシア様とばば様とウィルがいきなり生活し始めたら金銭的に大変かもしれませんねー」


 エルンストの収入がどれだけなのか知らないけれど、お手伝いをしたところで収入が増えるわけでもなし。十歳で雇ってくれるお店なんてないだろうし、ばば様にも恩返しをしたい。前世の知識による金策も大して役に立ちそうなものはなさそうだ。

 

「街角で歌でも歌って稼ぐとか楽器を弾いて稼ぐとか何か芸をして稼ぐとか本でも書いて稼ぐとか」

「王女らしからぬ稼ぎ方ですねー。せめて作曲して稼ぐとか、顔が出ないようにした方が良いと思いますけどー、本を書くって自信あるんですかー?」

「無い!」


 ため息をついた。切羽詰まっているわけではないが、出来れば早々に考えたい。ばば様にも相談してみよう。

 お昼が過ぎた頃、再び昼食を持った兵士Aとエルンストが来た。


「有難う、兵士A」

「兵士Aって……」

「偽名すら名乗らないんだから仕方ないでしょう?」


 兵士Aは苦笑しながらトレーをエルンストに渡した。私の食事が終わった後に、姿勢を正すとエルンストはメガネをくいっと上げながら報告する。


「決定が下されました。高等学校に入学し、学生寮に入寮する事。それまでは私の屋敷で生活をすること、だそうです。高等学校及び学生寮の費用は予算から出しますが、それ以外、たとえば生活費などは一切出さないと。心配しなくても私が出しますから大丈夫ですよ」


 父様には悪いがどこからどんな敵が出てくるか分からないこの城では息が詰まる。増してこの館に閉じ込められたままではいろいろなことで鬱屈していきそうだ。私はその決定に胸をなでおろした。生活費に関しては、エルンストには内緒にして屋敷を仕切っていそうなセバスチャンにも相談してみよう。


「エルンスト、これからもよろしくお願いします」

「はい、こちらこそ」


 笑顔を返してくれるエルンスト。

 兵士とエルンストとリッカが館から先に出て私を待っている。私も扉から出ようとしたが、誰かに腕を引っ張られた気がした。後ろを振り向くが誰もいない。気のせいだろうと思って出ようとするが……足が、動かない。半泣きになってリッカに聞いた。


「リッカ、何かいる?」

「えっと……怖がらせるといけないと思って黙っていましたが……ゴーストの集合体が……無害だと思っていたのに」

「エルンスト、助けて、足が動かない」


 手は伸ばせるのに足が石になってしまったかのように動かせない。たくさんの何かがささやく声がはっきりと聞こえてくる。


『ドウシテアナタハ生キテ出ラレルノ……?』

『私ニハ誰モ迎エニ来ナカッタノニ』

『ココニイナサイナ……』


 ―――嫌だ。私は前に進むんだ。

 エルンストに腕を引っ張られて建物から一歩出ると、足が嘘のように軽くなった。後ろを振り返るが何も見えない。


「昨夜はすんなり出られたのにどうしてかしらね」

「原因は花火じゃないですか?」


 私はポンと手を打った。確か日本のお祭りで上げる花火は鎮魂の目的もあったと聞く。光属性は使えないから火属性を上げるしかないのだが、今度ゴーストに会ったときは花火を上げればいいのか。……上げられればいいけれど。

 後から聞いた話だがあの館は罪を犯したり表には出せない私生児だったり不治の病に侵された王族や位の高い者の幽閉場所で、暗殺なり病死なり発狂したりで非業の死を迎えた人ばかりらしい。一歩間違えればその人たちの仲間入りをしていたかもしれないと思うと、鳥肌が立った。

兵士A。決して名前つけるのが面倒だったわけではありません。

アリシアが呪いめいたものに強かったり弱かったりするのは、本人の苦手意識がどれだけあるかに依ります。

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