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私が魔王になる前に  作者: よしや
第二章
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十年越しの再会

「アリシア、こんなに大きくなって……」

「本当に……ちゃんと育ててあげられなくてごめんなさい」

「父様、母様…!」


 ―――と、言う夢を見た。夢の中とはいえ、会う直前までは緊張するわけで。起きて夢だったと気が付いた時にはとてつもない疲労感に襲われた。

 ここはまだエルンストのお屋敷の中で、今は朝。面会の約束は今日の午前中。出来上がった服を着て髪を整えてもらっている最中、私は後ろにいる若い紺色の髪の使用人―――名前はマーサと言うらしい―――に話しかけた。


「エルンストに何かお礼がしたいのだけれど、どうしたらいいかしら?」

「主はドラゴンが好きなのです。アリシア様に関わること自体がご褒美になっているので気にされなくても結構ですよ」

「以前、私がドラゴンの血を引いているからと言って髪の毛を欲しがられたことがあるのだけれど……普通は無いわよね?」


 髪をセットしている手が止まる。鏡越しに見る彼女の顔が怖いものになっている。何か悪いこと言ったかな。


「ええ、普通はございません。主が失礼をいたしました。代わってお詫びいたします。ドラゴンがかかわると見境が無くなることがございまして。わたくし共も注意してはいるのですが」

「苦労しているのね……」


 城へは馬車で向かう。近くなんだから歩いて行けばいいのにと思うがそうもいかないらしい。ばば様は色留袖の着物、エルンストは宮廷魔術師の正装、私はワインレッドの簡素なドレスだ。


「エルンスト、リッカはどうすれば良い?」

「正式に招かれていないので王に紹介はできませんが、念のためにアリシアに付いていてください」

「りょーかーいでーす」


 両サイドを編み込んで後ろを下ろした髪の毛の部分にリッカは潜り込んだ。






 案内されたのは、執務机と、ソファとテーブルがある部屋だった。机の傍に栗色の髪をした男性がいる。十年前に顔を見たきりの、私の、父様。緊張は最高潮だ。拒絶されたらどうしよう。握りしめた手はかすかに震えてしまっている。


「陛下、アリシア様をお連れいたしました」


 眩しいものを見る様な、懐かしいものを見る様なそんな穏やかな顔で。口角がわずかに上がっていて拒絶する様子は全く見られなかった。

 かすれた声が聞こえる。


「アリシア…か?」

「はい、父様」


 そう言って近づこうとしたが、父様の傍らにいた騎士に止められた。感極まって抱き着こうとしたのを自分で押しとどめる。冷や水を浴びせられたような気がした。これが王たる父様と私の距離か。

 記憶の中の父様よりも少し老けて、やつれている気がする。大丈夫だろうか。国王を務めるのはそんなにきついのかな。毒なんて盛られていないよね?心の底から信頼できる人はいるのかな?再会の喜びよりも父様への心配が次々に湧き上がってくる。

 マナーの先生が言っていたことを思い出して実行に移した。伸ばしかけた手でそのままスカートをつまんでお辞儀をする。


「本日は貴重なお時間を頂き……」

「よい。アリシア、おいで」


 父様が少し屈んで両手を広げて待っている。許可が出たので遠慮なく抱き着いた。幽かに香木のような香りがする。


「ほとんど初めて会うのに、ここまで私を父と慕ってくれるとは思わなかったよ。ああ、大きくなったなぁ。傍で成長を見守ってやることが出来なくてすまなかった。」


 ぎゅうぎゅう私を抱きしめながら涙声で言う父様につられて、私の目からもぼろぼろ涙が出てきた。


「父様ぁ」


 お互い、冷たく拒絶されることが無くて安堵もしていたんだと思う。泣きながら、父様と自分の服が少し濡れていることに気付いて、涙をぬぐって離れた。


「父様、母様にもお会いできると思っていたのですが……」


 父様はわずかに目を伏せる。曇る表情に胸騒ぎを覚えた。エルンストからも特に何も聞いていない。


「あの、もしかしてすでに亡くなられて……?」

「そうではない。すまん。隠しても為にはならないな。アリシア、落ち着いて聞いてほしい。メリュジーヌは……そなたの母はそなたのことを忘れている。」


 自分の元気な姿を見せて、産んでくれてありがとうと言うつもりだった相手にとって、私はいないことになっているらしい。


「生まれてしばらくしてから、そなたを産んだこと、手放したことを気に病んで、おかしくなり始めたのだ。記憶を消して、それからはずっと安定しているのだが」

「会わない方が良いという事ですか?」

「残念ながら……そういう事になるな。本当にすまない」


 父様は私にむかって頭を下げた。私の年齢からしてまだ若いはずなのに、下げた頭には白髪が混じり始めている。きっと苦労してきたんだな。


「母様が元気でいられるなら、私のことなど忘れて下さっても構いません。父様も迂闊に私の話が出来なくて大変だったでしょう?」


 驚いた顔をした父様。すぐにくしゃりと顔を歪め、目元の涙をぬぐった。涙もろい父様。王としての仮面を外して父親として接してくれているのがすごくよく分かる。


「優しい子に育って……ばば様に預けたのは間違いではなかったな。ここまで育ててくれて本当にありがとう」

「こちらこそ、子供のいない私に育てる楽しみとこの上ない幸せを与えて下さって、ありがとう存じます」


 ばば様、王の前ではさすがに年より言葉が抜けている。王宮で作られているお菓子は、ばば様考案の物が多いと聞く。父様も私と同じお菓子を食べていたんだと思うと嬉しくなった。


「さて……今後の事ですが」


 話が途切れた頃を見計らってエルンストが切り出した。父様が途端に王の顔になったので、私も真面目な顔をして聞く。


「村で襲撃を受けました。おそらくは神殿の手の者と思われます。遺体が残らなかったので検証はできませんでした」


 あ…う…。後のこと考えないでぱっくりやっちゃったからそんな支障があったとは知らなかった。エルンストの嫌味ではないよね。


「その時にアリシア様はドラゴンになられました。このまま村に残ればおそらく何度も襲撃を受けるでしょう。今後アリシア様がどちらで生活するか陛下のご判断をお願いいたします」

「何と、その年でドラゴンになったのか。アリシアはすごいなぁ」


 そう言って頭を撫でる父様。一瞬にして父親の顔に戻るがエルンストが咳払いをしたらすぐに厳しい顔になった。


「私の一存では決められぬ。ばば様に独断で預けて非難を浴びたからな。おそらく高等学校に進学することになると思うがそれまでの生活と教育をどこで行うか、議会に掛けることになると思う。アリシア、希望はあるか?」

「……誰にも迷惑がかからないところが良いです。私の知っている場所なんて村とエルンストの屋敷とお城ぐらいしかありません」


 本当は遠足で行った所もあるけれど言わないでおこう。父様はふむ、と頷いた。


「二、三日中に結論が出ると思うから、二人とも今日は用意させた部屋に泊まって行ってくれ」

「私は着物なのでエルンストの屋敷に戻ります。アリシアはどうする?」

「せっかくお父様が用意してくださったので泊まっていきます。お城はほとんど初めてだし」


 ばば様とエルンストは帰って行った。一人で初めてのお泊りだ、どきどきする。あ、実際には自分の家だからお泊りってわけでもないのか。リッカと一緒だから大丈夫だよね。

黒髪赤眼の王女を産んで周りからとやかく言われ、双子の王子を産んだことによって手のひらを返された王妃。(出番は未定)

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