エルンストの屋敷
お待たせいたしました。第二章、王都編スタートです。
「うわぁ……ここが王都かぁ」
王都リンドルム。初代国王の名を冠したこの都市は学術や商業、工業において王国随一であり、東西南北に伸びる街道のほぼ中心に位置している。
王都の周りをぐるりと囲む黒くて分厚い城壁を馬車で通過する。壁と言っても単に一枚の壁ではなく、通行のための手続きをする部屋や、見回りのための歩廊、所々に塔などもある。
城壁を通過してから窓にかかったカーテンを閉めるように言われたが、私は性懲りもなくカーテンの隙間から外を眺めていたので、エルンストに苦笑されてしまった。初めての王都だ。もしかしたらすぐに追い返されるかもしれない。少しでも目に焼き付けておきたいんだもの。リッカも一緒になって覗いている。
石畳の大通りの両側には、四、五階建ての商店が立ち並び、広場には噴水がある。様々な異世界の文化が集まってくるのか、見慣れない文字の看板があったり、いろいろな種族の人々……人とは言い切れないような生き物も歩いている。いつか、馬車を下りて歩いてみたい。村や他の町ではあまり味わえなかった『異世界』を堪能したい。
街並みが変わり塀に囲まれた庭つきの邸宅が見えるようになってきた。貴族が住むような家々が続く一画で馬車が止まる。すぐに降りることはせず、御者が誰かとやり取りをしているのを待っていた。おそらくそういうマナーなのだろう。
「エルンストって本当に偉い人だったのね」
「僕より身分の高い人が何を言いますか」
「私の身分なんて有って無いようなものでしょう?馬車の乗り降りだってマナーが分からないくらいだし」
「取り敢えずは勝手に降りなければ大丈夫です。貴女より身分の高い者は王と王妃ですが、襲撃による全滅を防ぐため一緒に乗ることは絶対にありません。二人乗りの馬車でも必然的に後部座席が貴女の座る場所になります」
馬車がまた動き出した。敷地内に入っていくようだ。すぐに止まり扉が開かれると、御者ともう一人。初老の執事らしき人が見えた。
「まずは、ウィルから降ります」
「……マナー云々を言うならアリシアを呼び捨てにするのは変えた方が良いですか?アリシア様?アリシア殿下?」
「ウィル、止めて。呼び捨てでいいから」
いきなり距離を置かれたみたいで何だか悲しくなる。これからの事を考えるとただでさえ不安定なのに、泣きたくなるようなことを言わないでほしい。
「ご本人の許可が出たので良いと思いますが、もし君が公式の場に出ることがあればその時だけ気を付けるようにしてください」
ウィルが頷きながら降りる。次に私の隣に座っていたエルンストが降り、私の向かいに座っていたばば様に手を差し出した。私にも手が差し出される。
「乗り込むときは逆の順番になります。私とチハルさんの位置は身分差は気にしなくていいですが、ウィルの座っていた場所が一番下になりますね」
「私はいつ降りればいいですかー?」
「リッカは―――――――――いつでもご自由に降りて下さい」
あ、即答できなかった。妖精の降りる順番なんて聞いた事ないものね。それにしてもマナーって面倒くさい。王女らしい口調になるように少しずつでもいいから心がけよう。私たちのやり取りを見守っていた執事が声を掛けてきた。
「おかえりなさいませ、エルンスト様」
エルンスト様だって。思わずウィルと顔を見合わせて笑いそうになった。そっか、ここでは屋敷の主なんだ。村では師匠の家の居候だったからぞんざいな扱いだったけれど、少し気を付けないと。
「アリシア様、チハル様、ウィル様、ようこそおいで下さいました。当館の執事を務めておりますセバスチャンと申します」
「お世話になります」「よろしく頼む」と、ウィルとばば様。―――執事のセバスチャン、なんて覚えやすいんだろうなんて思ってた私は慌てて会釈をするにとどまった。
玄関ホールには雰囲気に似つかわしくないドラゴンの置物があった。外の植木もドラゴン型に剪定されていた。間違いなくエルンストの屋敷だ。
荷物は他の使用人たちに預けて、セバスチャンに応接間に案内され、お茶をしながらエルンストの説明を聞く。
「三日後に国王への面会の申し込みをしてあります。公ではなく私的な面会として申し込んであるので、玉座の間での謁見とはならないと思いますが、服の準備と簡単なマナーを覚えてもらいます」
一人の女性が部屋の中に入ってきた。品のいい、おそらくは貴族女性。金髪に緑色の瞳。誰かに似ているような……?ウィルがお辞儀をすると彼女も会釈をした。知り合いかな?
「アリシア、チハルさん。彼女はエリーゼ嬢の母君に当たります」
「初めまして、アリシア様。チハル様。エリーゼの母のテレーゼと申します。」
「彼女は貴族の身でありながら服飾関係の商売を行っていて、王都のドレスの流行は彼女の発信によるものと言っても過言ではないほどです」
思わぬところでの繋がりに驚きを隠せないでいる。ああ、まずはご挨拶をしなくては…と思ったけれど、どうしていいのか分からない。
「初めまして、アリシアです。以後、よしなに…」
取り敢えず少し古い言い方で言ってみた。スカートの端をすまんでお辞儀したいところだけど今はいているのはズボンなんだよね。どう?合ってる?間違っていない?心臓がバクバクしている。
テレーゼさんは、特に気に留めることもなく話を続けた。どうやらセーフらしい。
「今から採寸をして急いで服を仕上げますので、デザインははこちらにまかせて頂きますがよろしいでしょうか?」
「ええ、お願いします。チハルさんも別の部屋へどうぞ。ウィルは城へは行けませんので先に部屋に案内しますよ」
別室には数人のお針子さんがいた。メジャーで肩幅や身頃を測り、メモを取り、型紙をその場で作り、用意された布地を体に当てて色合いを見ていく。仕事が早い早い。
ばば様は、昔購入した着物を着ていくようだ。少し驚いた。着物そのものが転移してきたのか、着物を作ることのできる人が転移してきたのか……着付けできる人がお針子さんの中にいることから後者であると思うが、それにしても着物を扱えるお店まで存在しているなんて。広げてシミや虫くいなどのチェックもしていく。
「着物の方も大丈夫そうですね。草履や足袋なども問題ないようですし。では本日中に店に戻って仮縫いを行い明日また来ます。あさってまでには仕上がると思います。」
「よろしくお願いします」
テレーゼさんとのやり取りが気になって夕食の時にウィルに聞いてみた。
「母さんの知り合いなんだよ。いつもテレーゼさんの所で服を買っているからね。でも飛空船で会った女の子が娘だとは気が付かなかった」
母親の知り合いの認識なんてそんなものだよね。それにしても世間は狭いなあ。
―――次の日
「父上、母上、って呼べばいいのですか?」
「女性の場合は父様、母様です」
響きが柔らかくなるから、らしい。只今、付け焼刃のマナーをお勉強中…なんて身もふたもない言い方だけど。エルンストの連れてきたマナーの先生はかなり厳しい。
「いいですか?まずは部屋に入って紹介されたら本日はお時間を頂きありがとうございます、と……」
「私、両親に会うだけなのにそんなこと言うのですか?」
「言うんです。立場をわきまえて下さい。貴女は城を追い出された身なのですよ」
そんな風に言われたら口を噤むしかない。頬を膨らませ明らかに怒っているリッカがこちらを見ていて、目があった。これはきっと後で爆発するな。
「本日はお時間を頂きありがとうございます。ご紹介にあずかりましたアリシアと申します。どうぞよしなに……」
スカートの端をつまんで、片足を後ろに引いて会釈する。絶対に違うと思う、これ、身分が割と下の方の人の初対面の挨拶って気がするのだけど……そう思いながらも私は笑みを張り付けて先生の採点を待っている。
「素晴らしいです。後は面会までに練習をして完璧なものにしてください」
先生は満足しながら帰って行った。反対に私の不満は頂点に達している。自分が『追い出された様なもの』と言うには構わないけれど、何も知らない人が言うのは腹立たしい。
「もーなんなんですかーあのひとー不敬極まりないですよーエルンストに言いつけてやる」
「次が無ければいいよね。本当にこれで合っているのか分からない感じだし、あんなこと言う人にはもう二度と教わりたくないよ。」
でも、似たような扱いをしてくる人はいない、と断定できない。お城の中でもそんな人がいるかもしれないな。少しだけ覚悟しておこう。
数年後……から始めようかと思いましたが、普通に続いてますね。執事はセバスチャン。これだけは譲れません。




