勇者
お願いします、と頭を下げて、そのまま師匠の返事を待つ。長い時間続く沈黙に、私は焦りはじめた。うう、我ながら馬鹿なことをしでかしたとか、誰がそんな頼み聞くか馬鹿って言われたらどうしようとか。そんな考えが頭をグルグル回り始めたころ。
「お前、魔王になるかもしれないのか?」
と、師匠とは違う声が聞こえたので慌てて頭を上げると、テッドとウィルもそこにいた。
ぎゃああぁぁぁぁあ、という叫びは幸い声にならなかったけど―――やってしまった。師匠しか目にはいってなかった。テッドはポカンとした顔、ウィルは少し首を傾げて、師匠は呆れた顔でこちらを見ている。どうしよう、どうやって誤魔化そう。この子たちも危険に巻き込むかもしれない。私苛められるかもしれない。
正座をしたままわたわたしていると、テッドの元気な声が聞こえた。
「大丈夫。もしも魔王になったとしても、その前に俺が勇者になってお前を倒すから!」
にいーっと笑って胸を張った。
すごい。事情もよく知らずにそんなことが言えるなあ。呆れているんじゃないよ。ほぼ初対面の人のことを信じて子供ってすごいな。
「だからお前も魔王にならないように頑張れ!」
やれやれとため息を吐きながら、師匠もテッドの言葉をフォローする。
「ま、そういうことだ。一応、万が一の事は俺も覚悟しておくが。努力は必要だな」
願いが聞き入れられてよかった。緊張が解け、涙がにじんで視界が霞む。師匠はぽんぽんと私の頭を叩いた。
「良かったな?」
師匠の言葉にほっとしてうん、うんと何度も頷いた。
その後はテッドが大興奮してはしゃいでいた。
「師匠は魔王を倒したことあるのか!すげえな、師匠!」
「ふふーん。どうだすげぇだろー」
「俺が勇者だからウィルは魔法使いなー」
「嫌だ、僕も勇者が良い」
どちらが勇者になるかでもめて、喧嘩が始まってしまった。慌てて師匠が声を懸ける。
「おい、そろそろ稽古始めんぞ」
「うるせー師匠…じゃなくて魔王!ここであったが百年目!」
「テッド、意味わかって言ってるの?」
あ、うまい、師匠。ごっこ遊びがそのまま稽古に入ってる。柔道と空手がごちゃ混ぜになっている感じになっているけれど。賑やかだなあ。元気だなあ。体力が有り余っている感じだ。私は隅の方に座ってその様子をみていた。
ひとしきり動き回って休憩中―――
「テッド、ウィル、アリシアが魔王になるかもしれないってのは絶対誰にも言うなよ。男同士の約束だ」
ふと真面目な顔をして師匠が二人に念を押した。子供って簡単に話ちゃうことよくあるからね。事態を悪化することへの歯止めは必要だろう。二人は「おうっ!」「はいっ!」と元気に返事をした。
―――何だか視線を感じる。テッドが私の顔をじーっと見ていた。え、何だろ?何か私の顔についている?
「っていうかお前誰だ?」
「「「いまさら?」」」
私、師匠、ウィルの声が重なった。ウィルがため息を吐いて私の紹介をする。
「昨日話しただろ?ばば様の孫娘のアリシアだよ」
「そっか!俺はテッド。よろしくな」
「うん、よろしくね」
私がそう言うと、テッドは手を差し出してきた。がっちりと握手を交わす。おお、なんかこれぞ友情って感じじゃない?
稽古の終わる頃、師匠は私に話があると言い、テッドとウィルが帰った後。
「ロベルト!アリシアを見んかったかっっ?」
ばば様が血相を変えて飛び込んできた。あ、村へ来るっていうの忘れてた。
面倒見のいい師匠。