生きて
元の姿を想像し、念じるとあれだけ大きかった体がしゅるしゅると縮んでいく。うん、大丈夫そうだ。
「リッカ、いる?」
「はーい、いますよー。ご主人様ーお疲れ様でしたー」
「私、変じゃないよね?魔王化してないよね?」
「はい、大丈夫ですよー敵もあっという間に消化されたみたいですしー」
リッカの言葉に自分がしたことを思い知らされた。人を食べちゃったんだ、私。……それよりも今は大けがを負っていたテッドの事だ。私は急いで集会所の方に向かった。
床に寝かされたテッドの回りには血だまりが出来ている。呼吸が荒い。アレンさんがテッドの手を握っていて、傍らにはドロシーちゃんを抱きあげたお母さんらしき人物がいた。少し離れたところで村の人たちが見守っている。ドロシーちゃんが涙目になって「おにーちゃん」と呼びかけていた。
「敵は倒してきたよ。ウィル、テッド大丈夫?」
「今、一番強い治癒魔法掛けているけれど、呼吸が…おかしいんだ。毒か何か……食らっているのかも」
「リッカ、調べて」
「えーと、毒です…治癒魔法の効果を妨げています」
「解毒の魔法は使える?リッカ」
頷いたリッカはテッドの上で魔法を使い始めるが軽い呪詛を含んだ毒のようで一向に状況が良くならない。魔法が得意なウィルなのに回復の方も追い付かないみたいだ。ごぼっと血を吐くテッドを見て死が間近に迫っていることを予感させた。喉の奥が震える。気が付いたらウィルの横に座って大きな声を出していた。
「テッド、勇者になって…私を止めるって言ったのに…ねえ、どうしてそんなところで寝ているの?」
私は必死で呼びかける。治癒魔法を使えないのがとても歯がゆい。視界が涙でゆがんで喉の奥から熱いものがこみあげてくる。テッドの目じりからつうーっと涙がこぼれ、顔色は血の気を失って青白くなっていく。
「テッドが魔王化の原因になってどうするのよ。敵はもうとっくに私が倒したよ」
じじ様、ご先祖様、テッドを連れていかないで。まだ早すぎるよ。……まだ十年ちょっとしか生きてないんだよ。こんないい子が死んでいいわけがないよ。
「テッドっ生きてよっっ死んじゃダメっ」
握られていた手がするりと抜けおちる。あんなに呼吸を荒げていたのが嘘のように静かになった。アレンさんが「テッド」と震える声で呼びかけてもう一度手を握るもその手が握り返すことはなく。
『お前、魔王になるかもしれないのか?』
『大丈夫。もしも魔王になったとしても、その前に俺が勇者になってお前を倒すから!』
『スノードロップって言うんだ。時々雪に混じって召喚されて、上から降ってくる。雪が消えてもこの花は消えない。花言葉は『希望』だって』
『うん、似合ってる、…か、かわいい』
『それに俺はアリシアを殺す約束なんてしていない!魔王になりそうだったら、なる前に倒すって約束しかしていない!死ぬ覚悟なんて勝手に決めるなよ……』
『攫われたのが魔法が使えるウィルだったら?お前は付いてこなかったか?』
『俺もー心配したぞー』
次々とテッドの思い出がよみがえっていく。笑ったり怒ったり泣きそうな顔だったり。もう何もしてあげられないのかと思うと悔しくて悔しくて私は歯を食いしばっていた。
―――本当に、もう何もできることは無いの?本当に?
前世が医者だったらなんとかできたかもしれないのに。心臓マッサージ?出血のある血管の縫合?輸血?―――輸血。血に染まったテッドを見ていたら突然エルンストの言葉が脳裏に浮かんだ。
『一滴、経口摂取です。口の中にさえ入れば効果はあります。ただし、それ以上与えると拒否反応が出る可能性があるので一滴だけです』
私は自らの手のひらを傍にあったウィルの剣でためらいもせずに切った。
「アリシア、何を!」
「だまってて!」
滴る赤いしずくを一滴だけ、テッドの口のなかへ入れる。次のしずくが垂れる前に手を外して、様子を見た。
皆が固唾を飲んで見守る中、止まったはずの呼吸がかすかに聞こえ、胸が上下に動き始めた。流れ出していた血が止まり傷口の皮膚が物凄い勢いで再生していく。
「テッド?……リッカっっ!」
「はい、大丈夫です。持ち直しましたっ、……ひっく、えぐっ、よかった。ううえぇぇーん」
あちこちから安堵の息とすすり泣きが聞こえてくる。あとは師匠とリタさんだ。ふーうとため息をつくと倦怠感が急に襲ってきた。緊張が解けたからだろうか…と思ったら村長が話しかけてきた。
「犠牲者はゼロか。もう周辺に危険はないのだな」
「は、はい。複数のモンスターを連れて一人で来たと言っていました。テッドがモンスターをすべて倒し、私がその一人を倒したので…リッカ、周辺に敵の気配は?」
「全くないです……あ」
再び緊張感が走る。ウィルが剣に手を掛け、私は、戦闘態勢へと気を持ち直した。
「ごめんなさい、師匠さんたちが帰ってきました」
間もなくして道場に姿を現す師匠とエルンスト。
「師匠、リタさんは?」
「無事だ。家へ送ってきた。それより状況を説明してくれ」
リッカが危険を察知して門付近の住民から非難し、テッドは一人で立ち向かっていって重傷を負ったこと。私は治癒魔法が使えないのでウィルに回復を任せて敵を倒したこと。テッドに私の血を飲ませたことを二人に報告した。
「エルンスト、テッドは大丈夫かな?」
「三日ほどで意識が戻るはずです。ただ、その後の活動については様子を見ないと何とも言えません」
私が何とかできるのはここまでか……と思っていたらウィルが急に意識を失って傾いて行った。慌てて支えると、師匠が「おそらく魔法の使い過ぎだ」と言う。治癒魔法をずっと使い続けていたから、無理もない。
緊張が解けて皆がほっとしている中、村長が声高に指示を出していった。
「自分の家が無事である者は戻ってくれ。そうでないものは道場へ寝泊りを、アレンはテッドを連れて家へ来い。今回の功労者だ、無下に扱うことは出来ないし治療が必要だろうからな。明日から焼けた建物の撤去と再建だ。今日は解散!」
「お前もチハルの所へ戻れ。無事な姿を見せて安心させてやれ」
師匠に言われ、リッカと一緒に帰るとばば様が家の前で待って行った。走って行って抱き着く。ばば様は泣いていた。
「ただいま、ばば様」
「おかえり、アリシア。無事でよかった」
家がたくさん燃えてしまったこと、テッドが大けがをしたこと、ドラゴンに変身してしまったこと、……敵を食べてしまったことを正直に話した。
「ここから少しだけドラゴンになったアリシアが見えた。」
「それじゃあ……村のみんなにも見られたかな?」
「おそらく。アリシアを追い出すことはせんだろうが、ここを出ることも考えなければのう」
「うん……」
誰も死ぬことなく、私が魔王になることもなく、村を守ることが出来た。師匠もリタさんも、エルンストも無事。あとはテッドの目が覚めるのを待つだけだ。なのに……なのにどこか気分は晴れないでいる。
私がこの村に居続けたら、また同じことが起こるかもしれない。ばば様の言うとおり、村を出た方が良いのだろうか。
―――桜の木の下で、誰かが笑った気がした。
テッド、助かりました。書き始めた当初は死ぬ予定だったのですが、ある程度まで書いて読み返していたらアリシアが生き残るフラグを立てていました。




