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私が魔王になる前に  作者: よしや
第一章
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襲撃

 ベッドの横の写真立てには飛空船に乗ったときの写真が飾ってある。手に取って見るその写真は私の宝物だ。前側にテッド、私、ウィル、後ろにエルンスト、師匠。発着場を背にしてみんなが笑顔で写っている。大人二人は全く変わらないけど子供三人はかなり成長したと思う。毎日顔を合わせていると分かりにくいけれど、こうして昔の写真を見ると実感するな。


 師匠が村を出て三日が経った。ばば様には会合があった日に全部話して、村へ行かないように言ってある。それから口数が少なくなり、最初は怒っているのかと思って聞いてみたら考え事をしているだけだと言われた。

 夕食を食べ終わった後、なんだか神経がピリピリするような感じがした。感覚が鋭くなるような、胸騒ぎがするような、ひどく落ち着かない感じがする。


「リッカ、なんか変じゃない?」

「……ええ、悪意を持つものが近づいてきているようです」

「どちらの方向?」

「村の入り口の方角からです。まだ距離がありますね」

「テッドに知らせて、門付近の人たちに避難するように指示を。私はウィルや村長に知らせに行くから」

「りょーかーいでーす」


 ぴゅーっと勢いよく飛んでいくリッカの後を追うように、ペンダントを身に着け日が落ちて暗くなった外へ出て走り出そうとするも、ばば様に物凄い力で引きとめられる。


「行くな、アリシア。行ってはならん」

「どうして?」

「ここにいれば安全じゃ。ここにいればドラゴンにも魔王にもならずに済む。セイイチロウが死んだ後、せめて子供がいたらと嘆いていたわしに陛下が機会を授けてくださったのに、アリシアに何かあったら陛下にどんな顔をすればいい?」


 頼む、頼むから、お願いだから、もう一人になるのは嫌だとばば様は悲痛な声と共に私に縋り付く。……ばば様ってこんなに小さかったかな?と、ふと思った。……ああ、いつの間にか私が成長したのかと納得しながら、そっとしがみついていた細い腕を外す。ふっくらとしていた手もいつの間にか少し痩せていた。

 いつか見た霧の虎が駆け寄ってきた。雪の日でなくても現れるんだね。ぐるぅと喉を鳴らしながら私にすり寄ってくる。ひんやりと霧の感触を感じるだけなんだけど、心配してくれているのがよく分かる。

 私は安心させようとばば様に笑いかけた。


「大丈夫だよ、ばば様。ドラゴンにも魔王にもならない様に気をつけるから。虎さん、ばば様をよろしくね」

「アリシアーっ」


 私はばば様の叫びにくるりと背をむけて村へ走り出した。村の入り口付近から爆発音とともに火が夜空に舞い上がる。出遅れた。できれば村の外で防ぎたかったんだけど。



 広場付近から門へと続く道の周辺の建物が燃えて煌々と夜の闇を照らしている。私は目についた火を片っ端から水魔法で消していると道場の方の道からウィルが剣を持って歩いてきた。ウィルの家に続く方は被害が全く無いみたいだ。リッカもついてきている。


「ウィル!リッカ!良かった、無事だったんだね」

「村の人たちは道場の方に避難してもらっている。アリシア、何で来たの。狙いは多分君だろう?」

「火が上がっているのが見えたのに見ないふりして閉じこもっているなんて出来ないよ。それよりテッドが見当たらないね」

「大声で何度か周りの人に知らせると剣を持って門の方へ向かっていきました。結界も壊されてしまったみたいです」


 門へ続く道はすでに崩れ落ちている家も多い。テッドは無事なんだろうか。逃げ遅れたものがいないか確認しながら火を消していく。


「おんやぁ?これはこれはぁアリシア殿下ぁ。ご機嫌麗しゅう…」


 ねっとりとした声が聞こえる方を向くと、仰々しく礼をしてくる男がいた。耳元まで裂けるような口でにたぁーと笑うが、蛇のような眼は全く笑っていない。見るものに生理的嫌悪を与えるような表情は今までどんな生き方をしてきたのか想像に難くない。


「あなた、神殿の関係者ね?」

「ふふっよくおわかりですねぇ。貴女がサッサと魔王にならないのがいけないんですよぉ。いろいろ仕掛けを施してきたのにぃどぉして引っかかってくれないんですかぁ?」

「ここに来たのはあなただけなの?」

「……高い金払ってモンスターをたくさん雇ったのにぃみーんなこいつがあっという間に駄目にしちまいやがってぇ」


 男は荷物でも放るように何かをどさりと投げ出した。見慣れた赤毛と血の境目が分からない。手には剣を持ったままだが、だらりと力なく地面に投げ出されたままだ。


「「テッド!」」


 テッドはピクリとも動かない。ウィルが駆け寄って様子を見るが、二人を攻撃しない様に私は男を睨みつけている。「まだ生きてる」と言うけれど手当をしなければ危ないのは明らかだ。


「こぉんな剣一本で来られてもねぇ。魔法も使えないただのガキがぁ。おかげで他の奴ら殺しそこねちまってぇ」

「そう、テッドは頑張ったのね。ところで、あなたの他には誰もいないのね?」

「くどいなぁ弱いやつを痛めつけるチャンスなのに他に連れてくるわけが……」

「良かったわ、たとえあなたを殺したとしても誰も見ていないって事ですものね。私がドラゴンに変身したとしても」

「アリシア……」

「ウィル、テッドをお願い。治癒魔法を使えない私が下がるわけにはいかないでしょう?リッカは私の援護をお願い」


 テッドを抱えたウィルが広場を抜けていくのが視界の隅に映る。魔法が使えないとは言え、テッドの剣の攻撃は相当なものだ。気を抜いて勝てるような相手ではないだろう。


 取り敢えず氷の刃をいくつか出現させ、敵に向かって放つ。男は魔法で反撃するが、その隙に接近し拳や蹴りを全力で入れていく。相手が反撃する暇もないほどに、時折拳や足に火や雷魔法を這わせながら。男が防護した腕にはやけどの跡がついている。でも私の馬鹿力なら骨が折れてもいいはずなのに、男にはそんな気配が無い。……骨が無い種族? 

 いったん間を置いて様子を見た。テッドの剣も効かなかったなら打撃も斬撃も無効?魔法だけが有効なのかな?ならば……私は雪合戦の時の様に雪玉を多数、宙に浮かせた。ただし、雪玉の中央には圧縮した風を入れて、男目がけてぶつける。私の目論見通り男は多数の傷を負った。


「なかなかやりますねぇ。でも…私は殿下に魔王になってもらうために来たんですよぉ。ただ、殺しに来たわけではないんです」

「ご主人様気を付けてください。『呪い』が来ますっ」

「遅い」


 地面から細い魔力の鎖が飛び出して手首に絡みつく。鎖の周りを黒い呪詛が這い上がってくる。まずい。焦って鎖を引きちぎろうとするが物理では無理らしい。そうしているあいだにもずずずと文字の様なものが移動していくのが見えた。

 ―――私が呪いを防ぐ方法で思いつくのは一つしかない。誰かが見ているかもしれないけど、魔王になってしまうよりはマシだ。ドラゴンになった自分をイメージし、指先まで感覚を広げていく。



 全身の肌が泡立つように拡張していき、手首に絡みついていた鎖はぼろぼろと崩れ落ちていく。髪の毛がざわめいて神経が研ぎ澄まされていく。思っていたよりも冷静な自分にどこか安堵している。

 自分の視界がどんどん高い位置に上がって行き、普段は見ることのない村の建物の屋根の上側が眼下に見えた。

 手の先には真黒な皮膚と鋭い爪が生え、男の足元まで伸びた。

 男の顔が恐怖にひきつっている。覚悟の上でこの村へ来たはずなのにね。私の、夜の闇の様な肌を自分でつけた炎が照らしだすさまはどの様に見えているんだろう。


 目の前の敵を排除することを考える。爪で八つ裂きにするのが良いかな。圧死させるのもありだよね。でも物理は効かないか。

 魔法は駄目だ。この状態で使ったことが無いから、どれだけ周りに被害を及ぼすかわからない。ブレスはなおさらだ。……だから練習しておきたかったんだけどなあ。

 少し考えて男の襟首を口でついばみ空へ放り投げた。落下点で口を開けて待つ。「ぎゃああああぁぁ」と耳をつんざくような悲鳴と共に私の喉の奥へと消えて行った。これなら、誰かが遺体の処理をすることもないし、来たには来たけれど行方不明ってしらばっくれることもできるものね。


「ごちそうさまでした」


 命を頂いたのだから、しっかりご挨拶をした。


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