師匠のいない村
「ロベルトさーん、お手紙でーす」
今日、手紙を届けに来た商人はリタさんでもリタさんのお父さんでもなかった。読んでいた師匠の顔が段々強張っていく。
「リタが神殿に捕らえられた。来なければ命は無いとのことだ」
「そんな……もちろん助けに行くんだよね?私も一緒に行って…」
「ダメだ。今までの手紙は単なる呼び出しだった。俺だけを村から引き離すのが目的だろうと思って放置していたが……」
今まで時折見かけた手紙がそんな内容だったなんて知らなかった。そういえば最近は師匠が一人で出かけることが無くなっていた。外へ出たのは私も一緒に出た遠足の一回限りだ。…その間に襲撃されることが無かったのは、神殿の大きな行事が春にあるかららしい。詳しくは話してもらえなかった。
「俺がいなくなれば、アリシアがどこにいても村は襲撃されるだろうな。精神的ダメージを与えて魔王にするのが目的だからだ。自分が村に居て村が襲撃されるのと、自分が村に居ない状態で襲撃されるのではどちらがいい?」
そんなの前者に決まっている。自分がいない状態でこの村の誰かが死んだなんて言われたら後悔の念で魔王にならない自信が無い。
それに、エルンストがいない。王都に行ったきり戻ってこない。きっと夏祭りの警備に駆り出されているのだろう。師匠までいなくなれば、この村で本格的に戦えるのはテッドとウィルと私だけだ。
リタさんはそろそろお嫁に行く時期だ。もしも何かあったら、私は―――
「師匠、リタさんを助けてあげて」
「だがこの村が」
「行って、行きなさい、ロベルト―――」
いきなり名前を呼ばれた師匠ははっと顔を上げた。私は深呼吸をして手を胸に当て、出来るだけ威厳を出せるようなはっきりとした声を出す。
「王女アリシアの名において命じます。リタさんを絶対に助けなさい。……じゃないと魔王になるかもよ?」
最後の一言でその場にいた全員が、こけた。師匠が苦笑いをする。
「……前半だけだったら感動したのになあ。後半は脅しじゃねえか」
「全くですよー流石ご主人様ーっていうつもりだったのにー」
「だって、名ばかりの王女が何かっこつけてんだって途中から思って……恥ずかしくなったんだよぅ、うう」
両手で押さえた顔がカーッと熱くなっている。今鏡を見たら絶対に真っ赤だ。
「行ってこいよ師匠。この村には勇者が二人もそろっているんだぞ?」
「そうそう。自分の弟子たちを信じるのも師匠の務めのうちですよ」
テッドとウィルはちゃんとかっこつけられてるのに。なんで私はここぞと言う時に決められないかな。
「お前ら……。よし、軽く準備だけしていくぞ。暫く稽古と授業は中止。これから開く村の集会に参加して警備と鍛錬を怠らない事。出来るだけ早く帰ってくるから無理はしない事。分かったな」
「「「はいっ」」」
「ご主人様ーばば様に知らせてきましたよー」
「有難うリッカ。」
ウィルとテッドは手分けして集会を開くことを村の人たちに知らせている。
「アリシア、村を襲撃される理由を聞かれても絶対に王女だという事はばらすな。お前らもいいか?」
「だめだよ誠実に話さないと……みんなを巻き込んでしまうのに」
「位の高いものってのは何もしていなくても反感を買うことは多い。それに王女と言う情報から魔王の予言までばれるかもしれない。そうしたら今まで村に居たことすら責められるかもしれないぞ」
納得がいかない。危険に巻き込むのに理由を知らせないなんてそんな都合のいことなんて出来ない。何だか自分の保身ばかりを考えているみたいだ。……心配してくれる師匠には悪いけれどタイミングを見計らってみんなにばらしてしまおう。それで責められても仕方がない。
その日の午後、いつもは道場としいて使っている集会場に村の人たちが集まってきた。テッドのお父さんのアレンさんやウィルのお父さんの村長も来ている。くりから亭のおかみさんたちや秋祭りの企画のおじさんや司会者。畑仕事を手伝わせてもらったおじさんやおばさん、他にも見知った顔ばかりだ。
集まってきた人たちを見回して、師匠が会合の指揮を執った。
「緊急事態だ。この村に来ている行商人のリタが神殿に攫われた。助けに行くことが出来るのはおそらく俺しかいないだろう。ただし、俺が出ていけば神殿は村を襲撃する可能性がある」
襲撃と言う物騒な言葉を聞いて村の人たちがどよめいた。この村で普通に生活していたら滅多に聞かない言葉だ。みんなが顔を見合わせる中、村長が尤もな質問をしてきた。
「どうして村が襲撃されなければならないのだ?」
「おそらく、アリシアを狙ってくるのだと思う」
村のみんなが一斉に注目する。私は俯くことなく前を向いている。こっそりと拳を握りしめた。
「では君を差し出せば村は無傷でいられるのではないかね?」
「父さんっ、それはいくらなんでも……」
「ウィル、たとえ理不尽に見えても選択肢はいくつも用意しておくべきなのだ。皆を纏める役目にあるならなおさらな」
私も村長の意見に賛成だ。犠牲を最小限に抑えられるのならそれも選択肢のうちの一つだ。
「私が捕まることでこの村が守られるならそうしています。そうする覚悟があります。でも……」
「そうだな、アリシアを知っている以上皆殺しにされる可能性は非常に高い」
師匠が事実と違う事を言った。正しくは私が知っている以上、だ。知らない場所で知らない人が殺されても同情はするが魔王になってしまうほど私はお人よしではない。
「だったらどうして森の家から出てきたんだ。この村と関わりなく生きていくことだってできたはずだろう?」
拒絶。されることはわかっていた。やるせないな。
―――事情を明かすならここだろうか。すべて明かすべきだろうか。
「私は……私がこの村に来たのは理由があって……」
「ほう……どんな理由だ?」
ググっとお拳を握りしめる。嫌われるかもしれない。村から追い出されるかもしれない。お腹に力を入れて両足を踏ん張って、私は覚悟を決めた。何を言うか気づいた師匠が止めようとしている。
「アリシア、ダメだ―――」
「それは、私が魔王になると予言された王女だからです。魔王になるのを防ぐためにこの村へ来ました。善行を行ったり、人と関わって滅ぼすのではなくて守ろうという意識を持つためです」
「つまり、自分の為に村を危険にさらそうとしているという事だな」
師匠にもばば様にも言えなかったこと、密かに心の奥底でそうなんじゃないこと言う事を村長に見透かされた。何も言えない。
「村長、さすがにアリシアちゃんが可哀想だ。そこまでにしておいてくれねえか」
「アリシアちゃん。私らは皆アリシアちゃんの事情を知っているよ。王女だという事も、魔王になると予言されてばば様に預けられたこともみーんな知ってるよ」
「納得いかないってやつらはその記憶だけ消されてすでにこの村から出て行った。ここにいるのは君を受け入れたものばかりだ」
予想もしていなかった言葉に私は目を見開いた。村長を見上げると村長はふんっと言ってそっぽを向いている。次いで師匠を見ると、愕然とした顔をしていた。
「俺は知らされていなかったぞ!」
「チハルさんの所に預けられたんだ。面倒見のいいお前が受け入れないわけがなかろう」
どっと笑う村の人たち。村の人たちよりも長生きしているのに手玉に取られている師匠。ちょっと情けない顔をしている。
「この村はね、余所で受け入れられなかったり、余所から逃げてきた人たちが集まっているはぐれ者の村なんだよ。村の外にいる信用できる人たちの紹介とか。ロベルトみたいに拾われた人だっている」
「城から追い出された王女様だってこの村じゃ一人の女の子だ。大丈夫、追い出すなんてまねはしねぇから」
「今までアリシアちゃんにはさんざん世話になってるしねぇ」
涙がジワリと視界を覆った。
「ありがとうございます。それからみんなを巻き込んでしまってごめんなさい」
「大丈夫大丈夫。さて、これからロベルトのいない間の見回りや避難について決めちまおうか」
おおーっと声が上がる。泣いている暇なんてない。敵がどこから来るかの予想とそれに対応した避難場所、リッカの索敵の能力による情報の伝達手段。巡回当番。幸い動けないほどの病人やけが人は今現在この村に居ない。いろいろな話を皆で詰めていってまとめて、その日は解散した。
「師匠、気を付けていってらっしゃい」
「ああ、テッド、ウィル、アリシアを……村を頼む」
師匠が森の中の道を曲がって見えなくなるまで見送った。夏がもうすぐ終わる早朝の光の中、師匠のいない日々が始まろうとしている。
私はペンダントの石を触りながら祈った。神も仏もこの世にいないなら、私が祈りをささげることが出来るのは一人しかいない。
ご先祖様、どうか私の大切な宝物たちを守ってください。




