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私が魔王になる前に  作者: よしや
第一章
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暴走

「え、師匠?ぎゃ~ごめんなさいっ」

「アリシア、見事な蹴りだ……もうお前に教えることは何もない……ぐっ」

「師匠、ししょー」


 倒れてしまった師匠にしがみついて喚いていると、ウィルが私を引っぺがして治癒魔法をかけた。


「全く何やってんの二人とも。アリシア、大丈夫だった?」

「ただいま脱走中。後ろの二人も攫われてきたみたい。敵も上に残ってるみたいだよ」

「そっか。エルンスト、この子たちの保護をお願いします」


 扉の奥を覗き込むとエルンストとテッドとリッカが大暴れしていた。テッドは手加減しているみたいだけど、エルンストとリッカは精神系の魔法で誘拐犯たちを無力化させている。もうとっくに戦意喪失している人達に追い打ちをかけていた。怯えた表情や痙攣している人もいる。……見なかったことにしよう。

 エルンストは子供二人を連れて出て行った。エルンストの身分を明かせば犯人かと疑われることはないだろう。


「やっぱりリッカが教えてくれたの?」

「うん、位置だけじゃ無くてアリシアの体調まで遠距離でもわかるみたいだ。それで誘拐だってわかったんだよ。僕は迷子だとばかり思ってた。ごめん」

「そうなんだ」


 実際には迷子になっていたんだけどね。黙っていればわからないかな~なんて考えてたら、ウィルがぎゅーと私を抱きしめてきた。


「怖い思いをさせてごめん」


 ううん、全然怖くなかった。むしろわくわくしてた。……あれ?ウィルが震えてる。むしろ怖い思いをしていたのはウィルの方なのでは……?自由になる両手をウィルの背中に回してポンポンと叩いた。


「大丈夫だよ、もう、大丈夫」

「いや、なんでアリシアの方が僕を慰めてんの?」

「ご主人様ー心配しましたよー」

「俺もー心配したぞー」


 後ろからテッドも抱き着いてサンドイッチ状態になった。肩にはリッカがしがみついている。ぐう、ちょっと苦しいかな。 復活した師匠がため息をつきながら私たちを見ている。ウィルやテッドが相手だとお父さんは出てこないんだね。……お腹すいた。



「おい!誰かいねえのか!」


 二階から声が聞こえてくる。忘れてた、まだ敵が残ってた。慌てて三人は離れ、戦闘態勢を取った。階段から降りてきた男は狐のような眼をした男だった。周りに誰もいないのでボスなのかどうかも分からない。

 剣…ともいえない刃物を持ってへっぴり腰で階段を下りてくる。ボスではないな、うん。


「牢屋に行ってみりゃハゲが倒れてるし……全く、人が飯食っている間に暴れてくれやがって」

「へえ、ご飯食べてたんだ。私たちには何にも用意してくれなかったのに?お腹空いていたんだよ?折角の楽しい遠足を台無しにして、一人だけ助かるつもりでいるの?」


 一歩前に出た私を、化け物を見るような眼で見ながら男が後ずさりしている。まだ何もしていないのにおかしいね。


「ねえ?なんで?どうしてこんなことをしたの?」

「アリシア、押さえろ。ウィル、テッド、二人で相手をしろ。」


 師匠に羽交い絞めにされた。ウィルとテッドが男の方へ向かうと男は二階に逃げていく。二人ともそのまま追いかけていった。


「師匠、なんで止めるの」

「腹減って怒り狂うなんて馬鹿か、感情を抑える練習をしろ、じゃないと……」


 マオウニナルゾ―――師匠は声に出さず口だけを動かしてそう言った。もしかしたら気絶するふりをしている敵もいるかもしれない、周りで誰が聞いているか分からない状況だ。

 目を瞬いて、自分の行いを振り返る。お腹は確かに空いているけれど、そのせいで怒り狂っているわけでは……あるかもしれない。自分ではちょっぴりイライラするなあくらいの感覚だったけど、普通の人にはそれが怒り狂ってるレベルなのかも。あんまり怒ったことが無いからわからない。気を付けないと。

 リッカが頭の上に乗ってきた。「どうやら落ち着いたようですねーおっかなくて近づけませんでしたよー」と声を掛けてきた。


「師匠、こっち終わったぞ。他には倒れているハゲだけだった」

「ああ、分かった。アリシア、出るぞ」


 二階から降りてきたウィルとテッドと一緒に出口を目指した。出口の外には騎士警察が数人いて、誘拐犯たちを縛り上げていた。


「その子がさらわれていた子ですか、できれば事情を聴きたいのですが…」

「あなたも私のご飯の邪魔をするんですか……っ痛い」


 脳天に衝撃が走った。涙目で後ろを振り向くと師匠が拳骨を固めている。警察の人にはウィルが対応した。


「すみません。この通りなんで昼食を取ったら行きますので……」

「ええ、それでは後程あちらへみえる建物へ行ってください」


 ここからでも見える水色の大きな建物がこの町の騎士警察の支部らしい。お礼を言ってからお店が立ち並ぶ通りの方へ向かった。


「皆はご飯食べたの?」

「誘拐されたアリシアを差し置いて食べるわけないだろう。俺も腹減った」


 テッドが答えた。敵とも戦ったからたくさん空いている。入ったお店は小洒落たレストラン……の隣の大衆食堂だった。


「ランチタイム過ぎてるしな。ボリュームあるし、今のアリシアにはこっちの方が良いだろう」

「うう、せっかくお洒落したのに……すみませーん、注文お願いしまーす。あんかけ焼きそばとー親子丼とーから揚げ定食とー」

「待て待て、俺らの分まで勝手に頼むな。まだメニューだって見てないんだ」

「え?全部私が食べるんだよ?」


 みんなの沈黙と視線が痛い。


「あ、心配しなくてもお金は多めに持ってきているから大丈夫だよ」

「「「そういう問題じゃない」」」


 本当は五人前くらい食べたかったんだけど三人前に抑えておいた。普段ばば様に遠慮してそんなに食べられないからね、こういうときぐらいはパーッと食べないと。もぐもぐもぐもぐ。


「そんなにお腹減ってたんですか―ご主人様ー前のご主人様もそんなには食べませんでしたよー」

「そうなんだ。あ、師匠さっきの訂正するよ。お腹空いて怒っていたのも少しだけあるけれど、他の子も誘拐していたのと、遠足を台無しにしたことに対して怒っていたんだよ」

「……腹いっぱいになってから言われてもなあ」


 丼がテイクアウトできると聞いたので天丼を頼んで持ち帰ることにした。馬車の中で食べようっと。

 他のお店でばば様へのお土産も買った。木工細工の可愛い小物入れ。この町の産業らしい。


「師匠、この後警察行かないよね?」

「ああ、お前の身元がばれたら厄介だからな」


 皆で町の入口へ向かうとリタさんが待っていた。


「よし、皆、忘れ物は無いわねー」

「何か忘れている気が……ああ!エルンストは?エルンスト置いてきた。リッカ、どこにいるか分かる?」

「えーっと、こちらに向かってますよー。あ、来た来た」

「待って下さーい。置いて行かないでくださーい」


 エルンストが走ってきた。何だかへとへとになっている。あ、転んだ。


「皆さん食事は済ませたんですか?まだ食べていないのでお腹が空いて……」

「はいこれどうぞ」

「え、いいんですか?」


 天丼を差し出すと、エルンストはまるで砂漠の中でオアシスでも見つけたかのような顔になった。自分のために買ったなどと口が裂けても言えない。テッドとウィルがその様子を見てぼそぼそと話している。


「あれ、エルンストのために買ってたのか」

「僕はてっきり馬車の中で食べるのかと……」



馬車は日が暮れる前に村へ着いた。今日はいろいろ楽しかったけど我が家が一番ほっとするね。


遠足編最終話。

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