お腹すいた
秋祭り以来、久々に見る炎の明かりは窓の無い石の部屋の冷たさを幾分か軽減しているように思えた。とは言え、後ろ手に縛られて転がされている床は実際には冷たいのだが。只でさえ狭い部屋なのにほぼ中央には棒状の鉄格子が嵌められている。格子のこちら側には女の子が二人、薬が効いているようですやすやと眠っていた。格子の向こう側には明かりと扉。扉にはのぞき窓が開いている。……はい、私アリシアは人生で初めて誘拐されました。
みんなと一緒に歩いていたはずなのに、いつの間にか一人になっていた。「ダークエルフを見ませんでしたか」とその辺にいた人に聞いたら見たと言うので、ついて行ったら布で口をふさがれ今に至る。どうやら布には薬を染み込ませてあったらしい。絶対に不可抗力だと思う。
魔法への抵抗はあるのに薬の抵抗力は無いんだね。普通に生活していたら分からないほどの大発見だ。 取り敢えず後ろで手を縛っているロープを外すことにした。少し力を入れたら簡単にぶちぶちと切れていく。腐っていたみたいだね、これ。なーんて、おそらくは私のドラゴンの力によるものだろうけど。はあ、一人でボケは虚しいな。
ぐうとお腹が鳴った。そういえばお昼ご飯を食べていない。
頼みの綱のリッカともはぐれてしまった。なのになんでこんなにわくわくしているんだろう?やっぱりあれよね、王女誘拐は鉄板だものね。ちゃんとヒロインしてるって感じがするよ。―――でも攫ったのが神殿だったらどうしよう。
助けてもらうのもちょっとだけ憧れなんだよね。神殿相手なら助けを待つより逃げた方が良いかな。でも、この鉄格子、私に曲げられるだろうか。初挑戦だね。
扉がきいっと錆びついた音を立て、男が一人部屋の中に入ってきた。いかにも悪役チンピラですと言った感じのスキンヘッドのごつい男。
「何だ、もう起きたのか……なんでお前笑っているんだ?」
「え、私笑ってますか?」
両手を頬に当ててみると確かに口角が上がっているような気がした。慌てて神妙そうな顔を作る。まずは神殿がかかわっているかどうか、だ。直接聞くのは流石にまずいだろうと思い子供らしい簡単な質問からしてみた。
「あの、どうして私たち攫われたんですか?」
「そこの二人は身なりが良いからな、身代金目的だ。お前は顔がそこそこ良いから花街へ売り飛ばす」
「え、私可愛いから誘拐されたの?」
始めて言われましたよそんな事。テッドに服を褒められたことはあるけれど。花街ってこの世界にあるの?呼び方違う気もするけれど……私の見た目って普通だと思うんだけど、そっか、可愛いのか。
「なんでそこでにやにやできるんだ、意味わかってんのか?お前誘拐されてんだぞ」
「え、ごめんなさい」
褒めたり怒ったり忙しい人だ。ああ、でもこの服ではお嬢様には見えなかったという事だね。少しがっかりした。お嬢様でなくて王女様なのにね。それと、神殿は関係ないことが今の会話から理解できた。神殿だったら売り飛ばすなんてことはしないもの。それにしてもお腹すいた。
男の大きな声で女の子二人が起きた。周りを見て状況を悟ったのか、しくしく泣き始める。
「ほら、見てみろこれが普通の反応だ!なんでお前は―――なんでお前は縛られていないんだ?」
「ああ、これ直ぐ外れました。不良品じゃないですか?他のも試してみますよ?」
そう言って私は他の子たちのロープも外す。外したロープを放り投げると、男は確認するためにしゃがみ込んだ。
その隙を見て二本の鉄格子を掴み、左右に引っ張る。鉄の棒はぐいぐい歪んでいき、子供なら通れるほどに広がった。おお、初めてやってみたけれど案外曲がるもんだなー。楽しくて楽しくて、ちょっぴり油断してしまった。
「お、お前、何やってんだ!誰か―――」
しゃがんでいるうちに気絶させるつもりが大きな声を出されてしまう。すかさず手刀で首筋を打つがうまく行かず、鳩尾に拳を入れて男はようやく崩れ落ちた。ちょっと位置がずれて骨がぴきって言った気もするけれど気にしない。後でエルンストで練習してみようっと。
「二人とも立てる?一緒に逃げようか」
「今の……魔法?」
「え、あ、うん。そうだよ」
「さっきの鉄の棒も……?」
「うん、強くなる魔法を使ったんだよ」
気の弱そうな方の子が困惑した表情で私について行っても大丈夫か、探るような眼をしている。二人とも確かに高そうな素材の服を着ていて、どうあがいても私の服は見劣りした。どうせすでに危険に巻き込まれているのだ。目の届くところへいてもらった方が良いだろう。返事を待たずに先へ進むと二人は素直についてきた。
扉から出たものの廊下は左右に続いていてどちらに進めばいいのか分からない。ああ、こんな時にリッカがいたらなあ。……お腹すいた。
「ちょっとあなた、どちらへ行けばいいか魔法で分からないの?役に立たないわね」
女の子のうちの一人が話しかけてきた。気の強そうないかにもお嬢様って感じの女の子。憎まれ口がきけるほどに元気なら、私が多少無理しても大丈夫かな。
「取り敢えず左へ行ってみよう。出来るだけ静かにね」
慌てて口をつぐむ女の子。そういえば私は、前世でもゲームのダンジョンで迷ったら左へ進む性質だったな。左の通路を進むと下へ降りる階段があり、明り取り用の窓が開いていて、そこから覗くと外が見えた。捕まっていた場所はどうやら二階らしい。下へ降りて出口を探せば外には出られそうだ。
一階へ降りて通路を覗き込むと、男が二人ほど扉から出てきてこちらへ歩いてくるのが見えた。やり過ごすことは……出来なさそうだ。真っ直ぐこちらへきている。お腹すいた。
「上からも誰か来そうだよ」
「二人とも走れるよね」
二人は今度は素直に頷いた。走って勢いをつけ一人に普通に体当たりをした―――つもりだったが、廊下の端まで吹っ飛んで行った。どうやら加減を間違えてしまったみたいだ。
「ッガキが逃げたぞ」
目の前でその様子を見ていたのに仲間に知らせる声をあげられたのはすごいと思った。自分でも化け物なんじゃないかと思って一瞬唖然としてしまったのに。男の襟もとを掴んでそのまま背負い投げをする。すぐには起き上がれない男の横を女の子二人と一緒にすり抜けて行った。
目指すは男たちが出てきた扉。と、扉が手前に開いてもう一人出てくる。恭しくお辞儀をするときのようにスカートを掴み、軸足でだんっと地面を踏みしめて出てきた男に回し蹴りを入れた。
私が蹴ったのは……師匠だった。
遠足第三話。




