最後の遠足
「今回はウィルが最後の遠足になるからな。どこか行きたいところはあるか?」
稽古の休憩時間中、師匠がいきなりさみしいことを言った。春になって私は四年生、テッドは五年生、ウィルは六年生になった。今年一年は村に居るけれど来年の春になったらウィルは王都の学校へ行ってしまう。
「では、来年の下見も兼ねて、王都…」
「却下」
「牧場見学なんかどうですか」
「どうして最初にそれを言わない?」
「アリシアを守りながらの実戦を兼ねたスリリングな遠足が出来るかなと」
命がけの遠足なんて嫌だ。去年もそんな感じだったけれど遠足ってもっと楽しいものでしょう?と思ったがこの世界と私の認識にはまだまだずれがあるかもしれない。
「王都の学校の遠足ってそんなに危険な物なの?」
「いいや。平民に混じって坊ちゃん嬢ちゃんもいるからな。普通に団体でどこか出かけるだけだぞ。実戦の訓練は別にある。去年の遠足はアリシアの事情を考慮した結果だ。村から出る回数は少ない方が良い」
要するに師匠が面倒臭がって遠足と訓練を一緒にしただけか。
あれからもう一年が経つ。モンスターと戦ってテッドと一緒に鳥に攫われて、ドラゴン化して翼が生えた。その前の遠足は飛空船に乗ってドラゴンに会った。エリーゼにも会ったけど。
―――牧場の見学なら大して心配しなくても大丈夫かな。乳搾りやって牛乳飲んで、羊やアルパカの毛刈りを見たり、乗馬体験なんてのもあるのかな。アイスクリームとかあるかな?想像の中の遠足はものすごく平和だ。うん、牧場見学に一票を入れようかな。
私がのほほんとした遠足を頭の中でがいているとエルンストがそれをぶち壊した。
「どうせなら変わった生き物の牧場が良いですね。スライム牧場なんてどうですか」
「「却下ぁー」」
私とリッカの声が重なった。二人の心が一つになった。
「どうせあれですよねー餌やりとか言って生きたままの動物を溶かす様子をじっと見ているんですよねー」
「そうそう、意図的に分裂させて餌やってりゃすむだけの物でしょそんなの育ててどうすんのって感じだよね?」
「普通の牧場は牛乳とかお肉とか毛とかとるために育ててるのにースライムの使用方法なんて服を溶かすくらいしか思いつかないですよねー」
「……え?」
私はエルンストから遠ざかる。テッドとウィルと、ついでに小さなリッカまでがエルンストの視界から私を隠した。
「なっ、ちょっと違いますよ私を何だと思っているんですか?スライムはごみの処理に使われているんですよ。ごみ処理施設が併設されているので社会科見学にもなると思って……うう」
慌てふためいて言い訳をするエルンストが、だんだん涙声になっていく。
「いや…流石に今のはひどいと思うぞ。アリシア、リッカ。エルンストに謝れ」
師匠に言われ、私は前に出て顔を覗き込んで謝った。うわ、本当に泣いている……大人の男の人を泣かせてしまったことに罪悪感を感じる。
「エルンスト、ごめんね?」
「ごめんなさーい」
リッカの語尾が伸びている。本気で謝ってないな…とか思っていたらいつの間にかエルンストの両手が伸びてきていた。え、何この手?両手だから仲直りの握手ではないよね。エルンストの両手が私の肩に懸かろうとした瞬間、後ろに引っ張られ、バランスを崩して誰かに寄りかかる形になる。「大丈夫か」と頭上から聞こえた声はテッドのものだった。リッカが「何してくれてんですかー」と叫びながらエルンストの顔面に体当たりをしているのが見える。
「はい、そこまでー。それ以上はお父さんが許しませんよ」
「ご主人様ーちょっとぼんやりが過ぎますよーそんなでは変質者に襲われちゃいますよー」
「いつまでたっても行先が決まらないですね…考えてみたら、僕そんなに動物が好きってわけでもないし、どこかの町の美術館や博物館などでいいですよ。師匠が見繕ってください」
エルンストを踏んづけながらウィルが意見を翻した、と言うか段々面倒くさくなってきた感じだ。適当な返事に師匠が眉をひそめた。
「ウィル、これで最後なのにそれでいいのか?」
「最後最後って、卒業後がどうなったとしても皆で出かけるのが最後だとは限らないでしょう?誰か死ぬわけでもないし!」
声を荒げるウィルは、初めて見たかもしれない。はっとして黙りこくったウィルを皆が見つめる。しばらく、沈黙の時間が流れ、やがて師匠が口を開いた。
「わかった。丁度王都の歴史に関する展示をしている博物館があるからそこに行こう」
「すみません。声を荒げたりして」
気にするなと、師匠はウィルの肩をたたいた。……ウィルは肩なんだ。背もだいぶ伸びたな。成長を続けながら、いろいろな思いを抱え込んでいそうなウィルが、私は心配になった。
「やっぱり寂しいのかな」
「んー、ウィルの事か?」
道場からの帰り道、ウィルの様子が気になってテッドに聞いてみた。男の子同士ならわかるかもしれないから。
前世の私は卒業式で泣かなかった。たとえ結婚や出産で会えない時期があったとしても「死ななければ絶対に会える」と思っていたからだ。実際、その後もクラスメートに街中で何度か会ったし、友達とは時々連絡を取り合っていた。日常生活が変わる不安はあったけれど、泣くほど寂しいと思う事は無かった。
「アリシアに会えなくなるのが、寂しいんだと思う」
「えっ私?テッドじゃなくて?……でも死ななければ会えるでしょ?」
例え魔王になったとしても―――なんて考えていたらテッドとリッカが同時に盛大なため息をついた。
「アリシアは、もっと男心を分かった方が良いと思う。じゃあな」
私はとっさに言葉が出ず、手だけを振って見送った。……男心。テッドがそんなことを言うようになったんだなと、少し感動した。ってそういう事じゃなくて。
「リッカ、意味わかる?」
「むしろ何でわかんないですかー」
「男心か……行かないでって泣けばいいのかな?待ってるからって笑えばいいのかな?」
「……ご主人様って天然なのか養殖なのか時々わかんないですよー」
自分でもわからないや。誰も好きにならない方が良いのか、問題が解決した後のことを考えて自分と相手の気持ちにしっかり向き合った方が良いのか。以前は前者だったけど、魔王にならずに生き残るという前向きな考え方になったら後者の方が良いのではないかと思えてきた。でも…だけど…。
―――恋愛って難しいね。
リッカは耳年増?情報妖精だからね。
遠足編第一話です。




