遠足?後編
今日は本当にいい天気だ。遥か遠くの海が見渡せて、雲に隠されることなく水平線まで良く見える。こんな状況でなければいつまでも眺めていたい。
現在、私の両腕は鳥の足の付け根に抱きついている状態で、その下に仰向けに掴まれたテッドがいる。先ほど抜いた剣を片手に持ったまま、身動きが取れないでいる。下を見ると去年乗った飛空船よりも高い位置を飛んでいるような気がした。
「アリシア……今どのくらいの高さだ?」
「えーっと、見えていないほうが幸せなくらい」
「師匠、助けに来てくれるよな」
「どうだろ。飛び立つ瞬間に敵に囲まれていたから……」
先ほどの鳥肌の原因はおそらくあの敵だ。エルンストもいるからウィルは大丈夫だとは思うけれど、足手まといが周りにいたからこちらへ来るには時間がかかるだろう。
両腕でしがみついているのをを右腕で支えられるようにゆっくりと体勢を整え、左腕で鳥の爪の間からテッドの服を掴む。これでつかまれている足が開かれてもテッドが一人で落ちることはない。あとは私の体力の問題だ。
「なんで一緒についてきたんだよ」
「私が一緒にいる方がテッドが助かる確率が上がるから」
空を飛ぶためにはまだ一度も使ったことはないけれど、私には魔法がある。最悪、ドラゴン化に懸けることもできる。落下に備えて自分が飛ぶイメージを頭に思い浮かべた。師匠たちのもとへ必ず帰るんだ。
ふとテッドが泣きそうな顔をしているのが見えて励ますために声を懸けた。
「大丈夫。何とかするから安心して?テッドは私を倒すんでしょう?こんなところで死なせないよ」
「攫われたのが魔法が使えるウィルだったら?お前は付いてこなかったか?」
テッドは暴れはじめた。と言っても手足をじたばたさせる程度しか動けないのだが、鳥がバランスを崩すには十分で。
「ちょっとテッドやめ……」
鳥がテッドを掴んでいた足を急に開き私の左腕に重力が懸った。支えていた右腕もするりと抜けてテッドと一緒に落ちてしまう。
―――飛ぶイメージ、鳥みたいに。大丈夫、つい今まで飛んでいたじゃない。飛空船に乗った経験も。他には何も考えないで。
落ちながらテッドを抱え込み体制を整えると、背中に違和感を感じ羽ばたくような音が聞こえた。かと思うと落下のスピードが止まり、とたんに重力を感じてそれに抗うようにまた何度も羽ばたく音がする。期せずしてお姫様抱っこ状態になってしまったテッドから指摘を受けた。
「アリシアお前の背中に翼が生えているぞ……お前、人間じゃなかったのか?」
「ごめん黙って、初めてだから集中しないと」
慌てて口を紡ぐテッド。元いた場所に戻らないと、師匠たちに心配をかけてしまう。高度が落ちることが無くなったので今度は前へ進むイメージで翼を風に乗せた。先ほどまでいた山頂を探して滑空し始める。
いくつか低い山の上を越える。方向は間違っていない筈だ。
「テッド、鳥は追いかけてきていないよね」
「あ、ああ大丈夫だ。はあ……なんでお姫様抱っこなんだよ……」
後ろを向けないので飛び慣れてきたころにテッドに聞いてみた。テッドは首だけを動かして答える。追いかけてきたら見知らぬ場所に降りなくてはならない。
「居た、師匠だ!」
山頂の広場には黒い塊に周りを囲まれた師匠たちがいた。敵は、飛び立つときに見たよりもだいぶ数が減っている。
地面に着地するまで気を抜かない様に、何度も何度もは羽ばたきながら高度を段々と下げて行った。剣が刺さっていた平たい岩に足がついてテッドを降ろすと、私は気が抜けたのかバランスが取れなかったのか、よろめいてしまった。テッドにしがみつきながら座り込んでしまう。周りに敵がいるのに、座り込んでいる場合じゃないのに、全身に力が入らない。
「大丈夫か、アリシア。後は任せろ」
「二人とも無事か。さっき抜いた剣か光魔法でしか倒せないようだ。アリシアはそこに座っていろ」
ウィルが抜いていた剣は師匠が持っていた。ウィルとエルンスト、エルフは魔法で戦っている。敵は……黒い塊としか言いようがない。なにこれ、モンスター?黒いスライムだろうか。
「光以外で攻撃すると増殖してしまうのよ。レベルが高すぎて、私たちだけだったら即全滅ね。あなた大丈夫?」
「あ、有難うございます」
狩人の女性が動けない私を守るように立ち位置を変えた。敵に向けて弓を構えていたまま攻撃はしないでいる。することが無いので私は背中に生えている翼が気になりだした。と言っても首をひねって見える範囲なのだけれど鳥のように羽毛が生えているものではなくて、形状は蝙蝠の翼の様だ。
このまま引っ込まなくなったらどうしよう?
「よし、これで終わりっと」
黒い塊はどんどん数を減らし、テッドが最後の一匹を両断した。
「アリシア、大丈夫か……翼?」
「触っても良いですか?良いですよね?触りますよ?」
いいよと言っていないのにエルンストがさわってきた。手つきが嫌らしい。私が無抵抗なのをいいことにそのうち頬ずりでもしそうだ。セクハラまがいだ。
「師匠今すぐ引っ込めたいんだけどどうすれば良いかわかる?」
「そんなの俺に言われても……ああ、泣くな。えーとそうだな、いつもの自分の背中を想像してシュッって感じで引っ込めるんだ」
「そんな適当な、シュッ、あ、引っ込んだ」
エルンストが残念そうにああぁ~と声を出す。いつエルンストに何されるかわからないので動けるようになっておきたい。何か体力回復できるものをと探したら、携帯食料のことを思い出した。
「皆も食べる?飲み物は用意していないけど」
「ああ、助かった。ここまで時間をかける予定じゃなかったからな。……チハルの手作りか?」
「残念、私の手作りです」
テッドとウィルとエルンストの目の色が変わった。そんなにお腹空いていたのか。みんなでむしゃむしゃ食べた。余った食料を分けてあげようとひよっこパーティにの方を向いたら―――
「その子、魔族じゃないのか?あんな真っ黒な羽なんか生やして」
戦士から剣を向けられた。エルフもそれに続く。
「ダークエルフなんかといるんだ、きっとそうだろう」
「ちょっと、やめなさいよ。この人たちに命救われているのよ?」
「その子に騙されているかもしれないだろう」
やはり黒い翼は禍々しいものに見えたのだろう。生まれた時の両親の反応が頭を過る。それよりも……。
「魔族なんかじゃありません。魔族だとしてもあなた方に殺される筋合いはありません。それよりも師匠に謝ってください。何ですかさっきからダークエルフダークエルフって」
「ああ、それは僕も思ったよ。モンスターと戦ってみて自分の強さが初めて分かった。ここまで育ててくれた師匠を侮辱するんなら―――」
「俺たちが許さないぞ」
私は普通にケンカ売るつもりだったのに、テッドとウィルが賛同したおかげで何だか青春ドラマみたいなことになった。師匠は口を押えて肩を震わせている。感動しているのか、大笑いしているのか……。
「私は宮廷魔術師団に所属しているエルンストと言います。彼女が魔族でないことは私が保証しますよ」
「なっなんでこんなところに?」
「極秘任務なので明かせません。それとも私まで敵に回しますか?」
そういってエルンストは杖を構えた。戦士とエルフはたじろいで、戦意を喪失している。狩人が二人の襟首を掴んで謝らせる。
「すみませんすみません、こいつらにはしっかり言い聞かせますから……ほら、行くわよ」
狩人に引きずられるようにして二人は下山していった。きっといつも苦労しているんだろうな。三人を見送った……まあ私たちも同じ方へ降りていくのだけれど。
「はあー、あーエルンスト助かった。お前らもありがとな」
「師匠、絶対笑っていたでしょ?」
「さあ、なんのことだか。ウィル、この剣返しておくぞ」
「師匠が持っていてください。まだ僕では扱えないし、家にも置いておけませんから。それよりこのまま持って帰ってもいいんですか」
「一応、村で聞いてみるか」
村に戻った頃には、日が大分傾いていた。予定では昼過ぎには帰るつもりだったらしい。リタさんが待っていた。
「もう!心配したわよ!いつまでたっても帰ってこないんだもの」
「すまんすまん。リタもなんか食べていくか?流石に携帯食料だけだと夜までもたないからな」
取り敢えず軽い食事をとろうという事になった。村の食堂にはひよっこパーティもいて、私たちが入るとそそくさと出て行った。
無事に生き延びたことを祝って乾杯をする。
「何かロベルトさん機嫌いいわね。なんかいいことでもあった?」
「あーちょっとだけ感動してたみたいで……」
事情を説明するとリタさんは師匠を見ながら微笑んだ。
食事が終わった後は村長の家に行く。
「勇者誕生ですか……こんな子供が……村を上げてお祝いしたいのですが」
「今日中に帰らないと親が心配するので剣の持ち出し許可を頂きたく……」
「では住所をこちらに……後日改めて……」
「エルンスト、身分保証人になってくれ」
話が長い。辺りはすっかり暗くなってしまった。話し合いをしている大人たちの後ろでテッドとウィルに話かけた。
「二人ともこれで勇者になったってことだけど実感ある?」
「まだまだ、だって何にもしてないよ」
「俺もアリシアに助けてもらうようじゃ修行が足りない」
「すぐに旅に出るって事じゃないのね。良かった」
村長との話し合いで剣は持って帰ることができた。抜いたのが子供という事で大々的に公表はしないそうだ。普段よりも強いモンスターが出たことについてはエルンストが報告して国から調査隊が出るらしい。
「お前ら帰るぞ」
「はーい」
帰りの馬車の中はひたすらリタさんに話しかけてなんとか眠らずにすんだ。
ばば様にも今日の出来事を報告する。只の遠足がとんだ大冒険になってしまった。
戦闘描写は難しい。




